第五百五話 やらかした
結局、ターチャの躯は森の中に埋葬された。兄であるツネは終始無言でその光景を見守っていた。まあ、それはそうだろう。俺だって自分の兄弟があんな埋葬のされ方をされたら、こんな感じになる。
埋葬自体は、実にあっさりとしたもので、すぐに終わってしまったのだ。これをやらかしたのは、龍王だ。
彼は無造作にターチャの躯を川の中から片手で拾い上げたかと思うと、それをズルズルと森の中に引っ張っていき、もう片方の手を地面に向けたかと思うと、一瞬のうちにそこに大穴をあけた。そのとき、かなり大きい音が鳴り響いてしまい、森の中の鳥や獣たちが脱兎のごとく周囲から逃げ出していった。
そんなことは全く気にも留めず、龍王はターチャの躯をぽいっと穴の中に投げ捨て、残っている躯を淵から拾い上げ、それも穴の中に投げ入れた。そして、両手を躯に向けたかと思うと、真っ赤な火の玉を出して発射して、一瞬のうちに躯を焼き尽くしてしまった。この間、一分もかからなかったのだ。
弟との最後の別れをする暇もなく、まるでゴミを燃やすかのように淡々と葬られてしまったのだ。彼が無言のまま呆然とするのもよくわかる。
「さて、次だ」
全く何事もなかったかのように、龍王が口を開く。コイツには憐憫の情というものはないのだろうか。
そんな俺の気持ちなど知ったことではないと言わんばかりに、彼は腕組みをしながらフワリと浮き上がった。
「我らも……行こう」
まるで絞り出すように、ツネが口を開く。俺は無言で彼の背中に乗った。
「……すまん、ツネ。今度は、うまくやる」
「……」
何とも気まずい雰囲気のまま俺たちは再び、龍王の後を追いかけた。
◆ ◆ ◆
「うおっ!」
突然龍王が上空で止まった。それに釣られてツネも急停止した為に、俺はあやうく彼の背中から投げ出されそうになる。
必死で背中の角に捕まりながら、一体何事だと龍王に視線を向けるが、彼は何やらキョロキョロと周囲を見廻している。まさか……迷っているのか?
「まよっているわけではない」
龍王は済ました顔をしているが、言葉のイントネーションがかなりおかしい。明らかに動揺しているじゃないか。コイツは心の動きを隠すのが実にヘタクソだ。
「ちなみに、どこに向かおうとしていたんだ?」
「ショースのところだ」
「ロイスじゃないだろうなということは薄々わかっていたが……。俺が聞きたいのは、どこのどんな場所で、どんなところに隠れているかという点だ。何か特徴はないのか?」
「山の中だ」
見れば眼下に山々が連なっている。あたり一面森だ。俺は心を落ち着けながら、言葉を続ける。
「どんな山だ?」
「森に囲まれているのだ」
「そのまんまやないかい!」
マジで説明下手なのか、俺をおちょくっているのか、ちょっと判断がつかない。後者なら全力でボコるところなのだが、この振る舞いはどうやらマジで道に迷ってしまっているらしい。
「……見つけたぞ」
突然ツネの声が聞こえる。龍王が驚いた表情を浮かべている。え? マジで見つけはったんですか、兄さん……。彼の表情からはそんな感情がうかがえる。だがツネは目を見開いて驚いている龍王を放っておいて、ゆっくりと下降していく。
……深い谷だった。いったい、どのくらいの深さがあるのかがわからなかったが、突然、ツネの体が揺れて衝撃を覚える。そこは、大小さまざまな石がゴロゴロしていて、とても足場の悪そうなところだった。もともと、川でも流れていたのだろうか?
