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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十七章 横恋慕編
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第五百二十七話 説得

その翌日、大盛況のうちの幕を閉じた学会の慰労会が、アフロディーテの教皇神殿に於いて開催された。ヴィエイユのセンスが隅から隅まで行き届いた会場内は、癒しの雰囲気に溢れていた。それもあって、参加者たちはたちまちのうちに打ち解け合い、会場内では議論の花が咲き誇っていた。


供される料理も、山海の珍味を集める一方で、ごく庶民的な料理も用意され、王族から一般市民までが楽しめる仕掛けが施されていた。そのお陰で、この会場内では身分に囚われることのない、自由な場が作り出されていた。一見するとここには、争いという雰囲気は微塵もなく、平和そのものの世界があった。


とはいえ、やはりこの慰労会の主役となるべき人物はいて、人々は自然とその人物に吸い寄せられるようにして集まっていった。気が付くと、会場内は三つのグループに分かれていた。


一つ目は、言うまでもなく、ヴィエイユを中心とするグループだった。彼女を中心として、クリミアーナ教を熱烈に信仰する者たちが集まり、口々に彼女を褒めたたえた。そんな彼らの中心にあってヴィエイユは、にこやかな笑みを浮かべながら、会場内に油断のない視線を向け続けている。


もう一つは、リノスを中心とするグループだった。ここには、クリミアーナ教国に敵対する勢力が集まっていた。皆、口には出さないものの、この世界最大の版図を誇る教国に対抗する唯一の国であるアガルタの庇護を受けたいという思惑があり、加えて、今回の学会でも証明された、世界一の技術大国にして医療技術も他国の追随を許さぬこの国から、少しでも支援を受けようと躍起になっていた。


そんなある種特殊な雰囲気を放つこのグループにおいて、リノスの傍にはコンシディーがピタリと寄り添っていて、挨拶に来る人々をじっと観察し続けていた。リノスはリノスで、にこやかに応対しつつ、不要な一言で言質を取られぬように、細心の注意を払っていて、その振舞い方は見事の一言に尽きた。


これは言うまでもなく、シディーが念話でリノスにアドバイスを与えていたためであり、彼女は挨拶に来る人々を直感で判断して、何か疚しい思いを抱くものに関しては、徹底的に表面上の振る舞いをするよう、念話を送り続けた。


結果的に、多くの人々が訪れたリノスのグループでは、信頼に足ると判断された者はわずかな数であり、夥しい欲望や邪な思いを感じ続けたシディーは、ズキズキと刺すような頭痛を覚えるのだった。


そんなグループとは全く異なる雰囲気を持つグループがあった。その中心にはメイがいた。


ここでは、どちらかと言うと身分の低い、一介の研究者たちが集まって議論を交わしていた。互いに質問し合い、教え合いながら、和気あいあいとした空気感を醸し出している。メイの隣にはリボーン大上王がピタリと寄り添い、メモを取りながら何度も頷いていた。最初こそ、この大上王の風貌に委縮する者もいたが、彼の果てなき知的好奇心に刺激されて、人々は胸裏を開いていく。


そんな中、やはりメイの振る舞いは人々の注目を集めた。常に慈愛に満ちた笑顔を浮かべながら人々の話をじっくりと聞き、必要とあれば自身の知識を惜しげもなく与える。すべての研究者を尊重し、自らも学ぼうとするその姿勢は、「大賢者」の名にふさわしいものだった。


そのとき、突然、ヴィエイユが一人、ゆっくりとメイの許に向かって歩いてきた。彼女が歩を進めるごとに、人々が彼女を避けていく。リノスはそれに気が付いたが、周囲に人がいるために、動くことができない。彼はスッと視線をあらぬ方向に向ける。そこには、テーブルの傍で皿を持ち、供された料理に舌鼓を打つメインティア王がいた。その隣には、ローニの姿もあった。リノスは彼らに目配せをして、メイを守るように伝える。それを察したローニが、素早くメイに向かって動き出す。一方のメインティア王は、心配ないという笑顔を見せて、再び皿に盛りつけている料理に視線を落とした。


