第五百七十二話 これから
友好の花を、火魔法LV5で焼き切ってからさらに三日が経った。結界の中には何の変化も見られなかった。やはり、クリミアーナの言った通り、強い火力で焼き切ってしまえば、この花は消滅するようだ。
この結果を見ても、シディーの表情は晴れなかった。彼女の胸の中には、未だ不安が解消されていないのだ。
その気持ちは俺にもよくわかる。友好の花を、こうした完全に隔離した状態の中であれば、火魔法で対応することは可能なのだが、大地に広がった友好の花を焼き切るのには、それこそ、とんでもない魔力を必要とする。まあ、俺ならばある程度の対応は可能だが、かといって、それも限界がある。今は、フォーアル大公国だけが被害を受けているが、これが世界中に広がるとなると、いくら俺でも対応はできないだろう。
それに、広範囲に広がった花を焼き切ったとしても、その土地に与えるダメージも相当なものになる。花は駆除したが、それ以降、その土地は作物が全く取れない荒れ地になりましたという結果にもなりかねない。さらには、駆除に失敗すると、そこにはまた、あの花が咲き乱れることになる……。そんなことを考えると、頭が痛くなってくる。
それにしても、ヴィエイユは上手いことを考えたと思う。LV5の火魔法を扱える魔術師を抱えているとはいえ、その範囲は限られているだろう。ということは、花が繁殖する速度に合わせて、駆除する範囲をコントロールできれば、その国は永遠にクリミアーナの属国にすることができる。奴らの意向に逆らえば、花は無限に繁殖して、国が滅んでしまうのだ。
あの賢い小娘のことだ。いきなりアガルタに手を出してくるとは思えないが、アガルタに味方する国を一つ一つ、あの花を使って属国化していけば、最終的にこのアガルタも呑み込めると考えているに違いない。
◆ ◆ ◆
「一体、ヴィエイユは何をやりたいのかね?」
その夜、子供たちが寝静まり、リコたちと屋敷のダイニングで今日の報告を聞いていたときに、俺は思わずそんな言葉を呟いた。
世界を制覇したいという野望を持っているのはわかる。しかし、もし、その野望が完遂された後、あの娘はこの世界をどうするのだろうか。その未来像が、俺には全く見えてこない。
「おそらく、二つありますわ」
口を開いたのは、リコだ。全員の視線が、彼女に向けられる。リコは、皆の顔を見廻しながら、さらに言葉を続ける。
「一つが、この世界の王になるということ。もう一つが、リノス、あなたですわ」
「俺?」
「きっと、あなたを超えたいと考えているのですわ」
「俺を屈服させられれば、世界制覇の夢は大きく近づくと考えているのかな」
「それもあるでしょうが……。どちらかと言えば、あのお方は、好きな殿方を屈服させることで喜びを感じるのでしょう」
「やっぱり、ドSだな、あの小娘」
「ドエス?」
「いや、こっちの話だ。じゃあ、俺があの小娘の前で這いつくばって許しを乞えば、あの娘は満足する……か」
「おそらく、は」
「まあ、それで世界が素晴らしい方向に向かうのであれば、いくらでも頭を下げるけれども……。いくら俺が這いつくばっても、いい方向に行くとは思えないな」
俺の言葉に、シディーが深く頷く。
「それをするなら、リコの前でやったほうがまだマシだ」
「……」
「ゴメンゴメン。リコは、そういうタイプの男子は、どちらかというと嫌いだよな。ちゃんと自分を持っていて、リコと対等に話ができる男でなければ、強い男じゃなければ恋愛の対象にはならないかな」
「そんなことは、ありませんわ」
リコの顔に赤みが差している。その表情がとてもかわいい。
「とにかく」
リコがテレを隠すかのように、姿勢を正しながら言葉を続ける。俺も、彼女に倣って姿勢を正す。
