第五百七十四話 立てこもり
「ご主人……」
ゴンが戸惑いの表情を浮かべながら、俺に視線を向けている。彼の顔をチラリと見て、取り敢えず、任せていろという意味を込めて頷く。そして、再び目の前の花たちに視線を戻す。
確かに、アガルタ医療研究所での実験では、花は完全に消え失せていた。あのときのイメージを思い出しながら俺は結界を張り、LV5の火魔法を発動させる。
……一瞬で花は消え去った。目の前には、真っ黒の地面だけが広がっている。
「同じでありますー」
ゴンの弱々しい声が聞こえる。俺が持たせた結界石を発動させたときと同じ様子であるらしい。そのときも、花は全て消え失せて、大公たちと大喜びをしたのだというのだ。
「何となく、ではありますが、また、数日経つと、あの花が……」
ゴンの言葉には真実味があった。俺はすぐさま決断する。
「メイとシディー。そして、セルロイトをここに呼ぼう」
「……」
ゴンは無言のままゆっくりと頭を下げた。俺はその様子を見ながら、転移結界を発動させた。
◆ ◆ ◆
「……」
数十分後、俺は三人の女性を伴って、再びこの場所に戻ってきた。彼女たちは、俺の話を聞いて驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻して、現場を見に行きましょうと答えた。メイとシディーの応対が全く同じで、少し驚いたくらいだ。対して、セルロイトは、一体何が何だかわからないといった表情を浮かべて、ただ、ポカンと俺を眺めていた。
現場に着いてまず、シディーが鋭い視線を花に向けて、小さな声で「邪悪……」と誰に言うともなく呟いた。その言葉にメイが反応する。彼女はゆっくりと膝をついて、目の前の土を丁寧に観察する。それを見たセルロイトが、メイと同じように土を観察する。シディーは真っ黒い地面に視線を向けたまま、忙しそうに両目を動かしている。
やがて、メイは掌に載せていた土をサラサラと地面に落とすと、パンパンと手をはたいた。彼女の両手から土煙がフワリと舞い上がる。
「こりゃ、何とも……じゃな」
突然、老人の声が聞こえる。よく見るとメイの足元に、彼女が契約している精霊のノームが現れていた。
「お呼びだてして、申し訳ありません」
「いやいや、メイちゃんの頼みじゃ。いつでも呼んでくれて構わん」
「ありがとうございます。この目の前に広がる土……どう思われますか?」
「どうもなにも、これは土ではない。火山灰じゃ。土の上に火山灰が積もっておるので、あんまりよいとは言えぬな」
「同感です」
メイとノームは何やら難しい話を始めてしまった。セルロイトはその二人の会話にじっと耳を傾けていて、時おりコクコクと頷いている。どうやら、この専門的な会話が理解できるようだ。
対して、シディーと言えば、腕組みをしながらまだ、黒い土に視線を泳がせている。
「なあ……」
「邪悪な気配しかしない」
俺の言葉を遮るようにして、シディーが突然口を開く。彼女はスッとゴンに視線を向けると、さらに言葉を続けた。
「ゴンさん。リノス様の結界石を使って花を消したのは、ここだけですか?」
「いや、もう一か所あるのでありますー」
「そこに案内してください」
「えっ? いや、そこは……」
「何か問題でも?」
「はぁぁぁ……」
ゴンはさも困ったという表情を浮かべた。一体どうしたんだと訝る俺たちに、彼は一つだけ条件があると言って、再び俯いた。
「条件、って何だ?」
「我々全員に、結界を張ってほしいのでありますー」
「結界? 張っているだろう?」
「そうではなく、別人に見える結界を張ってほしいのでありますー。あの……かなり、人が、多いので……」
なるほど、それならば仕方がない。俺のことを知っている者もいないとは限らない。アガルタにいるはずの俺やメイ、セルロイトがこのフォーアル大公国にいるのがバレれば、色々と厄介なことになる可能性が高い。あ、そういえば、セルロイトに転移結界のことを秘匿するように言うのを忘れていた。あとで、メイから優しく説明してもらおう。
