お風呂にて
当小説はKENZENを心がけて改訂しております。
今回は下町の生活の一部と八百屋のお話です。
……あれ?
3時間前。
クリスと分かれたミルは、道すがら適当にタオルと石鹸とシャンプーを買うと、公衆浴場の前に来ていた。
目の前には〇にゆの文字と、紺色の『男』の暖簾とあずき色の『女』の暖簾。
「妙に日本風ですね」
勿論アリアリさん由来の形式美なのだが、そんなことをミルが知るはずもなく、立ち尽くすこと数分。
クリスにはああ言ってここまで来たが、いざ入るとなるとあずき色の暖簾を潜る勇気が出ない。
「うーん……」
と言うか、女体化したらやりたい事ベストテンに確実に入るであろう『女湯に堂々と入る』という行為に興奮してここまで来たが、いざ入る段階になると、僕ってそこまでして女性の裸見たいかなぁ。と思ってしまった。
リアルでなら間違いなく『見たい!』と即答するし、そういった動画や漫画も多数所持していたが、実際に女体化するとそこまで見たいか? という風になるから不思議だ。
アバターを自分の理想として作ったのも、その思いに拍車を掛ける。
つまるところ、女の裸を見たければ自分が脱げばいいじゃん。というやつである。
鏡に映せば理想がそこにあるのだ、わざわざアクティブにリスクを冒してまで女湯に入ろうと思わない。
というかこの体で、女性の裸に果たして本当に興奮できるのだろうか?
「これは、ヤバイ。僕のアイデンティティ崩壊の危機」
陰キャでもコミュ障気味でも、男の尊厳だけは死守して生きてきた21年間が、たかだか女体化した程度で揺らいで良いのだろうか、いや良いはずがない。
「頑張れ僕の色欲、夢にまで見た桃源郷が今、目の前にあるんだぞ」
苦悩と葛藤に苛まれてブツブツ言っているが、実際のところ女湯に飛び込む勇気がないただのヘタレである。
「う~ん……」
「あの、入らないなら先に入っていい?」
入口で悶々と突っ立っているミルに、後ろから声が掛けられた。
「わわ。ご、ごめんなさい。お先にどうぞ」
「いえいえいいのよ。……あら、貴女、今日冒険者ギルドに居なかった?」
「え? あ、はい、居ました」
「やっぱり! すっごい可愛いから覚えてたわ。これからお風呂?」
「そうなんですが……」
「あぁ、貴女もしかして他国の人? 公衆浴場は初めてかしら?」
「えっと、はい、そうなんです」
慌てて振り向くと、金髪と青髪と緑髪の美人のお姉さん三人組が、後ろに並んでいた。
いきなり美人に声を掛けられて動揺するミルだが、そういえばクリスが門で他国から来たと言っていたのを思い出し、何とか話を合わせる。
「あらあら、他国じゃ公衆浴場ってあまりないものね」
そう言うと金髪のお姉さんは、しばし考えると。
「私はエリーナ、後ろの二人はパーティメンバーのエマとミリアよ。登録窓口に並んでたってことは冒険者になったのよね? ここは先輩冒険者のお姉さんが、同業の好で使い方教えてあげるわ。ついていらっしゃいな」
「えっ、あの、その」
「ほらほら遠慮しないで」
戸惑っていると一番手前にいた金髪のお姉さんに手を取られ、さっさと暖簾を潜ってしまう。
(ミルの心理的に)鉄壁の構えを見せていたあずき色の暖簾が軽々と払われ、番台に座るおばちゃんに颯爽と四人分の料金を払うと、脱衣所に入る。
「あの、お金は……」
「いいのいいの、私たちこれでもCランクの冒険者だから、貴女のお風呂代くらいどうってことないわ」
「でも……」
「気にしない気にしない。せっかく遠いところから来てくれたんだし、この街を気に入ってもらいたいからね、ここはお姉さんに奢られときなさい」
「はぁ」
この美女三人組、いわずもがな先ほどの聖騎士団の諜報員三人組である。
