第五百七十五話 すべて、予想通り
「ちょっと、ごめんなさい」
「何だ、貴様は!」
俺は手刀を切りながら兵士たちの間を縫うようにして進んでいった。取り押さえられるかと思ったが、兵士たちは俺に罵声を浴びせるのみで、掴みかかって来る者は一人もいなかった。
まるでモーゼのように、俺が進んでいくと人垣が割れていく。そして、屋敷の門が見えてきたそのとき、一人の男が腕を組みながら俺の前に立ちはだかった。
「……何者だ?」
「通りすがりの者です」
「その体から発する気配が尋常ではない。貴様、名前は何という?」
「ええと……あれですよ。それですよ。それが、下らんものでして……ええと、私の名は……ゴンベエ……」
「ゴンベエ?」
「ええ。ナナシノ・ゴンベエと申します」
「ナナシノ・ゴンベエ……聞かぬ名だな」
「ええ。それはもう、いつもカミさんに怒られてばかりいる、ケチな男ですから」
男は胡散臭そうな表情を浮かべながら、俺をまるで値踏みするように、ジロジロと眺め続けている。この俺のことを全く信用していないのだろう。左足を一歩後ろに引いている。これは、俺が少しでも変な動きをすればすぐに抜剣して、斬りかかろうとしていることを意味している。
俺にはわかる。この男は、このフォーアル大公国の軍勢の中でも、かなりの上位クラスに入る剣の使い手だ。鑑定スキルを発動していないので詳しいことはわからないが、マトカルと戦えば、勝てはしないまでも、かなり彼女を苦しめるだろう。
男の体から、ジワジワと殺気が漂ってくる。あまり、長居をしない方がよさそうだ。俺はスッと人差し指を天に向ける。
「はい、どうもすみません。お邪魔しました」
俺はくるりと背を向けて、メイたちのいる所に向けて歩を進める。
「待て」
振り返ると、先ほどの男が腰を落として、剣の柄に手をかけている。
「貴様、何をした」
「別に何も」
「嘘をつけ。貴様、何をしにここに来た」
「いえ、結界を……ね」
「結界?」
「この大きな建物全体に結界が張られていると聞いたのでね。どのようなものかを見に来たのですよ。しかし、どうやら結界は張られていないようです。いや、どんなものかを見たかったのですが、残念です」
男は驚きの表情を浮かべながら、振り返った。その瞬間、俺はメイたちの許に向かって、小走りに歩き出していた。
やがて兵士たちが屋敷に向かって突撃を開始していった。俺はメイたちを促して、その場を離れた。
◆ ◆ ◆
「……完全に、消えています」
ファンタジック公爵の屋敷を離れてすぐ、俺たちはメイの提案でアガルタ大学に転移していた。言うまでもなく、俺が結界内で消滅させた友好の花の様子を見るためだ。
メイは結界を解除させると、懐から細長い紙を取り出して、ゆっくりとそれを振った。全員が息を呑んで彼女の動きに注目していた。しばらくすると、メイはじっとその細長い紙を見つめていたが、やがて、俺たちを見廻しながら、友好の花は完全に消えていると言ったのだ。
「この紙は、友好の花に内包されているクニアンに反応します。友好の花が少しでも残っていると、この紙は紫色に変わります。ですが、この部屋では反応しません」
そう言って彼女は懐から、紫色に染まった細長い紙を取り出す。これは、リルレイン侍従長の屋敷で採取したときのものだそうだ。
「しかしメイ、時間が経てば花が生えてくるということは……」
「ありません」
「本当に?」
メイが自信をもって頷いている。その隣で、シディーも大きく頷いている。この二人が言い切るのだ。間違いはないのだろう。
「でも、ここでの駆除は上手くいったのに、どうしてフォーアルのそれは駆除できなかったんだ?」
「それは……全力で調査せねばなりません」
「私が感じた、イヤな予感は、これだったのね……」
メイは目を爛々と輝かせながら口を開いている。この花の秘密は、彼女の知的好奇心を強く刺激しているようだ。対して、シディーは己の感性の鋭さに納得したかのように何度も頷いている。
