絶望と希望
問 題 の ヤ ツ
大幅に書き直した結果、現在がマイルドになり過去がより悲惨になりました。
ごめんよフランシスカ。でも君の人生これから上り調子だから許して!
薄暗い部屋の中、オークの生暖かい鼻息が顔にかかる。
むせ返るような獣臭と、血臭。
あたしを捕まえたオーク達より二回りは大きなオークリーダーが体を屈め、あたしに大きな顔を近づける。
匂いを確かめているのか、フゴフゴと生暖かくて臭い鼻息が体にあたる。
段々と荒くなってくる鼻息に、相手が興奮してきているのが分かる。分かってしまう。
オークリーダーは片手であたしの頭を掴むと、頬をその長い舌でベロリと舐め上げた。にちゃりと糸を引く生臭い唾液のあまりの悍ましさに、全身が粟立った。
気持ち悪さに耐えかねて相手の顔面をポコポコと殴るが、全く意に返されることなく、あたしの抵抗をあざ笑うかのように、いや実際にあざ笑って、愉快気にオークの口元が醜悪に歪んだ。
オークリーダーが少し力を込めただけで、あたしの頭蓋はミシリと音を立て、激痛に暴れる気力も続かない。
この魔物がその気になれば、卵の殻を割るより簡単に、あたしの頭は潰れるのだろう。
手枷や足枷がされているわけではないのに、あたしの体は逃げるという事をしてくれず。オークのされるがままに身を震わせた。
先ほど手を動かせたのが奇跡なのだ。あたしの心はすでにポッキリと折れてしまっているのだから。
どうしてこんな事になってしまったのか。
あたしは腰蓑に手を掛けるオークリーダーをぼんやりと見つめ、絶望に染まり狂気に傾く思考を、幸せだった頃に逃がした。
■◇■◇■◇■
あたしの名前はフランシスカ。
アダムヘルから南に馬車で二日ほどの所にある村で生まれた。
あたしの両親は物心ついたころにはすでに亡く、親戚の家で―――飼われていた。
村全体が決して裕福とは言えない所で、親戚も類に漏れずド貧乏。食い扶持を減らすため、実の子供ですら奴隷に売るような村だった。
あたしは奴隷として売るために最低限の食事だけ与えられ、牛小屋の片隅で糞尿に塗れて飼育されていた。
そう、あれは飼育だ。将来的に労働力として期待される子牛よりも、私の価値は低く、明日の朝生きていようが死んでいようがどちらでもいいという扱いだった。死ねば食い扶持が増え、生き残れば小銭になる。そんな存在だった。
どうしてそんな事になっていたのかは覚えていない。親戚だとは聞いていたが、彼らとあたしが本当に血が繋がっているのかすら定かではない。彼らとあたしでは髪の色も目の色も全く共通点がなかったのだから。
今ならば、あたしがそう思ったように親戚もそう思ったのだろうと何となく分る。だからきっと、『居ないモノ』として扱ったのだろう、と。
そんなあたしに一度目の転機が訪れたのは、自我が芽生えて二年目の冬、5歳のとても寒い日の事だった。
服とも言えないような薄いボロ布と満足に与えられない食事に、毎日が凍死と戦う日々。その日は同室の子牛に寄り添って暖を取っていた。いや同室というのはおこがましいかも知れない。片方はごく潰しの居候だ。勿論あたしの方が。
彼女は生まれて数ヶ月の子牛で、この小屋の主人である母牛から数えて二番目に偉い存在だ。にも拘らず、はた迷惑な居候であるあたしを、心優しく実の兄弟のように受け入れてくれた。
普段はそんな事をしていれば母牛が黙っていないのだが、今は離乳の時期で母牛と檻が離されていて、母牛は不機嫌に鳴くだけで許して貰えた。多分、子牛の方も母牛と離されて寂しかったのではないかと思う。
