第五百十三話 そこまでする?
「どうした? 何をしている?」
俺の後ろで龍王が口を開いている。姿は見えないが、その声の抑揚で考えていることは手に取るようにわかる。目の前に獲物がいるのに、どうして躊躇うのか……意外と度胸のないヤツだ。そう考えているのだろう。
目の前のロイスは、相変わらず紫色の美しい瞳から涙を流し続けている。キューキューと鳴き声までがかわいらしいものになってきていた。それに呼応するように、大きな体躯がゆっくりと上下している。
……いや、まずリコとソレイユを救い出すことが先決だ。
俺は首を振りながら、自分にそう言い聞かせる。間違いなくこのドラゴンの腹の中に二人はいるはずだ。ということは、まずロイスの首を落として、そこから……。
「ええい、何をしておるのだ!」
苛立ちを爆発させるようにして、龍王が俺の前に進み出る。見ると、ヤツの右手が銀色に光っている。
「おい、何をするつもりだ!」
「貴様の妻たちを助けてやろうというのだ」
「何?」
「貴様、ドラゴンの体を知っておるのか?」
「ドラゴンの体? どういうことだ?」
「わからぬやつだ。ドラゴンの体の中を見たことがあるのかと聞いておるのだ!」
「あるわけがないだろう」
「やはりな……」
龍王が呆れた声を上げている。コイツは俺に背を向けたままだが、どんな表情を浮かべているのかくらいはわかる。きっと、バカにしたような笑みを浮かべているに違いない。
そんな俺の気持ちを察したのか、龍王はチラリと俺に視線を向けた。やはり、笑っている。
「種類にもよるが、アウンサリダーの体躯を持つドラゴンは、八つの胃袋を持っている。それぞれに強力な胃液を持っているために、下手に切り裂くと貴様ら人間では手が付けられなくなる」
「いや、俺には結界があるから問題ないが」
「そうであったな。……いや、だが、聞け!」
龍王は再びロイスに視線を向けると、まるで暗唱するかの如く、滔々と語り始めた。
「我らドラゴン族は大きく分けて四つの種類がある。このロイスのようなアウンサリダーをはじめとして、クルルカン、ビルムプラン、エフエスハイがそうだ。その中でも最も複雑な内臓をしているのがアウンサリダーだ。一方で、最も単純な構造をしているのがエフエスハイ、貴様ら人間とほぼ、同じ構造をしているのがクルルカンだ。従って、最も人化が得意なのがクルルカンだ。ビルムプランは、どちらかと言うと海に住むことが多いために、魚と同じ構造をしている者が多い。因みに我は、どの種類にも属してはおらぬ。いや、すべての種類の構造を持っていると言ったほうが正しいか。通常ではあり得ぬことだが、クルルカンとアウンサリダーの血を継いだ父と、エフエスハイとビルムプランの血を継いだ母……この二人のお蔭で、我という希少種が生まれたのだ。従って、我のような者は金輪際生まれてはこぬだろうな」
そこまで言うと龍王はハッハッハと大声をあげて笑い出した。そして、再び俺に振り返ると、ドヤ顔で口を開く。
「そういうことだ」
「え? 何が?」
「わからぬやつだ!」
龍王の体が赤く染まる。怒っているらしい。いや、キレられても困るのだが。
戸惑う俺には全く構うことなく、龍王は再びロイスに視線を戻し、腕を組みながらさらに口を開いた。
