第五百六十四話 その意図は……
「実は……少し増やしてみたのです」
リルレイン侍従長は、怒りと動揺が悟られないように、努めて平静を装いながら口を開いた。その様子を、使者の男は満足そうな表情を浮かべながら頷いている。
「ええ。あれは「友好の花」。あの花の数が増えれば増えるほど、我々クリミアーナ教国との友好が深まります。どんどん増やしてください」
……どの口がそんなことを言うのだ。侍従長は大声で叫びだしたい衝動を必死でこらえていた。
「しかし、あなた方も人が悪い」
リルレインに替わって、ファンタジック公爵が口を開く。彼の言葉が意外だったと言わんばかりに、使者の男は眼を見開いて、驚いた表情を浮かべる。
「何とご挨拶なお言葉でございましょう。あの友好の花は、我がクリミアーナ教国が秘蔵する花でございます。四季折々に花の色を変え、さらには、すばらしい香気を持ちます。教皇聖下にあらせられましても、あの花を特にお気に召しておられまして、いつもお傍に置いておいでなのです」
「ああ。確かに、あの花の香気は素晴らしいものだった。妻も大変に気に入っていた。今は、少々、迷惑だが」
公爵の言葉に、男は恭しく一礼する。
「だが、まさかあの花に、あれほどの繁殖力と生命力があるとは、思わなかった」
「ほほう、それは……」
「とぼけるな」
公爵のドスの効いた声が響き渡る。その隣で、リルレイン侍従長も、男を睨みつけている。
「貴様らの魂胆は見えている。あの花を我が国に植え付け、その驚異的な繁殖力と生命力、そしてあの濃い臭気をもってこの国を覆い、滅亡に導こうとしていたのだろう。だが、そうはいかぬ」
「いえ、我が国にはその意図はございません。確かに、友好の花は……」
「もうよい」
「……」
「我々は、あの花がこれ以上繁殖できぬように、完璧に手を打った。貴様らの企ては失敗したのだ」
「左様でございますか、それならば話は早ぅございます」
「何?」
いつしか、使者の表情から笑みが消えていた。彼はこれまでの甲高い声から一転して、落ち着いた声で語り始めた。
「あの花の繁殖を抑えたと承りましたが、差し支えなければ、どのようになされたのでしょう。お教え願えませんか?」
「……」
「すべての花を抜き、焼いてもまだ、花は咲き続けている。違いますか? ……どうやら図星のようですね」
男は満足そうな笑みを浮かべると、大きく頷いた。
「いかに完璧に対処したとしましても、あの花の消し方を知っているのは、我々のみでございます」
「我々の対応が不十分だというのか!」
「ええ、残念ながら。おそらく、時が経てば、花は再び爆発的に増えていくかと存じます」
「貴様らは一体、何のためにこのようなことをする! 一体何が望みだ?」
「お話が早くて恐れ入ります。我々の望みは、貴国との交易でございます」
「交易?」
「左様でございます。我がクリミアーナ教国は、領土も狭く、資源も少なくございます。我が国が生き残るためには、多くの国と交易を行い、必要なものを常に買い揃えていく必要がございます。交易を行う国が増えれば、それだけ、我が国の命が長らえられるのでございます」
「たかが交易を行うためだけに、クリミアーナはあんな恐ろしいものを我が国に寄こすのか」
「そうでもしませんと、貴国は我々の話に耳を傾けぬでしょう」
「よくそのようなことが言えるものだ!」
公爵の怒号が部屋の中に響き渡った。だが、使者の男はそんなことは意に介さないとばかりに、これまで通り落ち着いた声で、話を続ける。
「我が国は今、先の火山の噴火におきまして、甚大な被害を受けております。これは世界中で同じことが言えるかと存じます。このままでは、世界的に食糧危機に陥ることは目に見えております。そのために、我々は、短期間で育ち、しかも、強い生命力を持つ作物を開発しようと試みております。それが、貴国に差し上げました、友好の花でございます。この度は、貴国に対して大いなる迷惑となったかと存じます。しかし、そのお陰で、この花の効果と効率的な活用方法がよくわかりましてございます」
