第五百九話 仕切り直す
一旦、俺たちはマグマ溜まりの外に出た。ツネの言葉があまりにも物騒すぎたからだ。
龍王は納得いかない、といった表情を浮かべている。口元がモゴモゴ動いているので、ブツブツと文句を言っているのだろう。下手をするとこの山自体が吹っ飛ぶというのだ。ということは、あのマグマが大量に噴出したり、大量の火山灰が噴出したりする可能性だってあるということだ。いくら俺でも、それがどれほどの大惨事を引き起こすのかくらいのことは想像できる。
山が爆発すれば、その土や石が周辺の森や街に飛んでいくだろう。下手をすると、ヒヤマの砦は火山灰などのそれらが降り注いで、埋もれてしまう可能性すらある。それだけじゃない。富士山の噴火だったか、火山灰がかなり遠くの地域まで飛んでいき、作物に甚大な被害を及ぼしたとか……。それに、有毒ガスも広く放出されるかもしれないし、考えねばならないことが多くある気がしてならない。
「ロイスの奴め……」
ツネが誰に言うともなく呟く。その声はある種の憎しみを感じさせた。
「ちょっと待っていろ。この山全体に結界を張る。もし、爆発しても、火山灰などが散布されない硬度を付与する。あ、有毒ガスも……」
「無駄だ」
「え?」
「おそらく、この山が爆発すれば、ロイスも生きてはいないだろう」
「何?」
「この山が消し飛ぶほどの爆発だ。ロイスの鱗でも防御できるか……」
「自爆覚悟で、あそこに隠れているというのか?」
「いや、弟のことだ。あそこにいれば、手出しができぬとわかっているのだろう。もし、攻撃されたら、爆発と同時に別の空間に逃げようと考えているかもしれぬな」
「……」
ヤツの腹の中にはリコとソレイユがいる。ヤツの体が傷つくことは避けねばならない。さて、どうするか……俺は、眼下の火口に視線を向ける。
「何をしている」
龍王の声が聞こえる。思わず彼に視線を向けると、明らかに怒りを湛えた表情で俺を睨みつけている。
「ロイスを倒さぬのか?」
「いや、だから。ヤツの空間を斬れば、この山が大爆発を起こす可能性があるだろう」
「別に構わんだろう」
「構わんって……お前……」
龍王は不思議そうな顔をしていたが、ふと何かを思い出したかのような表情を浮かべた。
「なるほど。これは……我としたことが迂闊であった」
龍王が腕組みをしながら、一人で頷いている。俺はゆっくりと息を吐きだす。
「そうだろう。おいそれとヤツを攻撃できないだろう?」
「ああ。ヤツを攻撃すれば、爆発したときに我らの動きを感づかれる。そうなれば、また、ヤツは逃げるだろう。そうなれば、探すのは困難になる。今回のような偶然が起らん限りはな」
「そこ? いや、そこじゃなくてだな……。てゆうか龍王。今、偶然って言ったよな? まさか、ロイスを見つけたのは、お前のスキルで見つけたのではなくて、たまたまだったってことか?」
「なっ!? そっ、そんなことは……ないっ! 断じてないっ! 鑑定など、するなっ!」
「たまたまかい」
龍王はキッと俺を睨みつけている。俺は呆れながら視線を外した。
「一旦、仕切り直した方がよいな」
ツネが誰に言うともなく呟く。
「ロイスの居場所は把握できたのだ。ヤツには我々の存在は気付かれていない。となれば、ヤツはここを動くことはないだろう」
その言葉に、俺は戸惑いながら頷く。
「ここに転移結界を張る。いつでも……というか、すぐに対策を考えて、戻ってくることにしよう」
俺の言葉に、ツネはゆっくりと森に向かって下降を始めた。龍王も、仕方がないといった雰囲気を醸し出しながら俺たちの後に続く。
「リコ、ソレイユ……。ちょっとだけ待っていてくれ。必ず……必ず助けるからな……」
俺はロイスが潜む山を睨みながら、転移結界を発動させた。
◆ ◆ ◆
「そうですか……」
ちょっと緊張した面持ちながら、ホッとしたような雰囲気を出しているのはメイだった。彼女だけではない、帝都の屋敷にいた全員が、同じような表情を浮かべていた。