「メイリアス様」


楽しそうに談笑するメイの会話を打ち切らせるように、ヴィエイユが口を開いた。スッと顔を挙げたメイに、まるで姉に甘えるかのように、ヴィエイユは体を摺り寄せた。


「学会のことについて折り入って、相談したいことがあるのです」


「相談?」


「はい」


「おお、よいことじゃ。世界の知識レベルが上がるのであれば、このリボーン、協力は惜しみませんぞ。どのようなお話しじゃな?」


リボーン大上王が、ずいっとメイの前に進み出て、ヴィエイユと対峙する。その様子にヴィエイユはニコリと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、大上王さま。とても心強いお言葉ですわ。しかし、今回は、メイリアス様と女性同士でお話をしたいのですわ。恐れ入りますが……お察しくださいませ」


キョトンとする大上王。その隙にヴィエイユはスッとメイの手を取り、その場から連れ出そうとする。リノスの近くにいたサンダンジのニケが足早に彼女たちの許に向かう。だが、ヴィエイユはメイにヒソヒソと耳打ちをすると、二人は部屋の隅に消えていった。その数秒後、ニケがその場に行くと、二人の姿は忽然と消えていた。


『メイ、メイ、大丈夫か?』


『大丈夫です。すぐに戻ります、ご安心ください』


リノスは念話でメイに語り掛けながら、「マップ」を展開して、彼女の位置を確認する。どうやら、この会場の壁向こうに二人はいるようだ。


◆ ◆ ◆


「突然、このようなところにお連れして申し訳ございません」


わずか六畳ほどの大きさの小部屋。そこには、豪華な長椅子が一脚だけポツンと置かれていた。石を積み上げて作られたこの建物の中に、まさかこんな隠し部屋があるとは思わず、メイは何とか驚きを隠しながらも、この部屋をゆっくりと観察する。


「ここは、私の別荘なのです」


「別荘……?」


「ここ教皇神殿にいましては、常に人目に触れますので、なかなか気の休まるときがないのです。そこで、たまにこの小部屋に参りまして、ゆっくりと気持ちを落ち着けるのです」


ヴィエイユはそう言って、長椅子にゆっくりと腰を下ろす。そして、メイにも座るように促した。お互いの膝と膝が触れ合うか触れ合わないかの至近距離……。そんな中でヴィエイユはメイの目をじっと見つめる。


「メイリアス様に折り入って、お願いがあります」


「はい、何でしょう?」


「少しの間で結構です。この、アフロディーテに、逗留いただけませんか?」


「え?」


メイの眼が見開かれていく。突然のことで戸惑っているのが、ヴィエイユには手に取るようにわかる。


「ご承知の通り、先のレイス火山の大噴火で、周辺国には大量の火山灰が降り注ぎ、多くの国で農作物が壊滅的な被害を受けております。おそらく、今年は近年にない食糧不足となるでしょう。私は、この事態が数年は続くと予想しております。そのために今、我々もまた、アガルタと同様、火山灰で荒廃した土地でも生育する食物を開発しております」


ヴィエイユの言葉に、メイは興味深そうな眼をしながら、ゆっくりと頷く。


「我々が開発しておりますのは、短期間で生育する食物です。種を植えて数日で発芽し、さらに数日で実を付ける……。夢物語のようなお話に聞こえるかもしれませんが、我々はその研究に全力を挙げております。もちろん、人体に影響がないことは確認しなければなりません。その前段階として、我々は一つの花を開発しているのです」


「……花?」


「そうです。短期間で成長して花を咲かせる……。そして、環境の変化や気候の変化にも強い花……。それが、あと一歩のところで完成するところまできているのです。これが成功すれば、その技術を応用して、短期間で生育する食物を作ることはそう難しくはありません。ただし、それにはさらなる高度な技術が必要になります。メイリアス様、誠に恐れ入りますが、一ヶ月で結構です。一ヶ月間、このアフロディーテに逗留いただいて、お力をお貸し願えませんか? お願いいたします」


そう言ってヴィエイユは深々と頭を下げた。その彼女を見るメイの息遣いが、少し荒くなっているのを、ヴィエイユは敏感に感じ取っていた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……これは外堀を埋めてるのか? 足元を削っているのか?
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