消せぬ過去、消えた過去
おおぅ。目がチカチカする。耳痛い。キーンっていってる。
雷って近くで落ちるとゴロゴロじゃなくてパーンって破裂音になるんだね。知らなかったよ。
轟音に僕がそんな感想を考えていると、内側からリーダー宅のドアが蹴破られた。あぁ蝶番が片側吹っ飛んでたから空きにくかったのね。
それにしてもワイルド。地味娘ちゃんったらビジュアル詐欺。そしてスカートひらひらありがとうございます。履いてない? 安心してください紐パンですよ。
「―――! ―――!?」
それはそうと地味娘ちゃん、立ち直ったのかな? あ、ごめんちょっと待って、今耳治療するから。
「あーあー。うん、聞こえるようになった。……ふむ、服はちょっと小さいですが着れないことはなさそうですね。良かった、少しは落ち着きましたか?」
うん、計画通りの頂き最高です。小槍の上でアルペン踊り踊っちゃう。服のコーディネイトが壊滅してるけど緊急事態だからしかたないね。アダムヘルについたらまず一緒にお風呂に入って服を着替えようか。
何遠慮する必要はない。僕に素晴らしいポッチングをさせてくれたお礼だよ。洗いっこも付けよう。お金を出すのはたっつんだし。
「え、あ、はい。お陰様で落ち着きました、ありがとうございます、もう大丈夫です。……ってそうじゃなくて、今の音と光はなんですか!? 何があったんですか!?」
お嬢さん、そんなに前のめりに詰め寄られると、見えてしまいますよ。ほら襟元のゆるいワンピースなんですから、ラッキー生ポッチありがとうございます。
「おそらく、私のパーティメンバーの魔法だと思います。多分【雷嵐】かな? ピンポイントで住居を狙っているようですから、多重起動の【雷槍】かもしれませんが……」
「不正解。多重起動の【連雷】だ。【雷嵐】はお前を巻き込むし【雷槍】は単体用だから家の中の見えない敵には使いにくい。その点、連雷なら範囲の敵は自動追尾でオーク程度なら十分な威力。フレンドリーファイアの心配も少ない。……三十二個同時起動の音と光は予想以上だったが」
僕の言葉を引き継ぐように、たっつんがやってきた。
やっぱりさっきのはたっつんの魔法だったらしい。メイン職は回復職兼壁職だけど、たっつんは僕のこと馬火力と笑えないくらい高威力魔法マニアだからなぁ。実際セカンド職で遊ぶときは僕が回復職兼回避系殴り壁職でたっつんが魔術士系で火力って事もよくあるし。……こっちの世界だと、固くてヒールもできる後方火力って最強じゃ? なんというチート。
「遅かったですね。この通り生き残りは無事です。褒めてもいいですよ」
「褒めてやりたいところだが犠牲者もいるんだ。あんまり浮かれるなよ」
クリスの出現に私の後ろに隠れる地味っ娘に意識を向け、確かにと思う。
苗床エンドは回避したが、心に傷を負うには十分な体験だ。
地味っ娘をじっと見るたっつん。本当に大丈夫か鑑定しているのかな。あれ? 怪訝な顔した。まさか……見た目元気そうだけど、何処か怪我してたりとか?
でも、たっつんはそれ以上のリアクションを見せず目をそらした。大丈夫だったのかな?
たっつんの視線に耐えきれず地味っ娘が僕の後ろで更に小さくなった。眼光一つで鋼鉄の乙女も股を開くと噂のたっつんに対してこの逃げの態勢。とても好感が持てます。やーい避けられてやんの。
……あ、何かめっちゃ睨まれた。なぜ馬鹿にしたのバレたし。
「こほん。そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。彼は私の旦那様です。私以外の女性には興味がありませんし、他に目移りなんて許しませんから」
にっこり笑って予防線を張っておく。ここまで言っておけば大丈夫だろう。この地味っ娘は僕の! 僕のだから! たっつんなんかに渡してなるものか!!
僕の言葉に地味っ娘は眼鏡がずれ落ちるほど驚き、僕とたっつんを二度見、いや最後にもう一往復で三度見した。そんなに驚く?