それまでは飼い葉の中で必死に凍死と戦い生死の境を行ったり来たりする日々だったが、冬場に安心して寝れるのは彼女のおかげだった。感謝してもしきれない。
あたしがうつらうつらしていると、不意に牛小屋の扉が開き、冷たい風がごうごうと室内に入ってきた。
今まで、こんな時間に扉が開くことは無かったので、あたしが驚いて入り口を見る。
そこには緑色の怪物が居た。
今ならば分る。あれはゴブリンだった。
ヤツらは闇に紛れてよく村の鶏や羊や子牛を盗みに来ていたのだ。この日、目の前に現れたのもそのうちの一匹だったのだろう。
だが当時のあたしにそんな事は分かるはずもなく、何か得体のしれない怖いモノに対して、子牛に抱き付いて怯えるしかできなかった。
ゴブリンは、警戒して低く唸る母牛を横目に、子牛との檻が離れている事を確認して恰好の獲物を見つたと喜悦に口を引きつらせる。
そしてゆっくりとこちらに近づくと、きょとんとした目で見つめる子牛に向かって持っていたこん棒を振り上げ―――振り下ろした。
子牛の悲鳴。
目の前で頭を強打された子牛が、どさりと横に倒れた。
あたしはそれを、ただ茫然と見ていただけ。意味が分からず、何をしていいかもわからず。心優しい子牛が目の前で害されるのを見ているしかできなかった。
目の前で我が子を害された母牛が怒り、唸り声をあげて檻を破ろうと頭突きをするが、太い木で作られた檻は壊れる気配はない。
一度倒れた子牛が、起き上がろうと藻掻く。
おそらくゴブリンの方も小さく力の弱い個体だったのだろう。一撃で仕留めることが出来ず、彼女に手を伸ばそうとするあたしを突き飛ばすと、彼女に馬乗りになり何度もその手のこん棒を頭に叩きつけた。
ここにきてようやくあたしは子牛が危ないと思い。凍えそうな冬の日に暖かさをくれた相手を守ろうと、ゴブリンに飛び掛かる。が、いくら小さくて弱い個体といえどモンスター。5歳の幼児が敵う筈もなく、簡単に弾き飛ばされてしまう。
それでもあたしは諦めず、何度も止めようと飛び掛かり、その度に突き飛ばされ、しまいには五月蠅げにこん棒で横殴りにされて目の前に火花が散った。その間にも彼女への暴行は続く。
頭から血を流し朦朧とする視界に、もはや暴れる力もなくなった子牛が映った。そして、それにトドメを刺そうと、両手でこん棒を振り上げるゴブリンの姿。
母牛の怒声がより大きくなり、頭突きも激しさを増すが、檻は壊れない。
このままでは子牛が殺されてしまう。
そう思った瞬間、視界がカッと赤くなり、お腹の底から熱い何かが全身を駆け巡るのを感じた。
その熱い流れに導かれるように、あたしがゴブリンに手をかざすと、手の平に熱が集まった。
そこから飛び出す火の玉。
そして着弾。
顔を燃やされたゴブリンは、悲鳴を上げて外まで転がり出て火を消そうとのた打ち回る。
だがその火はゴブリンの命を燃やし尽くすまで消えることは無く、首から上を炭化させたゴブリンの死体が出来上がった。
あたしはそんなゴブリンの断末魔を見る事もなく、子牛に駆け寄る。
頭から沢山の血を流し、息も絶え絶えの彼女を何とか助けようと、流れる血を止めるべく傷口を押さえるが、その血が止まることは無く、次第に呼吸が細く短くなっていく。あたしの両目から涙が溢れる。このままでは彼女が死んでしまう。あたしは必死に傷口を押さえる手に力を込めた。
お願い、生きて。死なないで ――― 一人にしないで!