「これも、私の推測の域を脱しませんが、ヴィエイユさんが世界を制覇しようとしている一番の要因は、あの方自身の身の安全を保障しようとしているところにあると思うのですわ」
「身の安全?」
「あのお方は、常に命を狙われてきましたわ。お身内の方が、同じ身内によって殺されるのを見てきたのです。誰も信用ができないその中で、自分の身の安全を保障するためには、ご自身が一番になるのが最も手っ取り早いと考えているのですわ」
「なるほどな。自分が天下を取ってしまえば、命を狙われなくて済む……。いや、でも、天下を取ったとしても、寝首を掻こうとする輩は消えないだろう。むしろ、今度はそれに怯えてしまって、行きつく先には最悪の暗黒政治になる可能性が高いと思うけれどな」
「そう信じるしか、それを信じないと、あのお方は前には進めないのでしょう……」
「そんなものかな。まあ、ともあれ、あの花については、一筋縄ではいかなさそうだ。明日、大公にはLV5の火魔法で、あの花は駆除できたということは伝えよう。ただ、それを伝えたところで、フォーアル大公国が救えるわけではない。まあ、最悪の場合、俺があの国に赴いて駆除しようとは思うが、それよりも、魔法以外の方法で、あの花を駆除できる方法が見つけることが重要だ。メイ、シディー。大変なことは重々承知しているが……頼むな」
俺の言葉に、二人はゆっくりと頷いた。
「これは……私の直感ですけれども……。何とかなりそうな予感はしています」
「そうか。シディーがそう言うのなら、きっと、いい方法が見つかりそうだな」
「きっと、大丈夫です」
シディーのその声に、全員が頷いた。
◆ ◆ ◆
ちょうど同じ頃、アガルタの迎賓館の一室では、フォーアル大公国の大公テイストと、その弟であるハーツ公爵一家が、顔を揃えていた。
「儂は、近日中に帰国しようと思う。長く国を空けるわけにはいかんからな」
彼の言葉に、ハーツ公爵は深く頷く。
「ハーツ、そなたも一緒に帰国せよ」
「はっ、はっはい」
「セルロイト」
「はい……」
「頼むぞ」
「……」
「そなたの双肩に、フォーアル大公国を背負わせるのは酷であることは承知している。しかし、今はそなただけが頼りじゃ。頼むぞ」
セルロイトは、オドオドとしながら、頭を下げる。
「メルモ殿」
大公は、セルロイトの隣に控えている母親に視線を向ける。彼女は真っすぐな視線を大公に向けている。
「一つ、頼まれてくれぬか」
「大公様の仰せであれば、何なりと」
「ウム。誠に大変ではあるが……。ここ、アガルタに残り、セルロイトを助けてやってくれぬか」
「叔父様……」
セルロイトは思わず顔を上げて大公を見た。彼はチラリと彼女に視線を向けて、小さく頷いた。
「単に留学であれば、この国で一人で暮らすというのもよいと余は思っておった。しかし、これから先、セルロイトは世界最高の知識を持った者たちの許で働かねばならぬ。その負担は想像に難くない。すまぬがメルモ殿、この国に残り、セルロイトを助けてやってもらえぬか。そなたならば、セルロイトの肉体的、精神的な負担を和らげられるであろう」
「……承知しました」
「お母様……」
メルモは表情を一切変えることなく、娘のセルロイトに視線を向けた。そして、彼女の手を優しく握りながら、小さな声で話しかけた。
「頑張るのですよ、セルロイト。お母様が、ついています」
セルロイトの両目から、涙が溢れてきた。彼女は母の手を両手で握り締めながら、何度も何度も頷いた。
泣きながらセルロイトは、心の中で覚悟を決めていた。何としても、あの花を駆除して見せると。これまで、両親に心配しか掛けてこなかった自分だが、ここで、両親に孝行をするのだ、と。
セルロイトは、母の手を握るその手に、力を込めた。




