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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十七章 横恋慕編
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第五百三十五話 重篤

「……準備ができました」


伝令がきびきびとした動きで俺の許に控え、頭を下げた。正直、あまり気乗りがしない。ただただ、イヤな予感がする。別に、命の危険性を感じるような予感はしないが、何というか……。何も悪いことをしていないにもかかわらず、体育教師に職員室に呼び出されたような、そんな感覚を覚えるのだ。


ラッカーはすぐ近くに連行されてきていた。気配探知と魔力探知を使うまでもない。ヤツが来たことはすぐにわかった。何というか……。獣のような気配を感じるのだ。それは兵士たちも同じなのだろう。ラッカーが近くにやってきたとき、俺の傍に控えていた兵士たちが、キョロキョロと周囲を伺ったほどだ。


俺はため息をつきながら、重い腰を上げる。その後ろではマトカルが付き従っている。正直、マトを抱きしめたい。きっと癒されることは間違いない。一旦心を落ち着けてヤツと対峙したいが、さすがに彼女は首を縦には振らないだろう。


最悪、ヤツに気配を消す効果を付与した結界を張るか……。そんなことを思いながら、俺は歩を進めた。


白い幕に囲われたところに、ラッカーは控えていた。国王ということで、縄などは打たれておらず、粗末だが椅子に腰かけていた。ただ、ヤツの周囲には兵士たちが控えていて、命令があればすぐに攻撃に移ることができるようになっていた。


俺と目が合うと、ラッカーの表情が一瞬にして変わった。


……正直、無知そのものに見えた。知性というのがかけらも感じられない、鈍重な顔をしていた。


いや、待て。コイツは一応国王なのだ。バカ殿も確かにいるが、この男はそれなりの功績を立てている、それなりの男だと聞いている。あまり勝手な判断をしない方がいい……。そう、自分に言い聞かせる。


予め準備されていた席に腰を掛ける。俺の着席を見届けて、すぐ横に控えていたマトカルとクノゲンが着席する。ルファナちゃんは、この引見の警備担当になっているために姿はない。彼女は、幕の裏、ちょうど、ラッカーの背後にいて、こちらの様子を窺っている。


「サブクリナー王国国王、サブクリナー・エパス・ラッカー三世殿で、お間違いないかな?」


クノゲンが静かな声で問いかける。ラッカーは俺を睨みつけたまま、ゆっくりと頷く。


「ヒヤマの砦は、我が国の領土である。それを、何の通告もなく攻撃された理由を承りましょうか」


クノゲンの問いかけに、ラッカーは体を震わせた。


「戦いを始めるのに、理由など、ない」


「ほう」


「欲しいから奪い取る。それだけである」


「あなた様は、サブクリナー王国国王であると同時に、新・クリミアーナ教国軍の軍務担当の地位に就いておいでです。この度の軍事行動は、クリミアーナ教国の意向を受けてのものでしょうか」


「下らぬことを聞くな」


「……」


「我の行動が、クリミアーナ教国……、ヴィエイユ様の意向を受けていないことは、その方たちが一番よく知っているだろう」


クノゲンはゆっくりと俺に視線を向けてきた。これ以上、聞くことはないといった表情だ。


「アガルタ国王、バーサーム・ダーケ・リノスです。この度の戦いは、実に不幸な戦いだったと思います。俺たちの兵士の被害はゼロだったが、貴国の兵士たちの中には、少なからず命を落とした方もいる。その方々に、深く哀悼の意を表します」


「敵であるにもかかわらず、死んだ我が国の兵士たちに哀悼の意を示していただけるとは……。感謝する」


ラッカーはそう言ってゆっくりと頭を下げる。その瞬間、彼の体がピクリと動いた。


「……」


「ラッカー様、どうなさいました?」


一切動かなくなったラッカーに、クノゲンが声をかける。だが彼は、無言のままだ。


「ラッカー様……」


「今、ヤツは動くことができない。結界を張ったからな」


「リノス様……」


「隙あらば俺に掴みかかろうとしている。少し面倒なので、自由を奪わせてもらった。安心するといい。首から上は動かせるようになっている」


俺の言葉を受けて、ラッカーはゆっくりと顔を上げる。その瞳は赤く濁っていた。


「イヤな男だな、貴様は」


「……」


「死んだ兵たちに哀悼の意を表するだと? そう言いながら貴様は、我のことを笑っているのだろう。己の欲望で軍勢を動かし、挙句、兵の命を失わせた。そんな我を貴様は手玉に取り、一兵も失うことなくこの戦いを収束せしめた。さぞ、爽快であろうな」


