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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十六章 黒龍編 激闘編
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第四百九十九話 かへり見すれば月傾きぬ

「……」


真っ暗な空間の中、一匹の黒龍が、一点を見据えたまま微動だにしないでいた。ロイスだ。彼は心の中で唸っていた。


……ツネの兄貴の気配が消えない。一体、どういうことだ?


ロイスの計画では、ツネとリノスが戦っている間に、龍王と神龍を操る者を食らうというものだった。長兄ツネのスキルは相当高いものだが、アガルタ王リノスと一対一で戦っては、最終的には敗北するだろうと予測していた。とはいえ、すぐにやられる兄ではない。二人の戦いは相当に長引くだろう。その間に二人を食らい、あわよくば隙を見て、リノス自身も食らう……彼は腹の中で、そういった青写真を描いていた。


計画は順調だった。だが、最終的に食らうことができたのは、神龍を操る者と、全く予想もしていなかった人族の女性のみだった。あと一歩、すんでのところで邪魔が入った……。ロイスはゆっくりと息を吐きだす。


……まあよい。神龍を操る者を食らうことができたのだ。俺のスキルは相当に上がっていることだろう。一度、試してみたいものだ。しかし……ツネの兄貴が生きている間は、あまり動かぬほうがよさそうだ。どうやら、深手を負っているわけでは、なさそうだしな。


ロイスは感じていた。ツネの気配は、普段とまるで変っていないことを。今の自分のスキルがどれほど上がったのか、それを試すのに、兄のツネは格好の相手ではあった。だが、確実に仕留められる自信は、まだなかった。それに、アガルタ王リノスと龍王はまだ健在だった。ロイスが姿を現せば、下手をするとこの三人をまとめて相手をしなければならない可能性すら出てくるのだ。


……余程の決定的なチャンスがない限りは、動かぬほうがよいな。まあいい。しばらくは、この空間でゆっくり休むことにしよう。この空間は、誰にも見つけることはできぬ。ここにいれば、安全だ。


そう心の中で呟いて、ロイスはゆっくりと目を閉じた。


◆ ◆ ◆


一方その頃、ドワーフ公国では、ドワーフ王、ニザ・デューク・エイモンが無念無想の境地にあった。


彼は全裸となって滝に打たれていた。深夜0時頃から約四時間、ずっと滝に打たれ続けている。これを彼は、夜が明けるまで続けるつもりでいた。その後、自身の工房に戻って火を入れることになっていた。そこでは、息子のガルトー、娘のコンシディー、そして、アガルタ王リノスの妻の一人であるメイリアスが、彼の帰還を待っている。彼が戻り次第、いつでも作業にかかれる態勢を整えているはずだった。


空間を斬る剣を拵える……コンシディーからその話を聞いたとき、彼は心から興奮した。そんな剣はこの世には存在しない。だが、メイリアスとコンシディーが導き出した理論は、それを具現化するための説得力があった。しかもそれは、世界最高レベルの鍛冶スキルが必要であることを、彼は瞬時に理解した。そして、それを鍛え上げることのできるのは、自分以外にはいないと、心の中で断じたのだった。


興奮した。ワクワクした。可能ならば、鍛冶師としてこれほど名誉なことはない。


今すぐに作業にかかろうと逸るコンシディーを、ドワーフ王は窘めた。本音を言えば、彼自身も今すぐにでも作業を始めたかった。だが、興奮した状態で剣を打てば、必ず手許を狂わせることを彼は知っていた。そのため、その興奮を冷まし、氷のような冷静さを取り戻すべく、彼は敢えて滝において行を行うことを決めたのだった。


まるで肌を刺すような、凍てつく寒さの中、彼はじっと目を閉じたまま微動だにしない。一体、どのくらいの時間が経っただろうか。フッと目を開けて見ると、目の前には今まさに、朝日が昇ろうとしている光景が広がっていた。


「……」


彼は思わず滝から離れ、眼下に広がる光景に目を奪われる。吐く息が白い。そして、彼の体からは白い煙が立ち上っている。森の奥から徐々に姿を現してくる朝日は、彼の心をスッと落ち着かせていく。


……心は落ち着いた。工房に、帰ろう。


彼はくるりと朝日に背を向けて、山を降りようと歩を進めた。そのとき、ふと空を見上げると、空はまだ暗かった。


「!?」


不思議なこともあるものだと思いながら、空を見渡していく。すると、東の方向にはまだ、満月が煌々と光を放っていた。


……儂を中心にして、朝と夜の世界が分かれているのか。


今、森の奥に沈もうとしている月は、未だ優しい光を放っている。そして、振り返れば、まるで森が焼けているかのような真っ赤な光が昇ってきている。自然が織りなす奇跡のような光景を見て、ドワーフ王は、何だか体が軽くなったような気分に包まれた。これまでにない、最高の剣が打てそうな予感がしていた。