ミルが宿屋を出るのを尾行し、公衆浴場の手前で立ち止まっていたのをこれ幸いと声を掛けたのだ。
「エリーナ、張り切ってるわねぇ」
「でもすごい緊張してる。始めの言葉を二回言うのは緊張した時の癖」
「そうねぇ、ちょっと空回りしてる感じするけど、馴れ馴れしくしすぎて嫌われたりしないかしら」
「その辺りの匙加減は頑張って貰うしかない」
置いて行かれたエマとミリアの二人が、小声で話しながら遅れて入って来る。
「そう言えば、貴女お名前は? 相方の男性は一緒じゃないの?」
「ミルノワールって言います。彼とは今は別行動です」
「ミルノワールさ―――ミルちゃんね! そっか」
危うく様付けで呼びかけて慌てて訂正するエリーナ。親しくなることを目的に接近したのだから多少馴れ馴れしいくらいの方がいいだろうと思い愛称で呼んでみる。
不快な反応をされたらすぐに訂正するつもりだったが、ミルの方はといえば脱衣所で周りをちらちらと見るのに必死でそれどころではなかった。
特に問題なさそうだとほっとし、エリーナはミルの手を引いて脱衣所の棚の前まで来ると、二つ並んだ空棚を確保した。
「雰囲気で分かると思うけど、ここが服を脱ぐところね」
そう言って、さっさと装備を外して服を脱ぐと、下着に手を掛ける。
均整の取れた肢体に、ブラを外した拍子にたゆんたゆんと揺れるメロン二つがミルの目前で揺れ、目が釘付けになる。続いて豪快にショーツを降ろす姿に今度は見てられず、慌てて真っ赤にした顔を反した。
一瞬で装備が消えたことは、メロンのインパクトでアウトオブ眼中である。
「他国の人だとあんまり人前で脱ぐ事ないだろうから、最初は抵抗あるかもしれないけど、公衆浴場ってそういう場所だから。
『郷に入れば郷に従え』ってアリア様の言葉もあるし、恥ずかしがらずにパパっと脱いじゃおう!」
有言実行とショーツも脱ぎ去り、堂々とすっぽんぽんになるエリーナを直視できずに周りを見るが、どこを見ても着替え中の女性ばかりで目のやり場に困るミル(21歳童貞)。
いきなり女湯は僕には荷が重すぎましたごめんなさいごめんなさい、と完全にヘタレてテンパる小心童貞に追い打ちをかけるように、エマとミリアも合流した。
「おまたせ~。あら、まだ脱いでなかったの?」
少しふくよかな男好きする体に、エリーナよりさらに巨大な、西瓜クラスをゆっさゆっさと揺らしながら近づくエマと、スラリとしたモデル体形にエリーナよりは小さ目だが、贈答用の美しい大ぶりの桃を彷彿とさせるモノをたふんたふんさせるミリア。
二人とも堂々としたものである。
「あわわわ」
「ほらほら、早く脱がないとお姉さんたちが手伝っちゃうよ」
手をワキワキさせて近づいてくるエリーナに、慌てるミル。
「じ、自分で脱げますから!」
身の危険を感じ、慌ててドレスを脱ぎにかかる。
メニューから装備を外せば一瞬なのだが、テンパってそれどころではい。
ドレスを脱ぐのに手間取って不審がられるかと思ったが、何かしらの装備着脱の補助効果でも働いているのか、複雑な構造のゴスロリドレスがするすると脱げていく。
……ごくりっ
ミルの肩からするりとドレスが滑り、透き通るような肢体が現れるにつれ、どこからともなくそんな音が聞こえた気がした。
不審に思い周りを見れば、いつの間にかエリーナ達だけでなく、脱衣所に居た女性全てがミルに注目している。
「っ!? な、なんですか!?」
慌てて脱ぎかけのドレスで体を隠し、怯えたように小さくなるミル。
あり得ないと分かっていながらも、すわ男ってばれた!? という恐怖と、注目されていることへの不安と羞恥心で涙目である。視線恐怖症になりそうだ。
「あ! ごめんごめん。あんまりにも綺麗だから見とれちゃったよ」
