第五百十二話 リノスVSロイス
上空のロイスの姿がゆっくりと消えていく。どうやら、空間の中に身を隠したようだ。俺は再びホーリーソードを魔力を通しながら鞘から抜く。そして、円を描くようにして動かしていく。ヤツの弟のターチャを発見したときのように。……だが、ロイスの姿は見えない。
直感的に、消えた場所から移動したのだと察した俺は、目を細める。魔力探知と気配探知を同時に発動させる。
ヤツが消えた所を中心に、注意深く周囲を探る。……いた。ずいぶんと遠くに移動していた。小さな、極小な魔力と気配を捉えた。ロイスに間違いない。
剣を再び鞘に仕舞い、居合い抜きのような態勢を取る。この剣の放つ雰囲気……とりわけ、魔力を通したときの雰囲気は尋常でないものがある。あまりこの剣をロイスに見せ続けると、危険を察知してヤツは移動してしまう可能性がある。そのために、できるだけこの剣を隠した方がいいと考えたのだ。
本能的に、この勝負は一瞬で決まると感じる。チャンスは一度。しかも、ヤツの体ではなく、首を飛ばす。ここでヤツを倒せなければ、リコとソレイユを取り戻すのは難しいだろう。
ロイスにさらに意識を集中させる。ヤツはゆっくりと俺に近づいて来ている。正直言って、無防備だ。警戒しているようだが、自分の空間が破られることなど微塵も思っていないのだろう。もし、それが頭の中にあるようなら、近づいては来ないだろう。
ホーリーソードの切れ味は抜群だ。ヤツの前足と後ろ足を片方ずつ切り落としたが、まるで紙を切るかのような感覚だった。
そのとき、大きな気配を感じた。これは……龍王だ。
ヤツには気配を秘匿する結界を張ったはずだが、それでもヤツを感じる。察するところ、全力でこちらに向かっているのだろう。ロイスの微弱な魔力を捉えようとしているのだが……ちょっと、コイツの気配が邪魔だ。
再びロイスに意識を向けると、ヤツの気配が消えた。消えたというより、見失ってしまった。
意識を集中し直す。ヤツは必ず俺を狙ってくる。根拠はないが、確信はある。だとすれば、性急に動くはずだ。どこだ。どこにいる?
◆ ◆ ◆
……こっちだ。
ロイスはリノスに向かって右側に位置を取った。彼にも龍王がすさまじい速さでこちらに向かってきているのが感じ取れていた。アガルタ王リノスを食らうのは、今このときしかない。自分のスキルは上がっているはずだが、この男を食らえばおそらく、龍王を凌駕することができるのではないか。この男を食らって龍王に戦いを挑む……。勝てればよし、適わぬのであれば、また、空間を使って逃げればいい。
そんなことを考えながらロイスは口を開ける。目の前のリノスは、剣を抜く態勢をとりながら、目を伏せている。この位置ならば、確実にこの男を飲み込むことができる。おそらく、この男は剣を抜きざまに斬ろうとしているのだろう。だが、それができるのは、斬る対象が自分の右側にいるときだけだ。今、ロイスはリノスの左側、しかも真横に位置している。抜きざまに斬ることは不可能だ。男はまだ、ロイスに気づいていない。
……勝った。
この至近距離だ。今の態勢のまま剣を抜いたとしても間に合わない。何かをしようとした瞬間に、その体は腹の中に入っている。ロイスは大きく息を吸い込み、全力でリノスに向けて飛びかかった。
その瞬間、リノスの頭が少しだけロイスの方向に向いた。
……遅い。そう思いながら口を閉じると、顔全体に衝撃が走った。
◆ ◆ ◆
ロイスの気配を感じるのと、体が動くのが同時だった。突然、俺の左上に大きくて邪悪な気配を感じた。しかもそれは、俺と僅か数十センチの距離にあった。
普通に斬っても間に合わない。瞬時にそう悟った俺は、左手で剣の柄を握っていた。そして、体をロイスの方向に向けながら剣を抜き、そのまま左手一本でロイスに斬りつける。
……まるで、粘土を斬っているような感覚を覚えた。このままではダメだ。無意識のうちに右手で剣の反りの部分を押さえるような態勢を取って、そのまま力を籠めた。
何か、軟らかいものを斬っているような感覚を覚えたが、やがて、何だか体がフワっと軽くなった。
