君だけが特別
誤字報告助かります。ありがとう、ありがとう。
そのころミルはというと、なぜかミリアに後ろから抱きかかえられるように浴槽に浸かっていた。
「あの、ミリアさん。近いんですが」
「ん。なんか心細そうだったから」
もちろん心細く見えるのは、周りにあふれる女体にビビッているからなのだが、ミリアにはそんなミルの様子がエリーナにイタズラされたからと見えたようだ。ミルは冷静に考えればむしろご褒美だったと思っている。
ミリアの故郷のエルフの森では、子供は一定の年齢になると、様々な村から一か所集められ、エルフの国の首都【エルブンガルド】の【エルフの学園】と言う場所で共同で生活するようになる。
エルフの学園では、年長者が年少者の面倒を見るという決まりがあり、ミリアは一人っ子だが、学園では年下の子供たちの面倒を見たものだ。
親元を離れた子供たちの中には、心細さから泣き出してしまう子も多い。
そんな子に対してミリアは、こうして一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしてあげると安心して心を開いてくれる事を、経験上知っていた。
ついでに、エリーナをあれほど狂わせた魅了効果が、密着でどの程度発揮されるか実験も兼ねている。今のところ、ドキドキとゾクゾクは続いているが思ったほどではない。
「よしよし、怖くない怖くない」
「あわわわ」
後ろから抱き寄せられ頭を撫でられる。背中に押し付けられる双丘がぽち、ぷに、ぽよん、と形を変える。
ミルが普通の少女なら安心するかもしれない温もりが、彼女には逆効果甚だしい。
「や、やめ、離れて下さい!」
「え……ごめん、嫌だった?」
「ああ、ええと、そう言う訳じゃないんですが……」
この状況自体はご褒美以外の何物でもないのだが、美人巨乳エルフの全裸ハグは童貞マインドにとって刺激が強すぎた。
強引に体を離し正面を向くと、ショックを受けたように悲しそうな雰囲気のミリアが。
一見冷静沈着で表情の動かない彼女だが、その分なんというか雰囲気に出る。長い耳さえ心なしか萎れている気がする。
「あぅ……いえ、だいじょうぶです」
「ん。よかった。こっちおいで」
あまりにも悲しそうな雰囲気で見つめられ、折れるミル。
再びミリアの前にちんまりと収まると、大人しく頭を撫でられ始めた。
背中のぽよんふにんを感じ、先ほど離れた際に見たミリアのおっぱいが水にぷかぷか浮いてた事を思い出し、都市伝説の『おっぱいは水に浮く』は事実やったんやなぁと思い、自分の伊予柑が見事に沈没しているのを見つけ、これが格差社会かと妙に冷静になった。ちなみに冷静になったところまで含めて現実逃避である。全く冷静ではない。
ミリアはというと、学園以来接する事のなかった年下との触れ合いを堪能していた。何故か昔のように接したら拒絶されショックを受けたが、なんだかんだでまた撫でる事が出来てかなり上機嫌だ。見た目に反して面倒見のいい娘であった。
「あーっ! 何二人で引っ付いてるの!?」
とそこへ、至福のミリアを邪魔する、エリーナの声。
それは幸せな柔らかさに包まれて逆上せそうだったミルにとっては、わが身を救う救世主の声だったのか、楽園から連れ去る悪魔の声だったのか。
「ん。問題ない。変質者のエリーナと違って、私は安心」
「ちょっ、人聞きの悪い事言わないでくれる!?」
「事実。こんな少女に悪戯する変質者に渡すミルちゃんは無い。一人寂しくお風呂に浸かるといい」
「ええぇ!?」
エリーナとしては、『うらやましい!』と『触れて大丈夫!?』と言う二つの意味だったのだが、予想外に強いミリアの反発に困惑せざるを得ない。
ミリアとしては久々の妹分を愛でる時間を邪魔されて、いい気がするわけもない反発もする。
