第五百九十五話 男塾?
「アガルタのリノスたぁ、俺がことだぁ~!!」
目の前の男は、ポカンとした表情を浮かべている。我ながら見事な言い回しだと自画自賛したいくらいなのだが、この男にはそれがわからないらしい。残念だ。
俺は、セルロイトたちがいたアガルタ大学の農場から、アガルタ軍本部の空き部屋に転移していた。何故か、部屋が冷え冷えと冷め切っているような気がするが、あまり気にしないようにして、目の前の男と対峙することにする。
「さて、大体察しはつくが、お前は何をしにあそこに行った?」
「わっ、私は……」
「ああいや、喋らなくていい」
俺は目の前の男に、鑑定スキルを発動させる。当然、男には結界を張って自由を奪っておいた。
「……何ちゅう男だ」
俺は怒りを通り越して、呆れていた。血と汗と涙で懸命に……という言葉があるが、この男の人生は、血と汗と精液でのし上がってきた人生といって過言ではなかったからだ。
この男にとって、女性とは己の欲望を満たし、それが済むと利用するという存在であるようだ。互いに尊敬し合い、互いに愛情を通わせ合うという、ごく当たり前の男女の関係というものは、この男にはなかった。ただ女性を支配し、利用価値がなくなれば捨てる。ある意味でわかりやすいポリシーを持った男だった。
色んな意味ですごい男だと思うが、その中でも特にすごいのは、あれだけ女性を好き散々にしておいたにもかかわらず、捨てた女性から報復の類は一切受けていないことだ。別れ方が上手なのか、それとも、報復をすることすらあきらめさせる何かがあるのか……。別に知りたいとは思わないが、絶対に娘たちには近づけたくはない男であることは確かだ。
目の前の男は、必死で何かを言おうとしているが、結界を張っているために、体が動かない。どんどん男の顔が歪んでいく。
「お前の名前は、マタカというのだな。アガルタに来たのは、ヴィエイユの命令ではないのだな。ロン・エスロテル……? 何だか、この男もクセがありそうだな……」
男の目がどんどん開かれていく。その様子を見ながら、俺はさらに言葉を続ける。
「ここに来るまでに、何の対策もしなかったのか? ……なるほど。自分の顔は、アガルタでは誰も知らないだろうと思ったんだな。意外とワキが甘いんだな。相手の戦力を正確に見積もらないと、死ぬことになるぞ?」
男は何か必死で喋ろうとしているが、口を開くことができないので、ただ、体を震わせることしかできていない。
「……どうやら、お前の他に、セルロイトちゃんに近づこうとしている者はいないようだな。安心したよ。大ネズミは、お前一匹だったということか」
「……グッ……ガッ……」
「何だ。だったら、弁天小僧じゃなくて、荒獅子男之助でいくべきだったかな。タダのネズミじゃあんめぇがな……みたいな。いや、それだったら、取り逃がしちゃうから、ダメだな」
テヘヘと笑う俺に、マタカは慄きの表情を浮かべている。どうやら、俺の言っている言葉が全く理解できないようだ。
「さて、冗談はここまでにしておいて、お前をこれからどうするかだな。ヴィエイユの許に強制送還してもいいが、それをすると、確実にお前は死ぬことになる。今までの行いを考えれば、それも悪くはないと思うが、何か、違う気がするな……。ちょっと待っていろ」
俺はマタカを残して、アガルタの都にある、ドワーフ工房に転移した。
「お……おお。これは、リノス様……」
年老いたドワーフが恭しく出迎えてくれる。事前に連絡をしていなかったために、かなり戸惑っているようだ。
「すみません、突然押しかけてしまって。あの……シディーはいますか?」
「おお。大姫……いや、姫様でしたら、工房においでになります。お呼びしましょうか……」
「あ、いえ。大丈夫です。わかりますから」
そう言って俺は、工房の中に入っていく。シディーがいつもいる工房は、一番奥の部屋だったはずだ。
「シディー、入るぞ」
「ちょっと待ってください!」
ドアをノックして入ろうとすると、中からシディーの声が聞こえてきた。てっきり着替えでもしているのかと思って待っていたが、全くなしのつぶてだった。
