天国と地獄
ギルドで借りた馬を連れ、ミル、クリス、アルトの三人は南門に来ていた。
門を出た街道横の広場で、馬を撫でるクリスとアルト。ミルはギルドの厩舎に近づいただけで馬が酷く怯えたので、クリスに【気配遮断】をするように厳命された。
クリスの後ろで撫でたそうに馬を見ているが、【気配遮断】しても第一印象が最悪だったためか未だに馬が落ち着かなくなるため自重している。
アルトは突然ミルの存在感が薄くなったのに驚いたが、元々ミルの存在感をそれほど気にしていない大物っぷりだったので、動物に気を使ったのかな? 程度に考えていた。
「ミルさん、良ければ私の馬に乗りませんか?」
なんとか馬を撫でようと、クリスの後ろから気配をけしてソロリソロリと近づいていたミルの肩がビクリと震える。気配遮断が乱れ馬もビビる。慌てて落ち着かせるクリス。
ちなみに、騎士系の騎乗スキルを持つクリスと乗馬経験のあるアルトのみが馬を借り、乗馬経験がなく騎乗系のスキルも持っていないミルはクリスに乗せてもらう予定だった。
アルトの申し出に、ミルは何言ってんだコイツと言う顔をする。だがふと何かを思い立つと、チラリとクリスの顔を見、無表情のジト目でアルトに向き直った。本人は真面目な顔のつもりである。
「よろしくお願いします」
「えっ!?」
「なっ!?」
言ってはみたがまさか頷かれるとは思っていなかったアルトが、嬉しい気に声を上げ。クリスが驚愕に目を見開く。
馬を落ち着かせていた手を止め、クリスは真後ろまで接近していたミルにだけ聞こえるように小声で話しかけた。
「お前一体全体どういう風の吹き回しだよ!?」
「どうって?」
「いやだってアレってお前の嫌いなタイプじゃん。顔も性格もイケメンだぞ!? 何相乗りオーケーしちゃってんの!?」
「良いじゃないですか、私がどっちに乗ったって私の勝手でしょう」
「いやそりゃそうだが……何でだ、何であっちのほうがいいんだ?」
「おやおや? クリスさん、そんなに私と相乗りしたかったんですかぁ? もーしょうがないですねぇ。帰りは一緒に乗ってあげますよ」
口に手を添えニマァと笑うミルに、いつもなら額の血管をピクピクさせ怒るであろうクリスは、しかしすとんと感情が抜け落ちたように無表情になった。
「……何だお前、俺に嫉妬させようとかそういう魂胆なのか? 下んねぇ事してんじゃねぇぞ」
低い声でそう言い、髪をかき上げるクリス。
ミルは、おや? と思う。それはクリスが本気でイラついた時にのみ見せる仕草だったためだ。
「あれ? たっつん結構マジでイラついてる? いつもの軽口じゃんどうしたのさ。まさかホントに嫉妬したの?」
「……別にそんなんじゃねぇよ。理由が気になっただけだ」
そっぽを向きぶっきらぼうに言うクリス。今更ながら、自分が思ったよりマジになっていた事を自覚し、恥ずかしくなったらしい。
そんなクリスの様子に、不意にミルの鼓動がトクンと跳ねた。
「おっ? おぉ!? 今なんかキュンと来た! これが俗に言う胸キュン? 何でも知ってるつもりになってた幼馴染の意外な一面に触れてコロっとイッっちゃう系チョロインってやつ? ……けどそうはいかんざき! 僕は男でした!! 残念!!!」
「……そうやって全部ダダ洩れさせる辺りが本当に残念なんだよなぁ。そして口頭説明されると恥ずかしさが激増するからヤメレ」
「いやぁ、たっつんに隠し事してもしょうがないじゃん。一緒に銭湯入ってオカズの貸し借りする仲なのに何を今更」
裸の付き合いプラス性癖筒抜けの仲に怖い物など何もない。と豪語するミルに嫌そうな顔をするクリス。
「……親しき仲にも礼儀有りって言葉があってだな。あと俺は貸したが借りてねえ」
そう言えば貸し借りと言っても一方的に僕が借りるばっかだったなぁ、と思い出すミル。
ロリに飽きる事などなかったが、たまには三次元おっぱいも使いたくなることもあるのだ。ちなみに達郎はミルの二次ロリコレクションに全く興味を示さなかった。
だからこそ、こんな美少女と一つ屋根の下で生活して平気なのかなと、改めて自分が達郎にとって異性としてワンバンレベルのボールであることを痛感し、感謝と同時に少しの悔しさも感じる。僕ってばこんなに可愛いのに!!
