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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十八章 友好の花編
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第五百五十九話 いい報告、悪い報告

「オイ見ろ! 芽だ! 芽が出ているぞ!」


フォーアル大公国の農場で、男の大きな声が響き渡った。その声に、周囲にいた人々がドヤドヤと集まってきた。彼らの目の前には、畑一面に緑色の芽が出ていた。


「あー。予想以上の速さで芽吹いたでありますなー」


皆と同じように喜びの声を上げているのは、ゴンだった。彼は周囲に笑顔を振りまきながら、大きく頷いている。


「これは、フキワダシの芽でありますなー」


ゴンは地面に顔を寄せて、芽吹いているものを丁寧に観察した。そして、この芽がフキワダシであると断じた。集まった人々の顔が笑みに変わる。フキワダシは外見と味がジャガイモに似ていて、しかも成長が早く、その上、大量に収穫が望める作物だった。もしかすると、今年の収穫に間に合うかもしれない。人々の間に、そんな期待感が広がっていた。


「では、大公様にお知らせしてきます」


一人の男がそう言って、馬に跨った。彼はゴンたちに笑顔を見せながら、きっと、大公様もお慶びになりましょうと言って、大公宮殿に向かって馬を走らせた。その背中を、人々は笑顔で見送った。


◆ ◆ ◆


同じ頃、大公宮殿の一室では、大公・テイストが眉間に深い皺を刻んでいた。彼の目の前には、植木鉢に植えられた一輪の花が置かれていた。


「……一体、どういうつもりだ」


大公は顎髭を撫でながら、誰に言うともなく呟く。


「書簡には、これまで、我が国において、クリミアーナ教徒に対する厚いご恩情に感謝するとあります」


「……」


傍に控えている男が、書簡と大公とに交互に視線を向けながら口を開いている。その言葉を聞きながら大公は、湧き上がる怒りを抑え込んでいた。


……何を言っておるのだ。我が姪であるセルロイトを篭絡しただけでなく、天災に付け込んで、我が国を混乱に陥れようとしていた国が、よくそんなことが言える。ご恩情などと……。余はクリミアーナめらに温情をかけたことなど、一度としてない。


彼は目の前に置かれた花に視線を向ける。まるで、アジサイのような花だ。その下に、意外に太い茎が伸びている。何とも言えぬ、よい香気が、鼻をくすぐる。


「書簡には、この花は、『友好の花』と言うもので、クリミアーナ教国秘蔵の花とのことです」


「秘蔵の花……。ヤツらの言うことは、信用できぬ」


「ハッ……。この花は、すばらしい香気を持ち、また、そう簡単には枯れぬ強い生命力を持つ花なのだそうです。そうしたことから、クリミア―ナ教国との友好を、幾久しく持ち続けるという意味が込められているそうです。しかも、この花は気温によって色が変わるようで、その変化も楽しんでいただきたい。そう書簡に記されておりました」


「気温によって色が変わる……。つまりは、クリミアーナはいつでも変化するという意味ではないのか。今は誼を通じているが、時と場合によっては、いつでもその態度を変化するということではないのか」


「大公様……さすがに、そこまでは……」


「今までのクリミアーナの歴史を見れば、そうではないか」


「ハッ……」


「つまりは、この花を贈る意味は、この花の生命力のごとく、未来永劫、我が国をクリミアーナの支配下に置く……暗にそう意味しているのではないのか」


「……」


大公の鋭い視線に耐えられず、男は思わず彼から視線をそむけた。


「このような縁起の悪い花、すぐに捨てよ」


「お待ちください、大公様。この花は教皇親書と共に贈られております。教皇親書……つまりは、ヴィエイユ教皇聖下自らが我が国に贈られた品物……。無下に扱いますと、クリミアーナが我が国に難癖をつける口実を与えかねぬかと存じますが……」


男の言葉に、大公はさらに眉間の皺を深くする。


「ならば、どこか適当なところにでも、仕舞っておくがいい。二度と余の前に、このようなものを持って来るな」


大公の言葉に、男は無言で頭を下げる。そんな彼に、大公はさらに言葉を続けた。


「あと、今後は、めと言え」


「は?」


「め、と申すのじゃ」


「め……でございますか?」


「今後、余の前では、ヴィエイユ教皇聖下、などと言うでない。ヴィエイユめ、と呼ぶのじゃ。あの者は、国を惑わす疫病神じゃ。そのような者に、聖下などと敬称を付ける価値などない。わかったか」


