第五百二十四話 ヴィエイユの分析
新・クリミア―ナ教国で開催された学会は結果的に、歴史に残る成果を残し、後世まで語り継がれるものとなった。
学会はまず、クリミアーナ教国側に属する二つの国の発表から始まり、それぞれの国が不治の病と言われていたエフリーテ熱病と、なぜか十代の少女だけに発症し、突然死を招くファインザー症の特効薬を開発したと発表した。
当然、これらの発表については、以前のような不確かな検証ではなく、誰が見ても納得できる証拠を積み上げての発表だった。
次に発表したのは、フラディメ国だった。リボーン大上王自らが登壇し、理路整然と研究成果を述べていった。アバタだらけの顔に、鋭い眼光……。威圧感を備えたその風貌に加えて、満場の会場を圧する大声に、聴衆は水を打ったように静かになった。
大上王が発表したのは、木を鉄のような硬度を持った物質に変える手法だった。
木に含まれる水分を、魔法と特殊な機械を使ってゆっくりと蒸発させ、同時に、木材を圧縮していく。すると、その木は鉄を遥かに凌駕する硬度を持ったものに生まれ変わるのだ。大上王が壇上で行う実験に、聴衆は驚きと大きな関心を向けたのだった。
続いて登壇したのは、アガルタだった。リノスの妃であるメイが登場すると、自然に会場から満場の拍手が沸き起こった。あまりの盛り上がりぶりに、メイは少し戸惑いながらも、傍らに控えていたシディーに促される形で発表を始めた。
アガルタが披露したのは、「土団子」だった。
この土団子の中には、いくつもの種が入っている。この団子を大地に撒くと、そこに最も適した種が根付き、作物を実らせるというものだった。折も折、ルワザン島のレイス火山が大噴火し、その降灰によって世界中の作物が大ダメージを受けていることもあって、この発表は大いに関心を集めた。メイとシディーは、この土団子はどんなやせた土地でも、必ず何らかの作物が実るものであり、しかも、今回はこれを希望者には無償で提供すると発表したのだった。これには、会場が揺れんばかりの大きな歓声を上げたのだった。
そんな盛り上がりを見せる中、会場の最後列に陣取ったヴィエイユは、登壇した者たちの話を聞きながら、発表者たちの性格を冷静に分析していた。とりわけ、彼女が視線を向けていたのが、メイとシディーだった。
……相変わらず、メイリアス王妃は美しいわね。活力に満ちている。
肌の色つやのみずみずしさは言うに及ばず、その喋り方、声のトーン、振舞い方……。すべてにヴィエイユは注目する。メイからは迷いというものが全く感じられない。そして、その眼は慈愛に満ち溢れていた。
……すべての人間関係がうまくいっている証拠ね。幸せなお方。
ヴィエイユは心の中でそう呟く。彼女の分析では、メイのようなタイプの女性は、己の意見を否定されることに強いストレスを感じる。さらには、明晰な頭脳を持っているために、相手の、周囲の思いを敏感に汲み取ることができるために、知りたくもないことを知ってしまい、ストレスを感じることも多いのが特徴だ。
これはつまり、ヴィエイユにとっては、もっとも御しやすい性格と言えた。だが、今のメイリアスには付け入るスキがない。ヴィエイユは心の中で大きなため息をつく。
彼女はメイリアスを見据えながら、夫であるリノスとの閨房を想像する。
自ら服を脱いで裸になるメイリアス。そして、リノスの待つベッドに体を滑り込ませる。待ちきれないように、いそいそと服を脱いで裸になるリノス……。最初は夫の好きなようにさせているが、しばらくすると自分が上になって、その欲望を満たしていく……。
……きっと、アガルタ王様もお上手な方なのね。
そんなことを考えながら、ヴィエイユは思わず笑みを漏らす。以前夢で見た、自分に組み敷かれながら情けない声を出すリノスの姿を思い出したのだ。きっと、あのお方も、私の夢と同じように、メイリアス様に組み敷かれて……。