「まぁいいや、んで何で話を戻すが、こっちじゃなくてあっちの理由は何だ?」
ミルが思考を飛ばしている間に落ち着いたらしいクリスが、気を取り直して改めて聞いてきた、ミルも今回は茶化さず真面目に答える。
「だってたっつん生馬初めてでしょ? 流石に初リアル騎乗ぃで二人って怖くない?」
「あー……なるほどそういう事か。納得した。あと、さり気無く騎乗の後にちっちゃい『位』付けんな」
若干真面目ではなかったが、ミルの説明に取り合えず納得するクリス。考えてみれば、ゲームの馬と実際の馬は違って当たり前だ。スキルの恩恵があるので大丈夫だとは思うが、安全を考えるのなら経験者と一緒の方がいいに決まっている。
ミルが自分でなくアルトを選んだことに思いのほか動揺し、そんな事にも思い至らなかったクリスは余計に自分が恥ずかしくなった。
「そう言う事ならとっとと行け。落ちた時は気が向いたらフォローしてやる」
「普通にフォローしてくださいね!?」
「はいはい気が乗ればな。ほら愛しのアルト君が待ってるぞ、行け行け」
「もう! あんまり意地悪すると帰りもアルトさんの後ろに乗っちゃいますからね!」
照れ隠しにぞんざいにミルを追い払うクリスに、ミルは怒った顔をして背を向けアルトの方に向かった。
しかしクリスに背を向け数歩踏み出した時点で、激しく相貌を崩す。
「―――えへへ……そっかぁ、たっつんってば嫉妬しちゃったかぁ。……えへへ、そっかぁ~♪」
軽口で誤魔化していた頬が緩み、自然と笑顔がこぼれ出た。
「ふふふ、しょうがないにゃ~♪ 帰りはちょっとサービスしちゃおっかにゃ~♪」
今にもスキップしだしそうなくらい稀に見る上機嫌っぷりだ。
ミルは珍しく悪戯が成功してクリスの恥ずかしそうな顔を見れたからだと思っていたが、本当にそれだけだったのだろうか。
自分でも驚くほど御機嫌になったミルは、意気揚々とアルトの元にたどり着き。
「さぁミルさん。御手をどうぞ」
「……のーせんきゅー」
光り輝くイケメンスマイルで馬上から手を差し伸べるアルトに、ものすごい勢いで意気消沈した。
借りた馬が白馬な為か、冒険者らしい一般的な恰好なのに何故か王子様にしか見えないその姿に、目が浄化されて腐り落ちそうだ。
年頃の娘ならぼ、頬を染めて取らざるを得ないその手をじっと見つめ、無表情のままギリッっと奥歯をかみしめた時、ふとこの手を取ったらクリスはもっと嫉妬してくれるかな? と、頭に過った。
嫉妬するクリスを想像し、イケメンに対しての留飲を下げたミルはクスリと笑うと、アルトの手を取らずに飛び上がる。
「お気になさらず」
「あ……は、はい」
馬上に苦も無く飛び乗り、自分の後ろに横座りで腰かけたミルに呆然とするアルト。引っ張り上げて前に乗せる気満々だったのに、当てが外れて残念そうだ。
それを察していたミルはすまし顔で鎮座。野郎の腕の中など御免こうむる。
「よっと……ふむ、大丈夫そうだな」
クリスの方もいつもの調子を取り戻し、馬に飛び乗ると馬上で具合を確認、問題なしと判断した。
むしろ【騎乗】スキルに加え【人馬一体】スキルの御蔭か、ゲーム以外で初めて乗るのに馬の気持ちが分かり、馬にも自分の気持ちが伝わっているような安心感と一体感を感じた。これなら考えるだけで馬が勝手に動いてくれそうだ。
「よし、じゃぁ行こうか」
「はい、ミルさんもしっかり捕まっていてくださいね。落ちると大変ですから」
「ん……分かった」
落ちても大丈夫な自信はあるが、落ちないに越したことは無いため不本意ながらアルトの腰に手を回ししっかりと捕まるミル。
背中に伝わる柔らかい感触に、心の中で狂喜乱舞するアルト。だが顔には全く出さず、穏やかな微笑のままなのは見上げた精神力と言える。
が、流石に緊張したのかいつもより口数が多くなり、時を置かずにミルに話しかけ始めた。それに困ったのはコミュ障気味のミル。
あれ? イケメンとサシで二時間トークとか拷問じゃね? と今更ながら気付く。
