第四百八十四話 みつかった
「うん?」
眉間に刻めない皺を刻みながら腕組みをしているのは、リノスの妻の一人である、コンシディーだった。彼女の目の前では、愛娘のピアトリスが機嫌よく朝食を摂っていた。
彼女は、ドワーフの血を継いでいる者らしく、母親と同じ緑色の髪で、きつい天然パーマがかかっている。シディーは、この愛娘のために、髪の毛をストレートにする液体を開発してみようか……。そんなことを考えていたとき、ちょっとした違和感を覚えたのだ。
一見すると、いつもと変わらぬように見えるピアトリス。だがシディーは、心に覚えた違和感を解明せずにはいられなかった。この愛娘に何か、よからぬことが起こっている気がしてならなかった。
彼女はじっと娘を観察し続ける。母親の心配をよそに、ピアトリスはオムレツを、フォークを使って上手に食べている。
「ピア、ちょっとおいで」
「はぁーい」
娘が食べ終わるのを待って、シディーは彼女をお膝の上に抱っこする。
「ピア、あーんして」
「あーん」
屈託のない笑顔を見せながら、ピアトリスは大きな口を開ける。
「……メイちゃん」
「どうしました、シディーちゃん」
「ピアのここ……」
「……あっ、虫歯になりかけていますね」
「やっぱり……」
シディーは大きなため息をつきながら娘を膝から降ろす。パタパタと走っていく娘の背中を見ながら彼女は、メイに虫歯の治療を頼むのだった。
幸い、ピアトリスの虫歯は軽いもので、歯を抜いたり削ったりする必要はなく、メイが処方した薬を歯に塗れば問題ない程度のものだった。その報告を聞いて、シディーはホッと胸を撫で下ろした。ドワーフにとって虫歯は厄介な病気の一つだったからだ。
通常の人間とは違い、見た目は幼く見えるが、体の丈夫さは人間をはるかに上回るのがドワーフだ。だが、そんな彼らをして、もっとも恐れる病の一つが虫歯だった。
ドワーフは人間と違って歯の生え変わりというものがない。そのため、生まれたときからの歯を生涯使い続ける。そんな彼らだが、一旦虫歯にかかると、人間よりもはやい速度で進行していく。そのため、虫歯になるとすぐに歯がボロボロになる者が多いのだ。
ピアトリスは人間とのハーフであるものの、その風貌はどう見てもドワーフそのものであり、ドワーフの血が色濃く表れている。母親のシディーはこの子が生まれた瞬間に、この娘はドワーフ寄りであることを見抜いていたため、虫歯に関しては常に注意を払っていたのだ。
このリノス家においては、リコの躾がいいために、子供たちは食後の歯磨きを欠かすことがなかったため、虫歯などになったことがなかった。どうしてピアトリスだけが虫歯になるのか。シディーは目を閉じて考える。
答えは、すぐに出た。
シディーはいつものように、ピアトリスを連れてアガルタの都にあるドワーフの工房に出勤する。ここ最近は、ここの工房で作られる製品の質の良さが口コミで広まり、色々なところから注文が殺到しつつあった。そのため、工房では人手不足に陥ることがあり、その手伝いとしてシディーも出勤していたのだった。
特にシディーの技術力は、この工房の中でも群を抜いていて、難しい作業の仕上げは必ず彼女の手に委ねられていたのだ。
「おお、おいでなさいませ。姫様も。そして、王子様も」
老ドワーフが満面の笑みを湛えながらシディーとピアトリスを迎える。この日は、イデアも伴っての出勤だった。彼はドワーフのこの工房を気に入り、よくピアと共に工房で遊びながら何かを作るのを楽しみとしていた。
「二人とも、遊んでらっしゃい。ケンカしちゃだめよ」
「はぁーい」
イデアが元気よく答えて、妹のピアトリスの手を引いて歩いていく。この兄妹の仲はすこぶるよかった。喧嘩をするなとは言ってみたものの、二人が喧嘩をする可能性は皆無だ。何より、イデア自身が父、リノスによく似て優しい気性の持ち主であるため、姉たちには可愛がられ、弟や妹に対しては、とても面倒見の良い子供だった。
シディーはしばらく遊ぶ二人を眺めていたが、やがて、傍に控えている老ドワーフに視線を向ける。
「すまないけれど、ナンブツとリンショック、そして、サンカクを呼んでちょうだい」
不思議そうな表情を浮かべながら頭を下げる老ドワーフ。そんな彼をシディーは腕を組みながら眺める。