「ごめんミルちゃん、さっきのはホントにどうかしてたのよ。お詫びにお風呂終わったら何か買ってあげるから、許してくれないかな。私オススメの美容グッズとかどう?」
「はぁ、私はもう気にしてないので、そこまでしてもらわなくていいですが」
「物で釣ろうなんて浅はか。やっぱりミルちゃんをエリーナに任せておけない。私が面倒を見る」
「ちょっと、さっきから何なのよミリア! 私とミルちゃんの仲を引き裂かないでくれる!?」
「引き裂こうとしているのはそっち、エリーナこそ大人しく引き下がるべき」
いつしか立ち上がり、ミルを挟んでむむむと睨みあう二人。間のミルはおろおろするばかり。
ミルの姉ポジションを狙っているエリーナと、お姉ちゃんスイッチが入ったミリアの一触即発の危機はしかし、氷のようなエマの声で終止符が打たれた。
「……二人とも、お風呂では静かにしましょう」
ガシッっと二人の首根っこを掴み、ギリギリと締め上げながら、お風呂の中なのに底冷えするような声をあげるエマ。
この二人は、天人様に対しての名誉ある任務を前に、何を仲違いなどおっぱじめてやがるのか、と。
「二人とも、向こうで頭を冷やして来なさい。その間ミルちゃんの面倒は私が見ます」
「「えー」」
「……あ?」
「「了解であります!」」
敬礼しそうな勢いで背筋を伸ばして退散する二人に、溜息一つつくエマだった。
■◇■◇■◇■
ミルのそばを離れた二人は、洗い場の隅で向かい合った。
「んで、真面目な話、どうしてあんなうらやまけしからん状況に?」
罪人を詰問するように鋭く問うエリーナだが、欲望がダダ洩れで全く迫力がない。
「真面目な話という割に私情が入りまくってることは突っ込まないであげる。
主な行動理由は変質者のフォローと、ミル様の能力解析。私のおかげでミル様の御機嫌はかなり改善したはず。これからエリーナが誠意をもって謝れば許してもらいやすいと思う。
また、ミル様の能力として、やはり皮膚接触による動悸と寒気のような感覚を確認。しかし、変質者のように前後不覚になるほどの効果は認められず。あの発作的行動は変質者だからこその症状と思われる」
「……ミリアって怒ると事務的に饒舌になるよねぇ。しかも何か私の名前が出るたびにディスられてる気がしてくるのは気のせいカナ?」
「怒ってない。そして気のせい」
敏感にミリアの副音声を察知するエリーナだが、ミリアの鉄壁の無表情に阻まれる。無表情なのに不機嫌な雰囲気を垂れ流すパーティメンバーに嘆息しながら、エリーナはそれでも自分のために行動してくれた同僚に感謝した。
「……そうかなぁ。まぁミル様の気持ちをほぐしてくれたのは助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
エリーナの感謝にまんざらでもなさそうなミリア。
「でも! ミル様は私の妹だからね!」
そんな相棒の様子を察し安心するエリーナだったが、それとこれとは話は別と釘を刺しておくことにしたようだ。
「異議あり。先ほどの変質者の様子から、ミル様との交渉役には不適切と判断。また変質者はミル様の情操教育に悪影響を及ぼす可能性がある。ミル様の姉は私が適任」
正論にたじろぐエリーナだが、ミリアの聞き捨てならない発言に慌てた。
「ぐぅ……さっきのはちょっとスキンシップが行き過ぎただけよ! あとサラッと姉立候補したわねっ!」
「……不覚。誘導尋問に引っかかった」
「自爆以外のなにものでもないわ。薄々そうだと思ってたけど、貴方も姉ポジ狙ってるんじゃない」
ジト目で見てくるエリーナに、目をそらすミリア。
「……あんな可愛い生き物放っておけるはずがない」
「でしょでしょ! あ、でも、ミルちゃんは私の妹だからね!」