そんなことを考えながら、俺は全員に結界を張り直す。
「それでは」
結界を確認したゴンが、懐から転移結界の効果を付与した結界石を取り出して地面に置く。すぐに景色が変わる。その瞬間、俺は驚きの声を上げた。
「何じゃこりゃぁ!」
目の前には何百という武装した兵士たちが、俺たちに背を向けて立っていた。あまりにも予想外の光景に、思わず声が出てしまった。しかも、俺の声を聞いた途端、兵士たちがバッと振り返ってしまい、何とも気まずい雰囲気になってしまった。
「何だ、お前たちは。下がっていろ」
邪魔をするなと言わんばかりの表情を浮かべながら、兵士の一人が面倒くさそうに言葉を吐き捨てる。よく見ると、彼らの前には白亜の大きな屋敷が建っていた。
「……ご主人、ご主人」
ゴンが俺の服の裾を引っ張りながら、小さな声で呟く。彼は俺たちを少し離れた所に連れて行く。
「何なんだ、あれは?」
離れて見て見ると、布で覆われた、かなり大きな建物を兵士たちがビッシリととり囲んでいる。物々しさが半端ではない。
「ファンタジック様……」
突然、セルロイトが口を開いた。彼女は両手を口に当てたまま、呆然と屋敷を眺めている。
「その通りでありますー。あれは、フォーアル大公国のファンタジック公爵の屋敷でありますー。友好の花が咲いている、もう一つの場所でありますー」
「てゆうか、何で兵士たちに囲まれているんだ?」
「大公様が、あの屋敷を完全に閉鎖せよとお命じになったのでありますが、それを受け入れぬ者が、あの屋敷に立てこもったのでありますー」
「はあ? 何じゃそりゃ? 立てこもっているのは、誰だい?」
「公爵夫人でありますー」
「……」
ゴンの話によると、とりわけ、あの屋敷の庭に友好の花が咲き乱れているのだという。彼は、大公たちの立ち合いの許、リルレイン侍従長の屋敷の庭に咲いている友好の花を駆除し、その後で、あのファンタジック公爵の屋敷に向かった。その庭は広大で、しかも、至るところに友好の花が咲いていたのだという。リルレインの屋敷では、ひと塊で花は咲いていたために、一瞬で駆除できたのだが、この公爵家の庭では、ばらばらに花が咲いていたために、駆除するのに苦労したのだという。そのとき、大公の鶴の一声で、屋敷の庭を丸ごと焼き払うことになり、ゴンはそれを忠実に実行したのだそうだ。
一面に焦土と化した庭を見て、公爵夫人は呆然自失の状態になったそうだが、すぐに、真っ黒になった庭に、次々と草花を運び込ませて庭園の体裁を整えさせたのだという。屋敷には布が巻かれているので、太陽の光は遮断されているために、草花はそう長くはもたない。それでも夫人は、この屋敷を離れるようにと勧める夫の言葉にも耳を貸さず、何かに取りつかれたかのように、草花へのこだわりを捨てず、日々、せっせと庭の復旧にいそしんだ。だが、友好の花は再び咲いてしまった。当然、大公はこの屋敷の出入りを禁止したのだが、彼女は頑としてそれを受け入れなかった。業を煮やした大公は兵士を派遣して、強制排除に乗り出したというわけだ。
「こう言ってはなんだけれど、立てこもっているのは女性一人だろう? すぐに排除できるんじゃないのか?」
「それが、そうもいかぬらしいのでありますー」
「どういうこと?」
「結界師が中にいるらしく、屋敷に入ることさえできぬそうでありますー」
「へ?」
よく見ると、確かにこの屋敷全体にLV3の結界が張られている。確かに、これでは通常の人間では、この屋敷に入るのは難しいだろう。俺から言わせれば、まだまだムラのある結界だが、まあまあの結界だ。
「……取り敢えず、この結界、解除した方がいいよな?」
俺の言葉に、ゴンが戸惑いながら頷く。ふと見ると、メイもシディーもゆっくりと頷いている。
「仕方がないな」
そう言って、俺は屋敷に向かって歩き出した……。




