第六百話 コンシディー編~初恋~
「エヘヘ……ウフフ……」
ここ最近、シディーの機嫌がすこぶるいい。いつも、こんな感じでとろけるような笑顔を見せている。何かいいことがあったのかと聞いてみるが、彼女の答えはいつも決まって、何でもないです、の一点張りだ。
リコやメイ、ソレイユやマトカルらに聞いてみたが、心当りはないらしい。もしかしたら、二人目を授かったのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「どうしたんだ、本当に? 何をそんなに嬉しそうにしているんだ?」
「ウフフ、ナイショです」
ナイショと言われてしまうと、さらに気になってしまう。俺は、いけないとわかっていても、ついつい鑑定スキルを発動してしまうのだった。
シディーの過去を覗き見て、驚愕してしまった。結論を先に言ってしまうと、彼女は他の男から告白されていた。結婚してくれとプロポーズされていたのだ。
だが、安心してほしい。おそらくだが、NTRの展開になることはないと思う。
というのも、その相手と言うのが、リオゼンタール王国国王の三男、カルナーメという男だったのだ。彼はアガルタ大学の留学生で、何と十三歳という若さだ。
アガルタ大学に十代前半の者が入学してくることはままあることで、特に、王族などは、幼い頃から英才教育を受けている者も多く、十三~十四歳でも、大学教育についていくだけの学力を備えている者も多い。また、王族の中でもとりわけ、次男、三男となると、王位を継ぐよりはむしろ、国の重責を担う者として、高等教育を受けさせようという方針をとる国も多い。そのため、アガルタ大学の学生は、かなりの年齢幅が見られるのだ。
このカルナーメも、ご多分に漏れず、母国からは国を預かる者としてふさわしい人物となるよう期待されて、アガルタにやって来ていた。何のことはない。彼はシディーを自分と同年代の少女だと思い込んでいた。
「僕は、アガルタ大学に留学しているカルナーメと言います。君はどこの生徒ですか?」
シディーに初めて話しかけてきたときの、カルナーメの言葉だ。男の俺にはよくわかる。彼は、勇気を出してシディーに話しかけたのだ。およそ、十三歳とは思えない程の、しっかりした口上だ。
二人が出会ったのは、アガルタ大学の廊下だった。シディーはメイやセルロイトらと、友好の花の撲滅方法を研究するために、折に触れて大学に赴いていた時期だった。彼女は王族のような煌びやかな衣装にはあまり興味を示さず、外出するときはラフな、言ってみれば、冒険者のような動きやすい衣装を好んで着ている。しかも、彼女はドワーフとはいえ、様々な努力によって、髪の毛をストレートにしている上に、ポニーテールといういで立ちだ。そういうこともあって学生たちは、シディーがお妃さまであるとは、全く気付かなかったらしい。実際、カルナーメが話しかけてきたときも、ズボンにシャツといった、ある意味学生らしいラフなスタイルだった。カルナーメがシディーを学生と見間違うのも、わからないではなかった。
だが最初、シディーは何のことだかわからなかったらしい。ニッコリと微笑んだだけで、スタスタとその場を後にしてしまった。その後、カルナーメは、シディーを見るたびに、「おはよう」や「こんにちは」といった挨拶をしてくるようになった。ただ、シディーはこれを単なる挨拶と思っていたらしい。いや、男の子としては、精いっぱい距離を縮めようと努力していたのだが……。
そんなことを繰り返すこと数度、ついに三日前、カルナーメは、シディーに一通の手紙を渡した。「こっ、これ、読んでください」と顔を真っ赤にしていたのが、何ともかわいらしかった。そして、その手紙には、こんな文章が書かれてあった。
「あなたのことを、好きになりました。僕と、将来、結婚してください」
……甘酸っぱい。甘酸っぱいじゃないか。今時、こんなことをする男の子がいたなんて、俺は心底嬉しく思った程だ。息子たちにも将来、好きな女の子ができたら、是非、おすすめしたい振る舞いだ。女子が受け入れてくれるかどうかはわからないが。