だが時すでに遅し。
アルトにとっては天国、ミルにとっては地獄の二時間が幕を開けたのだった。
■◇■◇■◇■
「ふふふ……豚がぁ……皆殺しだ……! 皆殺しにしてやる……!」
草原を一望できる小高い丘の上。眼下に広がる集落を前に、青い顔をしたミルが地の底から響く呪詛のような声を上げた。
無視しようが何しようが一方的に話しかけ続けてくるアルトに根負けし、適当に相槌を打つだけだったが、それでも精神をガリガリ削られ、ついでに乗り物酔いとお尻の痛みで完全にグロッキーだった。
クリスの方に乗っておけばよかったと思った回数は三桁に及ぶ。
「ほれしっかりしろ。あと豚に八つ当たりするな。【中級治癒】、【下級回復】」
「おぉ生き返るぅ……今日ほど回復魔法を有難いと感じたことはないであります」
乗り物酔いもお尻の痛みも綺麗さっぱり無くなり感動するミル。それと同時に、こんなに魔法が便利じゃそりゃ頼りっきりで文明発達しないよなぁとも思った。
「すみません、私の馬術が拙いばかりに……」
「いや十分滑らかな馬術だったと思うぞ。ミルのは慣れない事への気疲れだから気にすんな」
落ち込むアルトを元気づけるクリス。
実際ミルの不調の原因のほとんどはアルトの馬術でなく、存在そのものだ。地道に好感度を上げるしか改善の道はないが、何をしても上がる気がしないあたりバグヒロインである。
「そうでしょうか……ふぅ、まぁ落ち込んでいても仕方ありませんね。そこの木に馬を繋いできます。乗ったまま突入するわけにもいかないでしょうから」
なんとか気を取り直したアルトは、クリスの馬もつれて近くの木に向かった。彼が気落ちしているのは、自分以上に巧みに馬を操るクリスにも原因があるのだが、自分の未熟の為と一層の努力を誓ったようだ。
そしてなぜ馬を置いて行くかと言うと、馬上用装備があり、かつ単純に殲滅するだけならば騎馬のまま突入するのも手なのだが、生憎とアルトもクリスも馬上向きの武器は持っていなかった。
いや正確にはクリスのインベントリには色々と入っているのだが、明らかにオーバースペックの物ばかりなので自重している。のっぴきならない状況になれば勿論出すのだが、今はそんな事は無い。
「さて気を取り直して、作戦を決めていきましょうか。まずは人質となりえる捕まった一般人がいるかどうかですが、クリスはそういった人間の探知に使えそうな魔法やスキルを持っていますか?」
「【遠距離探索眼】や【熱源探知】あたりか? 【天慧眼】あたりも使えるか……つかお前こそ、弓手系ストレートで上位職取ってるんだから何かねぇの?」
「……あー、あるかもしれません。そういえば【千里眼】取った覚えが…………あぁちくしょー」
「こういう時にうってつけのスキルがあるじゃねぇか。……ん? なんかえらく落ち込んでるな。まぁ滅多にしない職のスキルなんて普通に忘れるし、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか」
思いのほか肩を落とすミルに、フォローするクリス。だがしかし、ミルは気を持ち直す事が出来ず、落ち込んだまま呟いた。
「一昨日の失敗を教訓に昨日はちゃちゃっとすませちゃったけど、コレ思い出してたら外から十分楽しめたじゃないですか……」
「……碌なことじゃない気がするが、一応聞いておこう。何の話だ?」
「お風呂、覗き放題ッッッ!!!」
「同性なんだから堂々と入りゃいいじゃねぇか……」
というか忍者の職を持っているのだから、【隠形】なり【潜伏】なりすれば誰にも気づかれないだろうよ。と思うが、藪蛇になるから教えてやらない。
「分かってないなぁ。いいかいクリス君、ノゾキには一種のロマンと哲学があるのだよ」
「そんなロマンは排水溝に流してしまえ」
得意げに妄言を垂れるミルにクリスは、こいつは犯罪を起こす前にこっちに飛ばされて正解だったんじゃないかと思った。まぁ向こうでの稔にはそんな大それたことをする度胸などないだろうが。
