第五百十一話 選択肢
龍王とリノスの表情を見ながら、ロイスはマグマの下に向かって空間を拵えていく。二人が動く気配はない。ロイスは、彼らがこの空間を攻撃することができないのだと確信した。
……そこで、指をくわえて見ているがいい。
ロイスはほくそ笑みながら、マグマの下へ下へと移動していく。このマグマ溜まりは、ロイスが元いたルワザン島のレイス火山に通じている。この中を移動していけば、最短距離で、あの龍王を操る娘の許まで行くことができるのだ。
「勝った。俺は勝ったのだ」
ロイスは大声をあげながら、マグマの中を移動していった。
◆ ◆ ◆
ちょうどその頃、マグマ溜まりの上では、二人が厳しい表情を浮かべながら口を開いていた。
「気配が……消えた……?」
「何? 気配探知にも魔力探知にも全く反応がないが……わかるのか?」
「いや、何となく、だ」
「何となく……か。いや、油断はならない。もう少し、ヤツの気配と魔力を探知してみよう」
二人は再びマグマ溜まりに視線を集中させた。
◆ ◆ ◆
一方のルワザン島のレイス火山では、男女の大声が響き渡っていた。
「無茶ばっかり言うんじゃねぇやな!」
「だから、さっきから大丈夫だと言っているだろう」
「大丈夫とか大丈夫じゃねぇとかじゃねぇやな。土台、無理な話だぁな」
背中に羽を持ち、赤い髪の毛を揺らしている少女と、体中に炎をまとったトカゲのような生き物が、にらみ合っている。これは、サイリュースのイリサルと、彼女が契約している火の精霊であるサラマンダーだった。
二人の周囲は、真っ赤な炎で包まれていた。時折そこから、火柱が空に向かって立ち上っている。
「あのな、嬢ちゃん。俺っちの炎とマグマとじゃ、モノが違うんだ。今ここで噴火が起こってみろ。俺っちも嬢ちゃんも、すぐに溶けちまうんだぜ。こんな場所は早くおさらばするに限るってもんだぁな!」
「そんなこと言わずに、もうしばらくこのままでいておくれよ」
「いいや。俺っちにはわかるんだ。もうすぐこの山ぁ火を噴く。そうなりゃ、俺たちは一巻の終わりだぜ?」
「だからさ。そうならないように、リノス様が結界を張ってくれているんじゃないか」
「バカ言うねぇ! いくら結界を張ったからと言って、マグマの熱を防ぐことなんざできやしねぇよ」
「だからそこは大丈夫だっていっているじゃないか!」
「でぇじょうぶなら、俺っちを呼ぶ必要なんざありゃしねぇやな。そのままここにいりゃいいじゃねぇか。何だって俺っちがこんなことをしなきゃならねぇんだい!」
「それには色々訳があるんだ。すまないけれど、お前にそれを説明している余裕はないんだ」
「……ったく。いつも嬢ちゃんの頼みは、無理ばっかりだぁな!」
そう言ってサラマンダーは、フワフワと上空に上っていく。そして、周囲を囲んでいる炎と一体化していった。
イリサルはゆっくりと息を吐きだしながら、チラリと後ろを振り返った。
「来た。来たぞ」
イリサルが振り返ると同時に、男の声が聞こえる。目の前には、結界が二つ張られていて、二つともが真っ黒に塗りつぶされて、中を窺い知ることはできない。そのうちの一つから、声が聞こえている。
「間違いない。ロイスだ。ロイスがこちらに向かっている。おい、聞こえているのか? 聞こえていたら返事をしろ。おい! まさか寝ているんじゃないだろうな! 寝るな! 起きろ!」
男の怒号が響き渡ると同時に、地面が大きく揺れた。振動に合わせて、周辺の空気が震えているのが伝わってくる。
「嬢ちゃん! 山が噴火するぜ! おいらぁもう、ごめんだ!」
「あっ、こら、待て! サラマンダー!」
イリサルの言葉もむなしく、周囲の炎が突然消えた。そのとき、火山の火口から火柱が上がった。
「ゴワァァァァァァァァァ~~~!!」
