第五百七十三話 結界石の効果
翌日、大公・テイストはリノスに謁見を申し出た。
「突然、お呼び立てして、申し訳なかった」
「いえ、お気になさらないでください。俺はいつでも大丈夫ですから」
「そう言っていただけると、助かる。いやなに、余は本日、帰国しようと思っておってな。その挨拶をしようと思ったのじゃ」
「そうですか……。何もおもてなしもできませず……」
「そのようなこと……」
大公は目をギュッと閉じながら首を振る。彼は大きく息を吐きだすと、真っすぐな視線をリノスに向ける。
「アガルタに来て、正解じゃった」
「……」
「まだ、あの花の打開策を見出していないのに、そのようなことを言われても、返事のしようがないことは、余もよくわかっているつもりじゃ。じゃが、貴殿は、何かやってくれそうな気がする。きっと、大丈夫じゃと思わせてくれる。そういった人物とはなかなか巡り合えるものではない。余が我が儘を言って国を出たのは、正解じゃった」
大公は満足そうな笑みを浮かべながら頷く。その様子にリノスは、どう答えていいのかがわからず、何とも言えない表情を浮かべる。
「それに、セルロイトも……な」
「……」
「メイリアス殿、コンシディー殿……。貴殿の奥方も相当の人物じゃ。あの方々の許で学ぶことができるのじゃ。セルロイトの人生も開けていけよう。あれは本当に優しい娘じゃ。その優しさとひたむきな努力は、きっと、あれを幸せに導くじゃろう……」
そう言って大公は遠くを見つめる。リノスは、懐に手を伸ばすと、拳大の石を取り出した。
「大公様、どうぞ、これをお持ちください」
「これは?」
「結界石です」
「結界石?」
「ええ。この石の中にLV5の火魔法が封じ込められています」
「なっ!?」
「結界の解除方法はゴンに伝えてありますが、くれぐれも取り扱いには、注意してくださいね」
「……」
大公は信じられないといった表情でリノスを眺めている。LV5の火魔法といえば、小さな街を一瞬で灰燼に帰すほどの威力だ。そのようなものがこの石に封じ込められているというのは、信じられないことだった。そのとき、大公の頭の中に、以前聞いた話が思い出された。
「そう言えば聞いたことがある。アガルタの兵士は石を装備していると。そのために、兵士に攻撃が通りにくいのだと。と、いうことは、その石に……」
「そうです。兵士たちに持たせているのは、結界スキルを付与しています。……別に大したことではありません。この結界石はアガルタではお金さえ出せば簡単に手に入れられます。主に商人や冒険者たちが、魔物や盗賊に襲われたときのために持っているほどです。もっとも、ここで売っているのは、結界スキルを付与したものだけで、火魔法の効果を付与したものは売っていません」
「と……いうことは……」
「大公様のためだけに、作りました」
「……かっ、かたじけない」
大公は深々と頭を下げる。それに対してリノスは、両手を振って恐縮する。
「面を挙げてください、大公様。LV5の火魔法の効果を付与しているとはいえ、その威力は最小限に抑えてあります。効果を発揮するのはおそらく、数メートル四方でしょう。ですが、俺たちの方でも、LV5の火魔法であの花を焼き切ってみたのです。そのときはあの花は消滅しました。きっと、お国でも大丈夫だと思います。燃える範囲や程度をゴンに見てもらい、それから、あらためて火魔法の結界石を送りましょう。それで、解決に向かうと思います」
「ありがとう……。ありがとう……」
大公は再び、深々と頭を下げた。
その後、大公は用意された馬車には乗らず、早馬でアガルタの都を後にした。一刻も早く帰らねばならぬと言って、取るものも取り敢えず、手綱を握ったのだった。その彼には、弟であるハーツ公爵も従っていた。彼は兄に振り回されて迷惑をしている一方で、子供の頃以来となる兄弟での野駆に心が躍っているのか、その表情は穏やかで笑みさえ浮かんでいる有様だった。
「それでは」