あたしの願いが通じたのか、それとも強い願いに力が答えたのか、傷口を押さえる手が淡く光り、柔らかく暖かな光が部屋を照らした。
すると流れる血が止まり、傷口もみるみる塞がっていく。しばらくすると子牛はぱちりと目を開けて、不思議そうにあたしを見ると、ぺろぺろと頬を舐め、涙を舐め取ってくれた。
いつの間にか、母牛の暴れる音は聞こえなくなっていた。
元気になった彼女の姿を確認し、疲れ果てたあたしは彼女にもたれ掛るように意識を失った。
翌朝、ゴブリンの焼死体を見つけた親戚が騒ぎ、事情聴取という名の詰問をされて、あたしに魔法の才能があることが村中に知れ渡った。
そしてその日からあたしに、畑の夜番という仕事が与えられた。
ゴブリンとは本来、一匹ならば成人男性であれば農民でも相手出来る程弱いモンスターだ。
しかし、成人男性は昼に仕事があり、夜に番をしようと思えば交代制で回すしかない。
そうすれば当然各自の負担が増え、昼の農作業にしわ寄せがくる。しかもゴブリンといえども数匹いれば人間の方が殺されることもあり、危険が伴う夜番だ。誰もしたがらない。
そこで白羽の矢が立ったのがあたしだった。ゴブリンを単体で倒せ、農作業では使い道のない幼児。渡りに船だったことだろう。
たぶん、今まで蔑ろにしてきた子供が、突然魔法を使って恐怖したというのもあるとおもう。やはり親戚にとってあたしは、便利に使えるなら使う、モンスターに殺されれば心配の種が減る。結局そんな存在でしかなかった。
治療魔法が使えるようになったことは言わなかった。聞かれなかったし、子供心にこの力は他と違うような気がしていたのだ。後々この判断が正しかったことを知ることになった。
それからの生活は、昼間は牛小屋で寝て、夕方に起きて、夜中にゴブリンや子猪や角兎のような害獣を駆除するという形になった。
ゴブリンの大きい個体は成人前の男の子くらいになり大人でも苦戦する。
子猪は体長1メートルくらいの牙の鋭い猪、突進をまともに受ければ大人でも大怪我する。
角兎は額に30センチほどの角を持つ俊敏な兎。素早い突進で獲物を串刺しにする。当然当たり所が悪ければ死ぬ。
どう考えても5歳児のする仕事じゃない。当たり前のように何度も死にかけ、その度回復魔法に助けられた。
何一つ良い事が無かったように思えるゴブリンの襲撃と夜番の仕事だが、何点か良かったこともある。
まず、母牛のあたしに対する評価が上がったのか当たりが緩くなり、一緒に寝ても怒られなくなったのだ。これで子牛が居なくても凍死する事は無くなった。
次に、退治したモンスターの肉を焼いて食べることを覚えたので、食料事情がかなり改善した。退治したモンスターの肉と素材は全て親戚に渡す様に言われていたが、一匹減ったくらいで気付かれることもなかった。土に埋めて隠せば数日間は食べることが出来、ついでに食べて良い肉とダメになった肉の区別も体で覚えた。
更に、村の子供は7歳にもなれば家の仕事を手伝わされるが、それも無かった。あたしは夜に仕事をしていたし、親戚が一緒に居たくないと思ったのではないかと思う。
そんな生活を続けて10歳になる事には、ここら一帯のモンスターでは束になってもあたしを脅かすことは出来なくなった。
それでもやっぱり、稀に現れる森狼の群れや、虎蛇などの強力なモンスターに何度も死にかけたのは同じだったけど。
その頃のあたしは、見た目も酷いものだった。
夜ばかり活動していたせいで薄気味悪い程不健康に白い肌、元から不吉と言われていた釣り目がちの黒目は暗闇に適応したのか夜は獣のように爛々と光り、逆に光に弱く昼間は眩しくて常に剣呑に眇められた。それに加えて、ろくに水浴びもさせて貰えずボサボサになった黒髪と洗濯も出来ず異臭が漂うボロボロの服。
夜中にうっかり出会ったらあたしでも悲鳴を上げるような見てくれだ。実際に何度か運の悪い村人が悲鳴を上げて腰を抜かしていた。