慌ててぱたぱたと手を振って謝罪するエリーナに、顔を赤らめて目をそらす周りの人々。
「……これは、いけませんね。予想以上です」
「……道を踏み外す娘が出ないうちに、私たちでガードしよう」
未発達なのに同性ですら目が離せなくなるほど現実離れした神秘的な造形美を持つミルが、白雪のような肌を火照らせ恥ずかし気にゆっくりと衣服を脱ぐさまは、それが手の届かない芸術品でなく同じ人間であると、手を伸ばせば触れることの出来るのだと、圧倒的現実感とエロスをもって見ている者全ての脳髄を痺れさせた。まさに全方位無差別魅了である。
こんなモノを見続けたら既婚者の女性ですら倒錯的な性癖に目覚めかねない。
「???」
「いいからいいから、さっさと脱いじゃってお風呂入ろう。風邪ひいちゃうよ」
「は、はいっ」
エリーナの妙に迫力ある言葉に押され、再び脱ぎ始めるミルだが、周りを三人に取り囲まれる形になり非常に脱ぎにくい。
「あの、狭いんですが」
「気にしないで」
「これは必要なことなのよ。貴方のためにも周りのためにもね」
「ん。ちょっと当たるくらい気にしないから。私たちが壁になってる間に脱いで」
あぁ視線を遮ってくれてるんだなと納得し、しかし後門の西瓜、右門のメロン、左門の桃、さらに下門に伊予柑(自分)の状況に、緊張がオーバーフロする。
異世界の八百屋は甘くて柔らかやぁ、と謎の感想で心の平穏を保った。
しかし、すでにいっぱいいっぱいのミルに対して現実は非情であった。
「……ん」
「ごごごめんなさい」
「ん。大丈夫、さっきも言ったけど気にしないで」
「はぃ」
ブラジャーを外そうと曲げた肘が、ミリアの桃を弾ませ慌てて謝り。
「わわわっ」
「あらあら、大丈夫?」
「だだだ大丈夫ですぅ」
今度はショーツを脱ごうとしてふらつき、背中をエマに支えられる。後頭部がにふにゃりと柔らかく暖かい感触に包まれた。
そんなこんなで、ハーレム主人公並みのラッキースケベを渋滞させながらも全く堪能することも出来ず、あたふたしながら何とか服を脱ぎ終えた。
「……むぅ」
「あの、どうしましたエリーナさん」
そんな中、私だけ触って貰えてない、とも言えず恨みがましい視線をエマとミリアに向けるエリーナ。
他の二人は、そんなエリーナの視線にそっと目線を逸らす。表向き平静を装っているが、ミリアは長い耳が赤く染まり、エマは何かに耐えるように内股になっていた。
「ううん、何でもないよ。ああそれより、脱いだ装備や服はちゃんとインベントリに入れときなさいね」
「あ、はい。分かりました」
「じゃ、入ろうか」
「あ、わたくし棚にリンスを忘れてしまいましたわ。先に入ってて下さいな」
「私も石鹸忘れた。取ってくる」
「二人そろって何してるのよ。早くしなさいよ」
「ええ。すぐ行きますわ」
明らかに不自然に別行動を取ろうとする二人に、一瞬不審そうな目を向けるが、二人のことだから何かしら理由があるのだろうと当たりをつけ、ミルを先導して先に行くことにした。
二人が浴場に入るのを確認し、ふらりと倒れそうになるエマを慌てて支えるミリア。
「大丈夫?」
「何とか……何かしら、あのお方に触った瞬間、何か痺れるような、ゾクゾクする感覚が……あなたはなかった?」
「あった。でも私は一瞬だったから、まだ大丈夫」
「そう……恥ずかしながら、腰が抜けてしまいました」
「私もドキドキが止まらない。こんなの初めて」
「……接触型の状態異常でも持っていらっしゃるのかしら」
「触れるだけで魅了状態にするような? ……吸血鬼や淫魔は目が合うだけで魅了に掛かる魔眼を持ってたりするから、可能性はなくもない」
「人外の天人様もいらっしゃるようだし、あのお方もその類なのかもしれないわね」