「もう一度言うから、よく聞くがいい。我らドラゴン族は大きく分けて四つの種類がある。このロイスのようなアウンサリダーをはじめとして、クルルカン、ビルムプラン、エフエスハイがそうだ。その中でも最も複雑な内臓をしているのがアウンサリダーだ。一方で、最も単純な構造をしているのがエフエスハイ、貴様ら人間とほぼ、同じ構造をしているのがクルルカンだ。従って、最も人化が得意なのがクルルカンだ。ビルムプランは、どちらかと言うと海に住むことが多いために、魚と同じ構造をしている者が多い。因みに我は、どの種類にも属してはおらぬ。いや、すべての種類の構造を持っていると言ったほうが正しいか。通常ではあり得ぬことだが、クルルカンとアウンサリダーの血を継いだ父と、エフエスハイとビルムプランの血を継いだ母……この二人のお蔭で、我という希少種が生まれたのだ。従って、我のような者は金輪際生まれてはこぬだろうな。ハッハッハ!」
龍王は再び俺に視線を向ける。
「わかったな?」
「お、おお……まあ、その、何だ。わかった。うん、大体わかったよ」
俺の返答に、龍王は満足そうに頷いている。
「今の話を、アリリアに聞かせてやるのだ。きっと喜ぶだろう」
クックックと龍王は嬉しそうな表情を浮かべる。断る……という言葉を必死で飲み込む。龍王の言葉をアリリアに伝えるなんて、そんな気色の悪いことができるわけがない。いや、よく考えれば、さっきの龍王の話は全く覚えていない。アリリアに伝えること自体が無理な話だ。
龍王は相変わらず笑みを浮かべたまま、ロイスに視線を向けている。右手の光もそのままだ。彼はロイスの傍に行き、ゆっくりと片膝をつく。それと同時に、ロイスの瞳に恐怖の色が見て取れた。
「きゅー、きゅー、きゅー」
必死で声を振り絞りながら、体を小刻みに震わせている。そんな彼の様子を見た龍王は、フッと鼻で笑い、侮蔑の表情を浮かべる。
「今になって命乞いか? ロイス、貴様にはドラゴンとしての誇りはないのか。いや、それすらも策略か? フフフ。人族ならばまだしも、そんな子供だましは我には通用せぬ」
「ギギギギギギギギュ~~~~」
突然、今まで聞いたこともないような声が聞こえてきた。見ると、ロイスが目をカッと見開いている。必死で何かを我慢しているように見える。よく見ると、何と、龍王の右手がロイスの腹に突き刺さっている。
「うん? この辺だったと思うのだが……違うか。ええい!」
「ギョギャギャギャギャギャ~~~~!!」
再びロイスの絶叫が響き渡る。何と、龍王の右手はロイスの腹を切り裂いていた。真っ赤な腸が見えていて、正直グロい。だが龍王はそれを頷きながら眺めている。
「ここが胃だ。この裏にも胃がある。貴様の妻たちは、おそらくそこだろうな。因みに、ここが心臓だ」
そんなことを言いながら龍王は手を動かしていく。その都度、ロイスの体がまるで跳ねるように動く。その体を龍王は左手でがっちり抑えている。
グチュグチュと気味の悪い音が響いている。ロイスの体が小刻みに震えている。先ほどまで耳に響いていた絶叫はもう聞こえなくなっている。声を出すこともできないようだ。どうやら、呼吸ができていないらしい。
「うん? おらんな。本当に貴様の妻たちはまだ生きておるのか?」
龍王が苛立ちながらロイスの腹の中をまさぐっている。俺は魔力探知と気配探知を発動させる。……ちゃんと結界の反応があった。そして、リコもソレイユも結界の中で生きている。
「ちゃんと生きている。胃の中にいないのか? だとしたら……」
「いや、胃はあと一つ残っている」
「……じゃあそこだろう」
ぶ然とした表情を浮かべる龍王。ドラゴンの胃液は強力で、ピンポイントで取り出さなきゃいけなかったんじゃないのか? 結局、ロイスの腹の中は龍王の手によって生体解剖され、グチャグチャにされてしまった。ロイスは……まだ生きているようだが、瀕死の状態と言ったところだ。
龍王はため息をつきながら、ロイスの腹の中に手を入れる。……龍王の動きが止まった。
「どうした?」
「……」
「まさか……何もないのか?」
「ぬうわぁぁぁぁぁ!」
突然、龍王が叫び声を上げた。予想外の行動に、俺は思わず眼を見開いて固まった……。