再び念押しするように言うエリーナに、ミリアはやれやれとため息を吐くと、心底残念なものを見る目でエリーナを見返す。
「エリーナは考えが浅い。別に姉が一人である必要はない」
ミリアの発言に、エリーナは目を見張った。
「……その発想は無かったわ。考えてみればそうよね。姉が一人とは限らないわ」
「ん。よって私とエリーナの欲望は相反しない。お互い協力するべき」
「そうね。ミル様の愛を独占できないのは残念だけど、あのお方を独占しようなんて考えるのがそもそも間違いなのかもしれないわ。お互い協力してミル様と仲良くなりましょう」
「ん。ただし、エリーナはしばらく大人しくしておくこと。あれは完全にセクハラ」
「だから悪かったって思ってるわよ……ってやっぱり私のこと変質者って思ってたのね!?」
「さて、ミル様のところに戻ろう」
「ちょっとっ!」
スタスタと歩き始めるミリアの後を、慌てて追うエリーナだった。
浴槽に戻ると、ミルはエマの胸に顔をうずめるように抱っこされて、頭を撫でられながら完全にくつろいでいた。
「「なっ!」」
エマの胸の間に埋まって無防備に寛ぐミルに、驚愕するエリーナとミリア。
「あ、エマお姉ちゃん二人とも帰ってきたよ」
その声に気付き、エマに声をかけるミル。
「「なぁっ!?」」
エマに対する呼び方に更に驚愕するエリーナとミリア。
何があったとエマを見る二人に、してやったりと微笑むエマ。
いつの間にか、自分たちを差し置いて姉と呼ばせることに成功した泥棒猫に文句の一つでも言おうと、剣呑な雰囲気で近づいてくる二人だったが。
「エリーナお姉ちゃんもミリアお姉ちゃんも、どうしたの?」
「「ぐはっ」」
小首を傾げて不思議そうに問うミルに、ハートを打ち抜かれて撃沈するのだった。
■◇■◇■◇■
「二人がご迷惑をおかけしました」
時は少しだけ遡り、エリーナとミリアを追い払ったエマが最初にしたことは、ミルに深々と頭を下げることだった。
「あああ頭を上げてください。きききにしてませんのでで」
その姿に激しく動揺するミル。
頭を下げられたこともだが、下げた拍子に勢いよく"ブルルンッ"と震えて垂れ下がる西瓜が、有り得ないと頭では理解しつつも、そのままちぎれて落ちそうで心配になったのだ。童貞の癖に斜め上に逞しい想像力である。
「そういって頂けると幸いです。二人も悪気があったわけでは……あら、これが気になりますの?」
頭を上げて"ブルリン"、苦笑して"プルン"、頬に手を当てて"プリポヨン"と忙しい胸部に目が釘付けのミル。
普段そういった視線を気にしないようにしているエマも流石に気づき、腕を組むように胸を強調して問いかける。
「いえあのその……ごめんなさい」
自分が凝視していた事に気付き、慌てた後に素直に謝罪する。あれだけガン見しておいて誤魔化すのは無理と諦めたらしい。
「うふふ、いいのよ。それに心配しなくたって、ミルちゃんだってその年の割には十分大きいですわ」
優しく微笑みながら諭すように語るエマ。どうやら心配そうな視線を何か勘違いしたようだ。
ミルはインナー越しに見るよりもかなり大きく見える、伊予柑サイズの己の胸を見下ろした。
ミルの見た目年齢で考えれば、現実では凹凸の少ない寸胴子供体型になりそうなものだが、そこは仮想現実の自由度とミルの中の人による愛のキャラクリエイト(五時間)で、細身で小柄ながらも出るところは出て引っ込むところは引っ込む理想的なプロポーションに仕上がっている。
ちなみに、ミルの中の人は貧乳好きである。自他ともに認めるロリコンなので脂肪の塊など一切興味が無い。ちっぱい最高、無乳大歓迎、絶壁こそ至高と豪語していた……ついさっきまでは。
しかし今は美人三人の現実に触れ、この短時間でその破壊力と包容力にロリコンの矜持は脆くも砕け散ろうとしていた……!