爆発とも咆哮ともつかぬ音が響き渡る。あまりの音に、イリサルは思わず耳をふさいで蹲った。
◆ ◆ ◆
レイス火山の火口から飛び出したロイスの眼に、最初に飛び込んできたのは、一人のサイリュースと、二つの黒い球体だった。それを見たロイスは、すぐさま探知を発動させる。やはり、微弱な魔力を感じる。どうやら、このどちらかに龍王を操る娘がいるようだ。
……両方食らってやる。
ロイスはニヤリと笑みを浮かべながら右手の球体に向かって急降下を始めた。目の前にドンドンそれが迫ってくる。だが、それを食おうとした瞬間、全身に衝撃が走った。
「ハアッハッハッハ!!」
気が付くと、ロイスの口が何か強力な力で掴まれていた。見ると、目の前には龍王が右手でロイスの口を掴みながら、大笑いしていた。
「久しぶりだな、ロイス。まさか貴様がこのようなことをするとはな。いや、貴様だからこそ、このような愚かなことをしでかしたというべきか。だが、浅はかであったな。こうして我に捕らえられし今、そなたはもはや逃げられぬ。今ここで、我の手でそなたの命を奪……」
気が付くと、ロイスの口元が銀色に光っていた。そのとき、その口元から、強烈なブレスが吐き出され、龍王は遥か彼方に飛んで行った。
「まさか龍王が……! なるほど、あの娘を守ろうと、龍王が傍にいたか! だが、それも終わりだ」
ロイスはその体をもう一つの球体に向け、再び口を開けて向かう。
……まるでスローモーションのように、風景が展開していく。ロイスの視界に、何か黒いものが飛んでいるのが見えた。それは、よく見ると、黒龍と思しきドラゴンの手だった。
なぜ、黒龍の手が自分の傍を飛んでいるのか、不思議に思ったロイスは、その手を凝視する。やはり、ドラゴンの手だ。一体これは、誰の手なのだ?
そんなことを思いながら、ゆっくりと視線を元に戻すと、そこには、一人の人族の男が、剣を振りぬいている姿が見えた。
……これは、誰だ?
確かに記憶にある顔だ。だが、名前が思い出せない。その男の目は見開かれており、完全に獲物を仕留めようとしている目だった。
男は両手で剣を握り、大上段に構えた。直感的にロイスは、この男は剣で俺の脳天を割ろうとしていると感じた。
ロイスは体をひねって、男の斬撃を躱す。だが、躱したと思ったその瞬間、己の左後ろ足に激痛が走った。
「ゴオアッ、ゴオアッ、ゴオアッ……」
まるでギリギリと締め付けられるような痛みが全身を貫いていく。立ち上がろうとするが、立つことができない。咄嗟に、背中の羽を使って飛び上がる。
……気が付くと、自分の前左足と後ろ左足がなかった。それらは、地面に転がっていた。さっき見た黒龍の手は、自身の手だったのだ。
ふと見ると、さっきの男が、剣を鞘に納めた状態で腰を落とし、いつでも斬れる態勢を整えた状態で、忌々しそうにこちらを見ている。そのとき、ロイスはようやくこの男のことを思い出した。
……アガルタ王、リノス!?
そう思った瞬間、ロイスは、自分自身が龍王とリノスの罠に落ちたことを理解した。そして、即座に二つの選択肢が頭をよぎった。
……攻撃か、撤退か。
左前後ろ足を失ったとはいえ、まだ翼は健在だ。動くことはできる。アガルタ王リノスは空を飛ぶことはできないようだ。もし、空が飛べたとしたならば、先ほどの攻撃を上空でも続けただろう。それができぬから、あのような表情になっているのだ。
ロイスは素早く気配探知と魔力探知を発動させる。龍王はブレスによってかなり遠くまで飛ばされている。ここにたどり着くまでには、数分の時間が必要であるようだ。
……この男を、食らおう。
ロイスはそう決意した。この男を食らえば、己のスキルは上がることだろう。龍王とのことは、そのあとに決めればいい。
ロイスはそう考えながら、眼下のリノスを睨みつけた……。




