第五百二十五話 休日
新・クリミアーナ教国の教都、アフロディーテで開催された学会は、全ての発表が終わり、この日は特に予定のない休日とされていた。ある者はアフロディーテの観光を楽しみ、ある者は研究者同士で議論を交わし合うなど、参加者は思い思いの一日を楽しんでいた。
とはいえ、参加者の中には、国を動かす地位にいる者も多い。そうした者たちは、これを機会に多くの国々と交流を持とうと動いていた。これは言うまでもなく、他国の情報を得ると同時に、軍事や内政的の協働も画策していたのだ。
そうした国々がまず、足を向けたのはクリミアーナ教国とアガルタだった。しかし、この両国は多忙を理由に訪問を断っていた。クリミアーナ教国は、教皇であるヴィエイユの代わりに枢機卿たちが対応し、自国の魅力を存分にアピールしていた。一方、アガルタと誼を通じたいと考えていた国々は、アガルタの同盟国や関係の深い国、すなわち、ヒーデータ帝国やフラディメ国、サンダンジ王国に足を向けたのだった。
その中で、もっとも友好的に接したのが、ヒーデータ帝国のヴァイラス公爵だった。彼は持ち前の人当たりの良さを発揮して、訪れる者たちを笑顔でもてなした。如才のない彼は、相手の国々のことを誉めつつ、提案された要求については、必ず兄であるヒーデータ帝国皇帝および、義兄であるアガルタ王リノスに伝えましょうと答えるのだった。
こんな状況下にあっても、フラディメ国のリボーン大上王は、訪れる者に矢のような質問を浴びせ、多くの情報を得ることに精を出した。彼としては、メイリアス王妃とゆっくりと学問に対する議論を行いたいと思っていたが、留まることを知らない知的好奇心のために、訪れる者を拒否することができないでいた。
一方、リノスたちは、メインティア王とニケ王と共に、アフロディーテにあるとあるレストランにいた。彼らの前には、ニケの息子であるシンが、犬獣人の女性を伴って控えていた。これはシン自身が希望したことであった。
当初彼は、父であるニケとの話し合いを望んだ。だが、それを聞いたニケはまず、リノスに同席を求めた。彼曰く、自分の性格上、事と次第によっては、息子を斬る可能性がある。そうしないために同席してほしいと願い出たのだった。それを聞いたリノスは即座にその申し出を受けるとともに、メイにも同席するように促したのだった。
当初は四人で話し合いをする予定だったのだが、その情報をどこで聞きつけたのか、四人が外に出ると、メインティア王が供も連れずに一人で現れた。そして、自分も一緒に行くと言ってのけたのだった。
そのときの四人にはリノスの結界が張ってあり、表向きは全くの別人に見えていた。にもかかわらず、メインティア王は易々と見破ってみせた。訝るリノスに、メインティア王はいつもの笑顔を浮かべながら口を開いた。
「そりゃわかるさ。どこをどう見ても一般の市民だからね。いや、街中だと全く分からなかっただろう。だが、この教皇神殿に一般人が入り込んでいるのはどう見てもおかしいだろう? それに……皆が一緒に行動しているように見えるが、全く会話をしている雰囲気がなかったからね。ひょっとしてと思ったのだよ」
そんな彼に対して、ニケ王は、今回は遠慮していただきたいと丁寧に断りを入れたのだが、そのニケにも、メインティア王は飄々と口を開いた。
「どうやら、男と女の話のようだね? それならば、私がいた方がいい。自分で言うのも何だが、男女の仲については誰によりも詳しいと自負している」
そこまで言うと、彼は突然声を変えて、威厳のある雰囲気を醸し出した。
「それに、全くの第三者の中立的な視点が必要になるときも、あるのではないか?」
そのあまりの変容ぶりに驚いたのか、ニケは不承不承ながらメインティア王の同行を許したのだった。
◆ ◆ ◆