「我が国を、実験台に使ったというのか……」
「有体に申し上げれば、そうなります。しかし、我々は貴国を亡ぼす意図は毛頭ございません。貴国を亡ぼすのであれば、何で私が使者として赴きましょう。国が亡びるまで傍観すれば、事は足りるのです」
使者の男は、わかったか、と言わんばかりに、二人の眼を交互に見つめる。
「本日、私がこちらに赴きましたのは、貴国に生えているナイエ草。あれを我々に売っていただきたい。そのお願いに上がった次第です」
公爵と侍従長は顔を見合わせた。ナイエ草は、この国の山の上に生えているコケのような草で、それを煎じて飲めば、疲労回復に効果があると言われている薬草だった。
「我々が開発しようとしている作物の種を作る際に、そのナイエ草を混ぜ合わせれば、さらに効率的なものが作れるという研究成果が出ております。しかし、残念ながら、ナイエ草が生えているのは、世界広しといえども貴国のみ。その貴国は、我々を含む諸外国とは長い間交易を断ってこられた。そんな貴国に、我々の話を聞いていただくためには、このような手段を取るしか方法がございませんでした。お許しください」
使者の男は、そう言って深々と頭を下げた。
「また、貴国に対しまして、我が国の枢機卿が無礼を働きましたことについても、深くお詫び申し上げます。我が国としましても、あのようなことを致すつもりは毛頭ございませんでした。無礼を働きました者は厳しく罰することといたします」
そこまで言うと、使者の男は沈黙する。そして、ファンタジック公爵とリルレイン侍従長を交互に見比べながら、再び柔和な笑みを浮かべた。
「我が国としては、貴国との友好を切に望んでおるのです。そうすることで、この世界を救いたいと考えているのです。その証としまして、今、貴国に生えている友好の花をすべて駆除してご覧に入れます。ええ。見返りなどは一切いただきません。すべて、我が国の費用でやらせていただきます」
「それならば……」
思わず口を開いたリルレイン侍従長を、ファンタジック公爵が押しとどめた。彼は侍従長に向かってゆっくりと頷くと、使者の男に向き直る。
「これは、我々が判断できることではない。大公様にご判断いただくこととする」
「ええ、よろしゅうございます。よいお返事を期待しております。我々は、貴国との交易を切に希望しておりますが、それは決して私利私欲のためではございません。そのこと、よろしく大公様にお伝えください」
「その前に、一つ、聞きたいことがある」
「はい、何なりと」
「あの友好の花を、どうやって葬り去るのだ」
「……」
「それを明かさねば、大公様は首を縦には振らぬ」
使者の男は、少し考える素振りを見せたが、やがて、ゆっくりと一礼をして、侯爵たちに視線を向け直した。
「ごもっともな仰せです。なに、簡単なことです。あの花をLV5の火魔法で焼き切るのです」
「LV5の火魔法……」
「はい。私どもには、火魔法を極めた者がおります。その者に、友好の花をすべて、葬り去らせます」
ファンタジック公爵とリルレイン侍従長には、その言葉に説得力を感じていた。世界でも数名しかいないというLV5の火魔法の使い手ならば、花の実も種も、根までも完全に焼き尽くすだろう。
「そのことも含めて、大公様に申し上げることとしよう」
「はい。何卒よろしくお取り計らいのほどを。よい返事を、期待しております」
そう言って男は一礼して、その場を後にしていった。
「公爵様……」
リルレインが、何とも言えぬ表情で公爵に視線を向けた。だが、彼はそんな侍従長を鋭い眼差しで睨みつけた。
「クリミアーナは確実に我が国を狙っている。花の駆除を口実に、無理難題を吹っかけてくるのは目に見えている」
「しかし……」
「ともあれ、これは、我が国の命運がかかっている。大公様に決断していただくほかあるまい」
公爵の言葉に、リルレイン侍従長はゆっくりと頭を下げた。




