第五百七十話 保管場所
「ただ、この花の形はラサカそのものとは大きく異なります」
シディーは友好の花をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開く。彼女の言葉に、メイが頷いている。
「ラサカの形は、百合の花に似ています。花びらの色は茶色で、遠目からでもすぐに見つけることができます。シディーちゃんの説明の通り、花、茎、種に強い毒性がありますが、香りがとてもよいために、その昔は香水として利用されていたこともあります」
「でも、今は……?」
「ご主人様のご想像の通り、その香りを嗅ぎすぎると、思考力が低下したり、ひどくなると幻覚や幻聴を覚えたりします。現在では、興奮を緩和する薬として活用されているくらいです」
「なるほど……。ちょっと待ってね」
そう言って俺は、この花に鑑定スキルを発動させる。
「あれ? この花、毒はないみたいだぞ? ただ……やはり、生命力は強いみたいだな」
「生命力が強い……」
俺の言葉に、シディーが納得の表情を浮かべながら頷いている。
「あくまで私の直感ですが、この花からは極めて強い邪念を感じます。むしろ、この国に入れるべきではないくらいです」
「おっ……お父様……どうして、こっ、こんな花を……」
セルロイトは驚きの表情を浮かべながら、父のハーツ公爵に視線を向ける。そんな物騒な花をどうしてこのアガルタに持ち込むのだ……。そんな表情を浮かべる彼女に、公爵は切々とフォーアル大公国の状況を説明した。
「そっ……そんな……」
「せっ、セルロイト」
「はい」
「大公様は……。まず、こっ、この花をお前に、みっ、見せろと仰せだった」
「わっ、私に?」
「おっ、お前ならば、こっ、この花の危険性を理解するはずだ……と」
セルロイトは無言のまま、じっと花を眺める。そして、花を近づけると、クンクンと匂いを嗅いだ。
「……たっ、確かに、香りは、ラサカの香りです。しっ、しかし……ラサカの生命力があって……それが、さらに強くなっているとすると……恐ろしい」
セルロイトの言葉に、公爵はゆっくりと頷く。
「わっ、我が国は、こっ、この花のお蔭で、危機に瀕している。セルロイト……アガルタ王様……どうか、どうか、わっ、我が国を……お救い、ください」
俺は、わかりましたと言って、しばらくあらぬ方向に視線を泳がせる。
公爵の言っていることは、真実だ。切っても焼いても次々に生えてくるこの花。下手をすれば、世界を滅ぼしかねない程の可能性を持っている。俺は、この花を贈ってきたクリミアーナ……ヴィエイユの心底を推し量ってみた。
あの小娘は極めて頭がいい。きっと、この花の繁殖を止める方法を開発しているのだ。それをタテに、各国々をその支配下に置こうと考えているのだろう。それはきっと、このアガルタも含まれる。いや、むしろ狙いは、俺たちかもしれない。
「メイ、シディー」
俺の声に、二人は真剣な眼差しで視線を向けた。澄んだ瞳が、美しい。俺は少し声を張り気味にして口を開く。
「全力で、この花のことを調べてくれ」
「承知しました」
メイが力強く答える。それに倣う形で、シディーが深々と頭を下げる。
「セルロイトさん」
「はっ、はっ、はっ、はい」
「お願いがあります」
「なっ……何なりと……」
「妻たちの……。メイとシディーを、手伝ってやってもらえませんか」
「……」
セルロイトはキョロキョロとあたりを見廻している。俺のお願いに、どう答えていいのかわからないようだ。そんな彼女に、隣に座っていた母親が、ギュッと彼女の手を握る。セルロイトは一瞬、ビクッと体を震わせたが、やがて、フーッと息を吐くと、じっと俺の眼を見ながら、力強く頷いた。
「それでは、この花を早速、アガルタ大学に運びましょうか」
メイが周囲を見廻しながら口を開く。その言葉に、シディーが力強く頷く。