「見た目はどう見ても人間だけど、天人様に常識を当てはめるのは危険」
勘違いである。
ミルのキャラは人間だし、当然その様な能力は持ち合わせていない。
エリーナたちのレベルが高いため、レベル差による威圧感をそれほど感じずに済んでいるが、肌の接触により今まで感じなかったものがいきなり、かつ強く感じたため、体が悪寒と動悸という形で反応したに過ぎたない。
だが、元からミルに対して好意的だった事と、ミルの脱衣シーンのエロさに当てられて体温が上がっていたこと、更に肌の接触直後の心拍数の増加が重なり、魅了されたと勘違いしたのだ。
人はこれを吊り橋効果と言う。
「とにかく、これ以上あのお方に不用意に触れないように注意しましょう」
「ん。そうしよう」
そう勘違いしたまま結論付け、エマとミリアはミルの後を追うのだった。
■◇■◇■◇■
「この先がお風呂よ」
曇りガラスの引き戸を開けると、日本的な洗い場と浴槽が目に入る。
壁のタイル絵が富士山でなく大霊峰と世界樹であることが、辛うじて異世界感を維持しているくらいで、ほとんど日本の古き良き銭湯の風情であった。
「っわ!?」
堂々と引き戸を開けたエリーナが驚きの声を発し、思わず一歩後ずさる。
何故なら、これまた風呂場にいた全員の視線がエリーナ(の後ろにいるミル)に集中したからだ。
一日の疲れを癒しリラックスするべきお風呂場で、謎の悪寒を感じ反射的に発生源らしき場所を確認した先客たちだが、入ってきたのが美人ではあるが普通の人間の女性であったため、首を傾げながら視線を戻そうとし、しかしその後ろから現れた少女に目が釘付けになった。
その少女は、絹のように輝く銀髪とシミ一つない透き通るような肌の、美しすぎる少女だった。
本来は新雪のように白い肌を、恥ずかしさからか薄っすらと桃色に染め、初々しく小さなタオルで体の前を必死に隠しながら入ってくる姿は、これまた同性でも目が離せないほどのエロスをまき散らしている。まさに全方位無差別エロス爆撃機である。
「何なのあなたたち、あんまりジロジロ見たら失礼でしょうが!」
エリーナの一喝で慌てて視線を逸らす先客たち。だが、横目でちらちらとミルを見るのを止められない。
ミルの魅力半分、レベル差による危機感半分と言ったところだ。
「わ、若い人ばかりですね」
エリーナに隠れるように付いていきながらも、しっかりちゃっかり周りを観察し、感想を漏らすミル。
こういうパターンでありがちな、『ドキッ!BBAだらけの銭湯大会!』も予想していたが、予想に反して浴場の中には、少なくとも外見年齢は三十路以下にしか見えない女性ばかりであった。
「そりゃまぁ、ここは冒険者や行商人が泊まる宿街だからね。冒険者にしても行商人にしても体が資本だから、基本的に若い間しかできないんだよ。
レベルが上がってくればまた別だけど、普通は体のピークが過ぎればどこかに腰を落ち着けるから、必然的にこういう宿屋街の風呂屋は若い子が集まるよ。もう少し時間が遅かったら、仕事終わりの宿屋の従業員とかも使うから年齢層上がるけどね」
「へぇー……ラッキー」
「ん?」
「いえ、何でもないです」
思わず漏れた本音は、幸いエリーナには届かなかった。
「それでは銭湯の基本その一、浴槽には体は洗ってから入りましょう! と言うわけで、浴槽に入るのはそこの洗い場で体を洗ってからね。石鹸とかシャンプーとか持ってる?」
「はい」
「んじゃ早速洗っちゃおう」
洗い場に隣り合って座り、シャワーで髪と体を濡らすと髪を洗い始めるミルとエリーナ。
長い髪など洗ったことが無いので、隣のエリーナが洗う姿をちらちら見ながら、見よう見まねで洗ってみるが、髪の毛より揺れるメロンに目がいって仕方ない。