目を開けて周囲を確認する。俺の目の前には、目をカッと見開いたドラゴンが倒れていた。その近くには、ドラゴンの口が転がっていた。
ゴヒュゥゥゥゥ~~ゴゴゴゴグボォォォォ~~。
何とも気味の悪い音が聞こえてきた。見ると、ロイスが気味の悪い音を出しながらのたうち回っていた。口の部分がないので、全く別の生き物のように見える。気味の悪さがハンパではない。
ロイスはゴロゴロと転がっていたが、やがて羽をパタパタと動かし始めた。すると、その体がフワリと浮き上がった。それと同時に、その体が小さく青色に光った。みるみる口の傷が塞がっていく。だが、失った部分を再生するには至っていない。どうやら、ヤツの回復魔法のLVは4以下のようだ。
そのとき、ロイスの体がゆっくりと透けて行くのが見えた。この期に及んで、まだ空間に逃げようとしているらしい。俺は再びホーリーソードを振るう。
粘土のような感触……。力を籠めると、剣がゆっくりとロイスに向かっていく。その様子を見たヤツは目を見開いて驚いている。己の空間が目の前で破られているのだ。驚くのも無理はないのかもしれない。
ホーリーソードはロイスの頭をかすめて、背中に向かう。そして、そこに生えている四枚の羽を一枚一枚切り裂いていく。
ゴヒュヒュヒュヒュヒュ~~~~。ゴボォォォォォォォォ~~~。
突然、耳をふさぎたくなるようなイヤな音と共に、ロイスが地面に叩きつけられた。まるで蛇のようにのたうち回っている。
「ちいっ!」
悔しそうな声が聞こえる。気が付くと、目の前には龍王が立っていた。ヤツは腕組みをしながら顎をクイッと上げ、厳しい表情で俺に話しかけてきた。
「これは……ロイスか? 貴様がやったのか?」
「ああ」
「余計なことを」
「何ぃ?」
「この者は、龍王たる我が成敗せねばならんのだ。余計なことをしおって!」
「何を言っていやがるんだ。お前、コイツのブレスにふっ飛ばされていたじゃないか。成敗するなんて、よく言えたな」
「貴様、我の力を見くびるな! 我が本気を出せば、ロイスの一人や二人……」
「じゃあ、もっと早く本気を出せよ」
「なっ! 貴様……」
龍王の体が真っ赤に染まっている。どうやら、「激おこ」の状態らしい。完全に逆切れだ。
ゴブォッ、ゴブォッ、ゴブォッ、ゴブォッ……。
ロイスの苦しそうな声を上げている。龍王はゆっくりと彼に視線を向ける。
「……なるほど、ロイスの口と羽、そして、前後ろ足の一部を切り裂いたのか。これならば逃げることはおろか、動くこともできまい。貴様にしては、よくやったではないか」
「あのなぁ、龍王。何にもしていないお前が、何でそんな上から目線で喋れるんだ? お前の頭の中はどんな構造になっているんだ?」
俺の言葉に、龍王は満足そうに頷いている。俺の皮肉は耳に入っていないようだ。そのとき、龍王の右手が銀色に光っているのが見えた。
「待て龍王、お前何をする気だ!」
「何を言っているのだ。ロイスにとどめを刺すのだ。邪魔をするでない」
「やめろ、待て!」
龍王は不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「まさか、貴様がロイスの命乞いをするとはな」
「命乞いとかそう言うことじゃない。コイツの腹の中には、俺の妻たちがいるんだ。まず、リコたちを救い出すのが先だろうが。お前の今の攻撃じゃ、このドラゴンが消えてしまうだろうが」
「そういうことは、早く言うがいい」
「お前な……」
「文句を言っていないで、早く救い出すがいい。このロイスも苦しんでいる。早く楽にしてやったほうがよいだろう」
……心の中で舌打ちをする。どうしてだろう、コイツと話をしているとイライラする。いや、こんな生き物より、リコとソレイユだ。まず、二人を助けないと。
俺はホーリーソードを握り締めながら、ロイスの前に立つ。……ヤツは泣いていた。とてもきれいな瞳から、大粒の涙が流れていた。その姿は一瞬、俺に剣を振るうのを躊躇わせるものだった。