「フハハ、よく見つけたな」
龍王が他人事のように呟きながら降りてきた。全く世話の焼けるヤツだ。俺は地上に降り、腰に差しているホーリーソードを引き抜く。そして、それに魔力を込め、まるで円を描くようにしてゆっくりと剣を振るう。
「偃月殺法……」
「何?」
「龍王、お主は儂の剣では斬れぬと思ぅているであろう。しかし、儂は、斬れる……」
「……」
眠〇四郎のモノマネ、結構上手いと思うんだけれどな。……市川〇蔵、知らんよね? いや、知らなきゃいいんだ。これができただけで、大満足だ。やっぱり、わかんないか。……何をキョトンとしているんだ? ついて来いよ? 置いていくぞ?
「何をしているのだ?」
龍王が怪訝な表情で尋ねてくる。仕方がない。長くなるが、眠〇四郎こと市川〇蔵と偃月殺法について説明してやるか。そう思いながら視線を向けると、龍王が俺を睨みながら、あらぬ方向を指さしている。
「黒龍がいるのは、あそこだ」
「早く言えよ」
龍王が指さしている方向に向き直り、改めてホーリーソードに魔力を通して、偃月殺法の構えを取る。すると、一匹の黒龍の姿が現れた。
……少し小ぶりなドラゴンだった。俺たちが認識できるのか、顔はこちらを向いている。よくみると、そいつは震えていた。
「ショース。助けに来た。もう大丈夫だ」
ツネが話しかけるが、ショースは微動だにしない。その瞳は意外と美しく、一種の純粋さを感じさせるものだった。俺は剣を構えながら、ゆっくりと黒龍に近づく。
「あっ、待て!」
気が付くと、ショースの姿がどんどんと透けていく。まさか、ここから転移しようとしているのか?
「待て、ショース! 話を聞け!」
ツネが首をぐるりと廻しながら叫んでいる。俺は咄嗟に剣を振るう。
「ベライン・ボーグ!」
俺が剣を振るったと同時に、龍王の声が聞こえる。その瞬間、ショースの体がグニャグニャに曲がっていくのが見えた。そして、まるで風船がはじけるように、その体が消え失せてしまった。
「……え? 何だ?」
思わず呆気にとられてしまう。一体、何がどうなったのかが把握できない。それはツネも同様で、彼は全く微動だにせず、一点を見据えたままだ。俺はゆっくりと龍王に向き直る。
「おい、一体、何がどうなったんだ?」
「……」
「目逸らしてんじゃねぇよ。こっち向けよ、オイ」
「散ってしまったな」
龍王がそっぽを向きながら、小さな声で呟く。
「散った……って……お前……」
「手加減したつもりだったのだがな……」
「てことは、まさか……」
「ショース……」
ツネの、何とも形容しがたい嘆息が漏れる。まさか、自分の弟が目の前で倒されるとは、さすがの彼も思っていなかったのだろう。彼の心中は察して余りある。
「龍王、お前、どうするんだよ」
「どうする? 何をだ」
「何をだじゃねぇよ。別に殺さなくたっていいじゃないか! 何で殺した!」
「貴様が悪いのだ」
「何、俺?」
「貴様がショースの空間を切り裂くから、我のベライン・ボーグがまともに当たってしまったのだ。かわいそうに、怯えているにもかかわらず……だ」
「龍王、お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
「何を言うか!」
龍王は尻尾を勢いよく地面に叩きつける。そして、俺とツネの二人に交互に視線を向けながら、堂々と言い放った。
「あれしかなかったのだ。あれが、一番の、最善の策だったのだ」
「お前なぁ……」
「考えてもみよ。ショースは転移しようとしていた。一刻も早くあの空間を破壊する必要があった。と、すれば、魔力を強く籠めねばならぬだろう。とはいえまさか、貴様の剣があそこまで早く空間を切り裂くとは我も思わなんだ。我の予想の上をいくとは……やるではないか」
龍王の乾いた笑いがこだまする。俺は舌打ちをしながら、隣で茫然自失となっているツネに小声で話しかける。
「龍王のバカ、一発、ぶん殴っておこうか?」
「……」
「……近いうちに、娘のアリリアに頼んで、龍王にはキツイお仕置きを執行しておくよ」
俺の言葉に、ツネは小さく頷いた。




