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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 妻たちのエピソード
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第五百九十八話 リコレット編~息子と娘~

目覚めると、まだ深夜の時間帯だった。リコはゆっくりと体を起こした。


ふと見ると、息子のイデアが大の字になって眠っている。その寝顔は幸せそのもので、それを見ているリコの心も癒されていくのを感じる。


夜明けまでまだ時間がある。もうひと眠りできそうだ。彼女はイデアに毛布を掛けて、再び横になる。そのとき、隣に寝ていたイデアがゴロリと寝返りを打って、リコの傍に寄ってきた。そして、彼女のパジャマの裾をキュッと握り、小さな声で呟いた。


「ママ……」


何と可愛いのだろう。リコは思わずイデアの体を優しく抱きしめる。


……この子は、私がいなくなれば、生きてはいけないだろう。


そんな考えが頭をよぎる。いや、そんなことはない。母親がいなくなれば、子供は強く育つ。きっと、自分がいなくなったとしても、この子は強く生きていくに違いない。もう一人の自分が心の中で諭している。


……まさか、この私が、そんなことを考えるとはね。


リコはイデアの頭を撫でながら、思わず笑みを浮かべる。親とは忙しいものであり、子供のことに構っている余裕などないものだと思っていたが、自分が子供を産み、育ててみると、今は亡き両親の愛情がよくわかる。皇帝と皇后という重責を担っていたために、触れ合いが少なかったとはいえ、それでも、本を与え、衣服を与え、有能な家来を与えてくれていた。幼い頃はそうした愛情が理解できていなかったが、今、思い返せば、それらは全て両親の深い愛情の賜物であったことが、痛いほどによくわかる。


……今、お父様やお母様に会うことができたら、もっと多くのことを語り合えたでしょうに。


そんなことを思っても、もう両親はこの世にはなく、どうしようもないことだということはよくわかっている。


リコは、イデアの幸せそうな寝顔を見ながら、そっと、子供の頬を撫でる。息子の頬から伝わるほのかな温もりが、彼女の心を癒していく。夫は優しく、子供たちも元気に育ってきている。今の環境には何の不満もない。そう考えると、自分が子供の頃に思い描いた孤独に苛まれる未来予想図はことごとく外れ、全く意図しない人生を歩んでいる。彼女は己の人生の不思議を感じざるを得なかった。


一方で、息子がここまで母親に甘えているのを、このまま見過ごしてよいものだろうかという思いも湧き上がる。この子は将来、アガルタの王となる身なのだ。多くの家来を従えなければいけない身だ。今からそれなりの英才教育を行うべきでないのか。優秀な者に預けて、養育させるべきでないのか……。


「男の子は、徹底的に甘やかせ。そうすれば、強い男の子になる」


リコの心の中に、夫であるリノスの言葉が思い出される。最初、この言葉を聞いたときは、全く信じることができなかった。これまでリコが受けてきた教育や、考え方とは真逆のものだったからだ。


基本的に貴族の家に生まれた者は、すぐに乳母に預けられて、両親とは離れて暮らすのが一般的だ。ヒーデータ帝国ではそれが当たり前であったし、リコもそうした教育を受けてきた。


だが、冷静になって考えてみると、両親から離れて育てられた兄は、幼い頃から気が弱く、周囲の目を伺うことが多かった。一方で、弟のヴァイラスは、皇位を継承しないとされたために、生みの母の手によって育てられた。彼は幼い頃から聡明で利発で、周囲の雰囲気を読む力に長けていた。この二人の兄弟の違いは一概に、育った環境が原因であるとは言い切れないかもしれない。しかしリコは、兄と弟のことを思い出すと、どうしても夫の言葉に納得してしまう自分がいたのだった。