「一体何じゃ? このクソ忙しいときに」
ブツブツと文句を言いながら三人のドワーフがやって来た。彼らは以前、シディーの命令でエルフの里まで旅をしたドワーフたちだった。長旅を経験することで、何か彼らが変わることを期待していたのだが、その効果はほとんど見られず、相変わらず彼らは隙を見てはサボろうとするのだった。
とはいえ、腕はいい三人だ。そんな彼らにシディーは、ため息をつきながら口を開く。
「あなたたちに聞きたいことがあるんだけれど」
「何じゃぞい?」
「ピアに、お菓子をあたえていたりしないわよね?」
「……何の話じゃぞい?」
「ピアが虫歯になりかけていたのよ。色々と考えた結果、おそらくここで、誰かに、甘いものを、結構な頻度で、与えられているからじゃないかと思ったのだけれど?」
「……それが何で儂らなんじゃ?」
「よくいなくなるじゃない、あなたたちは?」
「しっ、失礼な! 儂らがまるで、仕事を、しとらん、みたいな、言い方は、やめて欲しいぞい!」
ナンブツの言葉に、二人の老ドワーフも頷く。だが、明らかに挙動不審だ。目が完全に泳いでいる。
「わかったわ。ただ、これからピアをここに連れて来るのは、よすことにするわ」
「ど、どういうことじゃぞい?」
「別にこの工房が原因と言っているわけじゃないけれど、ピアが虫歯になりかけていたのは事実だわ。あんなに小さい子供が虫歯にかかる事の重大さは、あなたたちもわかるわよね? だからしばらくピアはここには来させないで、様子を見ることにするわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何かしら?」
「ということは、姫様には会えんということになるのかの?」
「そういうことになるわね」
「それは殺生というものじゃ、大姫様!」
「そうじゃ。姫様は儂らの癒しなんじゃ。その癒しを奪い取るとは大姫様、ひどいなされようじゃぞい!」
「大姫様、頼むから、儂らから姫様を取り上げんでくれ!」
「……ちょっと、その、大姫様って呼び方、やめてくれない?」
「何を言うんじゃ! 姫様が二人いるとややこしいぞい!」
「姫様ももう年じゃろう。大姫様と呼んでもらえるだけでもありがたいことじゃ。まあ、いい歳をして、いつまでも姫様という呼び方にこだわるのも、どうかと思うがの」
「……チッ」
「舌打ちはやめた方がええのう、大姫様。姫様がマネをしたらどうするんじゃ」
「そうじゃぞい。また、ミンシ様に怒られるぞい」
「…………」
三人の老ドワーフを睨みつけるシディー。そのとき、ピアの可愛らしい声が響き渡った。
「じい! じい!」
「おお姫様~。ジイはここにおりますぞい」
三人はシディーに目もくれず、いそいそとピアの許に向かい、彼女を抱っこする。そのとき、ナンブツが懐から何かを出して、ピアの口の中に放り込んだ。
「ちょっと! 今、何を食べさせたの?」
「う? あ? なっ、いや、ちょっと……」
「見せなさい」
シディーはナンブツの懐の中から紙袋を取り出す。それは、一見すると、ハチミツのようなものを固めて作ったものだった。
「何を食べさせているのよ!」
「いっ、いや、薬を……」
「薬ぃ?」
「いや、ハチミツは体にええと聞くからの。その……姫様のお体を心配して……」
ナンブツの言い訳を聞きながら、シディーは固形のハチミツを口の中に放り込む。
「あっま~い! こんなものをピアに食べさせていたの?」
「ううう……」
「これだけ甘いものを食べていたとなると……それは、虫歯にもなるわね……」
シディーは慄いた表情を見せる三人に向かって、腕を組みながら口を開く。
「これから、ピアに物を与えるのは禁止します。それができないのなら、ピアをここに連れて来るのはやめます」
「う……う……う……」
「それにこれ、ハチミツじゃないわね。ハチミツのように見せかけているけれど、砂糖を溶かして、何か薬品のようなものを加えているわね。だからこれは、正確に言うとハチミツじゃないわ」
「何と言うことじゃ! 高い金を出して買ってきたのに!」
頭を抱えて悔しがるサンカク。そんな彼を横目で見ながら、ナンブツはガックリと膝を折った。
「これが本当の、見つかったら(蜜買ったら)お終い、というやつじゃ……」