「そうね。でも、この花はかなり厄介だわ。保管には相当気を付けないと……。この花でアガルタが占領されてしまうなんてことは、あってはならないことだからね」
シディーは真剣な表情を浮かべていたが、やがて、にっこりと笑って、周囲を見廻した。
「でも、ご安心ください。私の直感が、そんなことにはならないと伝えてくれています。そして……我々は、必ず、解決に導いて見せます」
シディーの目が、キラリと光った。
◆ ◆ ◆
「……あれ? どうした? 休憩は?」
「……」
驚いた表情を浮かべているのは、ポーセハイのリルラだ。彼の目の前には、ぶ然とした表情を浮かべている、同じポーセハイのシュヤが立ち尽くしていた。
二人は、アガルタの医療研究所に勤務する者たちだった。ここには不思議な部屋がある。部屋は四方すべてを壁に囲まれていて、外部から人が入ることはおろか、中から出ることもできない部屋だ。だが、転移術を会得しているポーセハイたちであれば、部屋には自由に出入りできる。言ってみれば、ポーセハイ専用の休憩部屋が用意されているのだ。
シュヤは、三十分ほど前に宿直を終えて仮眠を取りに部屋に転移していた。彼は眠そうに目を擦りながら、まるで、絶望の淵に叩き落されたような、情けない声をあげた。
「隣が煩くて……眠れやしないよぉ」
「隣? お前の隣って、確か……ローニさんじゃなかったっけ?」
リルラの声に、シュヤはコクリと頷く。
「ローニさんって、今日は非番じゃなかったっけ?」
「知らないよぉ。ローニさんじゃなければ、きっと、誰か別の奴が勝手にローニさんの部屋を使っているんだろう。迷惑な話だよ。ベッドに横になってウトウト仕掛けたら、突然、アレを始めちゃってさ……。煩くて寝れやしない……」
「アレって?」
「……俺の部屋に来ればわかるさ」
リルラは、よくわからないといった表情を浮かべたまま、シュヤと共に彼の部屋に転移した。すると、その直後から、女性の大きな声が彼の部屋に響き渡っていた。
「まだまだ! もっと! もっと! もっと! もっとぉ!!」
リルラは思わずシュヤに視線を向ける。彼は、ヤレヤレといった態度で、両手を広げて首をすくめた。その直後、部屋に男の情けない声が響き渡った。
「まっ、まだやるのか?」
「まだまだ! もっとやってください。もっとです、もっと、もっと、もっとぉ!」
「もっ、もう、このくらいで……」
「いっぱいかけてください! いっぱいかけてください! いっぱいかけてください!」
部屋の中にいたのは、リノスとシディーだった。二人は、シディーの提案で、四方を壁に囲まれたこの、アガルタ医療研究所に転移してきていた。
シディーはこの、友好の花が拡散しないように万全の準備を整えるべきだと主張した。そのために、この花を人が寄り付かない場所で保管することを提案した。そこで選ばれたのが、この部屋だった。
一応、空気口を備えているとはいえ、この部屋で保管すれば、花の花粉などが外部に漏れる可能性は低い。シディーはさらに、この部屋に強力な結界を張るようリノスに求めた。それは、結界の中が一定の温度で保たれるのはもちろんだが、この花に関する花粉や胞子、種子といったものを、完全に除去するというもので、とても難度の高いものだった。さすがのリノスのスキルをもってしても、すぐにはできないもので、もう少し、イメージが明確になるように再度、メイたちと打ち合わせをすることになったのだった。
一旦、この部屋から先ほどの応接室に戻ろうというリノスに対して、シディーは、体にこの花の花粉などが付いている可能性があると言って、徹底して「クリーン」の魔法で体を清めることを提案した。賛成したリノスは魔法をかけだしたが、シディーは何度も何度もそれを求めたのだった。
そんなこととは露知らず、リルラとシュヤは、隣から聞こえてくる声に耳を傾けながら、大きなため息をついていた。
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