「そういう事だから俺のことは警戒しなくてもいい。しかし災難だったな。よかったら捕まった経緯を話してくれないか? 無理にとは言わないが……近くの村の者なら送り届けることも出来るぞ」
僕の考えを正確に察しているだろうたっつんは、しかし僕の発言に乗っかり少女に心配そうに、かつ優しく語りかけた。これだから空気の読めるイケメンは。
はっ! そうか、オークの村だからてっきり冒険者のパーティが壊滅したのかと思ってたけど、普通に村娘って事もあるか。親族が居たらその場所まで連れて行ってあげるのが普通だよね……。せっかく逸材をゲットできたと思ったのに、ちくしょー。
「……いえ、構いません。経緯をお話します、私は―――」
彼女は、少しの葛藤のあと、ぽつりぽつりと語りだした。
彼女の名前はフランシスカと言うらしい。金髪縦巻きロールの貴族っぽい名前だけど根っからの村娘のようだ。
村に居場所が無く、学校?に入るために村を飛び出してアダムヘルに向かう途中だったと。
ふむふむ……両親とは死別、親戚には酷い扱いをされ、迷信深い村人には虐められ、やっと見つけた希望に藁をも掴むつもりで村を飛び出したらオークに捕まるって、不幸だなぁ。
「すんすん……うぅ……」
そうか、アダムヘルに行くなら連れて行ってあげよう。今まで苦労した分、少しでも楽しい思い出を作ってあげたいな。
「ずびっ……あぅ……」
僕、世の中いっぱい楽しいことってあると思うんだ。女の子ならオシャレとか、甘い物とか好きじゃないかな?
「うぅぅ……ぐすっ……」
聞いたらフランちゃん今年で一四歳、日本だったら中学二年生だ。それなのに物凄く達観してて、見ている方が痛々しくなる。お兄ちゃんはこの年齢の子はもっとハツラツと希望に燃えて欲しいなぁ。
「あの……ミルさん……っ」
「……なに?」
「うぅ……私の為に、そんなに泣かないでください……ぐすっ」
「ううう……だってぇ……ずびっ、可愛そうじゃんよぅ……えぐっ、悲しいじゃんよぅ……ごめんよ、同情なんてして欲しく無いかもしれないけど、涙が止まらないんだよぅ」
ダメだ、涙が止まんない。さっきから鼻を鳴らしていたのは、実はフランシスカじゃなくて全然関係ない僕だ。僕が泣きすぎてフランちゃんまで涙目になってる。
ただ話を聞いただけの僕が泣くなんて、間違っていると思う。
彼女は淡々と話していた。さっきまで、とても辛い目にあっていたというのに。
同情も悲哀も、当事者でなければ部外者が他人事として上から目線ですることに映るだろう。
不幸を体験し、それを乗り越えた人にしてみれば、無責任で腹立たしい行為かもしれない。
そんな事は分かっているのに、僕の目からは止めどもなく涙が溢れる。
ほんとにもう、この体になってから涙腺ガバガバすぎるだろぅ。カッコよく決めて好感度稼ぎたいのに、これじゃ逆効果じゃないか。
「いえ……いえ! ぐすっ、これまで誰にも話すことのなかった、私のつまらない話を聞いていただき有難うございます。今日会ったばかりのあたしの為に、貴女が本気で泣いてくれている事は分かります。……ありがとう。貴女の涙で、あたしは救われました」
眼鏡を外すと零れ落ちそうになる涙を拭い、彼女は朗らかに微笑んだ。
今までの陰鬱な生涯をちっとも感じさせない、とてもいい笑顔だった。
「うあぁん! いい子だよぅ! 優しい子だよぅ! 強い子だよぅ! クリスぅこの子ウチの子にする! 私がいっぱい楽しい事教えてあげるんだ!」
「阿呆、犬猫みたいに言うんじゃない。取り合えず、俺たちもアダムヘルから来たからそこまでは送ることができる。それから先は冒険者ギルドとでも相談してくれ。冒険者登録するならある程度の期間面倒見てくれる制度とかあるかもしれん」
突き放すように言うたっつん。こんな可哀そうな子になんて言い草だ。
「鬼! 悪魔! 冷血漢! 馬鹿! アホ! イケメン!」