「ハッ、ハハッ」


不機嫌さを隠そうともしない大公。そんな彼にこれ以上居ることは、さらに小言を食らうことになる。それを十分に知っている彼は、鉢植えに植えられた花を恭しく持つと、足早に部屋を後にしていった。そんな彼の後姿を見ながら大公は、苦々し気に舌打ちをするのだった。


「失礼いたします」


男と入れ替わるようにして、また別の家来が入室してきた。大公は険しい表情を崩そうともせずに、入ってきた男を睨みつける。そのあまりの様子に、男は少し後ずさりした。


「何だ!」


「あの……報告がございます」


「いい報告か、悪い報告か」


「よい報告です」


「後にせい」


「は?」


「悪い報告であれば、すぐに対応せねばならぬこともあろう。しかし、良い報告であれば、後で聞いても差支えはなかろう」


「し、承知しました」


男は踵を返して立ち去ろうとする。そんな彼の背中越しに、大公の声が飛んだ。


「いや、待て!」


「ハッ」


「気が変わった。報告せい」


「はっ……ハハッ」


男は改めて畏まると、姿勢を正して、大公に向き合った。


「報告いたします。先日、アガルタより届きました種が、本日芽吹きました」


「なに、まことか!?」


眼を見開きながら大公は立ち上がる。その予想を超えた行動に、目の前にいる男は顔を強張らせる。


「ハッ……私がこの目で見てまいりました。間違いございません」


「……そうか。種を撒いて僅か三週間で芽吹いたか。さすがはアガルタの作りし種じゃな。して、芽吹いたのは、何の種じゃ?」


「ハッ。ゴン殿の言われますには、フキワダシであろうと」


「フキワダシか」


大公は満足そうに頷くと、再びゆっくりと椅子に腰を下ろした。彼は目を閉じて、少し笑みを浮かべながら何度も頷いた。


「フキワダシならば、秋の収穫に間に合うな。何とかなるやもしれぬな……。ウム、ご苦労であった。下がってよい」


大公は機嫌のよさそうな声に変わっていた。それを確認した男は、ホッと胸をなでおろしながら、恭しく一礼した。


◆ ◆ ◆


「……まあ、何ですの、これは?」


頓狂な声を上げているのは、フォーアル大公国の侍従長、リルレインの妻であるパッソだった。万事が派手好きな彼女は、主人が持ち帰った不思議な花に目を止めた。リルレインは小さなため息をつきながら、手に持っていた鉢植えをテーブルの上に置いた。


「クリミア―ナ教国からの進物だ。粗略に扱わぬように」


「クリミアーナ? なにゆえ、あの国から進物が?」


「おそらく、セルロイト様の一件についての詫びだろう。教皇親書にはそのようなことは一切書かれていなかったがな」


「まあ……」


パッソは大仰に驚いて見せる。セルロイトのことは表向きは一切の秘密とされているが、噂好きの貴族の間では、最早、公然の秘密となっていたのだった。


「確かに……。セルロイト様は、クリミアーナの殿方にかなりの仕打ちをされていたとか……。確か、お小水を……」


「これ、滅多なことを口にするでない」


夫のリルレインに窘められて、彼女は思わず口に手を当てる。彼は相変わらず不機嫌さを醸し出している。そんな雰囲気を変えようと、彼女はテーブルに置かれた花に視線を向ける。


「それにしても、美しい花ではございませんか」


「何でも、『友好の花』といって、クリミアーナ秘蔵の花だそうだ」


「まあ……。それはそれは。それに、とてもいい香りがしますわね」


「教皇からの贈り物だ。我が家で預かることになった。くれぐれも丁重に扱うのだ」


「わかっておりますわ。それにしても、いい香りだこと……」


パッソは花に顔を近づけて、鼻をぴくぴくと動かしながら、香りを楽しんだ。そのとき、彼女の頭の中に、一つのアイデアが閃いた。


……これはきっと、大きな話題になるわね。


パッソには一つの確信があった。彼女の顔には、無意識に笑顔が浮かんでいた……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかヤバそうな花な気がする… [一言] コミカライズ読みました。最初はクソ猫やったな…と懐かしさを覚えましたw小説頑張って下さい
[一言] 更新お疲れさまです。 今回の話、むか~~し小学校の国語の教科書に 載った「繁栄の花」のオマージュですよね。 ネタバレするのでこれ以上突っ込みません。
[良い点] 時限爆弾の導火線に火が付いた、か この花が原因だと特定されない何かしら異変が起きるのでしょうね 神鑑定の存在を知っていたら絶対打てない手ですね [一言] 果たしてこの爆弾の側にいるのは誰な…
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