そのせいか、命がけで害獣駆除をし村を守り、その肉を村に提供して食糧事情の改善にも貢献していたはずの私の評価は、いつまで経っても村の厄介者というところから変わらなかった。
村の厄介者の行く末は、結局奴隷商に売られる。女児は大体、目鼻立ちがはっきりしてくる10歳くらいで売られる事が多いと思う。当然美人の方が値段が高いからだろう。
治療魔法が使える事を話せば多少待遇が良くなるかもしれないが、あの親戚が受け入れてくれるとも思えなかった。今の生と死を綱渡りのように続ける生活も嫌だが、部屋に鎖でつながれて治療魔法を使うだけの道具のような生活をするのはもっと嫌だ。あの親戚ならやりかねない。
この頃になると、この村にいるより奴隷として売られた方が“まし”なのではないかと思うようになっていた。奴隷がどんな生活をしているのか知らないが、治療魔法と攻撃魔法が使える奴隷ならば、それなりに大切にしてもらえるのではないだろうか……と。少なくともこの村にいるよりはいい気がした。
そんな後ろ向きな希望を持っていたあたしに、第二の転機が訪れる。村に元冒険者の魔法使いのおばあさんが戻ってきたのだ。
彼女は元々Cランクの冒険者で、冒険者引退後アダムヘルで薬屋をやっていたそうだが、余生を静かに過ごすために故郷の村に帰ってきたそうだ。
そして彼女は、害獣駆除をしていた私の魔法の才能を買い、弟子にしてくれた。彼女があたしの師匠になった。自分が面倒を見るから、という事で、あたしの奴隷落ちも見送られた。
師匠は私に知識を授け、独学だった魔法の基礎を叩きこみ、何よりも人間らしい生活を与えてくれた。
この時やっとあたしは牛小屋生活から脱し、食事とは美味しいモノであることを知った。もうかれこれ7年も同居を続けた母牛との別れは辛かったが、人間らしい生活という魅力には抗えなかった。
夜番の仕事は続けていたので、というか止めさせてもらえなかったので、相変わらず昼夜逆転の生活だったが、それでもちゃんと美味しいご飯を食べれ、体を清めることができ、布団で寝れる生活は今までの人生は何だったのかと思うほどあたしに衝撃と感激を与えた。
今のあたしがあるのは師匠のおかげといって良い。
師匠の魔法の授業は大変厳しく、理不尽な事も多々あったが、それを差し引いても大恩が残る。
師匠と過ごした日々は私にとってこれまでの人生で最も幸福な時間だった。
師匠にだけは治療魔法が使える事を打ち明けたが、今まで黙っていた事を怒られる事もなく、むしろ黙っていたことを褒められた。外から帰ってきて村の中では一目置かれている師匠も、この村の閉塞感と異常性を薄々感じ、村人に知られればあたしが想像した通りの未来になる可能性が高かったようだ。
勿論師匠も、村人の誰にもあたしが治療魔法を使えることを話さなかった。
……だが、そんな厳しくも幸せな生活は、長く続かなかった。
師匠が亡くなったのだ。事故や病気ではない。老衰である。
夜番を終わり朝おこしに行くと、眠るように息を引き取っていた。
結局師匠と共に過ごせたのは二年と少しという短い期間だった。
師匠が亡くなった後、あたしの村での扱いは更にひどくなった。
不吉な黒い孤児を弟子などにするから早死にしたのだと噂された。
そんな訳はない。師匠は見た目こそ五十代だったが、実年齢八十越えの魔女だ。もともと余生を過ごすために帰郷したのだ。
田舎の平均寿命は短い。師匠は同年代が軒並み先に逝ったのを良いことに年齢不詳で通っていた。
師匠の女の意地がこんな形であたしに帰ってくるなんて! ものすごく世話になったので恨みませんけど、あたしが死んだら三日は愚痴に付き合ってもらいますから。
そして、三度目の転機が訪れる。
あたしが村を出る切っ掛けとなったのが、アルレッシオ聖王国首都リネージュにある学校―――聖王国立ソレイユ学院に、特待生として入学できる可能性が出てきた為だ。
聖王国立ソレイユ学院は、北のエルフの学園と双璧を成す学びの頂だ。
その特待生の入学条件は15歳になるまでに、ステータスのどれか一つでもいいのでレベル100の平均を上回る事。
