第五百六話 空間魔法
「さて、ロイスのところに向かうとするか。……おい貴様、何をしている?」
龍王がちょっと苛立ったような表情を浮かべている。俺はそんな彼を一瞥しただけで、すぐに視線を外した。
今、俺は風魔法を駆使して、木を切っている。刃のように研ぎ澄ませた風が、一本の木を切り倒し、それに付いている枝を払い落した。そしてそれをきれいに削り、形を整える。風魔法は、俺の手の中で発動してくれるし、イメージさえしっかりしていれば、かなり使い勝手がよいものなのだ。
そんな俺の姿を、ツネは唖然とした表情で見守っている。一方の龍王は、完全に怒っている。ヤツの言いたいことは手に取るようにわかるが、敢えて無視することにする。
「こんなもんか……」
そう呟く俺の手には、一本の太い棒が握りしめられていた。それを勢いよく地面に突き刺す。
「せめてもの、お詫びだ。このままでは、あまりにも可哀そうすぎる」
そう言って俺は片膝をついた。
「一体、何をしているのだ!」
龍王が怒りを抑えきれなかったかのように、怒気を帯びた声で話しかけてくる。
「墓を作っているんだよ」
「墓……?」
「ああ。ショースの墓だ」
そう言って俺は、ゆっくりと手を合わせ、小さな声で般若心経を唱える。
「……何を言っているのだ?」
ツネがようやく口を開いた。さすがの彼も、お経はわからないらしい。
「ちゃんと、あの世に行けるように……おまじないみたいなものだ。次に生まれ変わるときには、もっと、幸せに……ってな」
ツネはわかったようなわからないような表情を浮かべていたが、やがて、グルルと声を上げたかと思うと、その場に腹ばいになって寝転がった。何となくだが、彼自身も弟の供養をしようとしているのだろう。
「また今度、ターチャの墓も作りにいかないとな」
俺の言葉に、ツネは無言のままだった。
「せっかくだ。一つ、話しておこう」
突然、龍王が口を開いた。死んだ黒龍たちのことを偲んでいるのに、全く無粋なヤツだ。そんな俺の姿を、彼はニヤリと笑みを浮かべながら眺めている。
「今のうちに、そなたの得意な結界を張ることにしようか。そうでなければ、ロイスの許に行くことはできぬ。喜べ、褒めてやろう」
「は? 仰る意味がよくわかりませんが?」
キョトンとする俺に、龍王はさらに不敵な笑みを投げかけてきた。
◆ ◆ ◆
「……」
その頃、ロイスは二人の弟の気配が消えたことを感じ取っていた。おそらく二人は、倒されたのだろう。だが、自分の作った空間が破壊されたとは、考えたくはなかった。
ロイスは自身の空間魔法に絶対の自信を持っていた。これを破れる者は、いない。おそらく見つけることすら、不可能なはずなのだ。今回、弟たちに与えた空間は、かなり丁寧に作りこんだ、ロイスの中でも自信作の一つだったのだ。
「おびき寄せられた、か」
弟たちの気配を探る一方で、ロイスは龍王と兄のツネ、そして、リノスの気配を正確に感じ取っていた。
まさか、兄者が……な。
ロイスは心の中で思わず呟く。彼の当初の計画では、兄・ツネは龍王もしくはリノスに倒されているはずだった。それがまさか、龍王とリノスと行動を共にしているのだ。これは、彼にとっては予想を大きく超えるものだった。
いや、無理やり引き回されているのか?