「前々から思ってたが、お前にとってイケメンって悪口なんだな。まぁいいや、あのなミル。確かに俺もこの子のことは可哀そうだと思うが、言っちゃ悪いが結構ゴロゴロ転がってる話だと思うぞ。お前は依頼中に出会った可哀そうな子供たちを全員拾って面倒を見る気なのか?」
「助ける! 面倒見る! 」
即答した僕に、たっつんはため息を吐いた。
なんだよう。いいじゃんよう。
「無理に決まってんだろうが。全員連れて歩くのか? 金は? 場所は? 家でも買ってアダムヘルに定住するのか? 大暴走の事はどうするんだ? その子を助けて他全てを見捨てるのか? 最終的にはこの子も犠牲になるだろうが、現実を見ろスカタン。俺たちに出来ることは、当面の金を渡すか、仕事を探してやるくらいだ。そんくらいしか出来ねぇよ」
「元伝説の人切りの同士は言いました。『拙者、手の届く範囲は助けたいでござる』僕だって同じだよ! 分かってよたっつん!!」
「真面目に言ってる割にセリフうろ覚えすぎんだろ。あとあの維新志士は年の差はあるがちゃんと成人女性相手だからセーフだ。お前と一緒にすんな。
あーもう、お前と話してるとホント話が進まねぇな。結局の所、その子がどうしたいか聞かないと始まらねぇだろ」
「皆が皆、たっつんみたいに何でもかんでも冷静に―――」
「あの、ミルさん落ち着いてください」
興奮する僕に後ろから声がかかった。
顔を真赤にして怒る僕とは対象的に、地味っ娘ことフランちゃんの至極落ち着いた様子に、僕も多少頭に登った血が降りる。
「ミルさん、あたしのことを心配してくれて有難うございます。ですが、もう十分です。命と心を助けて頂き、その上アダムヘルまで連れて行って貰えるのであれば、後は私で何とかします。
たっつんさんの仰ることは最もです。たっつんさんの心配する―――」
「まって、待ってくれ。すまん、話の腰を折ってマジですまん。でも俺のことはクリスって呼んでくれ、頼む。たっつんはあだ名みたいなもんだから」
聞き上手のイケメンにしては珍しく話に割って入って訂正するたっつん。
別にたっつんでいいんじゃない? なにが問題?
「……なるほど、夫婦間の愛称ということですね。部外者のあたしが気安く呼んでしまってすいませんでした」
「いやそういう訳でもないんだが、何かこうミル以外にそう呼ばれるとむず痒くてな……すまん、続けてくれ」
あ、そういう事? ふむ、ふむ、なるほど♪
そっかー、僕以外には呼ばれたくないかぁ♪
……はっ! 違う違う今はそういう事を考えてる場合じゃない。
ここはシリアスなところ! もうたっつんってば緊張感保ってよ。
「えっと、はい。クリスさんが心配するように、足手まとい一人抱えて生活するというのは大変なことです。あなた方のような高ランクの冒険者ならば一つの街に留まって活動するというのも限界があるでしょう。幸い私は、村で一人のようなものだったので、普通に生活するくらいは何とかしてみせます。
それに私の目標は半年で路銀を貯めて首都に行き、ソレイユ学院へ入学することです。一人でそのくらいのことができなければ、学院へ行っても落ちこぼれてしまいます」
僕らまだDランクなんだけど……まぁ今はそれはいいか。
むぅ、フランちゃんは何やら覚悟を決めてしまったようだ。
「ぐぬぬ……でもでもだってぇ」
「うるせぇ! 本人がこう言ってるんだからそれでいいじゃねぇか。つか、お前こっちに来てから感情に流されすぎじゃないか? 向こうではもうちょい物事の優先順位をちゃんと立てれてたぞ」
確かに、こっちに来てから感情の起伏が激しく情緒の抑制が出来ない感がある。
なんでだろ? 女体化の影響? それとも。
「思春期?」
「勘弁してくれ」
嫌そうに顔をしかめるたっつん。
あぁ、女兄弟の多い家だと色々大変だったのかな? それとも一緒に作った中二病の黒歴史でも思い出したのかな?
