天使のような変態の笑顔
強く閉じた瞼の裏が、唐突に明るくなった。
痛みに目の前が赤く染まった。と思ったけど、痛みは……無い?
それとも、あまりの痛みに痛覚が麻痺しているのだろうか。
いや、下半身の感覚はある、気がする。
押さえつけられていた体が自由になり、足を動かすことが出来たからだ。
何だろう、何が起こったんだろう。いやむしろ、何で何も起こらないんだろう。
オークリーダーの気まぐれだろうか。
目を開けたい、でも怖い。
少しでも希望を持って目を開けたら、それをあざ笑う醜悪な顔が目の前にありそうで。
……あたしは何を期待しているのだろう。
あたしに、希望なんてあるわけないじゃないか。
せめて4人のうち誰か一人でも逃げ延びて、助けを呼びに行けていればまだ希望もあったかもしれないが、それも出来なかった。
……もう止めよう、期待するのは。
何もかも諦めればいい。期待するから裏切られる。希望を持つから絶望する。
だから、何も考えず。何も思わず。何も感じず。ただ現実を受け入れよう。
殺してしまえ、自我を。壊してしまえ、心を。
目の前にどんな残酷な現実があっても、どんな絶望を突き付けられても。何も感じない。
だってあたしは、もう死んでいるのだから。
あたしは死んだ心で、ただ無感動に現実を見るべく、目を開いた。
――― 天使様が舞い降りていた。
……あたしは頭がおかしくなったらしい。
そして悲しくなる。殺した死んだとどれだけ考えても、自分は希望を求めているのだと、幸せを求めているのだと突き付けられた気がした。
今もきっと体はオークリーダーに弄ばれているだろうに、自分はこんな現実離れした幻覚を見ているのだもの。
だって、さっきまで屋内だったのに空が見える。
雲間から差し込む陽光が天使の道を作り出し、そこから純白の天使様が舞い降りて来るなんて……あたしがここまで夢見がちだったなんて知らなかった。
あぁ、天使様が微笑んだ。可愛いなぁ。綺麗だなぁ。あたしも、あれくらい可愛くて綺麗だったら人生変わってたかなぁ。
妄想でも幻覚でも、最後に綺麗なものが見れて良かった。
もういい、さぁ現実を見よう。
あたしの体はもうダメだろうけど、せめて心までは屈さないように、最後まであがいてやろうと思う。
だって、あたしの心はこんなにも希望を求めているのだから。
この妄想の天使様を目に焼き付けて、全力で意地悪な運命に抗ってやろう!
――― 天使様が降り立った。
……長いな。あたしの妄想。
実際は数秒のことなんだろうけど、すごく長く感じる。
もう覚悟は決まってるんだから、とっとと夢は覚めて欲しい。決めた覚悟が揺らいでしまうじゃない。
天使様が真っ白な羽衣を取り出し、フワリとあたしに掛けてくた。
あれ、羽衣じゃない。タオルだ、これ。
「助けに来ました。もう大丈夫ですよ」
は? 助け? ……………現実?
「……え? ……は?」
寝ていた上半身を起こし、改めて周りを見渡せば、斜めに断ち切られたように消滅した壁と天井。
体はオークリーダーに押し倒され、寝かされていた硬いテーブルの上のまま。
何で空が見えてるの? オークリーダーはどうなったの? ……あたしは、助かったの?
全く現実感がない現実に、あたしはしばらく呆然とした。
■◇■◇■◇■
呆然とこちらを見たまま、何のリアクションも起こさない少女に、不安になる。
あれぇ? ここは助かったと泣きながら僕に抱き着いてくるとこじゃ?
ギリギリインサート前に間に合ったはずだけど、大丈夫じゃなかったかな?
傷心の少女をハグして慰めて好感度を稼ぎつつ合法的にタッチする僕の計画は?
いやいやまだ大丈夫。慌てるような時間じゃない。突然助かって呆然としているだけだろう。
ちょっと優しい言葉を掛けてあげれば、吊り橋効果でコロッとチョロインするはず!
「怖かったよね。もう大丈夫だよ。さぁおいで」
自称天使の微笑み――たっつんには鼻で笑われた。――で両手を広げウェルカムしてみる。
ヘイカモン! カモンハグ! ヘイヘイ!
……………………こねぇ。
引きつる天使の微笑み。おかしいこんな筈じゃ。
「へ、へへっ。取り合えず体を拭いて、服を着ようか」
作戦変更。呆然として動けないなら拭いてあげなくちゃね。女の子同士だから問題ないよね!
オーク汁(唾液)でべたべたどろどろな体を拭きふきしましょうねー。お姉ちゃんが隅々まで綺麗にしてあげるからねー。
こんな事もあろうかと用意していた予備のワンピースとパンツ、そして水筒とフェイスタオルを取り出す。
ブラを忘れてるって? ふっ、分かってないなぁ。ブラまで渡したら、ポッチウォッチング。略してポッチングが出来なくなるじゃないか。
自分ので部屋で一人でするポッチングも良いけど、別のポッチングもいい。
特に僕のより慎ましいのが素晴らしい。僕は自分の胸の大きさも好きになったけど。やっぱり小さいモノには小さいモノなりの、儚さと美しさを感じる。そうワビサビ。ジャパニーズ。
つらつらと美について考えながら、少女の寝ている机に着替えを置こうとして、濡れていることに気付いた。
くんくん……これは、おしっこ?
