第四百九十八話 懺悔
「なぜ俺を狙うんだ? 確か、お前も俺を狙っていたよな? 何故なんだ?」
「それは……」
リノスのまっすぐな視線に、シャリオは一瞬、その視線を外した。だが、すぐに視線を戻した。
「私は、アガルタ王リノスという男に興味があった」
「俺に興味?」
「ああ。少し前に、数百年間もの間、頑として山を下りなかったエルフたちが山を下りたと知った。それは、リノスという男の仕業だと聞いた。しかもその男は人族だという。人族はエルフが最も嫌う種族。その人族がエルフを動かした。だから、どんな男なのか興味があった」
「興味があるのなら、会いに来ればよかったじゃないか」
「優秀な人間であれば、スキルの高い人間であれば、攫って私の許に置こうと考えていた。だが、アガルタの都に入るのに苦労した。そして、色々な邪魔が入って、思ったようにいかなかった」
「……そのために、ワーロフとバーリアルの戦争を仕掛けたのか?」
「いや、それは中の兄さまだ」
「……あの戦争で、結構な数の兵士が死んだんだぞ? クソだな、お前の兄貴は」
「中の兄さまは、アガルタ王リノスを食らいたかったのだ。スキルの高い者を食らえば、自らのスキルが上がると中の兄さまは信じていた」
そう言うと、シャリオはゆっくりと視線をダイニングの隅に向けた。そこには、相変わらず仰向けのまま目を閉じているツネの姿があった。
「……やはり、シャリオ、お前を島から出すのではなかった」
「……」
ツネの低い、そして、悔恨の情を含んだ声が朗々と響き渡る。リノスは大きなため息をつきながら、ゆっくりとツネに視線を向ける。
「やはり、そのロイスという黒龍は、最終的には、俺を狙うのか?」
「おそらくは、な」
「お前も、俺を食らいに来たのか?」
「違う」
「何?」
「私はただ、妹のシャリオを取り戻しに来ただけだ」
「取り戻しに来ただぁ? 取り戻しに来た者が、リコやソレイユ……俺の大事な家族を食らうというのはどういうつもりだ!?」
「龍王がシャリオを捕らえたと聞かされていた。それに……神龍様と思しき精霊までも現れていた。私はシャリオがひどい仕打ちを受けていると思っていた。だから、早く取り戻さねばならないと思ったのだ。……たった一人の妹だからな。まさか、ロイスがこんなことまで考えているとは、この私にも考えが及ばなかった」
「ええい!」
リノスは苛立ちを隠そうともせず、大股でツネのところに歩いて行く。そして、目をカッと見開いたまま、その状態で固まってしまった。その様子を、そこにいた全員が固唾を呑んで見守った。
一体、どのくらいの時間が経っただろうか。リノスがようやく目をギュッと閉じたかと思うと、踵を返してゆっくりとメイたちの許に戻ってきた。
「起きろ。結界は解除した。椅子に座るといい」
「ご主人様……」
「メイ、心配しなくていい。鑑定してみたが、あの黒龍は、俺たちを襲う気持ちはなかった。ただ、純粋に、このシャリオを取り戻したかっただけだ。それにしても、ロイスという黒龍……。マジで腐っていやがるな」
リノスは大きく深呼吸をして、ゆっくりと椅子に座る。その彼に倣うように、ツネはゆっくりと起き上がり、目の前の椅子に腰かけた。
「両手がなければ、不便だろう。そらよ」
リノスが掌をツネに向ける。その直後、彼の身体が緑色に光る。よく見ると、今までなかった彼の両手が、復活していた。ツネは表情を一切変えることなく、自身の両手を眺めている。
「見事だ」
「世辞はいい。まずは、確認だ。俺の質問に答えろ。お前のほかの兄弟……。弟たちはどこにいる?」
「わからんのだ、それが」
「何だと?」
「いくら気配探知で探ってみても、二人の弟たちの居場所はわからないのだ。おそらく、ロイスの拵えた空間の中にいるのだろう」
「そいつらも、騙されている……か」
「おそらく、シャリオが無事でいることも、私の状況も……知らないだろう」
