第五百八十九話 無茶苦茶
応接室に入ると、ヴィエイユは立ったまま俺を出迎えた。その表情は硬く、何かの決意を秘めているようにも見えた。
「まあ、立ち話も何だ、座れ」
着席を促されて、ゆっくりとヴィエイユはソファーに腰を下ろした。いつものような色気のある雰囲気はない。白い衣装を纏ってはいるが、胸元を強調してはおらず、ごく、シンプルな、清楚さを強調した衣装だ。
その彼女の後ろでは、戸惑いの表情を浮かべているポーセハイがいた。聞けば、ヴィエイユが強硬に彼を同席させたいと言い張ったのだとか。教皇だけに強硬な姿勢ってか? そんな下らぬことを考える。俺はポーセハイの彼に、別室で休むようにと勧めたが、ヴィエイユは彼を目で制して、その場所にとどまらせた。
「どうした、ヴィエイユ」
俺は半ば呆れながら諭すが、彼女はキッとした目で俺を眺める。
「いえ、ご心配には及びません。時と場合によりまして、すぐにアフロディーテに帰還せねばなりませんので」
「ずいぶん、忙しそうだな」
「ええ。お陰様で」
何とも冷え冷えとした沈黙が部屋を重苦しくしている。ヴィエイユは相変わらず俺に視線を向けたままだ。何かを話したいらしいが、そのきっかけをつかめないでいるらしい。いつもズケズケとモノを言うこの娘にしては、珍しい光景だ。
「で、今日は何だ?」
「友好の花の駆除方法をお教えいただきたくお願いに上がりました」
ヴィエイユは一気にそうまくし立てて、再び俺に真っすぐな視線を向けた。いきなり本題から入ってくるところをみると、アフロディーテでは、俺の予想を超える速さで花が拡散していっているのか。そんなことを考えたとき、ヴィエイユが突然口を開く。
「我がアフロディーテにおける友好の花の拡散は、今のところ防ぐことができております。しかしながら、花の完全な駆除までは至っておりません。このままでは我が教都は、友好の花に飲み込まれてしまいます。従いまして、アガルタ王様にその花の駆除方法を教えていただきたく、緊急に参った次第です」
「ほう、俺たちが……」
「アガルタが友好の花の駆除方法を確立したことは、容易に想像がつきます。そして、我が国にあの花を拡散させたのも、アガルタであると確信しております。このようなことができるのは、世界広しと言えども、アガルタ王様のみであると信じております。私は、アガルタ王様が友好の花を我が教都に拡散させたことに関して、とやかく言うつもりはございません。ただ、このままでは我が教都は、我が国は滅んでしまいます。それは何としても避けねばなりません。それ故、本日は花の駆除方法をお教えいただきたくお願いに上がった次第でございます。そして、その条件を承りたく、お願い申します次第です」
「条件……か」
「はい。私は、今回、アガルタ王様に完全に敗北いたしました。花の駆除方法をお教えいただけるのであれば、どのような条件でも受け入れるつもりでございます」
「どのような条件でも、か?」
「はい」
「俺の奴隷になれと言われれば、なるってか?」
「喜んでなります」
「死ねと言えばどうするんだ?」
「喜んでこの命を差し出します」
「お前の嫌いなラッカーに抱かれろ、と言われれば、どうする?」
「……致し方、ございま、せん」
「……そこは即答しろよ」
やはり、ラッカーは生理的に嫌いらしい。ちなみに、だが、ラッカーはソレイユからの報告によれば、サイリュースのリジアとそれはそれは仲良くやっているらしい。むしろ、今、ヴィエイユが乗り込んでいったとしても、歯牙にもかけないかもしれない。そんなことを考えていると、再びヴィエイユの声が聞こえた。
「条件を承りたく存じます」
雑談などは一切する気がないらしい。早く条件交渉を終わらせて、すぐにアフロディーテに取って返したいようだ。相変わらずこの娘の機を見るに敏な姿勢は、感心する。
友好の花が拡散する可能性が極めて高いアフロディーテの現状は確かに、ヴィエイユにとって危機的状況だろう。だが、その状況を短期間で脱することができれば、この娘の評価は大きく跳ね上がることになる。ヴィエイユは今の災いを転じて福となそうとしているのだ。というより、それをすることでしか、今の地位にいられないことが、この娘は正確に理解していた。
早く条件を言え。彼女の眼がそう言っている。俺は大きなため息をつきながら、ゆっくりと口を開く。
「どうやら今のお前は俺と雑談をする気はないようだな。まあ、いいだろう。条件を出そう」
ヴィエイユの背筋がスッと伸びる。そして、その表情がさらに強張った。
「ネズミのフェリーラットをクリミアーナ教国に販売する」
ヴィエイユがキョトンとした表情を浮かべている。少し、頭も右側に傾いている。どうやら、俺の答えが予想外のものだった上に、内容もいまいち理解できないようだ。
「友好の花の駆除に最も効果があるのは、フェリーラットであることがわかったのだ。取り敢えず、メイたちが用意したネズミを使って実験をしたところ、フォーアル大公国の友好の花は完全に駆除された。完全に、だ。どういう仕組みで花が枯れたのかは俺は知らんが、完全に花は枯れた。その、花を枯れさせることのできるネズミを、お前たちに販売しようというのだ」
「承知しました。お値段はいかほどでしょう?」
「ネズミ一匹に対して、大金貨千枚だ」
「千枚……承知しました」
ヴィエイユの顔が強張っている。俺がサダキチたちに命じて持ち込ませた友好の花は数十本だったが、今は確実に二百本を越えている。この娘のことだ。アフロディーテにおける友好の花の数は把握しているだろう。その上で、およそ二十万枚の金貨であれば、懐は痛むだろうが、出せない金額ではないと踏んだのか、相変わらず表情は強張っているものの、その双眸には光が宿っている。ちなみに、この世界における大金貨一枚の価値は、日本円にして一千万円だ。
「それでは、そのネズミを一千匹頂きたく、お願い申します」
「一千匹?」
「左様でございます」
大金貨にして百万枚だ。日本円に換算するといくらになる? ええと……十兆円か。小国の国家予算に匹敵する額だが、この娘は、別にローンの相談をしてくることもなく、それを支払うと言っている。まあ、クリミアーナの支配地域からかき集めれば、何でもないのかもしれない。
「わかった……と言いたいところだが、あいにくそんなに数はいないんだ。そうだな……取り急ぎ、百匹を用意しようか」
「承知しました。すぐに代金は持って参ります。恐れ入りますが、先に一千匹分の代金をお支払いさせてくださいませ。そして、ネズミが用意でき次第、早急にアフロディーテに送ってくださいませ」
「待て」
「はい?」
「ネズミの販売数はこちらが決める。販売時期もこちらが決める。そして、販売価格も、俺が決める。それが、条件だ」
「え?」
ヴィエイユは一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、やがてすべてを理解したのか、徐々にその顔が青ざめていった。
「もう一度言う。俺からの条件は、新・クリミアーナ教国は、アガルタからフェリーラットを未来永劫、購入し続けなければならない、というものだ。その販売数、販売時期、販売価格はすべて、アガルタが決めることとする。それに対して、新・クリミアーナ教国は一切の交渉権も拒否権も認められない。以上だ」
「そ……そんな……無茶苦茶な……」
ヴィエイユはそこまで言うと、口をポカンと開けたまま固まってしまった。