まぁ彼女居ない歴年齢な二十一歳童貞の矜持など、豆腐より脆いのだが。
それはさて置き、そんなミルの中の人がなぜ貧乳無乳絶壁を選ばず、体に対しては巨乳と言っていい程の胸部装甲を備えているかといえば……単純にアバターの総合的な見た目の問題である。
勿論、ミルの中の人も最初は胸部パラメータ最低値でキャラクリエイトをした。
そして意気揚々とプレイを始め、何度か装備を入れ替えて見た目を着飾って……愕然とした。
なんかバランス悪い……と。
当時は正式稼働した直後。
今でこそ多種多様な装備やスキンが実装され、同じ装備の人間が一人としていないというほどシャレオツな世界になったAAOだが、当時は装備の数も少なく、オシャレ装備など課金装備の一部に留まる程度だった。
そして店売り装備はどれも大人の女性が着ることを想定されており、しかも課金を促すためかどこか野暮ったく芋臭いか、やたらと尖って露出の多い物ばかりだった。
芋臭い方の装備を着れば、ミルの美貌と芋臭装備が交じり合うことなく分離し、チグハグな印象が全体的なダサさをビビットに演出する。
尖った方を着れば、大人の女性が着る事を想定されているせいで無駄に露出が多く胸元は強調され、貧乳が哀愁という名のエッセンスをで全体を物悲しく彩る。
その余りにも残念な仕上がりにミルの中の人は、泣く泣く胸部パラメータをプラスにスライドしたのだった。
そんな苦い思い出を思い出し、年齢の割に大きい、と超乳を持つエマから太鼓判を押された胸を思わず両手で包み込むように隠すと、眉根を寄せて『うーむ、僕はもっとちっさい方が……いや、しかし揉み心地を考えるとこの大きさも中々……』と悶々とした。
自身の性癖を再確認するために自分の胸を凝視し、しかも早くも巨乳の魅力に陥落しそうな己にミルが懊悩煩悶としていると、その様子にエマは地雷を踏んだと勘違いし慌てて言いつくろう。
「ホントに大きすぎるのも考えものなのよ。激しく動くと痛いし、肩は凝るし、足元見えないし、異性からはやらしい目で見られるし、同性からは妬まれるし……」
持たざる者が聞けば血涙を流して切れるであろうセリフの数々だが、生憎とミルはロリコンなので『そーなのかー』程度で聞いていた。
そういわれて改めてエマの超乳を見て、やっぱりちっぱい大正義と思うミル。
でもまぁ確かに男だったら、
「挟まれたら気持ちよさそうだけど……あ」
僕にはもう無いけど、と失った大事なモノを物悲しく想い熟考していたら、うっかり煩悩がそのまま口から漏れ出てしまって慌てる。
『今の一瞬、完全に男のエロい目で見てた。やっべ、やっべ!』っと慌てるが後の祭りである。
「まぁ」
対するエマは、驚いた顔をした後、何かしら考えるように顎に手を当て、それから何か一人で納得すると、腕を広げる。
「ふふふ、甘えんぼさんですね。私でよければどうぞ、いらっしゃいませ」
誘われたミルは驚愕した。『何がどうしてその結論に至った!?』と。
エマの中では、悲しそうに、そして寂しそうに自分の胸を見ての「挟まれたら」発言は、温もりを求める幼子の声に聞こえたのだ。
『天人様の生活がどのようなものかは分かりませんが、その御歳で母上様と離れるのはさぞ辛いでしょう。恐れ多いことですが、どうぞ私を母上様と思ってお使いくださいませ』、と母性を刺激されまくったエマは考え、お風呂に浸かると両手を広げてウェルカムの態勢を取る。
魅了の事など母性本能の前に思考の彼方にぶっ飛んでいた。
『なんかよく分からないけど、ごまかせたかな?』とほっとするミルだが、目前には聖母のように慈愛に満ち溢れた微笑みでステンバーイなエマが。
この空気で「いえ結構です」と言う勇気がミルにあるはずもなく。
「えっと……おじゃまします?」
ぷかぷか浮かぶおっぱいに、おずおずと顔を埋めた。
「んっ、ぁ」
途端にエマに走る悪寒、ゾクゾクと這い上がる震えに、しかし母性本能はそれを愛しさと誤認し思わずぎゅっとミルを抱きしめた。
むにゅん、と顔が完全に埋まりかけ慌てて上を向いて鼻だけ出すミル。 多少息苦しいが、柔らかく温かい胸に包まれて幸せを感じる。