そこまで言うと、ツネは居住まいを正して、真剣な表情をリノスに向けた。
「この上は、私がシャリオとその娘を守ろう」
「何ぃ?」
「せめてもの罪滅ぼしだ。私がこの二人の傍にいれば、ロイスはおいそれと手を出すことはできないだろう」
「兄様の気配探知と魔力探知能力は、私を遥かに凌駕する。中の兄さまが空間を出た瞬間に、おそらく兄様の気配探知に引っかかるだろう。それに……一対一であれば、兄様は中の兄さまに負けることはない。安心するがいい」
「この度の不始末はすべて私の不徳の致すところ……。本来ならば、私がロイスを討たねばならないが、ヤツが空間を出ない限り、それは難しい。それゆえ……」
「お前がアリリアを守る……か」
そう言うとリノスは、フッと笑みを浮かべる。
「アリリアは……娘は俺が守るよ」
「……」
「だが、今の状況は、一人でも味方がいたほうがいい。幸い、この黒龍は信頼できそうだ」
そこまで言うとリノスは、スッとメイに視線を向ける。
「メイ、シディーたちと剣を作る作業があるんだろ? アリリアを連れて、ドワーフ公国に向かってくれ」
「私、ここにいる!」
突然、アリリアの声が響き渡る。彼女はメイの前に進み出ると、体を震わせながら言葉を絞り出す。
「ここで、ママと、マミーを待ってる。それに……」
「それに、何だい?」
「おとうさんが、一人になる。お母さんも、お姉ちゃんもいないし……。だから、だから、私が、お父さんの傍にいなきゃ……」
「駄目よ、アリリア」
メイがゆっくりとひざを折って、アリリアを背中越しに抱きしめる。アリリアは堪えきれなくなったかのように、声を殺して泣き始めた。
「お父様は、これから大事なお仕事があるの。だから、お母さんと一緒にシディー母さんの所に行きましょう。ね?」
メイはアリリアを抱きしめながら、優しく頭をなでる。そして、その態勢のまま、リノスに視線を向ける。
「ご主人様、申し訳ございませんでした。アリリアは、私と共にドワーフ公国に連れて参ります。恐れ入りますが、この後のことは……。ご主人様? ご主人……」
見ると、リノスが右手でメイの言葉をさえぎっていた。
「待ってくれ。ちょっと、待ってくれ。涙が……涙が溢れてきて、喋れないんだ……」
◆ ◆ ◆
結局、アリリアは帝都の屋敷に残ることになった。これは、ツネの勧めもあったのだ。
「ロイスの空間を斬る剣を作っている所に、その娘を連れて行くのはよしたほうがいい。もし、その娘が襲われでもしたら、最悪の場合、その剣までも失うことになる。ロイスは、その娘が一人になる瞬間を狙っているはずだ。今は、父親か龍王が、その娘の傍にいたほうが良い」
その言葉に、シャリオも同意する。リノスは、アリリアをこの屋敷に残すことを決意したが、当然、彼女には強力な結界を施すことも忘れなかった。
メイが最小限の荷物を持ってドワーフ公国に出発する直前、彼女は再びアリリアを傍に呼び寄せて抱きしめた。そして、しばらくの間、無言でアリリアを見つめ続けた。
「うん……」
アリリアの小さな声が、まるで出発を促す合図であったかのように、メイはスッと立ち上がり、リノスたちに一礼した後、屋敷を出ていった。
メイが出ていくと、途端に屋敷の中が物寂しく感じられた。いつもは子供たちの声が響き渡り、妻たちの笑顔が咲き乱れていたダイニングが、静寂に包まれているのだ。その雰囲気は異様とも言えた。それはアリリアも感じたようで、彼女は無言のまま父であるリノスの手を握った。
「大丈夫だ。ママも、マミーも生きている。必ず、必ず、連れて帰るからな。そして、アリリアも、必ずお父さんが守ってやる。早くみんなが戻ってこられるようにしないとな」
リノスはまるで、自分に言い聞かせるように呟く。その声にアリリアは握る手に力を込めながら、ゆっくりと頷くのだった……。
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