大公は短い挨拶を済ませると、すぐさま馬を走らせた。その後ろを弟のハーツ公爵が、見事な手綱さばきで兄の後を追いかけていった。
「何とも……兄弟で馬の扱いが上手いな」
リノスは唖然とした表情で、大公兄弟が出て行った後を眺めていた。
◆ ◆ ◆
ゴンから連絡があったのは、それからわずか数日後のことだった。大公は大急ぎで帰国すると、すぐさまゴンを呼び出して、結界石を使った。ファンタジック公爵家の屋敷の庭に咲き乱れた友好の花……。そこは布で厳重に密閉された状態に置かれていたこともあって、中は花の臭気で満たされていて、呼吸をすることさえ困難な状況だった。大公は専属の結界師全員を動員して屋敷に結界を張ると共に、大公自身にも結界を張らせた。しかし、それでも花の濃い臭気を完全に除去することはできず、彼は顔をしかめながらその場に立ち会った。
LV5の火魔法ということもあって、集められた結界師たちは悲壮な覚悟で結界を張り続けた。一歩間違えば自らも焼き尽くされる可能性がある。しかも、大公が臨席しているのだ。彼らは、これまでには感じたことのない程のプレッシャーと戦っていた。
そんな中、ゴンはリノスから贈られた結界石を発動させた。それは、一瞬火柱が上がったがすぐに収まり、周辺にあった花は全て消えていた。それを見た大公は、無言のままゆっくりと手を叩き続けたのだった。
大公は早速、リノスに対して報告と丁寧な礼を書き添えた書簡を送った。そして、すぐに結界石を追加で送ってほしいと要請したのだった。
◆ ◆ ◆
リノスは大公からの書簡を読んで、何度も頷いていた。これで、友好の花の対策はできた。あとは、燃え残しのないように、効率的に完全にあの花を焼き尽くすことができる結界を張らねばならない……。そんなことを考えながら、彼は執務室の机に置かれた鈴を鳴らす。
「お呼びでしょうか」
「ああ、すまないけれど、石を用意してもらいたいんだ」
「畏まりました。いつもの、アガルタ軍の本部に運べばよろしいでしょうか」
「うん、それでいい。拳大の石を二百個ほど用意してくれ」
「承知しました」
男が下がると、リノスはうーんと背伸びをして、肩に手を置きながら首を左右に振る。石に込める結界のイメージをさらに考えようとしたそのとき、突然、執務室の扉が開いた。
「ご主人!」
「おお、何だゴン。どうした?」
「大変でありますー」
「何があった?」
「友好の花が、増えているのでありますー」
「花が増えた。そうか……。この間大公に贈った結界石を二百個用意しようと思っていたんだけれど、もっと増やした方がいいか?」
「そういう問題ではないのでありますー」
「何?」
「とにかく、一度、見るのでありますー」
ゴンは懐から結界石を取り出した。これは……転移の効果を付与した結界石だ。彼はリノスの腕を掴むと、結界石を床に置いた。
「……ここは? ……うわっ!」
ものすごい臭気が鼻をつんざいた。目を開けることすらも困難だった。リノスは必死で周囲の結界を張り直す。
「……くっ。何だったんだ? ……って、あれ?」
彼の目の前には、友好の花が咲き乱れていた。そして、その頭上は、なにやら白い幕に覆われていた。
「ゴン、ここは?」
「フォーアル大公国のファンタジック公爵の屋敷の庭でありますー」
「え? それって……確か、大公が書簡に書いてあった場所じゃなかったか?」
「大公からの書簡が届いたのでありますかー」
「ああ。俺が送った結界石を使ったら、見事に花が消えたとあった。それで、追加の結界石を送ってくれと書いてあった」
「そうでありますかー。しかし、その必要はなくなったでありますー」
「どういうことだ?」
「その結界石を使ったのが、この庭でありますー」
「え? 花……消えてないじゃないか」
「その通りでありますー」
ゴンはリノスから視線を外すと、大きなため息をついた。
「残念ながら、ご主人の結界石は、効果がなかったのでありますー」
彼の言葉に、リノスの目が見開かれた……。