流石に僕ももう精神は二十歳超えてるし、昔ほどはっちゃけないから安心して。
あ。あの目は全然信じてないね。というかナチュラルに僕の考え見透かさないでほしいな。
僕もたっつんの考えてること大体分かるけど。親友の以心伝心素晴らしきかな。
……うん。僕も落ち着いた。もう大丈夫。
「さて、じゃぁ村の殲滅も終わっているようですし、帰りましょうか。クリス、馬は?」
気を取り直して、今すべきことをする。殲滅終わったらアダムヘルに帰らなきゃね。話はアダムヘルに着いて落ち着いてからでも良いし。できれば宿屋で二人っきりしっぽりじっくりお話したい。プラトニックラブ。
周りを見渡してもプスプス煙を上げる竪穴式住居だけで、あの轟音にオークが出てこないということは生き残りはいないだろう。中は確認しないでおこう。生焼け子オークとか見たら心が折れる自信あるし。
「村の入口まで連れてきてるが、さっきの魔法で腰を抜かして動かなくなったから入り口に繋いできた。戻る頃には立ち直っててくれてればいいんだが……」
馬って臆病な生き物らしいからね。間近で雷落ちたらそりゃぁ怯えるか。
「あの! すいません。できればあたしと一緒に捕まった人達の遺品になるようなものを持って帰りたいのですが、少し待っていてもらえませんか」
あぁ、確かにそうだね、知り合いだもんね。でも遺品と言わずに亡骸をちゃんと持って帰ろう。こんな所に置いて帰るのは可愛そうだ。
そう思って僕が声を掛けようとしたら、たっつんに目で制された。
うん? 蘇生の実験? 明らかに死んでるの生き返らせたらまずくない? なんとかするの? そう、なら頑張って。
「そういう事なら俺が行こう。インベントリと収集鞄があるから遺体も出来るだけ持って帰れるようにする。知り合いの遺体を見るのは辛いだろうから回収はしてくるよ。待っていてくれ」
たっつんの言葉に、最初は遠慮していたフランちゃんも、知人達はちゃんと弔ってやりたいようで最後は頷いた。
たっつんが中に入り、十分ほどで再び出て来た。多少顔色が悪いのは、まぁ仕方ない。死体なんて見慣れてないもんね。しかもオークリーダーの食べ残し状態だし。吐かないだけグロ耐性高いと思う。
僕の視線に、首を振るたっつん。あー……リザれなかったか。時間経過とか遺体の損傷具合とか関係してるのかな? 残念だけど仕方ない、それがこの世界のルールなんだろう。
僕らは口数も少なく村の入り口に戻った。
入り口につくと、心配していた馬達は何事もなかったかのように元気に嘶いている。
冒険者ギルド所有の馬は立ち直りが早いらしい。騎乗しながら魔法打つ人とかもいるのかな?
さて、帰るにあたって問題点があるよね。フランちゃんに聞いてみよう。
「フランちゃんは馬乗れますか? 私は乗れないからフランちゃんも乗れないとちょっと困るんですが」
「えっと……すみません乗ったことありません」
申し訳なさそうに言うフランちゃん。そっかぁ騎手が足りないなぁ。
「あー、じゃぁどうしようましょうかクリス。クリスの後ろに乗せて私は馬の紐持って並走します?」
「うーむ。現状そうするしかないか。流石に騎乗スキルのないミルに初見で乗馬体験させるのは不安だし……何か忘れてるような気がするが」
「いえ、馬を引いて歩くのならばあたしがやります。命の恩人であるミルさんにそんな事はさせられません」
「ううん、そう言ってくれるのは嬉しいですけど。明らかに私が走ったほうが早いですよ。歩いていたらアダムヘルに着くまでに日が暮れてしまいます。クリスは何か忘れ物ですか?」
「うーん……いや、思い出さないって事は大した事じゃないんだろう。忘れ物だとしても置いて帰って問題無いレベルのはずだ。そうだな。フランの言うことも分かるが、ここは俺の後ろで我慢してくれ。冒険者ギルドからの借り物だから逃がすわけにもいかないしな」
「……というか、なぜ乗れる人が一人なのに馬が二頭いるのでしょう? まさか、誰かパーティで亡くなられた方でも……?」
うん? そういえば何故二頭いるんだろう? ……何か忘れているような?
あれクリス、何か思い出したって顔していますが、理由を知っていますか?
その時、後ろから物音が! すわ残党か!?
「クリスさん、言われていた村の周りに散っていたオークの残党はもう大丈夫だと思います。十匹ほど出ていましたが、問題なく倒しました。あの音で帰ってこないということは、もう近くにはいないでしょう。
おや、そちらの女性は、生き残りの方ですね。はじめまして、無事で何よりです。私はミルさんとクリスさんの臨時パーティを組んでいるアルトと言います。よろしくお願いします。……うん? どうしましたお二方」
忘 れ て た 。
ひょっこりと木の陰から現れた忘れても問題ない忘れ物からそっと目をそらす僕とクリス。
え? っと言う顔をするフランちゃんからも目をそらし、遠くを見つめる。とても気まずい。
うん、今回は忘れてたの僕だけじゃないからセーフセーフ。ダヨネ?