「とはいえ、このままじゃヤバイだろう。フォーアルに咲いているあの花を何とかしないと、な」
「そうですね……。できれば、現地で研究するのが一番なのですけれど……」
メイの言葉を受けて俺は、スッとゴンに視線を向ける。
「このことは、大公様の耳には入っているはずでありますが、直接お目にかかっていないので、どのような感情をお持ちなのかは、わかりかねるでありますー」
「まあ、いい感情でないのは確かだな」
「アガルタは信用できぬ、と言われて、我々の出入りを禁止される可能性は高いでありますー」
「そ、そんなことは、あっ、ありま……せん」
口を開いたのはセルロイトだ。彼女は両手を胸の前で組み、まるで神に祈るようなポーズのまま、さらに言葉を続ける。
「おっ、叔父様は……。大公様は……あっ、アガルタのことを、信頼……して、おいでです」
彼女の眼は、嘘をついているようには見えなかった。その真っすぐな瞳は、俺を黙らせるのに十分だった。
◆ ◆ ◆
「……謝ってしまえば、いいのですわ」
誰に言うともなく呟いているのは、リコだった。彼女は、息子のイデアを子供用のベッドに寝かしつけ、いつものようにその頬にキスをしてから、俺のベッドに入ってきた。
あの後、すぐに結論を出せなかった俺は、少し考えさせてくれと言って、一旦屋敷に戻った。それから色々と、フォーアル大公国の友好の花をどうするべきかについて考えていた。一旦、親書を送って段階を踏むべきか、それとも、ゴンやメイたちに別人に見える結界を張って、すぐさまその駆除に取り掛かるのか……。どんな手を打てば、最も効果的に駆除できるのかを考えていたのだ。
だが、リコはまず、謝るべきだと主張した。それは、俺も考えていたが、俺が頭を下げてしまうことの影響を考えると、なかなかそれを実行する勇気は持てなかったのだ。しかし、リコはそんな俺の心中を完全に見抜いていた。
「あなたが頭を下げたところで、大きな影響はないと思いますわ」
「……そうか?」
「むしろ、大公様の面子も立ち、リノス、あなたの評価も上がると思いますわ」
「そんなものかな」
「考えてみるといいのですわ。アガルタの国内での実験は、確かに成功しているのでしょう? で、あるにもかかわらず、フォーアル大公国では駆除できていない……。で、あれば、フォーアル大公国で駆除実験を行うべきなのですわ。それは、取りも直さず、アガルタのそれと、フォーアルのそれとは別物と考えるべきですわ。それがわかっただけでも、解決に向けて一歩前進しているのです。フォーアルの大公様は、セルロイトさんが言うように、そんなことで怒るような方とは思いませんわ。むしろ、リノスが頭を下げることで、さらに信頼してくれると思いますわ」
「……わかったよリコ。明日、早速、フォーアルに行ってくると」
「メイとシディーも連れて行くといいのですわ。あと、セルロイトさんも」
「ゴンはいいのか?」
「当然、ゴンも連れて行くのですわ」
リコは優しく微笑む。何とも癒される表情だ。本当に、この女性と結婚してよかったと心から思える瞬間だった。
俺は優しくリコの体を抱きしめた。
翌日、早速俺はテイスト大公の許に向かった。突然、アガルタ王が来たということで、大公宮殿は上を下への大騒ぎになったが、何とか大公に面会することができた。
俺はフォーアルの友好の花が駆除できなかったことを詫び、メイたちを派遣して、この国で花の駆除に当たりたいと大公に願い出た。……彼は涙を流しながら俺の手を握り、よろしくお願いすると言って、涙を拭った。
全ては、リコの予想した通りになった。そして、俺たちは、フォーアル大公国で、友好の花の駆除に乗り出したのだった……。
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