第五百三十八話 回数こそ大事
クノゲンが言っていた通り、アガルタ王リノスは翌日、ラッカーの許を訪れた。
勝者が敗軍の将の許にやって来る、という行為は、ラッカーにとっては予想もしない出来事だった。通常であれば、自分を召し出せばいいのだ。わざわざ、軟禁されている部屋にやって来る必要はない。一瞬、アガルタ王は自分に死を与えるために来るのではないか、そんなことを疑ってみたが、それなら尚更、部下にやらせればいいことであって、わざわざ王自ら出向くことなどない。それに彼は、ラッカーの家来たちの前で、お前たちの王の命は保証すると約束しているのだ。単なる口約束で、気が変わって……ということも、考えられないではないが、世情では、この王は約束したことは必ず守ると言われている。おいそれと、自分の命を奪うことはないだろう。
そう考えると、ますますアガルタ王がこの部屋にやって来る意図がわからない。
「いや、すみませんね。お寛ぎのところ」
クノゲンに案内されて入室してきたリノスは、ラッカーの顔を見るなり、そんな挨拶を交わした。勝者が敗者を引見しているのにもかかわらず、なぜ、アガルタ王がこんなへり下ったものの言い方をするのか、ラッカーの頭は混乱していく。
さらに、彼の頭を混乱させたのは、アガルタ王が二人の女性を伴っていたことだ。一見して、二人は女性であるということはわかったが、そのうちの一人は、ローブのような衣装を着て、フードを目深くかぶって顔を隠していた。ローブを着込んでいるとはいえ、小柄で、華奢な体つきであることが見て取れたことから、この者は女性であると判断していた。
一方のもう一人の女性……。これは、目が覚めるほどに美しかった。何とも色気のある眼。そして、豊満な肉体……。まるで、体のラインを強調するかのような薄手の衣装を纏ったその姿に、ラッカーは少なからず欲望を覚えた。
「あ、紹介しますね。こちらは、妻のソレイユです」
「アガルタ王リノスの妻、ソレイユでございます。以後、お見知りおきを」
女性はそう言って、恭しく一礼する。アガルタ王の妃と聞いて、ラッカーは冷静さを取り戻した。サブクリナー王国の王として、威厳ある対応をせねばならない、そう考えて背筋を伸ばしてみたものの、頭を下げたソレイユの、胸の谷間がモロに目に入ってくる。ラッカーは必至で自制しようとしたが、くぎ付けになったその視線を外すことはできなかった。
シドロモドロになりながら、やっとのことで、紋切り型の挨拶を交わす。ラッカーは、アガルタ王が何を言い出すのか、少し緊張した面持ちでその言葉を待っていた。だが、リノスは、この部屋の居心地はどうだ、とか、食事は口に合うか、などと、至極どうでもいいことばかりを聞いてくる。業を煮やしたラッカーは、思い切って、彼の真意を聞こうと口を開いた。
「ところで、本日お見えになられたのは、どのようなご用件であろうか?」
リノスは一瞬、オホンと咳払いをしたが、やがて、隣に控えているソレイユと視線を合わせると、ゆっくりとラッカーに向かって口を開いた。
「実はですね、一つ、相談したいことがあるのです」
リノスは横を向いてスッと頷く。すると、ローブを着込んでいた小柄な女性が、ゆっくりとフードを取り、その顔を見せた。その瞬間、ラッカーは言葉を失った。
……目の前には何と、ヴィエイユが座っていたのだ。
◆ ◆ ◆
ソレイユが、お任せ下さいと言った次の日、彼女は一人のサイリュースを屋敷に連れてきた。
「この者は、リジアと申します。イリサルほどではありませんが、この子も火の精霊と契約していまして、炎を操ることができます」
リジアと呼ばれたサイリュースは、少し照れたような表情を浮かべながら、頭を下げた。
「この子も、そろそろ、子供を授かりたいのです」
「あの……そんなことを、俺に頼まれてもだな……」