「この度はお忙しいところ、お時間を割いていただきまして、感謝の言葉もございません」
皆が席に着くと、シンが申し訳なさそうに口を開く。その隣では、犬獣人のジャニスが、小さくなって項垂れている。そんな様子をニケは冷ややかに見つめている。そんな沈黙に耐えられないかのように、リノスがゆっくりと口を開いた。
「いや、いいんだ。本来ならば君と父上の話し合いのところに、俺たちがしゃしゃり出ているんだ。すまないね」
リノスの言葉に、シンは深々と頭を下げる。
シンはリノスたちの前で、ジャニスと結婚したいこと、サンダンジ国の王とはならずに、一介の医師として生きていきたいことを誠実に語った。だが、その言葉に対して父であるニケは、怒りを抑えた声で諭した。
「シン、貴様のために、どれだけの者が命を落としたと思っているのだ。それもすべて、お前を次の王とするためだ。我の跡を継いで、サンダンジの国を隆盛に導くためだ」
「お言葉ですが父上。父上の跡を継ぐ者は、他にいくらもおります。私でなくとも勤まります」
「シン……貴様……」
「私は、一人でも多くの人の命を救いたいのです。アガルタに来て、多くの仲間、多くの患者と接するうちに、本当にそう思えたのです。それに、ジャニスの故郷では医師が不足しています。彼女は、故郷の人たちの、一人でも多くの命を救いたいと願ってアガルタに来ました。今ではその力量は我々を遥かに凌駕します。私は、彼女と共に、彼女の故郷で医師としてこの命の限り、働き続けたいのです」
「……黙って聞いていれば、そのような夢物語を、よくもぬけぬけと申しおったな」
ニケの額に青筋が浮き出ている。彼は憤怒の表情のまま、誰に言うともなく呟いた。
「このようなことになるのであれば、アガルタになど、行かせるのではなかった」
「……誠に申し訳ございません」
メイが何とも言えぬ表情で頭を下げる。そのとき、まるで耐え切れなかったように、犬獣人の女性が口を開いた。
「私が……私が……アガルタから去ります。シン君の前から消えます。ですから……」
「その必要はないんじゃないかな?」
突然口を開いたのは、何とメインティア王だった。彼はいつものように機嫌のよさそうな表情を浮かべながら皆を見廻す。
「見たところ……君はその若者に惹かれているね? 隠さなくてもいい。それに、その若者もこの女性に惹かれている……。言わば相思相愛の二人だ。いいじゃないか、似合いの夫婦になるだろう」
「メインティア王、これは我が国の問題だ。黙っていていただこう」
「あなたに、発言する資格はない」
メインティア王の言葉に、ニケは目を丸くして驚いている。そんな彼にニコリと笑みを向けると、メインティア王はさらに言葉を続けた。
「そもそも、あなたがご子息をアガルタに向かわせたのは、彼の性根を叩き直すためだと聞いている。だとしたら、それは大成功ではないか。アガルタには感謝の言葉を言いこそすれ、アガルタに文句を言うなどとは、失礼の極みではないか」
「……」
「よいではないか。自分の息子が、生涯を賭けてやり遂げたいものを見つけたのだ。今、彼は自分の力で立って歩きたいと言っているのだ。子が親から自立するのは、大きな成長だ。それを喜ばずして、何としようか。あなたは国の行く末を案じているだろうが、それは杞憂だと思うよ。代わりになるような人材はいくらもいるものだよ」
「ニケさん!」
リノスの言葉と同時に、ニケは立ち上がってその場を足早に後にしていた。そんな様子を戸惑いながら見守るリノスたち。一方のメインティア王は、ニコニコとさらに機嫌のよさそうな笑みを浮かべるのだった。
この様子はすぐさま教皇神殿にいるヴィエイユの許に報告されていた。これを聞いたヴィエイユはゆっくりと天を仰いだ……。
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