レベル100といえば、平均的なCランク冒険者の数値だ。ステータスの伸びは個人差があるので一概には言えないが、どれか一つで良いといっても普通15歳で、冒険者として一人前といわれるCランク冒険者と同等以上の能力値など得られるはずがない。
それが出来るのは余程の才能があるか……あたしのような常に戦闘と死が身近にある、異常な生活をしているかだ。
ソレイユ学園は、才能のある子供を見逃さないように、アリア教会と連携して年に一回、15歳以下の子供達のステータスチェックを行いにやってくる。
ただ、全ての子供がステータスチェックをして貰える訳ではない。足切りレベルが存在する。
足切りレベルのレベル50は、5歳から始めた仕事である害獣駆除で経験値が得られていたためクリアしていた。その時のレベルは63だった。
すこし……いやかなり、村人にステータスチェックを受けることを妨害されたが、毎年来るアリア教会の神官様と師匠が顔見知りだったため、どうにかステータスチェックをして貰えることになった。
そして肝心のステータスチェックの結果 ――― あたしは保有魔力と賢さで条件を満たした。
この結果に、神官様はとても驚いていた。
レベル63の段階で、すでにレベル100の平均値を上回るという事は、相当にステータスの伸びが良いのだろう、と。今まで何千人もステータスチェックをしてきたが、このレベルで二つも基準を満たしたのは君が初めてだ。と言われた。
今まであたしの才能を認めてくれたのは師匠だけで、しかも普段ちっとも褒めてくれなかったので、あたしは自分の才能に半信半疑だった。この時初めて師匠以外に自分の才能を認められ、あたしは涙が出る程嬉しかった。
血反吐を吐き、泥水を啜り、モンスターの肉を食らっても生き延びてきた日々が、無駄ではなかったのだと。
あたしにも、生まれてきた意味があったのだと。生きていていいのだと、初めて思えた瞬間だった。
あたしにとって、ソレイユ学院の入学は希望となった。
今の所、害獣駆除の仕事をしていれば生きていく事は出来るが、害獣駆除は危険が伴う仕事だ。
元気なうちはいいが、怪我でもして仕事が出来なくなったら思うとゾッとする。
役立たずになった孤児の女の生末など、悲惨だ。奴隷としてすら売れない。
体が不自由なまま村を追い出されるか、見た目がよければ若いうちは村の男共の性欲処理で飼殺され、年を取ったら捨てられる。
あたしの場合、器量が悪いから十中八九追い出されるだろう。
今でこそ、師匠がくれた陽光を押さえるビン底眼鏡で、太陽に弱い不吉な黒目は隠しておけるが、黒髪はそのままだし、未だに眼鏡の無い時の目つきは最悪だった。何度人殺しの目と言われた事か。
まぁそんな訳で、不吉な黒い小娘の居場所は村にはほぼ無く。辛うじて首の皮一枚繋がっていた害獣駆除の仕事もいつまで続けられるか分からない。怪我でもしたら即終了。お先真っ暗、夢も希望もない。
だから、ソレイユ学院の入学は人生の最大の好機。
でも入学資格を得られる子供は千人に一人という低確率。しかも特待生となれば数万人に一人という。それでもお金のない孤児のあたしは、特待生でしか入学することは出来なかった。
だが、この特待生での入学資格取得が村で噂となり、ますます村に居づらくなった。
先も述べたように、夜番の仕事は誰かがやらなければならないが、誰もやりたがらない仕事だ。だからこそあたしがずっとやれていたし、やらされていた。
しかし、あたしがソレイユ学園に行けば、当然夜番は居なくなる。そうすれば各家の負担が増え、場合によっては怪我人や死人も出るだろう。安定していた害獣駆除による肉の提供もどうなるか分からない。
あたしに夜番を押し付けることで、村での発言権とモンスターの素材や肉を真っ先に受け取る権利を得ていた親戚は、口汚くあたしを罵った。
恩知らず、人でなし、不吉なお前を育ててやった恩を忘れたのか、と顔を真っ赤にして叫び、それでもあたしのソレイユ学園へ入学するというあたしの意思が変わらないと分かると、血の繋がった親戚を見捨てるのかと泣き落としまで始める始末だった。
