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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十七章 横恋慕編
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第五百三十話  よくわからない

「は? 何て?」


意味がわからなかった。どうして、こんなことになったのだ? 思わず聞き返してしまった。


ここは帝都の屋敷だ。ダイニングには俺をはじめとして、家族全員が集まっていた。子供たちもそれぞれの母親の膝に抱かれていたり、傍にくっついていたりしている。いつものにぎやかな風景は、そこにはなかった。


俺の目の前には、ラースがいた。よくわからないといった表情をしている。俺もおそらく、彼と同じ顔をしているのだろう。


「何で戦わなかったのよ」


腕を組み、呆れたような表情を浮かべているのは、ラースの姉のフェリスだ。そんな彼女にラースは、さも不満ありげに返答する。


「戦おうと思ったさ。でも、マトカル様が退けと言ったんだよぉ」


全員の視線がマトカルに注がれる。彼女は息子のファルコを抱きながら、俺たちを見廻している。


「私が報告を受けたときには、すでに砦の大半が制圧されていた。戦っても勝てぬわけではなかったが……無駄な犠牲が増えると判断した。そのため、ラース殿にすぐに撤退せよと伝えたのだ」


「アンタは本当にバカねぇ。敵が攻めてきたことに気がつかなかったなんて」


「何を言うんだい姉ちゃん! ちゃんと気づいていたさ。でも、まさか砦に攻めて来るなんて思いもよらなかったんだ。海から船で静かに、ゆっくりと近づいてきたから、てっきり食料や燃料が尽きたんだろうと思って……それで、城門を開けたんだ。そしたら、いきなり兵士が上陸してきて……」


「まあ、何はともあれ、ラースを含め、アガルタの者にケガ人がいなくてよかった。ご苦労だった、ラース。危険を察知して、兵士をかくまったお前の判断は間違ってはいない。あとは、俺たちに任せてくれ」


俺の言葉に、ラースは悔しそうな表情を浮かべたまま、ゆっくりと一礼した。


占領されたのは、ラースが守っていたヒヤマの砦だった。そこをサブクリナー王国の者が占領したのだ。ここを占領されてしまうと、すぐ近くにあるドルガの街が危なくなる。アガルタからの補給が断たれてしまうからだ。


「まあ、ドルガへの補給は、最悪の場合、陛下に頼んでヒーデータから船で輸送してもらうことにしよう。今のところドルガの食料の備蓄は……」


「問題ない。三か月は籠城できるはずだ」


「そうか。マト、ドルガには城門を固く閉じて防御に徹するように伝えてくれ。間違っても、ヒヤマの砦に攻撃を仕掛けようなどとは思うなと伝えてくれ」


「わかった」


俺はマトカルに向かってゆっくり頷くと、俯きながら大きな体を小さくして控えているラースに視線を向ける。


「気を落とすな、ラース。お前が精魂込めて修復したヒヤマの砦……。奪われた悔しさはよくわかる。できるだけ、損傷させないように、奪い返して見せるからな」


俺の言葉に、ラースは再びゆっくりと頭を下げた。


◆ ◆ ◆


ヒヤマの砦を占領されてから二日。俺はアガルタの都にある迎賓館の執務室で、敵の戦力分析を行っていた。目の前には、ヒヤマの地図が広げられ、それをクノゲンとマトカル、そしてルファナが俺と一緒に眺めている。


「……一体、敵さんは何をしたいのでしょうな?」


クノゲンが首をひねる。報告によれば、サブクリナー王国軍の総勢は、およそ三万。これは、サブクリナー王国が動かせる最大の兵数なのだそうだ。言ってみれば、サブクリナーは、全兵力をもってヒヤマの砦を攻撃したことになる。


彼らは優に十日もかけて、海路にてヒヤマの砦を目指していた。彼らは、今はクリミアーナが治めている、ヒヤマの砦の目と鼻の先にある、旧バーリアル王国に向かうと主張していた。確かにこの国の情勢は不安定で、しばしば反乱が発生して、小競り合いが続いていた。てっきり、大軍を派遣して、反乱の芽を摘もうとしているのだと思っていたら、実は狙いはヒヤマの砦だったというオチだ。


しかし、よくわからない。この砦を陥落させたところで、誰も得をしないのだ。確かに、ドルガを防衛する俺たちにとっては、喉元に刃を突き付けられた状態なのだが、サブクリナーにとってみれば、言わば敵中の中に楔を打ち込んだはいいが、ほとんど補給ができない状態だ。一番近い旧バーリアル領から支援はできないことはないが、国内が不安定な状態であるために、満足な支援はできないだろう。


「我々をおびき出そうとしているのか?」


突然口を開いたのは、ルファナだ。彼女は首を傾げながら腕を組んでいる。その姿はなかなか美しかった。


少し話がそれるが、ここ最近、ルファナちゃんはキレイになった。クノゲンと結婚した当初はさしたる変化は感じなかったが、先の黒龍との闘いくらいから、劇的に美しくなった。リコ曰く、夫婦仲がうまくいっている証拠なのだという。それはそれでめでたい限りなのだが、ときおり、ハッとするほど美しい表情をすることがある。兵士たちの中に、彼女に心を奪われる者が現れはしないかと、余計な心配をしてしまう。