……やっぱり、男の子のことは、よくわかりませんわ。


つくづく、男という生き物は不思議な生き物だと思う。どんなに悲しんでいても、落ち込んでいても、母親に抱きしめられればすぐに回復する。どんな慰めの言葉や態度よりも効果があるのだ。逆に、長女のエリルは、落ち込んでいる原因を突き止め、その明確な解決策を示してやらねば、なかなか回復することはないのだ。夫のリノスは、それがわからないらしい。いつもエリルが落ち込んでいると、ただ心配そうな表情を浮かべながらオロオロと周囲をうろついている。


エリルは同じ女性同士ということもあるだろうか、娘の考えていることは、言葉を交わさずともよくわかる。あまり自分には話しかけてこないのは、わからないことがあれば、最後に母親である自分に聞こうと思っているからだ。


彼女は、母親の意図をよく汲んでいると思う。将来はヒーデータ帝国の皇后となる身だ。今から多くのことを身に付ける必要がある。それがよくわかっているために、メイやシディーたちによく質問している。マトカルによく懐いているが、それは相性のせいもあるだろうが、マトカルの答えを一言で言い切る点が、エリルには心地いいのだろう。


リコの頭の中が、エリルの未来に集中する。


将来的に、ヒーデータ帝国の皇后となるのであれば、兄の言う通り、早めに帝国の水に慣れておいた方がいいだろう。あの国には独特の風習がある。それらに早く馴染んでおく方が、エリルにとってはプラスに働く。それに、婚礼までにある程度の人脈を作っておく必要もある。


まずは、弟のヴァイラスを後ろ盾につける。彼に異存はないはずだ。そうして、弟の後ろに控えるグレモント家の人脈をすべて取り込めば、表立ってエリルを批判する者はいなくなるだろう。あとは、帝国軍をどう抑えるかだ。


それは、婚約しているアローズの役目だ。兄のことだ。おそらくある程度の年齢になれば、彼を帝国軍に入隊させるだろう。そして、そこで軍人教育を施しながら、同時に、皇帝としての帝王学を学ばせるつもりだ。


帝国軍に入隊するとなると、アローズはしばらくの間、寄宿舎で共同生活を送ることになる。その前にエリルとアローズの接点を持たせた方がよい。婚礼で初めて対面するという昔のような風習は、この娘には合わないだろう。


……エリルはもうすぐ八歳。アローズは十一歳。きっと兄は、十三歳になるとアローズを帝国軍に入隊させるだろう。そうなると、エリルが彼と会うのは難しくなる。この一年間が勝負だ。


リコの頭の中に、色々な事柄が浮かび、そして、消えていく。


……エリルをヒーデータのイザエモンに入学させる前に、一度、アローズを交えてお茶会を開催するのがいいかしら。一度、リノスに相談してみよう。


そのとき、ふと、部屋が明るくなった。体を起こすと、窓から朝日が差し込んでいるのが見えた。


……私としたことが、ついつい考え込んでしまいましたわ。


リコは思わず笑みを漏らす。そのとき、隣に寝ていたイデアがパタパタと寝返りを打つと、ゆっくりと目を開けた。


「……ママ、おはよう」


「……おはようございます、イデア」


イデアは嬉しそうな表情を浮かべると、リコに抱き付いてきた。そして、ゆっくりと体を起こすと、目をゴシゴシと擦りながら、小さな声で呟いた。


「……お腹がすいた」


その言葉に、リコは思わずクスクスと笑い声をあげる。


「それでは、顔を洗って、お着替えをして、朝食にしましょう」


彼女の声にイデアはコクリと頷き、ベッドから飛び降りた。彼はパタパタと部屋の扉に向かうと、静かにドアを開けた。


「ママ、早く」


イデアに促される形で、リコはベッドから降り、傍らにあったブラシを手に取ると、それで自分の髪の毛を軽く整えた。


「さあ、お顔を洗いましょう」


リコはイデアと手を繋いで、バスルームに向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 親子のお話し? (謎の観測者) メカニック「男に女心は理解出来ないの(ただの飾り)です!       女にはそれが解らないのです!」 ……だがしかし、この世に…
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