「ぁ……~~~っ!!!」
ここで初めて少女に反応があった。
ものすごい勢いで真っ赤になっていく。
可哀そうにも何か薄汚れてるけど随分と色白な娘だね。今は桃色だけど。
うん。桃色に染まる全裸少女、エロい。スバラえろい。
「―――ぃ……、て」
「え?」
「出て、いって……出て行って、出てってえええええええええええ!!」
「は、はいぃぃ!!」
あんれぇ!? 頑張った僕へのご褒美は!? ちょっとくらい触らせてくれても……あ、めっちゃ睨まれてる!? すいませんごめんなさい出来心だったんですすぐ出ていきます!!
■◇■◇■◇■
部屋を飛び出していった天使様――本当に飛んで出て行った。――を見送り、はたと我に返った。
あぁすごい怒鳴っちゃった。命の恩人なのに。
命の恩人、だよね? 目を瞑ってたから見てないけど、状況的にそのはずだ。
実はあの天使様が何かの呪いでオークリーダーになっていたとか。キスで解ける呪いとか。
……頭を振って馬鹿な考えを振り払う。やっぱり動揺してる。普通ならこんなおとぎ話のような事を考えないだろう。
大体、あたしキスされて無いし。体中嘗め回されたけど、キスはされてない。
オークリーダーの舌の感触を思い出し、体が震える。
ギリギリ純潔は守られたけど、心はボロボロだ。でも、萎えそうになる心に喝を入れる。
天使様を見た時に感じた気持ち、絶対に折れず諦めないと誓った意志が、まだ心の中に火をともしていた。
よし、取り合えず体を拭いて服を着よう。うあ、何か眩しい……あ、眼鏡外れてる。
あぁ、と言う事は、さっき天使様すごい睨んじゃったんじゃ……どうしよう、謝らなくっちゃ。あと感謝も伝えないと。
眼鏡を探している手が水たまりに触れた。
さっきの天使様の驚いた表情を思い出し、また顔が火照る。
命の恩人にものすごく恥ずかしい所を見られてしまい、膝を抱えて転げまわりたくなる。しないけど。
天使様が女の子でよかった。男の人にあんな姿を見られたら、流石にあたしの折れない誓いも10秒で折れるところだった。
さて、気を取り直して体を拭こう。オーク臭い。天使様が置いて行った純白な服を汚さないように、しっかり拭かなきゃ。
タオルと水筒を有難く使わせて頂き、入念に体を拭いた。
オークリーダーにぼろ布にされてしまった服はもう着れないので、天使様の服を手に取った。
……紐?
…………これはまさか、ショーツ?
ほぼ紐なんですが……布の節約だろうか。
恥ずかしいから着たくないけど……でもせっかく好意から貸して頂いたわけだし、交換を申し出るわけにも……。
意を決して着てみた。
は、恥ずかしい。これ、ある意味全裸を見られるより恥ずかしい。
早く上着を着よう。ブラは無いみたいだけど、こっちは普通のワンピースみたいだし、あたしは胸が小さいから、普段からブラは付けていないので問題ない。
……問題があった。
あたしが普段着ている服より、この服は圧倒的に上等な物だった。
滑らかで肌触りがよく、柔らかくて……そして薄い。
普段のゴワゴワで厚い布の服じゃ気にならない、あたしの小さな頂点が、くっきりとよく分かる。
そして、丈が短い。明らかにサイズが合っていない。
多分、天使様が履いてもショートスカートくらい。あたしは天使様より10センチ以上背が高い。つまりミニ。すごいミニ。
生まれてこの方スカートなんて履いた事ないのに、いきなりこの丈はツライ。いろんな防御力が低い。ちょっと屈んだら下着が見えてしまう。しかも下着は紐。恥ずかしすぎる。心が折れそう。
いや、いやいや。こんな事で折れてどうするあたし。
がんばれあたし、天使様に悪気なんて無いだろうから、これは不幸な偶然だろう。
靴は……あ、あった。靴は無事だった。害獣駆除で野山を駆け回るあたしに、師匠がプレゼントしてくれた無骨だが頑丈なブーツ。多分あたしの持ち物の中で一番高価であろうそれを、しっかりと履き。
……鏡は無いが、今のあたしの姿を想像してみる。
上からぼさぼさの黒髪の長髪、ビン底眼鏡、浅黒い顔につんつるてんの純白ミニワンピース、生っ白い素足に無骨なブーツ。
我ながら酷い恰好だと思うが、背に腹はかえられない。
意を決し、外へ出ようとした時。
――― パァアアアァァァアアァァン!!!
閃光と同時に起こった耳を劈く破裂音に、何事かとあたしは外へ飛び出した。