だが、そんな親戚の鬱陶しい泣き落としも、アダムヘルでCランクの冒険者をしていた次男坊が引退して帰ってきたことにより罵詈雑言へと戻った。
そしてその次男坊が夜番をすることが決まり、害獣駆除だけが取り柄の不吉な黒い小娘の居場所は完全に村からなくなった。
『学院へ出て行く前に奴隷商に売ってしまうか』
親戚がそう相談しているのを偶然聞き、その日のうちにあたしはなけなしのヘソクリ―――モンスターの素材は全て親戚に渡さなければならなかったので、倒したゴブリンの錆びた鉄剣や防具を行商人に売ってちまちま貯めた。―――で、顔見知りの行商人に頼み込んでアダムヘルへ同乗させてもらった。夜番の最中に夜逃げのように村を出たので、村を出ることも、行先も誰にも伝えていない。
まぁ私が戻らなくても、森の中で野たれ死んだくらいに思われて、ほっとされこそすれ心配や悲しみを感じてくれる人などいないのだから、伝えるだけ無駄だろう。
これであたしの財布は空っぽ。アダムヘルですぐに働けなければ、そっちで野たれ死ぬ事になるだろう。だが大丈夫。あたしには魔法がある。冒険者ギルドに登録すれば食うに困ると言う事は無い……はずだ。
そして半年でお金を貯めて王都リネージュへ移動。ソレイユ学院に入ってしまえば特待生は授業料は国から出るし無料で使える寮や食堂もある……らしい。
はず、らしいと不確定な事ばかりで不安な事この上ないが、このまま針の筵のようなこの村に居続けるよりはずっとましだ。
ここさえ乗り切れば、希望があるのだから。
■◇■◇■◇■
首を絞められるような感覚で我に返った。
幸せだった頃の事を思い出そうとしたのに、考えてみればあたし、幸せだった頃なんてほぼ無かった。
師匠に修行をつけて貰っている二年間は、辛うじて幸せだったと言えるかな? 修行は厳しかったけど、師匠の家でちゃんとした人間らしい生活を出来ていたから。
目の前のオークリーダーが、あたしの服の襟首を掴んでいる。息苦しかったのはコレのせいか。
何をするのかと思えば、そのまま腕が一気に引き下げられ、元々ぼろ布に近かった服がただのぼろ布に成り果てた。
一瞬、首を千切られるかと思って身を固くしたが、服だけですんだようだ。
ほんの少し前に、同行させてもらっていた行商人二人と護衛二人が、バラバラにされて食われるのを目の前で見せつけられていたから、自分もそうなるのかと思ったのだが……。
オークに行商人の馬車が襲われた時、勿論あたしも魔法を使って戦った。
だが10体ほど倒したところで出てきたハイオークにあたしの魔法はほとんど効果を成さず、一瞬で護衛二人が倒されて、あたしも魔力が尽きて捕まった。
まず馬が解体され、飢えたオークたちが群がった。
あたしたちはオークリーダーの家と思われる比較的立派な建物に運び込まれた。
兄貴風を吹かせていた護衛の一人が、泣き叫ぶのを楽しむように生きたままバリバリと端からかじり取られ、絶命した。
気さくだったもう一人の護衛は錯乱し、素手でオークリーダーに向かって行ったが、一撃で頭を割られ、美味そうに啜られた。
心優しい行商人は、現実に耐え切れず狂い、最後まで奇声を上げて笑いながら食われた。
私も狂ってしまえたら、どれだけ楽だろうか。
一人分にも足りない程の肉片に成り果てた知人の有様を思い出して。
私は全て諦めて、体の力を抜いた。
運命の女神とやらが居るのなら、あたしはどれだけ嫌われているのだろうか。あたしの短い人生とは何だったのか。何のためにあったのか。オークの苗床になるために生まれてきたのか。
――― あぁ。どうせ絶望しかないのなら、希望なんて知りたくなかった。
そしてあたしの上に、オークリーダーの影が落ちた。
■◇■◇■◇■
僕は走った。全力疾走で小高い丘を一直線に下る。
ハイジャンプと【空転脚】で障害物をショートカットし、一直線に村へ。
もっと早く、速く、疾く!!!
