第五百十話 ロイス視点
「……」
真っ赤な灼熱の中、ロイスはゆっくりと目を開けた。彼の張っている気配探知に、反応があったからだ。
……これは、龍王とアガルタ王?
確かに、間違いなかった。二人は、ロイスが潜む山の中腹を徒歩でゆっくりと登ってきていた。
「……考えたな」
ロイスは自分が作り出した空間の中で、思わず呟いた。龍王とリノスがその気になれば、ロイスの探知に察知されることなく動くのは、簡単なことだった。だが、二人は敢えてそうせずに、気配探知に引っかかるように仕向けているのだ。二人の接近が探知されれば、逃げられるのは明らかなのになぜ、こんな愚策を取るのか。ロイスはその明晰な頭脳を駆使して考え、その答えを導き出した。
……一見するとお粗末に見えるが、二人の行動は、裏の裏をかく、考え抜かれた行動だ。これも全てはあの、龍王を操る娘を守らんがための行動だ。
ロイスは心の中で、そう呟く。そして、二人に対して気配探知と魔力探知をさらに集中させた。そのとき、頭の中に閃くものがあった。
「……俺の意識を集中させようとしているのか」
そう呟きながら、ロイスはニヤリと笑みを漏らす。そして、二人に集中させていた探知を一旦切り、彼らとは全く異なる方向に探知を発動させる。
龍王とリノスは、二人に意識を集中させることで、あの娘をどこか遠くに逃がそうとしている……。
そう考えたとき、あの娘を一体どこに隠そうとしているのかという疑問が湧き上がってくる。龍王とリノス、二人が愚策を取ってでも逃がそうとしている場所……。彼は、少し心を躍らせながらリノスの屋敷を中心に、探知を試みる。すると、その屋敷から南に下ること数百キロの地点に、何やら違和感があった。
「……ここはもしや、ルワザン島? レイス火山?」
何とそこは、元々ロイスが兄妹たちと暮らしていた島だった。その事実を知ったとき、ロイスは思わず吹き出しそうになった。その場所は、彼の頭脳をもってしても、予想することができなかったからだ。
「俺の元々の住処に逃げるとは……」
相変わらず下卑た笑みを浮かべながら、彼はその違和感を解明しようと試みる。どうやらそれは、火山の火口付近から感じるようだ。そこに意識を集中させてみると、何やら魔力とは違う、不思議な力が集まっているように感じた。
「これは……もしや、精霊? ……サイリュースか?」
ロイスは少し前に食らったサイリュースのことを思い出していた。確か、この種族は精霊を操ることができたはずだ。とすれば、ルワザン島のレイス火山に集まっているのは、火の精霊か……。
「考えたな」
思わずロイスは呟く。これならば、相当のスキルを持っていたとしても、見つけることは困難だろう。だが、一つだけ手落ちがあった。その部分だけ、温度が異常に高いのだ。
一瞬、新たな噴火口ができるのではと考えたが、どうやらその可能性は少なそうだった。それよりも、高い温度と共に、微弱な魔力を感じる。それが、違和感を生み出しているのだ。
「おそらく、急ごしらえなのだろうな。その割にはよく考えられているが……惜しいな」
ニヤニヤと笑いながら、ロイスは呟く。そして同時に、この娘を食らうことができると確信した。
ロイスはこの娘のことを考えると、何とも言えぬイヤな予感が湧き上がってきて、それが心に張り付いて離れないのだ。小さな羊獣人の娘……食らったところで、何の腹の足しにもならないし、自身のスキルが上がるとは到底思えない。だが、あの娘を食らうことによって、この、何とも言えぬ不快な感覚を解消できると考えていた。
あの娘のことを知ったときから、自分の直感がこの娘は危険だと教えていた。それは、初めて龍王と対峙したときの感覚と同じだったのだ。何としても、この小さな娘を排除しなければならない。同じように脅威を感じたサイリュースは食らうことができた。だが、この娘を食らうことには失敗した。それ以来、この娘のことは、頭を離れたことがなかったのだった。
龍王を操る娘を食らいに行こう……。問題は、いつ、この空間を出るかだった。
……ギリギリまで引き付ける。
再びロイスは龍王とリノスに意識を集中させる。二人が自分に肉薄し、攻撃を仕掛けてくるそのときに空間を使って、あの娘のところに転移する。そして、電光石火で攻撃を仕掛ける。
腹の内は決まった。
ロイスは気配探知と魔力探知にさらに集中する。二人はゆっくりと山を登ってきていて、ここにたどり着くまでには、まだ少しの時間がある。
「しかし、なぜ、この場所がわかったのだ」
ロイスは、自分の空間には絶対の自信があった。たとえ龍王と言えど、この場所を突き止めるなどはできないことだった。だが、実際に二人はこの場所に向かってきている。一体、何故だ。
……もしや、俺の魔力を探知したのか?
ふとそんな考えが頭をよぎる。このとき、ロイスは兄・ツネの言葉を思い出していた。
「上には上がいるのだ」
何度も兄に立ち向かい、その度に屈服させられた。そのとき必ず兄はこの言葉を口にした。相手は龍王とリノスだ。二人のスキルを合わせれば、ロイスの力を遥かに凌駕する。その力を持ってすれば、いくら空間魔法に自信があるとはいえ、見つかる可能性はゼロではないと言えた。
……それに、空間魔法を使うのも久しぶりだ。
全力で空間を組み上げたのは、数百年ぶりのことだ。あのときは確か、龍王と戦った時だった。しかも、龍王はロイスの組み上げた空間を見ている。数百年間全く使っていなかった空間スキルだ。確かに、腕は少しは落ちているかもしれない。しかも、相手は龍王……。この空間の位置が特定される可能性は、ないとは言い切れない。
ロイスの心に不安が生じる。もしかすると、この世界のどこに逃げても、龍王たちは追いかけてくるのではないか。そして、最終的には自分は倒されてしまうのではないか……。そこまで考えたとき、彼はぐるりと頭を廻して、頭を切り替える。
……いや、ここにいる限りは大丈夫だ。この空間に攻撃を仕掛けた瞬間に山が大爆発する。そうなれば、龍王と言えど、無事には済まないはずだ。それに……この空間を破れる者はいないのだ。そう、あの龍王ですら、俺の空間は破れなかった。それが人間ごときに破られるはずはない。
そう考えると、ロイスの心は次第に落ち着きを取り戻していった。しばらくして、龍王とリノスが火口付近にまでやってきた。
二人はしばらくその場にとどまっていたが、やがて、ゆっくりと火口の中に入ってきた。この火山は二重構造になっている。果たしてそれに気づくかと思っていたが、二人は、最初のマグマ溜まりがあったところで、その動きを止めた。
二人はしばらくその場所を動かずにいたが、やがて、ゆっくりと再び下降をはじめて、ロイスの居る場所へと近づいてきた。そして、ロイスが潜むマグマ溜まりのすぐ上に到着したのだった。
……二人は、じっとマグマ溜まりを見つめていた。ロイスには、その表情まで十分に読み取ることができた。龍王もリノスも、驚きと絶望の入り混じった、複雑な表情を浮かべている。
ロイスの心に、何とも形容しがたい満足感と優越感が湧き上がってくる。龍王とアガルタ王・リノスに勝ったのだ。自分は勝ったのだ。
大声で叫びたい気持ちを押し殺しながら、彼は体内の魔力を集中させた……。