おっと、そんなことを考えていたら、全員の視線が俺に集まっていた。いかんいかん。姿勢を正さねば。


俺たちをおびき出して一網打尽にする……。アリと言えばアリだ。ただそれは、俺たちがヒヤマに向けて出陣して、戦いを挑むのが前提だ。そうではなく、ニザやヒーデータと共同して、ヒヤマの砦を囲んでしまえば、彼らはなす術もなく飢えるしかなくなるのだ。


「失礼します」


突然、兵士の一人が入室してきた。何事かと思いながら視線を向けると、彼はスッと一礼して、よく通る大きな声で口を開いた。


「申し上げます。ただ今、新・クリミアーナ教国教皇、ヴィエイユ様がお越しになりました」


「え?」


「ヴィエイユ様の顔を知っている者が確認し、ご本人と確認ができました。今、応接室にお通ししておりますが、いかが取り計らいましょうか?」


「……また、出し抜けに来る奴だな。では、謁見の間に通してくれ」


「承知しました」


兵士が去ると、俺は思わず天を仰いだ。


程なくして、俺たちは謁見の間に向かった。そこには、ヴィエイユがたった一人で控えていて、さも、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、佇んでいた。


「この度は、大変なご迷惑をおかけしまして……」


「迷惑っちゃ迷惑だが、それよりも、俺にはなぜ、今回この戦いを仕掛けられたのかが、全くわからないんだ。すまないがヴィエイユ、説明してくれないか?」


「仰せはごもっともでございます。今回の戦いは、すべて、私に原因があるのです」


「お前が、原因か……」


「ハイ……」


ヴィエイユは、今回の騒動に至った経緯を切々と語り始めた。サブクリナー王国の国王であるラッカーはヴィエイユに執心していること。彼は俺をこの世から排除すれば、ヴィエイユの傍に仕えられると思い込んでいること。彼の思いを知りながら、明確に拒否することなく、中途半端な対応を取ってしまったために、今回の騒動を招いてしまったこと……。そんな話を、ヴィエイユらしく、理路整然と語っていった。


「そのために、今回の騒動が起きてしまいました。何とお詫びをしてよいものやら……」


「いや、別に詫びるには及ばないが……」


「いいえ。それでは、私の気持ちが収まりません。アガルタ王様のお気が済むのであれば、私はどのようなことも致すつもりでございます」


ヴィエイユの言葉に、ルファナちゃんの気配と表情が変わった。どうやら、ヴィエイユのぶりっ子ぶりに、イラッときているようだ。確かに、この娘の振る舞いは、同性から見ると、男に媚びているように見えるのだろう。そういう女子は確実に同性に嫌われる。だが、そういう女子が一番男子にモテる。うん、不条理な世の中なのだ。


相変わらずヴィエイユは俺に、潤んだ眼差しを向けている。そんな彼女に向って俺は、手を叩きながらゆっくりと口を開く。


「何だ、よかったじゃないかヴィエイユ。それを聞いて安心したよ。お前、その、ラッカーとかいう国王と結婚しろ。そこまでお前のことを思ってくれているんだ。きっと、一生をかけてお前を幸せにしてくれるだろう。お前がラッカーの愛を受け入れてくれれば、この戦いはすぐに終わる。心配するな。結婚式には参加させてもらう。何なら、新婦側の友人としてスピーチをしてもいい。よかったら、この迎賓館を結婚式場に使うといい。ここ、結構いい式場だぞ? そうそう、このクノゲンとルファナちゃんも、ここで式を挙げたんだ。いい結婚式だった、あれは」


俺はクノゲンに視線を向ける。だが彼は、ニコリと笑みを浮かべながら戸惑ったように首を傾げている。


「お断り申し上げます!」


突然、ヴィエイユの絶叫が響き渡った。驚いて視線を向けると、彼女は泣きそうな表情を浮かべながら首を振っていた。


「あのお方と一緒になるなど……。絶対にイヤです。それだけは、絶対にイヤです。イヤです……本当にイヤです……」


……そこまで拒否ってやるなよ。俺はその言葉を必死で飲み込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「お断り申し上げます!」 あのヴィエイユがここまで頑なに断るとは…… かなり嫌われていますね。
[良い点] なんでもします!キリッ……か~ら~の~ お断り申し上げます!! [一言] ルファナちゃんの心情は察するのに小娘のはわからない 全く、リノっさんは鋭いのか鈍いのか
[一言] 砦、結界で包んで空気抜くって出来たっけ?単独で一方的に殺っちゃうと魔王化する可能性もあるからダメだっけか?もうその辺りの記憶があいまい^^;
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