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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十八章 友好の花編
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第五百五十七話 呆然とした表情

大公・テイストは、呆然とした表情を浮かべたまま固まった。目の前の光景が、俄かに信じられなかったからだ。


規模は小さかったとはいえ、そこには家があり、畑があり、一つの村がそこにはあった。だが今、大公の目の前にはただ、何もない荒れ地が広がるのみだった。果たして、あの村は一体どこに行ったのか。村から火の手が上がったという報告は受けていない。つい三日前まであった村が、忽然と姿を消したのだ。常識では考えられない事柄に大公は驚きと共に、ある種の恐ろしさを感じていた。


それは、突然のことだった。クリミアーナ教国から、教皇親書を携えた者が現れたのは、まさに三日前のことだった。クリっとした愛嬌のある、頭の禿げあがった小柄な男が、ニコニコと笑みを浮かべながら大公の前に現れ、まるで宝物を持ち運ぶようにして、教皇からの親書を手渡した。そこには、当たり障りのない内容が書かれており、最後に、クリミアーナ教国内においても、火山の噴火による被害が出ており、復興のために、派遣している枢機卿を本国に呼び戻す旨が書かれてあった。


男はこれまで世話になったことを丁寧に述べ、そそくさとその場を辞していった。大公からすれば、そんなことをわざわざ言いに来る理由がわからなかった。それよりも、愛する姪を弄んだ男を無傷のままで、本国に帰国することに、口惜しささえ覚えていた。


そして、クリミアーナの村が忽然と消えていると報告があったのが、つい二時間ほど前のことだ。村の全てが完全に消え失せているという部下の報告を、最初は理解することができなかった。だが、部下の悲壮な表情を見て大公は自ら馬を走らせたのだった。


この三日の間に、あの建物を解体したのか? いや、前日まで村はあったと部下は報告している。僅か一日の間に、建物を壊し、畑を壊して元の景色に戻したのか。大公は、崖の下に広がる浜辺に視線を向けながら、混乱する頭を必死で落ち着けようとしていた。


同じ頃、一艘の船が大海原をゆっくりと進んでいた。その甲板には、二人の男が水平線の彼方に視線を泳がせていた。


「この度は、大変なお骨折りをいただきまして、ありがとうございました」


さも、申し訳なさそうに頭を下げているのは、マタカ枢機卿だった。彼の前には、公王の許に使者として赴いた、禿げあがった小柄な男だった。彼は、ニコニコと笑みを浮かべながら、口を開く。


「なぁに、このくらいのこと、お安い御用です。私の力がお役に立てれば、これに優る喜びはありません」


「ははっ。それにしても、まさか、あのような仕掛けが施されているとは、大公をはじめ、フォーアルの者たちは思いもよらないかと存じます」


「フフフ」


「信者たちの家はすぐに壊すことができましたし、我らが寝起きしていた建物は、組み立て式ですのですぐに分解することができましたが、まさかその後に布を張り、そこに絵を描くとは……。この私にはとても思いもよらないことでございました」


「うまく、騙されてくれればよいのですが。あそこには、あなた方が心血を注いで作り上げた畑があります。あのまま放っておけば、畑は踏み荒らされてしまうでしょう。そうなれば、色々と……ね」


「はい。まさに仰る通りでございます」


「あの村に通じる道は破壊しましたね? であれば、村は断崖絶壁の下……。おいそれとは近づけないでしょう。それに、あのようなお土産もあります」


男は船室の入り口に視線を向ける。船底では、あの村で暮らしていた敬虔な信徒たちが祈りを捧げているのだ。


「男女合わせて十名ですか。あそこまで、主神様の教えをよく教え込みましたね。あなたに取りすがって、号泣しながら一緒に連れて行ってくれと懇願していた場面は、実に美しかったですよ」


「ははっ、恐れ入ります。皆、えり抜きの信者たちですから。捲土重来の際は、彼らが役に立ってくれることでしょう」


「そうですね。そうなるように、アフロディーテでさらに研鑽を積ませましょう」


マタカと小柄な男はニコリと笑みを交わす。彼らを乗せた船は一路、教都・アフロディーテを目指したのだった。


そのさらに三日後、マタカたちと入れ替わるようにアガルタからの使者が到着した。待ちに待った使者の到着に、大公は取るものも取り敢えず、使者を迎えた。だが、アガルタから送られた使者はたった一人だけであり、しかもその男は、手ぶらの状態で大公の前に現れた。


