第五百一話 りゅーおーくん、活躍?
ロイスたち黒龍兄弟は、三ヶ所に分かれて隠れていると龍王は言う。
「キオイ山、カミヤ山、オモト山の三ヶ所だ」
「すまん龍王……どこだ、それは?」
俺の一言に、龍王は目を丸くして驚いている。貴様、そんなことも知らないのか……よくそれで今まで生きてこられたな、きっとそう思っているに違いない。だが、知らないものは知らないのだ。
「貴様、それでも……」
「龍王、お前の言いたいことはわかる。だが、言うな!」
龍王の表情が歪む。この生き物は、自分の感情がモロに表情に出るようだ。わかりやすい。そんなことを思いながら俺は、膝の上に載っているアリリアに声をかける。
「アリリア、今、龍王が言っていた山は、どこにあるのか知っているかい?」
「ううん。知らない」
俺は大きく頷く。
「龍王、すまんが、アリリアもわからないようなんだ。この娘にも、わかるように説明してもらえないかな。この娘が理解できれば、きっと俺も理解できる」
龍王は仕方がないという表情を浮かべたかと思うと、人差し指をテーブルの上に置いた。その直後、ガリッという耳障りな音が聞こえた。
「待てぇ! 何しやがんだ!」
龍王は爪でテーブルを引っ掻いていた。よく見ると、少し傷がついてしまっている。どうやら、ヤツはこのテーブルの上に地図を描こうとしていたらしい。これがリコにバレたら、どんなに怒られることか……。ああ、変な汗が出てくる。いや、やったのは龍王だ。俺じゃない。アリリアもいるし、他に証人はいっぱいいる。よし、大丈夫だ。俺が怒られることはない。
ゆっくりと深呼吸をしながら、何度も頷く俺を、龍王は驚きの表情で眺めている。コイツは自分が何をしようとしているのかがわかっていないらしい。これだから、アホは困るのだ。やはりコイツはアリリアに近づけないほうがいい。教育上、よろしくはないだろう。
そんなことを考えながら、仕方なく龍王に紙とペンを渡す。
「ほれ、ここに書け」
だが龍王は目の前に置かれた紙とペンをじっと見つめている。
「どうした?」
俺の声に、彼は仕方がないという表情を浮かべながらペンを握る。そして、紙になにやら地図を描き始めた。
「……龍王、お前、ペンの持ち方、変わっているな」
「何?」
明らかに怒りを湛えた表情を向けてくる。いや、変わっているものは変わっているのだ。ペンを握るようにして持つ人は何度も見たことがあるが、龍王の持ち方は親指の付け根でペンを挟んでいるのだ。まあ、地図を描くことはできるのだろうが、何だか見ているこっちが気持ち悪い。
「りゅーおーくん、違うよ」
見かねたアリリアが右手を出して、龍王からペンを受け取る。
「こうやって、二本の指で持って……親指は、こう」
ゆっくりと、実にわかりやすくアリリアがペンの持ち方を教えている。さすがは俺の娘だ。
龍王は無言のままアリリアからペンを受け取ると、彼女に教えられた通りに二本の指でペンを挟み、親指を添え……たかと思いきや、結局元の変わった持ち方に戻ってしまった。なんでやねん……。
そんな俺の心の動きなどどうでもいいと言わんばかりに、龍王はペンを動かして地図を描いていく。
「三匹の黒龍のうち、一匹はここ、もう一匹はここにいる。そして、もう一匹は……ここにいる」
「……」
眉間に皺が寄っていくのが自分でもよくわかる。龍王がペンで指し示したところは、三ヶ所ともテーブルの上だった。お陰で、テーブルが汚れてしまった。一体、紙に書いた地図はどこを描いたものだったのだ?