シディーにそれとなく聞いてみると、彼女は顔を真っ赤に赤らめながら、クネクネと体を揺らせた。
「そうなのです……。まさか、十代前半と間違われるとは思いもしなかったです……。どうしましょう? 私、そんなに若く見えますか?」
若い、というより、幼いということじゃないのか。そんな言葉が口をついて出そうになるが、必死の思いで飲み込む。そんなことを言った日には、きっとしばらくは口を利いてもらえなくなるだろう。
「ところで、どうするんだ? その男の子のこと」
「どう、とは?」
「このままにしておくわけにもいかないだろう」
「ええと……そうですよねぇ」
同世代に間違われた嬉しさで、その後のことは全く考えていなかったらしい。取り敢えず彼には、何らかの返事をしなくてはいけないだろうということになったが、シディーの頭脳をもってしても、いい答えが思い浮かばなかった。
「ごめんなさいね。私はアガルタ王リノスの妻、コンシディーと言います。年齢は、五十手前です」
そんなことを言えば、彼の心はズタズタになるだろう。そんなことを言ってはいけない。では、何と言えばいいだろうか。二人で頭を抱えながら考えていると、そこにゴンがやって来た。彼は俺たちの話を聞くと、言下にこんなことを言ってのけた。
「シディー殿が、アガルタ大学にしばらく顔を出さないでおけばいいのでありますよー。会わなければ、忘れるであります、きっと」
いや、それじゃダメだ。勇気を振り絞った男の子には、ちゃんと答えを返してやらなければならない。そうしないと、女性不信になる可能性がある。俺はシディーに、何とか上手く断ってくれとお願いする。
「……う~ん、厳しいですね。『ごめんなさい』と言わずに、しかも、彼の心を傷つけずに断りの返事を言わないといけないのでしょう? う~ん、しばらく考えさせてください」
シディーはそう言って部屋に戻ってしまった。
返事を伝えてくる、と言って俺の許にシディーがやって来たのは、次の日のことだった。彼女の中で、伝える言葉がまとまったらしい。朝食を終えると、彼女はいつもと変わらぬ表情を浮かべながら、屋敷を後にした。
「大丈夫ですわ。シディーなら、うまくやりますわ」
心配そうな表情を浮かべていたのだろうか、リコがそう言ってニッコリと笑った。
「それにしても、不思議ですわね」
「不思議? 何がだい?」
「まさか、そんな少年のために、リノスがそこまで心配するとは、不思議ですわ」
「そうかな」
「縁もゆかりもないお方……。子供とはいえ、怒りを覚えてもおかしくないことですのに……」
「そんなものかな。何となく、放っておけなくてね」
俺は前世での初恋を思い出していた。小学五年生の頃、好きだった女の子に思いを告げることができずに苦しい思いをしたのだ。だが、シディーに思いを告げた少年は、本当に彼女のことが好きだったのだろう。その純粋な思いに応えてやることは難しいだろうが、何とか、いい思い出として残してやりたいと思ってしまったのだ。まあ、一度くらいデートするくらいならば、許そうと思っている。
そんなことを考えていると、シディーが戻ってきた。屋敷を出てから三十分ほどしか経っていない。
「どうした、彼とは会えなかったのか?」
「いいえ。会えました。ちゃんと伝えてきました」
「ほう、何て言ったんだ?」
「難しいです、と。今は、どうにもならないです。と伝えました」
「……彼は何て言っていた?」
「謝っていました。好きになってしまって、申し訳ありませんと」
「本当に、シディーのことが好きだったんだな」
「ええ。少し、嬉しかったです」
「そうか」
「でも、私の直感ですが、彼は、とてもいい結婚をすると思います。私よりもずっと素晴らしい女性と知り合って、人もうらやむ家庭を築くと思います」
「シディーがそう言うのならば、そうなんだろうな。お疲れさまでした」
彼女はにっこりと微笑むと、工房に行ってきますと言って、再び屋敷を後にしたのだった。