「あれ、ミルちゃんトリートメントやコンディショナーは?」
「あ、持ってないです」
「だめよー。髪が長いと毛先がすぐ痛んじゃうから、ちゃんとケアしなきゃ。私の使いなさい」
「ありがとうございます」
リアルではシャンプーのみだったミルには、その発想は無かったと有難く使わせてもらうことにする。
ゲーム時はそもそも汚れという概念が無かったため、風呂というシステムが無くこの体で初めての銭湯だ。
中世~近世ヨーロッパっぽい世界観のくせに、やたら風呂関係や美容関係の商品が充実していたり、蛇口を捻ればお湯が出るという、時代設定を無視して完全に日本の銭湯を再現したような光景に戸惑うが、まぁ魔法とか魔法具でやってるんだろうなぁと適当に納得する。
実際は、水を出す魔法や魔法具も実在するにはするが、そんなもので水を出し続ければコストが見合わないため、水道は高台の湖から引き、水をお湯にするところだけ魔法具を使っている。
水道の方も水の浄化は魔法具を使っているため、地球の水道と全く同じというわけではないのが、中途半端にファンタジーである。
そして美容用品に関しては、アリアの血と涙の結晶であることをミルは知らない。
「あ」
エリーナの真似をしてターバンのようにしてタオルで髪を纏めたところで、ふと気づく。タオル一枚しか持ってない、と。
「タオル一枚しかないの?」
「……はい」
色々と男の時と勝手が違い、戸惑うミル。
ロングヘアの常識など知っているわけがない。
「しょうがないなぁ。じゃぁ私のタオル貸してあげ……」
自分のタオルを貸そうとしたそのとき、エリーナの脳内に電流走る――!
「……いえ、ミルちゃんくらいのキメの細かい肌だとタオルで洗うより、石鹸を手につけて優しく洗うのがベストよ。それと、その石鹸安物でしょ? 私の石鹸貸してあげるからコレ使って。背中は私が洗ってあげるから」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
恐縮してやたらいい匂いのする石鹸を借りるミル。視線が胸にばかり行くせいでエリーナの伸びた鼻の下に気付くことは無い。
石鹸を泡立てると、丁寧に体を洗っていく。胸と股の間で手が止まりそうになるが、不審に思われないようにちゃちゃっと終わらせる。
「背中洗うよ」
「お願いします」
あらかた洗い終えるとエリーナに声を掛けられ、素直に背中を向けるミル。
背中を向けたため、ミルのうなじから細い肩、腰からおしりのラインに、エリーナの鼻の下が更にびろ~んと伸びているのに気づけない。
「ん」
首筋を優しく洗われて思わず声が出る。
クリスの時もそうだったけど、僕って首筋弱いのかなぁ。と思いながらも、されるがままに洗われると。
「っ、んっ、あっ」
なぜかミルの弱いところを重点的に洗ってくるエリーナ。勿論わざとである。
「はぁはぁ……でゅふふ」
ミルの初々しくも可愛らしい反応に、段々とボルテージが上がり女性がしてはいけない擬音を漏らし始めるエリーナ。
ドキドキと鼓動が早鐘を打ち、新雪を踏み荒らすような罪悪感とも背徳感ともつかない快感がゾクゾクと背中を伝っていく。
脱衣場で触れられなかった分、少しでも長く触れていたいという下心が、本能的な危機感から来る吊り橋効果でモラルという名の天井を今にも突き破りそうだ。
「あ、あの、エリーナさんそろそろ」
顔を赤くして、肩越しにちょっと潤んだ瞳で振り返るミルを見たとき―――エリーナの中で何かがキレた。
「おっと手が滑ったぁ!」
「ンぁん!?」
腋から手を入れてミルの胸を揉みしだき始めるエリーナ。
「あっ、ちょっ、どこ触って」
「よいではないかよいではないか」
「ひぅん、んあ、ちょっ、ま」
「ミルちゃんすべすべでつるつるだねぇ。ずっと触っていたくなっちゃうわぁ」