「……へぇ、遠くにいるんだね」
アリリアが声を上げる。え? この龍王の描いた地図が解読できるのか? 俺は思わず彼女の顔を覗き込む。
「すごいじゃないか、アリリア。この地図がわかるのか?」
「うん。これって、お家でしょ? ここが森で、ここが山?」
アリリアの言葉に、龍王が満足そうに頷いている。正直、イライラする。この屋敷の周辺地図を描いてどうするんだ。どうして、世界地図のような全体が見渡せる地図を描かなかったんだ? そんな疑問を口にする俺に対する、龍王の答えが実に振るったものだった。
「フハハ、この屋敷には何度も来ていたからな」
……ついつい、鮮明に記憶にあるこの屋敷の周辺図を描いてしまったらしい。ドラゴンとはとても知能の高い生き物と言われているが、コイツにはもはや、アホという言葉以外、形容する言葉が見当たらない。その上、どうやら龍王は、俺の知らないところで何度もこの屋敷の周辺をウロついていたらしい。しかも、結界に触れないギリギリのところを飛んでいたそうだ。そしてさらには、俺の気配探知と魔力探知に引っかからないように、細心の注意を払っていたようだ。これは推測の域を脱しないが、以前の俺ならばともかく、リコたちが攫われて以降は、探知スキルに神経を尖らせていた。それを掻い潜ったということは、龍王のバカは全身全霊をもって娘をストーキングしていたことになる。その意気やよし、と言いたいところだが、惜しむらくは、スキルの使い方を激しく間違えている。これは、キツいお仕置きが必要なようだ……。
「やっぱり来てくれていたんだ!」
アリリアが嬉しそうな声を上げる。龍王も満面の笑みで頷いている。気持ちの悪いこと、この上ない表情だ。
「だって、りゅーおーくんの音が、何となく聞こえた気がしてた」
「「音?」」
思わず龍王とハモってしまった。咳ばらいをしながら俯いてしまう。
彼女の耳には、龍王が発する独特の音が聞こえているらしい。その耳をもってしても、龍王の接近は感覚的にしかわからなかったらしい。ヤツにはLV5の隠密スキルがあるのかもしれない。
聞けばヤツは一日に4、5回はこの屋敷の近くを訪れていたらしい。彼は、黒龍たちのかすかな気配を感じ取りながら飛び回っていて、たまたまその進路にウチの屋敷があったために、たまたま何度も来ることになってしまったのだそうだが、その言葉は全く信用がならない。むしろ、言い訳をするならばもっと工夫するべきだった。ヤツは明確にウチの娘を狙っていると確信した。
とはいえ、ヤツはリコたちを飲み込んだロイスの居所を掴んでいる。本音を言えば、この馬鹿ドラゴンは今すぐにでも塵に変えたいが、今はそうも言っていられない。このドラゴンの力が必要な状況だ。神は時に実に無茶な試練を与えてくれる。仕方がない。あとでアリリアには、龍王が手を触れた瞬間に、その体が一瞬で溶けるほどの高熱を発する結界を張ることにして、まずは話を進めよう。そう思った俺は、改めて龍王に向き直る。
龍王の話では、どうやら、二匹の黒龍は帝都の近くにいるらしい。一匹は、この屋敷から西の方向に十キロ程進んだ森の中にいて、もう一匹は、南に十五キロ程進んだところにいるらしい。そして、残るもう一匹は、この屋敷からはるか北にある山の中にいるのだと言う。
「ここって、もしかして……」
「ヒヤマの砦のすぐ近くだ」
「なるほど」
突然、シャリオが口を開く。皆の視線が彼女に集中する。
「だから、か」
「すまんシャリオ、一人で納得しないでくれ。俺達には、わからん」
俺の言葉に、シャリオはハッと我に返ったような表情を浮かべた。
「……あそこは風の通り道なのだ」
「風の通り道?」
「春になれば西から東へと風が吹き、冬になると北から強い風が吹く」
「……当り前じゃないのか?」
「わからぬヤツだ!」
龍王がじれったそうに口を開いている。正直、お前にそんな口を利かれたくは、ない。
睨みつける俺を一瞥した龍王は、仕方ないという表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開く。
「あの場所は常に風が吹いている。しかも、今の時期は強い北風が吹き続けている。そのせいで、魔力も気配も探知するのが難しくなる。高いスキルを駆使することはもちろん、余程注意深く探知せねば、ヤツの存在は見つけられぬ。実際、最も発見に時間がかかったのがロイスであった。我ながら、よく見つけたものだ」
龍王がドヤ顔で頷いている。だが、すぐに真顔になり、今度は落ち着いた声で口を開いた。
「ただ、一つ問題がある。ヤツらの居所は知れたが、隠れている空間から出す方法がない。自分から出てきてくれるのが一番良いが、それは期待できまい……」
「龍王」
「何だ?」
「心配するな。ヤツらが隠れている空間……それを斬る剣が、もうすぐ完成する」
「何……だと?」
龍王が体を震わせながら驚いている。それって、そんなに驚くようなことか……?