【極限速度増加】
【極限攻撃速度増加】
【瞬動】
【俊足】
【雷速】
【空気抵抗無効】
【推進気流】
【思考速度加速】
【軽気功】
思いつく限りの速度が増加しそうなアビリティを叩きこみ、加速に次ぐ加速。音を置き去りにして、前へ! 前へ!! 前へ!!!
焦る。
確かに最初は苗床エンドしたドロッドロの腹ボテ美少女目当てだったけども、それはあくまで事後の話であって、事前ならば助けれるなら助けたい。むしろ助ける。
それに間に合わなかったら、呑気にモニタリングしてた僕が罪悪感覚えるじゃん!!
門番の二匹のオークがこちらに気付いたが遅い、残り門まで100メートル。1秒以内だ!
「邪ァ魔ァ!!」
すれ違いざまに神剣一線。
刃筋を立てすぎると、切られた事に気付かずに切られた後で仲間を呼ばれても面倒なので、あえて刃筋を立て過ぎず、首を飛ばす。
粗末な門を勢いのまま飛び蹴りでぶち破り、そのまま中へ。オークリーダーの家まで300メートル。間に他の家多数。避けて走ってたら時間の無駄だ。
失敗した。仲間を呼ばれるのを恐れて門番倒したけど無視して飛んで入ればよかった。
【千里眼】で再確認。
剥ぎ取られる服。落ちる眼鏡。絶望に目から光りが消える地味っ娘。だが僕には分かる。あれは美少女の卵だ。そして処女だ。僕の処女センサーが反応してる。童貞ゆえに感度は測れた事無いけど(泣)!
頑張れ地味っ娘。超頑張れ目のハイライト。助けはもうそこまで来てるぞ!
結局【空転脚】で空を飛んでショートカット。
周りを確認するも対空性能のあるオークマジシャンやオークアーチャーの姿無し。うん、やっぱり門番倒して正解だったかも、流石僕未来見えてる。まぁ居ても無視して突っ込むけどね。
リーダー宅前に着地寸前に、もいちど千里眼で確認。
アッカーン! ヤバイヤバイヤバイ、少女の処女風前の灯火。玄関から入ったんじゃ間に合わん!
「護れ財産! 【極・断界斬】!!」
世界ごと断ち切る(という設定の)超広範囲斬撃でリーダー宅の上部ごとオークリーダーの上半身を消し飛ばす!
美少女の処女は世界の財産なんだよ! 萌えてすらいねぇ豚ごときが消費していい資源じゃねえ!!
怒れる僕の気持ちに賛同するように、いつの間にか曇っていた空から光が差した。
あれ違うか。雲ごと切れたのか。MP全消費するかわりに消費したMP分範囲が広がるスキルだけど、予想以上の広範囲。斜め上に撃ってて良かった。
っといけない。傷心の美少女(予定の地味っ娘)のメンタルケアに行かなければ。
決して全裸の少女を視姦するためじゃないのであしからず。って誰に言い訳してるんだろ僕。
ふわりと空中から室内に侵入。いやだって下手に玄関から入ると家崩れそうだし。
落下途中に、異変に気付いた少女の目が開き、僕と目が合った。
にっこりと微笑んでみる。
おっ! お帰り目のハイライトさん。そうそう、そのまま上向いててねー。前にはおっ起ったままのオークリーダーの下半身があるからねー。気付く前に汚い物は仕舞っちゃいましょうねー。
手で触るのも嫌なので足で下半身の上に着地すると同時にインベントリに収納。汚物ナイナイ。
「助けに来ました。もう大丈夫ですよ」
呆然とする少女に優しく語り掛け、お風呂用に持って来ていたバスタオルを掛けてあげる。
決まったぜ。これは惚れるね。間違いない。
ところで、インベントリに仕舞ったオークヒーローの下半身。新着アイコンがそそり立つイチモツなんだけど、僕しばらくインベントリ開くたびにコレ見なきゃダメなの?
……まじで?
人生上り調子というかジェットコースターかも。大体ミルが悪い。