遠い昔に閉めたはずの記憶の扉を開き、『やばいバブみ感じちゃう』とうっかり横手にあった新しい性癖の扉にも手を掛ける。
「っぁ……んっ」
一方、駆け巡るエマの脳内物質。βエンドルフィン、ドーパミン、セロトニン、オキシトシン。
体が正しく反応した恐怖に対抗する脳内麻薬と、誤認から来る幸せホルモンの相乗効果で、禁欲を常とする聖職者のエマは今まで感じたことのない未知の多幸感に翻弄されていた。
簡単に言えば完全にトリップしていた。
しかし、そこは聖職者でありパーティの姉的存在を自認するエマ。自分だけこんなに幸せでいいはずがない、この幸せをパーティメンバーにも分け与えねば、と謎の使命感を燃やしミルを見下ろす。
既に思考回路が大分やられているが、本人はいたって真面目である。
「ねぇミルちゃん」
「ふぁい?」
トロンと幸せそうに見上げられ、あぁ可愛い、愛おしい、と暴走する脳内に喝を入れる。
「私、あなたの事すごく気に入っちゃった。エリーナやミリアだってそう。だから、困ったことがあったらいつでも相談してね」
「はぁ……でも、さっき会った方にそこまでして頂くわけには……すでにお風呂を奢ってもらってますし」
「いいのよ。冒険者の先輩なのだし、私たちのことはお姉ちゃんと思って頼って頂戴。きっとあの二人も喜ぶわ」
本当は母親と思って、と言いたいが、なけなしの理性と二十歳を過ぎたばかりの年齢的葛藤が辛うじてブレーキを掛ける。停止線はかなり過ぎているが。
「はぁ」
「こういうのは形からよ。試しに私のことを、お姉ちゃんと呼んでみて」
何が形からで何が試しなのか一切意味不明だが、多幸感と新しい性癖にトリップしている二人は気付かない。
「……エマお姉ちゃん?」
不安そうに、おずおずと、上目遣いにお姉ちゃんと言うミルのトリプルコンボに、鼻血を吹きそうになるのを必死に堪え。微笑みながら頭を撫でてあげるエマ。
エリーナだったら完全に理性を失ってして襲い掛かっている破壊力だったのだが、見上げた聖職者の自制心である。
「ふふふ、嬉しいわ。帰ってきたら、エリーナとミリアにもそう呼んであげて、きっと喜ぶから」
「分かった。エマお姉ちゃん」
幸せのお裾分けしたエマは、満足そうに他の二人が帰ってくるまでミルの頭を撫で続けるのだった。
■◇■◇■◇■
時間は戻り、兎の尻尾亭のミルとクリスの部屋。
「んで、風呂上りにその三人にいろいろ貢がれて帰って来た、と」
「貢ぐとか人聞きが悪いな。お姉ちゃんたちの善意を受け取らないわけにはいかないじゃないか」
ミルが落ち着くのを待って話を聞いた結果、呆れたように言うクリスに、不本意そうに言い返すミル。
断ったのだが、エリーナからオススメ美容グッズ、ミリアから小物と下着類、エマには寝間着にも使える普段着数着を買い与えられた。お姉ちゃんと言うたびにテンション上がって色々と買ってくれる三人と、一向に終わらない買い物に、ミルの内心が恐れ慄いたのは言うまでもない。
「んで、こんなツヤッツヤのピッカピカに磨かれて、髪を結ってもらった上にファンシーなヘアピンまで付けて、何がどう汚されたんだ?」
「……巨乳もありかな、っておもいましたまる」
悔しそうに唇を噛みながら言うが、意味が分からない。
「はあ!? バカなん? アホなん? そんなどーでもいいことで涙目になってたのかよ」
「どーでもいいって何さ!? 僕のロリコン魂が侵されて、新しい性癖までできちゃったんだぞ!?」
「しっるっかッ! 変態に磨きが掛かっただけじゃねぇかふざけんな!」
むしろこの変態を真剣に心配してた自分のアイデンティティがやばいわ! と思うクリス。
「はぁ……お前ゲームの時は人気あった割に姫プレイはしてなかったのになぁ……」
「いや姫プレイ違うし、相手同性だし、大体ネカマして他人からアイテム巻き上げるとか僕の紳士道に反するし」
「ネカマでロリコンの癖に意外と常識的だな」
「いや、逆にそうだからこそ、それ以外は紳士たろうと常々思ってるよ?」
「ネカマでロリコンの癖に見上げた心意気だ。ネカマでロリコンな時点で台無しだが」
「ネカマデロリコンネカマデロリコンうるさいよ! 変身の呪文かっ!」
