第五百五十八話 見返り
フォーアル大公国に向かったゴンがアガルタに帰還したのは、一週間後のことだった。帰ってきたのが夕方だったために、夕食後、子供たちが寝静まった後に、家族全員で彼の話を聞くことにした。
ゴンの報告では、大公国の土壌のダメージは、予想以上に軽いものだったらしい。とはいえ、今年収穫する予定であった作物はほぼ全滅で、ゴンは今年の収穫はあきらめて、来年の収穫に向けて色々と対策を講じるとのことだった。
「泥団子が根付けば、来年の収穫はかなり回復するはずでありますー」
そうは言うものの、確実とは言い切れないために、数か月に一度程度、メイが現地に赴いて状況を見ることになった。彼女には土精霊のノームが付いている。メイとノームがいれば百人力だ。メイも乗り気になっていて、是非、お手伝いさせてくださいと言っている。
「メイちゃんがフォーアルに行くのは賛成だけれど、姿は変えた方がいいと思うな」
口を開いたのはシディーだ。今のメイは、世界中にその名を轟かせている大賢者だ。聖女、と呼ぶ人も多い。そんな人が行ったとなると、大公国内は上を下への大騒ぎとなる。おそらく、下にも置かない丁重なもてなしをされると同時に、色々と相談事を持ち込まれることも予想される。そうなると、本来の目的である大公国内の農業復興に集中できなくなる、と言うのだ。
メイは謙遜して、そんなことはありませんと言うが、俺もシディーの意見に賛成だ。メイのことだ。頼まれればイヤと言わずに抱え込んでしまうことが容易に想像できる。そうなれば徹夜続きのオーバーワークになりかねない。それで体を壊してしまっては、元も子もない。
「いや、今の状況は特に問題が発生していないのでありますから、メイ殿が出向くまでもないのでありますー。吾輩の手に余るようであればまた、相談するでありますー」
「わかった。それでは、フォーアルについてはゴンに任せることにする。いいな、ゴン。メイ、ゴンが困った状況になるのであれば、そのときは頼むな。」
俺の言葉に、二人は頷く。
「これからゴンさんをフォーアルに派遣し続けるとなると、今のままではダメだと思います」
フェリスが全員に視線を向けながら、落ち着いた声で話しをしている。それに、ルアラが反応する。
「お姉さまの言う通りです。メイ姉さまとゴンさんがフォーアルで農業復興に携わるのは賛成です。ですが、それに対する見返りを求めた方がいいと思います」
「見返り……か」
俺は腕を組んで考える。というのも、フェリスやルアラの意見では、ルワザン島のレイス火山の大噴火で被害を受けた国々が、今後もアガルタに食糧支援を要請してくる可能性が極めて高いのだという。アガルタ自体は火山の噴火の直接的な被害はなかったが、支援を求めてくる国々全てに対応することはできない。
「やはり、お金か、その国が持つ技術や特産物がいいと思います」
「それを、こちらから要求するのか……」
「はい。何も、リノス様が直接使者に言う必要はないと思います。それは、私やフェリス姉さまにお任せください」
「どう思う、リコ?」
俺は隣に座るリコに視線を向ける。彼女は澄んだ瞳をじっとルアラたちに向けている。
「難しい問題ですわね」
リコの言葉に、フェリスとルアラはゆっくりと頷く。リコは目を閉じて何かを考えていたが、やがて眼を開いて、言葉を続けた。
「フェリスやルアラの言うことも、もっともですわ。フォーアル大公国に多量の食糧支援をしたということが他国に知られれば、食糧不足に悩む国々から支援を要請されることでしょう。ただ、アガルタの食糧も無尽蔵にあるわけではありませんわ。アガルタ一国ですべての国々に応対するのは難しい……。しかし、そこで見返りを求めるのは、私はするべきではないと思いますわ。今回は……いろいろな国々にお願いしてみてはいかがでしょうか?」
「いろいろな国々にお願い?」
「今回の大噴火……。被害を受けていない国々も多くありますわ。このアガルタ周辺の国々はほぼ、無傷ですわ。その国々から少しずつ食糧を支援してもらうのです」
「……なるほど。各国々から一旦アガルタに食料を集めて、それを救援要請してきた国々に対して分配する、か。それだったら、結構な数の国に対応できるかもしれないな」