「そうでもないな」


「殺せ」


「何?」


「殺せと言っておるのだ」


「あのなぁ……」


「もはや我に生きる望みなどない。貴様の命を奪うことはできぬ。どうあがいても、我の苦しみが消えることはない。ならばいっそ、貴様の手で我を葬ってもらいたい」


「勝手なことを言うな。お前とヴィエイユの話に巻き込まれたこっちは、いい迷惑をしているんだ。言っておくが、俺の命を奪ったところで、ヴィエイユの心は動かないと思うぞ?」


「ふっ、それは、ヴィエイユ様の心を貴様が完全に奪っているからか」


「いや、そうじゃない。俺はヴィエイユには興味がない。いや、むしろ、お前とヴィエイユが上手くいって欲しいと思っているくらいだ。だがな……ヴィエイユはお前のことは、あんまり……なんだよな。どうにかならないものかね、全く。俺も、お前のことはよく知らないから、推しようがないんだ。因みに聞くが、もし、ヴィエイユと付き合えたとして、お前はヴィエイユに何をしてやるつもりだ?」


ラッカーは俺をじっと見据えたまま、沈黙している。息遣いが荒くなってきている。


「わっ、我は……」


「え? 何?」


「抱きしめたい」


「へ?」


「抱きしめて……あの、小さな、柔らかい……フワフワしたあの体を思いっきり抱きしめたい。力の限り抱きしめたい。抱きしめ続けたい」


「あの、ちょ、おま……そういうことじゃなくて……」


「放しはせぬ。死ぬまで放しはせぬ。あの美しい顔を……唇を……何時間もかけて吸い続けたい……。あの美しい肌をすべて我のものにしたい。形の整った見事な乳房を……一点の曇りもないあの肌を、尻を、足を、腕を、体の全てを、隅々まで我が舌で清めるのだ。誰のものにもならぬように……。すべてを我がものとするのだ。そして、死ぬまで、いや、死んで主神様の許に参っても、生まれ変わってもヴィエイユ様のお傍に仕えるのだ。我が、未来永劫、我がヴィエイユ様をお守りするのだ……。我がヴィエイユ様を幸せにするのだ」


ラッカーの話を聞いていると、あまりの執着心に、気分が悪くなってくる。こんな感情を腹の中に持っていたのか……。あのヴィエイユのことだ。ヤツがそんな思いを抱いているのを、薄々と感じていたのだろう。この男も、ヴィエイユの前ではその欲望を押さえていたのだろうが、完璧にコントロールができていなかったのだろう。きっと、それとなく漂う雰囲気が、ヴィエイユに伝わってしまっていたために、彼女はこの男を毛嫌いしていたのだ。女性は、そういう雰囲気は敏感に察するものだ。


ふと、隣に控えているマトカルに視線を向ける。彼女は冷静そのもので、淡々とした表情のまま、ラッカーを眺めている。


「ううう……教皇聖下……。ヴィエイユ様……ヴィエイユ様……」


気が付くと、ラッカーは人目もはばからずに滂沱の涙を流し始めていた。相撲取りのような大男が、子供のように泣いている……。何とも不細工だが、ここまで人を好きになることができるその純粋さは、貴重にも感じる。


「こりゃ大変だな。この病気は、なかなか治せないな」


「病気? この王は、病気に罹っているのか?」


俺の言葉に、マトカルが反応した。かなり予想外だったと見えて、驚いた表情を浮かべている。


「そうだ。病気だ。それもかなり重篤だ」


「病名は?」


「決まっているだろう。恋煩いさ」


マトカルは、ゆっくりと俺から視線を外した……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……ある意味ヤンデレ同士だろ!?
[気になる点] リノスがラッカーに同情的な気持ちを抱いてるのがよくわかんないなぁ。 恋心を抱いた男の心情を汲み取るまではわかるけど、兵巻き込んで、戦争仕掛けたらあかんでしょ。
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