「さて、楽しみは今夜に取っておくとして、今は野生の豚さんの日常を見てみましょう。わぁいるどらぁいふ」
そう言うと両手で筒を作りオークの集落へ目を向ける。ポーズに意味などない。
「はい、まずやって来たのはオークの村入り口。毛皮で股間を隠した豚野郎が二匹、門を護っております」
ノリノリで実況を始める。クリスも中の状況を知りたいので黙って聞く。アルトは近くの木まで結構距離があるためまだ戻ってこないようだ。
「中に入りますと、掘立小屋というよりは竪穴式住居に近い建物が三十棟ほどでしょうか。立ち並んでおります。
建物の入り口には木を削った彫り物でしょうか。不気味な模様のある飾りが掛かり、地面には無造作に獣の皮が干してあります。近くには骨塚でしょうか。大きな穴に大小さまざまな動物の骨と、木の実の殻や何かの植物の残骸が入れられています。オークが雑食であることがよく分かりますね。
では家の中に入ってみましょう。おやこれは親子かな。仲良く子オークと親オークが川の字ならぬ州の字でお昼寝の最中です。実は夜行性だったりするんですかね。では次の家に行ってみましょう。
少し大きな建物ですね。あっ、ここはハイオークさんのお宅のようです。屈強な筋肉の鎧をまとった大きな豚さんが真剣な顔で斧を研いでいます。持っているのは石斧でなく鉄製の斧のようですね。冒険者から奪ったのでしょうか。しかし研ぐという文化があることが驚きです。ゴブリンはサビサビの武器を使っていたのでハイオークは頭がいいのでしょうか。
次は更に大きなお家です。この集落で一番大きいですね。村長さんのお宅でしょうか。この建物だけ高床に作られています。文化の高さが伺えますね。今回はお家に入る前にざっと周辺を見てみましょう。
おや、裏にあるのは馬車かな? 半壊した馬車のようなものが裏手に放置されています。オークたちが人間の物を真似て作ってみたのでしょうか……。
さて―――ここまでですでにオークたちの文化レベルが予想外に高く、しかも平和そうで私の心が折れそうです」
情報収集のはずが、これから殲滅する相手の予想外の平和っぷりに戸惑うミル。そんなミルにクリスは呆れ気味だ。
「普通に情報収集だけしないからそうなるんだよ。これから殺す相手の日常生活モニタリングして変に感情移入したら殺りにくいだけだろうに」
「いやだって異世界のモンスターの生活事情気になるじゃん。つか豚さんたち火も使うし食器にみたいな石の器とか家具的な木の棚とかあって、普通に縄文時代位の生活水準じゃない? 子豚さん達結構可愛いし、僕ホントにコレ殲滅するの? しなきゃダメなの? ゲームの凶悪な豚さんたちはどこ? これ放っといても大丈夫じゃない?」
「ホントに平和的な種族なら討伐依頼なんて出ねぇだろうよ。つか壊れた馬車って、報告なかったが襲われた商人でも居るんじゃないのか? 探索ハヨ」
ミルの実況の中にあった不吉な単語に不安を覚えるクリスに、ミルも言われてみればと慌てて【千里眼】で村の中を探索する。
そして中央の大きな家の中を見た時、ミルの肩がビクリと震えた。
「ッ……くっ、食い散らかされた男性の遺体が、3人分……くらい? うぇっ」
「―――! マジか、手遅れか……他に生存者は居ないか?」
あまりの惨状を見てしまい、必死に吐き気を堪えるミルに、顔をしかめるクリス。ミルが吐き気を堪えれたのは、午前中にグロ耐性が多少上がったお陰だろう。ギースの犠牲は無駄ではなかったのだ。
ミルは、一見平和に見えてもやはりモンスターは人間の天敵であると再確認した。そしてその思いは、奥の部屋を“見た”瞬間より一層強くなる。
「あっ!」
「どうした!? 何があった!」
声を上げると同時に走り出したミルに、慌てて声を掛けるクリス。それにミルも大声で返した。
「今にも犯られそうな女の子が一人! 先行する! クリスはアルトと一緒に後から来て!」