「手鏡に向かって唱えても変身できないな。変態にはなれるようだが」
「誰が変態だよ!……ってか、たっつん、何でそんなに怒ってるの?」
いつになく苛烈な突っ込みに違和感を感じ、不審げに問いかけるミル。
一方クリスは、言われて初めて自分が思いのほか苛立ってる事を自覚した。
「……別に怒ってねぇよ」
「嘘だぁ」
目を反らしながら答えるクリスに、ミルはつつっと近づきクリスの前に立つと、椅子に座るクリスの顔を両手で包み込み、無理やり目を合わせた。
「ほらほらぁ、僕の目を見て何を怒ってるか言ってごらん?」
このまるで幼い子供にするような行動は、弟妹を叱るときの達郎の姉、玲子の真似だ。
幼少のころにその姿を見ていた稔は、達郎が拗ねたり苛立ったりしたときは時おり冗談でこうやって達郎をからかう。
普段は達郎が稔のほうを叱ることのほうが圧倒的に多いので、こういう時の稔は実に生き生きとしていて、非常にうざい。
だが、それをミルの姿でやると、儚げな美少女と至近距離で見詰め合うことになる。
純白のワンピース姿も合わさり、傍から見ればまるで、咎人の懺悔を許す聖女か天使のようで、途端にクリスは言葉を無くし、吸い寄せられるようにミルの頭を両手を添えると。
―――ぐりぐりぐりぐりぐり
「あ゛い゛だだだだだだだだ!」
抉り込むように拳から立てた中指の第二関節をミルの両のコメカミにめり込めませた。
「お・ま・え・は、まぁだ自分の容姿に自覚がないようだな!? よぅし分かった、今度は服を脱がせるところからレクチャーしてやる」
「ぎゃーやめてーおーかーさーれーるー!」
「まったく、大方その美人三人組もそうやって無自覚無防備攻撃で篭絡したんだろう。そらこんなぽやんぽやんした美少女がふらふらしてりゃ心配にもなるわ」
まだ女になって半日程度で仕方ないとはいえ自覚がなさ過ぎるミルに、クリスはため息しか出ない。
「そんなに無防備かなぁ」
「お前さ、俺にやってる行動を、男の目線で胸に手を当ててよぉく思い出してみろよ」
ミルは比喩をそのまま実行しペタンとベッドに腰を下ろして胸に手を当てると、そのまま己の行いを鑑みた。妙に素直で仕草が可愛いところが何ともあざとい。
「……あー……んー……ちょっと、無防備、かな?」
「ち ょ っ と ?」
「いや、えーっと……たっつんって紳士だよねっ! いよっ男前!!」
「嬉しくねぇし! 俺の紳士性に期待すんな。自覚しろ。そして自衛しろ!」
「う、うん……じゃぁ今からでも部屋、別にする?」
不安そうに上目遣いを始めるミルに、クリスはまたそうやってあざとく攻めてきやがって、と思うが、ガシガシと頭を掻くともう一つため息を吐く。
「今更二部屋に分かれるってわけにもいかんだろう。外的な脅威からの自衛って意味じゃ一緒のほうが良いのは間違いねぇしな。
つうか俺はお前をそういう目で見ねぇよ。向こうに戻ってからどんな顔して会やいいんだよ。あくまで外向きに自衛しろってことだよ馬鹿」
「あー、うん。分かった」
「今日はもう飯食って寝るぞ。アリアリの書の事でいろいろと説明しなきゃならんはあるが、気力がもたねぇわ」
「はーい。すぐ降りる?」
「ちと片付けてから行く、先に下りて席取っといてくれ」
結局ミルを許すとクリスは立ち上がり、アリアリの書や実験的にベッドに広げていた装備品などをインベントリに仕舞っていく。
「分かった。……あのさ、たっつん」
ミルは扉を開き、体を半分外に出した状態で振り向くと。
「ぼ、僕がああいうことするのは……たっつんだけなんだからね!」
そう言い残し、バタンっと勢いよく扉を閉めると飛び出してしまった。
クリスは、手に持っていた装備品をボトリと落とし、しばし呆然とすると。
「あぁぁぁんの野郎ぜってぇワザとやってやがったなあああああああああ!!!」
青筋を浮かべて絶叫するクリス。
それを聞いたミルは今更に気づいた相棒に、ぺろりと舌を出すのだった。
前に三話構成だった所を二話構成にしたら何故か文字数が増える不思議。
解せ……る。
感想で書いていたミルの胸がある理由を追加しました。初期装備のダサさは結構MMOあるあるだと思う。