「ウフフ、リノス様にお願いしているのではありません。そこはご安心ください」
「そ、そうか。すまない、色々とややこしくなる状況を想像してしまった」
俺は咳払いをして、居住まいを正す。ソレイユはそんな俺を楽しそうに眺めている。からかうんじゃないよ、全く。
「この子も、何人かの殿方と交わって、色々と努力をしているのですが、なかなか思ったような結果がでておりません。そこで、昨日お話しいただいたラッカー様の許に、この子をお仕えさせてはと思ったのです」
「え? 待て。いや、それは止めた方がいいんじゃないかな。ヤツは、変態だぞ?」
「変態……。ウフフ、別に、加虐的な嗜好がある御方ではないのでしょう? 単に性欲が旺盛なだけでございましょう?」
「まあ、それはそうだが、旺盛といっても、俺たちの想像をはるかに超える化け物だぞ? 言ってみれば、マシーンだぞ、あれ?」
「ましーん?」
「いや、その、何だ。まあ、実際のヤツのプレイを見たわけではないから、絶対とは言い切れないが、それでも、考えていることは、かなりのアレだぞ?」
「考えているだけで、実際のところはわからないでしょう? ですが、お話を聞いたところ、ラッカー様はかなりお強くていらっしゃるご様子。で、あれば、そちらの方が、我々としては理想的なのです」
「え? そうなの?」
「回数……」
「え? 何だって?」
リジアと呼ばれた少女が、小さな声で呟く。これも予想していなかった言葉だったので、思わず聞き返してしまった。
「回数を重ねないと結果は出ない。持続力はないに越したことはないけれど、大事なのは回数。一日に十回以上できるのが理想」
「じゅ……十回って……まさしくマシーンじゃないか。そんなことできるヤツ、いるの?」
「まあ、リノス様の口からそんな言葉が出るなんて、意外ですわ」
「待て、ソレイユ。俺はそんな獣じゃないはずだ」
「セイサムを授かったときなど、それは、もう……」
「あーあのときね」
そうだ、呪いがかかっていたのだ。確かに、あのときは性欲にハイパーブーストがかかっていたが、そこまでではなかったはずだ。いや、一晩中だったから、回数としちゃ……。
「う、オホン」
「つまり、我々サイリュースは、それ程、子供を授かる可能性が低い種族なのです」
いつしか、ソレイユの表情が真面目なものになっていた。その話は以前、聞いたことがある。
「そのために我々は、男性を虜にする術を磨いてまいりました。このリジアも、相応の能力を身に付けています。我々サイリュースには、火の精霊と契約できる者はわずかしかおりません。この子の子供には、その能力が受け継がれる可能性が高いのです。それゆえ、一族にとっても、この子の将来は、とても大切なのです」
ソレイユの言葉に、リジアは大きく頷く。単にエロだけではないようだ。
「それに、お相手となる御方の能力も重要です。聞けばラッカー様は、王としては優秀な御方とか。リノス様がそう言われるのであれば、まことなのでしょう。であれば、このリジアのお相手として、問題ございませんわ」
「そうか……。ただ、問題は、ヤツがリジアを気に入るかだが……。サイリュースには優れた術があるが、ヤツも今は、かなり重い恋の病を患っているからな……おいそれと、他の女性に気移りするかな? 拒否された場合は、どうするんだ?」
「その心配はございません」
ソレイユは自信満々に答える。彼女はスッとリジアに視線を向けると、ニコリと微笑んだ。
「よくご覧ください、リノス様。このリジア、誰かに似ていると思いませんか? 髪型と……髪の色を金色に変えれば、あの方に似ていると思いませんか?」
「うん? 髪の色を金色に……?」
俺は目を細めて、じっとリジアを眺める。
「あ、もしかして、意外と、ヴィエイユに似ている?」
俺の言葉に、ソレイユは大きく頷いた。