工房に戻ると、すでに三人がいつでも作業にかかれるように準備を整えていた。ドワーフ王はゆっくりと頷くと、ガルトーとコンシディーが向こう槌を打とうと彼の前に控えた。王は愛用の槌を手に取り、ホーリーソードを鍛え直し始めた。


トンテンカン、トンテンカン、トンテンカン、と一定のリズムで剣を打つ音が聞こえてきた。メイはその様子を見ながら、この三人が全く同じ強さで剣を打っていることに気が付いた。そして、この剣が、空間を切り裂く天下無双の剣となることを確信した。


鍛え直しとはいえ、その工程にはいろいろな工程がある。だが、この三人は全く言葉を交わすことなく、ただ黙々と、数多くの工程をこなしてく。およそ数時間後、コンシディーとメイが交替した。シディーはそのまま休息をとることなく、子供たちの許に向かう。それすらも、二人は言葉を交わさなかった。


「ほう」


作業を開始し始めてから約半日経った頃、ドワーフ王が初めて声を上げて手を止めた。メイの作業が、王の予想を超えた手法だったからだ。


「亡くなった……父が教えてくれたものです」


「フフフ、懐かしいな。そう言えば、儂が若い頃によくやっておった手法だ」


「もし、他の手法があれば、それに従いますが……」


「いや、時間はかかるが、メイリアス殿の手法でやったほうが、丁寧に仕上がる。いかんな。慣れというものは。無意識に楽をしようとしておった」


ドワーフ王の言葉に、メイはゆっくりと頭を下げた。


ドワーフ王と息子のガルトーは、丸二日間、不眠不休でホーリーソードを打ち続けた。交代を申し出て、休息するよう勧めるメイやシディーの言葉に二人は頑として応ぜず、ただひたすらに剣を打ち続けた。


「灯りを消せ」


作業を始めて丸二日が経った頃、突然、ドワーフ王が口を開いた。すでに彼とガルトーは精魂を使い果たしたような表情を浮かべていた。その様子を見ながら、メイとシディーは工房の灯りを落とす。


……奇跡のような光景が広がっていた。


何と、ホーリーソードから銀色に輝く仄かな光が、まるで煙のように立ち上っていたのだ。そのあまりの神々しさに、四人は無言のまま剣を眺め続けていた。


「……父上」


ガルトーが静かに口を開く。彼に全員の視線が集まる。


「まだ、作業をなさいますか?」


「ガルトーお主は、どう思う」


「これ以上の作業は無意味かと存じます。さらに作業を進めますと、逆にこの剣の切れ味が悪くなるかと存じます」


「……儂も同意見じゃ」


「うまくいきましたか、父上」


シディーがゆっくりと息を吐きだしながらドワーフ王に尋ねる。彼は表情を一切変えないまま、小さな声で呟いた。


「たぶん、な」


ドワーフ王は疲れ果てていた。だが、その出来栄えはこれ以上ないものであると確信していた。


「あとはこの剣を研ぐだけです。それについては、私とメイちゃんで……」


娘のコンシディーが口を開いた。その言葉に、ドワーフ王は無言で頷く。おそらく、この二人ならば万に一つもしくじりはするまい。おそらく、あと、数時間もあれば、この剣は完成するだろう……。


彼はゆっくりと息子のガルトーに視線を向ける。


「ガルトー、ようやった。しばし休み……最後の研磨はそなたに任せる。次代のドワーフ公国王として、さらに己の技術を研磨せよ」


ガルトーはゆっくりと頭を下げた。この瞬間、ガルトーは次期ドワーフ王に内定した。後に、歴代のドワーフ王の中で、最も高い技術力を持つと評価された、「神工・ガルトー王」誕生の瞬間であった……。


1/23にコミック版『結界師への転生②』が発売されました。

これも偏に、皆様のおかげと厚く御礼申し上げます。

WEB版、書籍版とは少し異なるエピソードが収録されていまして、さらには、新たに書き下ろしたショートストーリー「メッセージ」も同時に収録されています。初代エリルとリノスとの心温まるエピソードに仕上げました。是非、手に取ってご覧いただければと思います。

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[一言] 更新有り難う御座います。 両陣営とも今は雌伏の時! 相手に突き立てる牙を研ぐ!
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