「お初にお目にかかるでありますー。私は、アガルタ王リノスの傍近くに仕えます、ゴンと申す者でありますー」


一見して、怪しい風体の男だった。アガルタという世界に冠する国の使者とは到底思えなかった。通常であれば、美々しい衣装に身を包み、手に持ちきれぬほどの進物を持って現れるのが使者の常だ。だが、目の前の男は、旅人のような服に身を包み、勲章も佩いていないばかりか、国王からの親書すらも持ち合わせていなかった。本当に、アガルタ王の使者なのだろうか。そんな疑いを大公は持ったが、この謁見の間に通っているということは、宮殿を守る兵士たちの厳しいチェックを受けてきているのだ。まさか、兵士たちが得体のしれない力で操られたわけではあるまい。そんなことを考えながら、大公は男に対峙していた。


ゴンと名乗る男は、紋切り型の挨拶を述べていたが、やがて、大公の顔色を窺うような素振りを見せたかと思うと、ニコリと笑みを浮かべて、さらに言葉を続けた。


「これは、失礼したでありますー。吾輩のこの格好が、この場にふさわしくないために、お疑いを持たれていることは重々承知でありますー。まずは、これをご覧いただきたいのでありますー」


男は懐から小さな石を取り出すと、それをゆっくりと床の上に置いた。すると、石の周囲の景色がゆがみはじめ、しばらくすると、一人の優男が現れた。


「お初にお目にかかります。アガルタ王リノスです。今、目の前にキツネ男がいるかと思いますが、そいつは俺の部下です。信用してあげてください。フォーアル大公国には、アガルタからできる限りの支援をさせてもらおうと思っています。詳しくは、目の前にいるゴンに聞いてください。あ、あと、セルロイトさんは元気に暮らしています。アガルタ大学に無事入学しました。取り急ぎ、ご報告まで」


それだけ喋ると、男は姿を消した。大公は口をポカンと開けたまま、呆然とした表情を浮かべている。


「ええと……よろしいでありますか?」


「あっ、ああ。失礼した。今のは一体……」


「我が王の結界スキルを付与した結界石でありますー。我が王が、こちらの方が伝わるだろうという配慮でありますー」


「さ……左様か」


「本来であれば、古式の慣例に則った方法でお目通りするのが筋かとも思ったのでありますが、時間を無駄にしたくなかったので、失礼を顧みず、吾輩の意見でこのような形を取らせていただいた次第でありますー。ご無礼の段、お詫び申し上げるでありますー」


そう言って男は、深々と腰を折った。大公は姿勢を正して、男をじっと眺めている。


「それでは、早速本題に入るでありますー」


男は数歩後ろに下がると、懐から別の石を取り出した。そして、何やら詠唱を始めると、先ほどと同様に、石の周囲が歪み始めた。しばらくすると、石のあった場所に、夥しい食糧が現れた。それは次々と現れ、謁見の間を埋め尽くすほどの量となった。


「こっ、これは……」


驚く大公に、男は頷きながら口を開く。


「約一万人分の食糧でありますー。もし、足りぬのであれば、遠慮なく言ってほしいでありますー。それから、こちらの袋は、カウワサイの種が詰まっているでありますー。やせた土地でも実をつけるでありますから、よければお使いいただければと思うでありますー」


男はさらに場所を移動しながら、何かを探す素振りを見せる。しばらくすると、あったあったという声を上げたかと思うと、大公に向かって、作物の一部を指さしながら口を開いた。


「こちらが、泥団子であります」


「泥団子?」


「アガルタが開発したものでありますー。これを畑に撒けば、その土地に合った作物が育つ種でありますー」


男はそう言うと、周囲を見廻しながら、さらに言葉を続けた。


「ということで、恐れ入るでありますが、どなたか吾輩に、畑を貸していただけぬでありますかー。この泥団子の種の撒き方と育て方をご教授するでありますー」


このとき、大公は初めてこの男がこんな格好をしているのかを理解した。すぐにこの国で種を撒き、一刻も早く作物を実らせて、食糧不足を招かぬようにしようとしているのだ……。


大公は、心が何か、温かいもので満たされていくのを感じていた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 飯恨み章
[良い点] 大公さんの胸キュンが止まらない! ドキがムネムネ [一言] カルトいやだー、マジキモい これはまたアフロを燃やす必要がありそうだ
[一言] 更新有り難う御座います。 片方は策謀の刃を、もう片方は友好の握手を……。
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