第五百八十一話 結論は……?
メイ、シディー、セルロイトの三人は、ヤンノーリの畑から捕らえた数十匹のフェリーラットを伴って研究室に戻った。
いろいろ調べてみると、フェリーラットは種類によって友好の花に対する反応が異なることがわかった。場合によっては、全く花を興味を示さない種類もいたのだ。三人は、毎日のようにフォーアル大公国のファンタジック公爵邸の庭に赴いて、友好の花を採取して研究室に運び込み、フェリーラットに与え続けた。
その実験台となるネズミは、リノスが懸賞金をかけたこともあって、アガルタの国内から続々と都に集められた。元々、畑の作物を荒らすために、農家では駆除の対象となっていた生き物だ。それが捕らえると懸賞金が貰えるというのだ。農家の人々にとっては、一石二鳥の話であり、そのために、多くの人の手で、それも主に子供たちが小遣い稼ぎに喜んでネズミが捕らえられたのだった。
続々と研究室に送り込まれるフェリーラット。その大量のネズミに、三人の女性は片っ端から友好の花を与えていった。
早朝から深夜まで、寝食を忘れて実験を続けること三日間、三人は、どの種類のネズミが友好の花に興味を示すのかを、ある程度特定するに至った。
「……つまり、オスで、かなり老境に近いネズミが、あの花を食らう確率が高くなるということか」
リノスは三人の女性から提出された報告書に目を通しながら、誰に言うともなく呟く。その言葉に、メイがゆっくりと頷く。
「反対に、若いオスはほとんどあの花に興味を示しませんでした。さらに言うと、メスに関しては、全くと言っていいほど、あの花に興味を示しませんでした」
「どうして、年老いたオスのネズミだけがあの花に興味を示すのだろう?」
「それは……」
メイはチラリとセルロイトに視線を向ける。それを受けて、セルロイトが一歩前に進み出た。
「おっ、おそらくは、花の香り……かと思います」
「花の香り?」
「ねっ、ネズミは嗅覚が優れています。でっ、ですが、こっ、この友好の花は、香りが強すぎます。でっ、ですから、わっ、若いオスは……」
「なるほど。香りがキツすぎて、興味を示さないというわけか」
「ただ、老境のネズミは、一旦花を食べ始めると、その根まで完全に食べつくします。そのために、花の拡散は抑えられると考えます」
シディーが大きく頷きながら口を開く。
「根まで食い尽くすか……。相当美味しいのかな」
「きっと、そうだと思います」
「ドリアンみたいだな」
「どりあん?」
「……知らないよね。いや、そういう食べ物があるんだよ。こっちではあるのか……。いや、ないな。見たことがないからな。ドリアンって食べ物があったんだ。ものすごい臭気を放つ食べ物だけれど、食べると意外に美味しいんだよ。そういう感じかな」
「う~ん」
シディーが眉間に刻めない皺を刻みながら、人差し指をおでこに当てている。これは、彼女が何かを思い出そうとしているときのポーズだ。全く知らないことならば、彼女は目をギュッと閉じて天を仰ぐ。彼女は実家のニザにいるときに、リノスが言うような食べ物を食べた記憶があった。それを、思い出そうとしていたのだ。
「言ってみれば……オオイノシシの肉ですか?」
「まあ、あれは臭みがあるな……。そんな感じだと思ってもらっていいと思うよ」
「う~ん」
シディーはわかったような、わからないような表情を浮かべている。このままこの話を引っ張ると、さらに彼女が混乱しそうだと判断したリノスは、メイに視線を向ける。
「で、フェリーラットが食べると、花が白く凝固すると聞いたけれど……」
「はい。それについても原因が判明しました」
メイは大きく頷く。すると、それが合図であったかのように、セルロイトがあらかじめ用意してあった冊子をリノスとメイに手渡した。
「すべてを説明すると長くなりますので、かいつまんで説明しますと、フェリーラットの唾液には、レイサルトが8%、カルトルが4%含まれています。対して、友好の花には、香気の基となるリーエンスの成分が、何と64%も含まれています。あの……ここまでは、大丈夫でしょうか?」
メイの言葉に、リノスは少し戸惑いながら頷く。
「……よかったです。では、説明を続けます。そのフェリーラットの唾液と、友好の花に含まれるリーエンスの成分が反応して、凝固しているのです」
「なるほど」
「一般的には、レイサルトとカルトル、そして、リーエンスの成分がリーン反応するためには、その比率が4:4:2の割合と言われていますが、この友好の花に関しては、その比率でなくとも反応が起こることがわかりました。これはとても驚くべきことで、その原因については判明しておりません。ですが、今後の研究課題として追及していきたいと思います。そもそも、リーン反応に関しては、私の知る限りおよそ80年前からその研究は深くなされておりません。この反応比率も、当時の機器を使用して行ったものですから……」
「メイ、メイ……あの、メイちゃん? ちょっと、ちょっといいかな?」
「あっ、はい。申し訳ありません。少し、喋りすぎました」
「いっ、いや、いいんだ。で、その花を凝固する……え?」
リノスが話をしている最中に、セルロイトが別の資料を彼の前に差し出した。リノスは戸惑いながらそれを受け取り、目を通す。そこには、彼には全く理解できない、難解な数式が書かれていた。
「あの……これは?」
「はっ、花の凝固……可能性を、計算しました」
「ええと……結果的に、これは、何パーセントで起こるのでしょう?」
「根を、完全に、食べつくした場合は、百パーセントです」
「百パーセント?」
セルロイトはゆっくりと頷く。
「あくまで、計算上の確率としてですが、おそらく、それは合っていると思います。私の直感がそう教えてくれているのです」
「シディーがそう言うなら、間違いはないだろうな。ただ……」
リノスは腕組みをしながら、視線をあらぬ方向に向ける。
「問題は、安定感だよな。花を枯れさせる条件を持ったネズミを見つけ出すのは、大変そうだし、そういうネズミを育てるというのも時間がかかりそうだよな。あ、あれか。一度花を食べ始めると、根まで食い尽くしてくれるんだよな? ということは、ネズミの嗅覚を……うおっ!」
突然、リノスの目の前に一枚の書類が差し出された。ふと見ると、そこには、書類を持ったセルロイトの姿があった。
「えっと……これ、は?」
「きゅっ、嗅覚を減退させる方法、です」
「……さすが、余念がないな」
リノスは半ば呆れながら、差し出された紙を受け取り、目を通す。そこには、さらに彼の理解を超えた内容が書かれていた。
「ええと、つまりは……」
「つまりは、オキサライトを使えば、ネズミの嗅覚を減退させることができるのです」
「オキサライト?」
「リガリルとファラサイト、コレンキタラ、ライゾラレル……それぞれを二倍に希釈して……」
「メイ、メイ。いいから。うん、大丈夫だ。結果的に、それはできたんだよな?」
「はい。ただ、ご主人様がご指摘の通り、安定感はありません。個体によって、差が出ているのが現状です」
「つまりはだ。フェリーラットの嗅覚を減退させれば、ネズミは友好の花を食べる。根まで食べればほぼ確実に、あの花は枯れる。今は、ネズミが花を食べるために最も効果的な嗅覚の減退方法を探っている。そういうことかな?」
「その通りです」
「うんわかった。詳しく説明してくれるのはありがたいんだが……。今後は結論だけでいいよ。……ネズミだけに、難しいことは、俺にはよくわからないでチュ」
「プッ……アハハハハ」
リノスの言葉に笑い出すメイ。一方でシディーは強張った表情をリノスに向ける。その後ろで、セルロイトは、メイに優しくハンカチを差し出すのだった……。