「どうしたシディー? 入るぞ?」
「ちょ、ちょっと待ってください! ……うわわっ!」
「シディー!」
扉を開けると、シディーが紙に埋もれていた。慌てて駆け寄って、シディーを助け出す。
「大丈夫か?」
「ううう……」
彼女をお姫様抱っこしながら周囲を見ると、どうやら、埋もれていたのは、設計書か何かのようだ。
「どうしたんだ?」
「いえ……。直感的にリノス様がおいでになると感じて、部屋を掃除しようと……」
慌てて部屋を片付けたはいいが、ただ積んだだけなので、それらはあえなく崩れてしまったということらしい。
「あの……おろしていただいて、かまいません」
シディーが顔を赤らめながら呟いている。俺は咳ばらいをしながら、彼女を床に下す。
「珍しいですね、リノス様が工房においでになるなんて」
「いや、シディーが言っていたセルロイトちゃんのことだけれど、様子を見に行ったら、男に襲われそうになっていたんだ」
「やっぱり!」
「その男を捕らえて、今、アガルタ軍本部の一室に軟禁しているんだ。どうすればいいと思う?」
「う~ん」
シディーは右手の人差し指を顎の下に当てて、何かを考えている。しばらくすると、ゆっくりと頷きながら、俺に視線を向けた。
「マトカルに任せるのが、いいと思います」
「マトに?」
「はい。直感的に、マトカルならうまくまとめると思います」
「そうか、わかった。マトに相談してみるよ」
「あの……リノス様」
「何だい?」
「そういう内容であれば、念話でもよかったと思うのですけれど……」
「あー」
そりゃ確かに、そうだ。俺は一瞬遠くを見るような眼をして、すぐにシディーに視線を戻した。
「まあ、確かにそうなんだけれど、何となく、シディーの顔を見たいと思ったんだ」
「……」
シディーは顔を真っ赤にして俯きながら、拳で軽く俺の腕をつついた。
◆ ◆ ◆
「……わかった」
マトカルの許に転移した俺は、さっそく、捕らえた男の話を彼女に伝えた。マトカルはしばらく考えていたが、やがて、控えていた兵士を呼ぶと、ラファイエンスを呼ぶように命じた。
「どうして将軍なんだ?」
「捕らえたのは、男だろう? 男のことは、男に任せるのが一番だろう」
「そういうものなの?」
予想外の答えに戸惑う俺を、マトカルはすました顔で眺めている。
「いや、待たせたな」
しばらくすると、ラファイエンスが部屋に入ってきた。現役を退いたとはいえ、老いた感じは全くない。若い兵士の教育に専念していて、日々、彼らとともに体を動かしているせいだろうか。
彼はマトカルから話を聞くと、ニッコリと笑いながら、大きく頷いた。
「リノス殿は、その男をどうしようと考えておいでかな?」
「そこなのですよ、将軍。クリミアーナに強制送還することも考えたのですが、それですと、確実に殺されます。別に温情をかける相手ではないのですが、それは何か違う気がしていまして……」
「うむ。リノス殿の感覚は正しい。その男は、クリミアーナに送還するべきではない。私に任せてもらおうではないか」
「将軍……一体何をなさるおつもりで?」
「決まっている。男として、再教育をするのだ」
「再教育?」
「女性をモノのように扱うなど、言語道断だ。男子の風上にも置けぬ振る舞いだ。その男には、私が、男子としてどうあるべきかを、骨の髄まで叩き込んでやろう。顔を見ていないので何とも言えぬが、面構えはよいのだろう。で、あれば、紳士に生まれ変わることは可能だ」
「そ……そうなのですか?」
「なぁに、心配はいらん。そうだな……二年。二年でその男を紳士に変えて御覧に入れようではないか。万事、私に任せておくといい」
ラファイエンスは胸を張っている。その様子を見ながら、俺は小さな声で呟く。
「こりゃ、とんだ男塾になりそうだな……」
2020年最後の投稿になります。本年もありがとうございました。
来る2021年が、皆様にとって幸多き一年となりますよう、お祈り申し上げます。
どうぞ、よいお年を!
片岡直太郎