「では、私はリボーン大上王様に手紙を書きます」
「ああ、メイ。きっと、メイからの要請だったら、大上王はすぐさま支援してくれるだろう。すまんが、よろしく頼む」
「では、私は、ニザの父にお願いしてみます」
「ああ、そうしてくれ、シディー。よかったら、ピアを連れて行くといい。公王様も孫の顔を見たいだろう」
「はい、ありがとうございます。父も喜びます」
「では、俺はヒーデータの陛下に会ってお願いしてくるとするか。フェリス、ルアラ。お前たちは、被害の少なかった国々に対して、食料の支援をお願いする書簡を出してくれないか」
俺の言葉に、二人は黙って頭を下げた。
「フェリス、ルアラ」
「……ハイ、リコ姉さま」
「ありがとう」
「……え?」
「二人とも、アガルタのことを本当に、真剣に考えてくれたのですわね。嬉しかったですわ」
「……」
フェリスとルアラは顔を見合わせている。いつもは厳しいリコから、まさか褒められるとは思わなかったようだ。
「もし、他国に食料を支援するときは、アガルタ軍が担当しよう」
突然、マトカルが口を開いた。皆、彼女に注目する。
「リノス様の転移結界を使えばいいのだろうが、それをしてしまうと、一瞬でコトが終わってしまう。アガルタとの距離にもよるだろうが、食料の輸送は兵士のいい訓練になるのだ」
「どういうことだ?」
「国が変われば、土地も変わる。高い山、広い川、ぬかるんだ土地……。色々なところを歩くことによって、経験を増やすことができる。地図だけを見て作戦を立てる……そんな兵士には育てたくないのだ」
「ハッハッハ」
思わず俺は声を上げて笑った。そんな俺を見て、マトカルはキョトンとしている。
「いや、すまんすまん。なるほど、マトらしいな。わかった、それについては、ちょっと考えることにしよう」
そこまで言うと俺は腕を組み、少し声を落として、さらに言葉を続けた。
「実は、クリミアーナはそうしているんだ」
「本当か?」
「ああ。もっとも、ヤツらは訓練目的ではないけれどな」
「どういうことだ?」
「クリミアーナの兵士たちが食糧を輸送する。そのときに、国の在り様をつぶさに調査するんだよ。作物の生育状況、人々の暮らしぶり、兵士たちの練度……。そして、弱点をあぶり出して、そこを突破口にその国を支配下に置いていくんだ。ヤツらは食糧はタダで支援するけれども、その見返りに国を取るんだ。まさに、タダほど高いものはないってやつだ」
俺の言葉に、マトカルは固まってしまっている。
「まあ、俺たちはそこまでする必要はない。何かあれば、サダキチたちに調べてもらえばいいんだ。あとは、作物が腐らないように気を付けてもらえればいい」
「その点でしたら、ご安心ください。精霊たちに協力を仰ぎます」
口を開いたのは、ソレイユだ。彼女曰く、支援に赴く際はあらかじめ、その国に住む精霊にアガルタの作物を腐らないように守ってもらうように要請するのだという。神龍様と契約しているソレイユが頼めば、大抵の精霊は言うことを聞いてくれるらしい。
「まあ、支援を要請してきた国から見返りを求めたいというのは本音だが、俺たちは敢えてそれをしないことにする。それによって、俺たちに恩を感じてくれれば上々だ。バカな、甘い考えだという批判を受けるのは覚悟の上だ。欲すれば与えよ。俺たちは、これでいく」
俺の言葉に、全員が頷いた。
後にこの作戦は功を奏し、アガルタは多くの物資の調達に成功する。そして、それらを惜しげもなく要請してきた国々に分け与えた。その結果、アガルタとその友好国は固い絆で結ばれることになる。
ちなみに、物資を支援する際、精霊に要請するために、ソレイユは多くの国に赴いた。もっとも、彼女は転移結界を使って移動していたのだが、たまたま、精霊に要請している場面を旅人などに目撃されることがあった。そこでは、ソレイユのあまりの美貌が目を引き、背中に翼を持った美しい天女が舞い降りたと噂になった。後に、いくつかの地域では、天女伝説として受け継がれることになるのだが、そんなことは、今のリノスたちには、知る由もなかった……。