ただ今の挨拶もそこそこに、俺は椅子に腰かける。ツネもここに着くとすぐに人化していた。今回は、子供ではなく、白髪交じりのオッサンの姿になっていた。当然、屋敷に入った瞬間、全員が、何、このおじさん? という表情になった。それを見た彼は、少し戸惑った表情を浮かべたが、やがて再び人化して、子供の姿に戻った。
メイたちにこれまでのことを説明する。二匹の黒龍は救うことができずに、結局命を奪うことになったことも話した。シャリオは一切表情を崩さずに話を聞いていたが、隣に座っていたエリルが、そっと彼女の手を握っていた。何と優しい娘だろうか。それを見て俺は少し、泣きそうになった。
「自分を責めることはない。兄さまたちには気の毒だが……これも運命だ」
シャリオには、俺が申し訳なくて泣きそうになっていると思ったらしい。まあ、敢えて否定することもないと考えて、そこは何も言わないことにする。
「よくぞ、攻撃をとどまっていただきました」
ホッとした表情を浮かべているのは、シディーだ。彼女は娘のピアを抱っこしながら、何度も頷いている。
「きっと、リノス様が攻撃していたら、山は吹っ飛び、あの周辺の国々は大惨事になっていたと思います。ね、メイちゃん」
メイも真剣な表情で頷いている。
「山全体が崩壊する危険性もさることながら、世界中に影響を与える可能性があります。実は、黒龍が隠れているオモト山は、遠い昔に大噴火を起こしたことがあります。そのときは確か、世界中が不作に陥って大量の餓死者を出したと聞いています」
「そうだ。あのときは、実に難渋した」
声を上げたのは龍王だ。彼は噴火の頃を知っているらしい。
「目が開けられず、呼吸もしにくくなって、困ったのをよく覚えている」
「龍王、それ、いつの話だ」
「三千年程前だ」
「さっ、さんぜんねん!?」
「そうなのです。その頃、ドワーフ公国も不作になったのですよね。ただ、そのときは当時のドワーフ王の娘であるターニャ王女が大量に栽培していたディラを国民に与えて、危機を逃れたのですよね」
「ディラ?」
「あの……よくご主人様が作られるふかし芋と同じ種類のものです」
「ああ、なるほど。確かにあれは、痩せた土地でも育つからね。さすがはドワーフ族だな。そんな食べ物を事前に栽培していたなんて」
「いえ、それが……。当時、ディラを好んで食べていたのはターニャ王女だけでして……。その他は誰も食べなかったのです。王女はいつでもディラが食べられるように、王族専用の畑を作って、そこに大量のディラを育てていたのです」
「はああ、怪我の功名というやつだな」
「そんな話はどうでもいいのです、リノス様。リコ様とソレイユを助けなければなりません」
「ああ、そうだ、その通りだ」
俺はオホンと咳払いをして、姿勢を正す。
「今、ロイスはマグマ溜まりの中に潜んでいる。攻撃することは難しい。となれば、他にどんな方法があるだろうか」
「……おびき寄せるしか方法はない」
口を開いたのはシャリオだ。彼女の爛々と光った目がとても美しい。
「それも一度は考えてみたが、お前の兄、ロイスがあの空間から出ることはあるのか? ツネに聞いたが、別に食事を摂らなくてもいいんだろう? あ、呼吸をするときか。呼吸をしに外に出るときをねらうのか?」
「いや、中の兄さまのことだ、ちゃんと呼吸ができるようにしているはずだ」
シャリオ曰く、ロイスの空間は二重構造になっている可能性が高いのだという。つまり、水が湛えられた空間の中にロイスがいるという構造だ。自分の空間は絶対に破られないという自信もありながらも、最悪の状況を考えた対応をしているようだ。実に悪知恵が働く黒龍だ。
「ただ、どうやっておびき寄せるか、ですね」
メイが落ち着いた声で話しかける。シディーは左手でピアを抱っこしながら、余った右手の人差し指を顎の下に当てている。シディーの名推理が始まっているようだ。
「ひとつだけ、方法がある」
口を開いたのは、シャリオだ。彼女はじっと俺を見据えたまま、言葉を続ける。
「ただ、これはかなり危険を伴うのだが……」
俺は姿勢を正して、彼女の次の言葉を待った。