ふと視線を移すと、そこには淡々とメモを取るアガルタ王、リノスの姿があった。彼は発表者の後ろに控えて、相変わらず議事録を取っている。そして、彼の頭上には、クリミア―ナ教国の枢機卿たちが、この学会の行方を見守っている。
「それでは、この土の成分につきまして説明します」
壇上ではメイに代わってシディーが説明していた。彼女の凛とした声が会場内に響き渡っている。その様子を見ながらヴィエイユは、コンシディーの分析を始める。
……自信満々に見えるけれど、これは、自分の弱みを隠すため。弱みを握ってしまえば、このドワーフも、御しやすい。
ヴィエイユはコンシディーの様子をじっと眺め続けている。きびきびとした動き。メイリアスと同様、理路整然とした話しぶりは、全く隙のないように見える。
だが、ヴィエイユから見ると、その隙のなさは逆に、踏み込まれたくない内面を持つ証拠だ。彼女はコンシディーを眺めながら、その内面を分析していく。
……体、かしら? ドワーフは基本的に成長が遅い。女性は特に幼児体型のまま成人する場合が多い。それに、この女性はドワーフ特有の強いくせ毛ではない。きっと……それを何かで矯正しているのね。この人には……豊満な肉体が手に入ると持ち掛ければ、ある程度、こちらの話を聞いてくれるかしら?
そこまで考えてヴィエイユは、スッとリノスに視線を向ける。そして、リノスとコンシディーを交互に見比べながら、さらに分析を進める。
……意外と、あのドワーフの幼い体を、アガルタ王様は気に入っているのかもしれないわね。
ヴィエイユの目がスッと細くなる。リノスのお妃たちの顔と姿を思い出してみると、同じタイプの女性は一人としていない。おそらくもっとも相性がいいのが正妻であるリコレットだろう。どんな姿態も厭わないのがソレイユ……。唯々諾々とリノスの言うがままになっているのが、このコンシディーだろう。
ヴィエイユの脳裏に、リノスとコンシディーの閨房が描き出されていく。
こちらにおいでと言われて、恥ずかしそうにベッドに入るコンシディー。そんな彼女を優しく抱きしめるリノス。すでにコンシディーは目をギュッと閉じている。そんな彼女のパジャマをゆっくりと脱がしていく。それに伴ってコンシディーの顔にどんどんと赤みが差していく。
……まるで、生娘のようね。そういう初々しさが、アガルタ王様の心を捉えているのかしら?
そんなことを考えながら、ヴィエイユはさらに想像を加速させる。リノスにすべてを任せたままじっとしてるコンシディー。そんな彼女の体を存分に賞味するリノス。抱きしめながら耳元でボソボソと愛の言葉をささやくと、きっと、顔をさらに赤らめて夫にしがみついているに違いない。
「……以上です」
コンシディーのひときわ凛とした声で、ヴィエイユは我に返る。その瞬間、会場内が大歓声とともに大きな拍手に包まれた。次々と人々が立ち上がりながら拍手をして、彼女らを讃えている。ヴィエイユも立ち上がって、パチパチと拍手を送る。
そのとき、壇上のコンシディーと目が合った。
コンシディーはじっとヴィエイユを見つめている。まるで、今まで妄想していたことを見透かしたような視線を向けていた。
……あれ? 気づかれてしまったかしら?
ヴィエイユが心の中でそう呟いたとき、コンシディーの表情が少し変化した。
……あまり、そんなことを考えてはダメよ。
コンシディーの表情はそう言っているように見えた。ヴィエイユは思わず笑みを漏らす。
会場内の参加者は、ヴィエイユのこの表情を、アガルタへの賛辞――今回は負けを認めた――と受け取った。だが、会場の隅で、その巨体を柱に隠しながらじっとヴィエイユを観察していたラッカーは、眉間に深い皺を刻んでいた。そしてその視線は、壇上のリノスに向けられた。
当のリノスは壇上で、ひたすら速記に励んでいた。