「そ、そんなこと言われても、あっ、そこは」
「ここもちゃんと洗わないとだめよぉ。さっきちゃんと洗ってなかったでしょう。お姉さんがしっかり洗ってあげる」
「結構で、あんっ、ちょっ、それ以上は」
「んふふふ―――あっ!? ひょわあっ!! 冷たっ!?!?」
「……貴方は何をやっているのかしら」
エリーナの興奮が最高潮に達しようとしたとき、エマとミリアが駆け付け二人を引き離し、ついでにエリーナに冷水をぶっ掛けた。
二人が先に体を洗い始めてしまったため、肌の接触による魅了の可能性を忠告しそこなってしまったエマとミリアは、自分たちも近くで体を洗っていた。
心配していたが、まるで本当の姉妹のようにミルの世話をするエリーナを、これなら大丈夫そうかな、と微笑ましく見ていたのだが、背中を洗い始めたところで雲行きが怪しくなり、案の定公衆の面前で見せられない絵面になってきたので慌てて止めに入ったのだ。
「冷たいじゃない。何するのよ」
「頭は冷えたかしら? 見なさい、ミルちゃん怯えちゃってるじゃないの」
「え゛」
振り返れば、ミルはエリーナから離れミリアの後ろに隠れて、恐る恐るこちらを見ていた。
完璧に不審者を見る目で見られ、ショックを受けるエリーナ。
どちらかと言えば不審者はミルの方なのだが、完全に立場が逆転している。
「あああごめんミルちゃん! 私ちょっとどうかしてた」
「……むぅ」
「完全に警戒されてますねぇ」
「自業自得。ミルちゃん体を流してお風呂入ろう」
今にも崩れ落ちそうなエリーナを放って、ミリアはミルの体を流すと連れだって浴槽へ向かう。
ミルを落ち着ける為と、エリーナとエマを二人にするためだ。エリーナやエマと比べると口数が少なく地味な印象を受けるが、実は空気を読むことに関しては二人より優れているのがミリアだ。
ミルとミリアが浴槽へ向かうと、実際にがっくりと崩れ落ちてしまうエリーナ。
「うぅぅ、やってしまった」
「まったく……何やってるの」
「自制できなかった……ミル様の魅力には勝てなかったよ……」
「魅力ねぇ……やっぱり何かあるのかしら」
エリーナの様子に、頬に手を当てて小首を傾げるエマ。厳しい諜報員用の訓練を受け対人能力に磨きをかけているはずのエリーナが、あそこまで暴走するとは予想外であった。
「何か?」
「実はね、私もミリアも、ミル様に触れられて魅了にかかったような状態になったの」
「魅了?」
「ええ、貴方みたいに理性を無くすほど強いものじゃなかったけどね」
「……それって弱い魅了で、タガが外れるくらいの自制心しか私に無いって言われてる気がするのだけれど」
「私たちと同程度の魅了だった場合、その通りね」
「おぅ……」
実際は、事故的なラッキースケベで接触したエマとミリアに比べ、明らかな下心有りで触りまくったエリーナの方がミルの警戒心を刺激したため、魅了という名の威圧が強く、精神的な安定を欠きやすかったのだ。まぁ結局暴走したのはエリーナの下心のせいではあるのだが。
「まぁ取り合えず、肌の接触には気をつけなさい。それと信頼回復ね。お姉様って呼んでもらうんでしょう?」
「が、がんばるわ!」
ミル妹化計画の為、奮起してミルを追って浴槽に向かうエリーナを見送り、やれやれと苦笑するエマ。
パーティリーダーは社交的で積極的なエリーナが担っているが、こういった時のフォローと発破掛けは一番年上のエマの分野だ。
積極的で行動力のあるエリーナ、包容力のあるまとめ役のエマ、冷静で空気の読めるミリアと、この三人はなかなかバランスのいいパーティのようだった。
ミルは多少漂白されてもやっぱり下品で残念な美少女でした。
やったねクリス。十日は持つよ!