ロイスや弟たちの居所を吐かせるために、無理やり連れまわされている……。その可能性もなくはなかった。ただ、兄貴は弟たちの居場所を知らない。その可能性は、低いと言っていいだろう。とすれば……。
「兄貴のヤツ、裏切ったか……」
自身が作り出した空間の中で、ロイスは誰に言うともなく呟き、そして、不敵な笑みを浮かべる。何をどう、言いくるめられたのかは知らないが、そう考えれば、龍王らとともに行動を共にしていることの説明がつく。
……待てよ? ……いや、やめておこう。
ロイスの脳裏に、一瞬名案が浮かび上がったが、彼は即座にそれを否定した。
一瞬彼は、リノスの屋敷を襲おうと考えた。龍王とリノス、そしてツネは行動を共にしている。しかも、弟たちの所まで出張っているのだ。ということは、あの屋敷はもぬけの殻ということになる。龍王を操る少女を食らう、絶好のチャンスだ。
だが、あの三人が結託しているとなると、このような愚策を取るだろうか、という疑念が心の中で湧き上がる。何か、罠を仕掛けているとも考えられる。
……陽動作戦かもしれぬ。
あの娘を囮に、自分をおびき寄せる……。考えられぬことはない。むしろ、龍王であれば、そのくらいのことをするのは十分考えられる。上手く効率的にあの娘を捕らえられればよいが、少しでも手こずると、龍王に捕まる危険性がある。空間に逃げ込めば逃げられる自信はあるが、それとても、瞬間的に作れるわけではない。そう考えると、今、あの娘を襲いに行くべきではないという結論を、ロイスは導き出していた。
「慌てることはない。間違っても、ヤツらはここにたどり着くことはできない。見つけられたとしても、俺の空間を破壊することは、たとえ龍王であってもできぬことだ……」
再び不敵な笑みを浮かべながら彼は呟く。とはいえ、弟二人がどのようにして倒されたのか、彼の心の中に一抹の不安がよぎる。……まさか、自分の空間が破壊されたのか? 再びその考えが頭の中をかすめたが、龍王ですらも破ることのできない自分の空間が、破壊されるとは到底思えなかった。
ロイスは生まれつき空間魔法を操ることができた、稀有なドラゴンだった。彼自身も空間魔法を気に入り、それをおもちゃ代わりにして利用していたのだ。そんな空間魔法は、何度となくロイスたち兄弟を救ってきた。
まず、黒龍一族から離れることを決断したとき、この空間魔法のお陰で兄弟は命を長らえることができた。後から後から追ってくる黒龍たちを、空間の中に隠れることで何度もやり過ごしたのだ。さらには、彼らの離脱を認めない龍王との戦いになったときも、ロイスの空間魔法は彼らを助けた。
龍王の強力無比な攻撃を食らい、傷ついた兄弟たちを空間の中に匿い、傷を治癒し続けた。そのため、龍王との闘いは長期間にわたる不眠不休のものとなり、皆、ギリギリのところまで追い詰められたが、ついに、龍王の追手から逃れることに成功し、一族からの脱退を勝ち取ることに成功したのだった。
あれからずいぶんと月日が経ったが、龍王が空間魔法を会得したとは思えない。魔法……特に空間魔法に限っては、持って生まれた才能がモノを言う。これまでの中で、自分ほど空間を自在に操る者を見たことがなかった。
空間魔法の有効性が発揮できるのは、LV4以上からだ。それ未満のLVでは、せいぜい「無限収納」のように、何かをため込むことのできる空間を作り出すことができるくらいで、空間の作成者がその中に入ることはできない。ちなみに、リノスが奴隷時代、バーサーム夫人から貸与された無限収納は、LV2の空間魔法で作られている。どこにでもある皮の袋の中に魔法で作られた空間があり、そこにモノを詰め込むことができる仕様になっている。
これがLV4以上になると、作成者自身もその空間に入ることができるようになるのだ。加えて、その中身に関しては、気配探知と魔力探知が利かなくなるという利点も生まれる。そしてさらに、LV5ともなれば、他の魔法と同時に使うこと、つまり、魔法の効果を付与することができるのだ。従って、回復魔法が操れる者であれば、空間に入ればたちどころに傷が回復する効果を付与することができたりもするのだ。
ただ、それを行うに当たっては、膨大な魔力を消費することになるため、ロイス自身も、おいそれとLV5の空間魔法を乱用することはできないでいた。
……まあ、いい。ここにいる限り俺に負けはない。じっと機を伺うことにしよう。
ロイスはゆっくりと目を閉じ、しばしの眠りについた……。




