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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 エクスカリバー再び
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第四百三十三話 千里の道も一歩より

「う~ん」


眉間に刻めない皺を刻み、腕を組みながら天を仰いでいるのは、リノスの妻であるコンシディーだ。彼女の目の前には、一抱えほどもある木箱が置かれていた。


彼女の許にこの箱が届いたのは、エルフの里から帰還して約一ヶ月経った頃だった。さも大儀そうにゴンが運んできたこの木箱……。エルフ王からおひいさまを経由して贈られたと言われるこの箱の中には、真っ茶色に変色した金属の欠片が数個入っていた。訝るシディーに、ゴンは衝撃の一言を放った。


「それが、エクスカリバーだそうでありますー」


「うえっ!?」


聞けば、伝説の宝剣と言われたエクスカリバーは、数百年の間に完全に朽ちてしまったのだという。エルフ王からの伝言によれば、この剣の切れ味を保つためには、膨大な魔力と共に、エルフの血を注がねばならず、元々血を流すことを極端に嫌うエルフは、その手入れを怠っていたのだ。加えて、エルフ王・ホンノワイチの、この里では争いごとは起こさないという信念もあって、切れ味鋭い宝剣は存在する意味がないとされたために、このような姿になってしまったのだという。


シディーは、手を震わせながら朽ち果ててしまったエクスカリバーの欠片を手に取る。手にはペッタリと錆のようなものが付着する。彼女は残念そうな表情を浮かべながら、それを再び箱の中に返した。


……とはいえ、調べてみる価値はあるかもしれない。


そう思い直してみたものの、この錆びた鉄くずからどうやって昔の切れ味を調べればいいのか。シディーは悩んでいた。錆びを取って、もう一度研ぎ直して……。だが、すでに剣の中身まで穴が開いているこの状態では、そうした作業ですらも耐えられない危険性が多分にあった。


「まずは、成分を調べてみるか……」


誰に言うともなくそう呟いた彼女は、足早に部屋を後にしていった。


彼女が向かった先は、メイの部屋だった。彼女は突然部屋に入ってきたにもかかわらず、いつもの柔和な笑みで、シディーを迎えた。


「そうですか……。でも、成分を調べるのは私も賛成です。伝説の名剣、エクスカリバーがどのような物質でできているのかがわかれば、それを新たに作り出せる可能性はありますから」


彼女はアガルタ大学でその研究をしようと提案し、さらに、都にいるドワーフたちも参加してもらい、協同で研究する案を出した。シディーにとっては願ったり叶ったりの話であり、彼女はすぐさま賛成したのだった。


調べてみるとすぐにわかったのは、この剣は、信じがたい強度を持っているということだった。不純物が全くない鋼……しかも、硬度の異なる鉄を組み合わせて作られていたのだ。これには、シディーが驚きの声を上げた。


「何て言う複雑な作りなのかしら……。こんな純度の高い鋼をどうやって作り出せば……。いや、できないことはないはずだわ」


その日から、シディーの鍛冶師としての魂に火が付いた。


彼女は来る日も来る日もドワーフの工房に通い、純度の高い鋼を生み出そうと試行錯誤した。娘のピアトリスの育児が疎かになるかと思いきや、彼女は娘を連れて工房に通う。そして、そこで手の空いているドワーフたちに面倒を見させながら、研究に没頭したのだった。


一見すると、育児放棄のようにも見えるが、ドワーフたちは公王の孫たるピアトリスを可愛がり、それこそ、「姫様、姫様」と呼んで、目に入れてもいたくないほどの可愛がりようを見せた。ピア自身も、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような工房を気に入り、まるでそこは、保育園のような様相を呈していたのだった。


工房に通い続けること一ヶ月。ついに彼女は純度の高い剣を作り出すことに成功した。しかも、刃に当たる部分には硬度の高い鉄を用い、内側の芯に当たる部分には、硬度の低い鉄を用いた。シディーの見事な計算によって絶妙のバランスがとられたこの剣は、比類なき剣となるのは間違いなかった。あとはこの剣を磨きに磨いて切れ味を増せば、エクスカリバーに勝るとも劣らない剣が出来上がる。彼女はそう確信していた。


それから一週間。ドワーフたちが精魂込めて磨き抜いた剣がついにできあがった。だがシディーは念には念を入れ、細微にわたるまでチェックを行ったのだ。剣はもちろん、その鞘に至るまで、まるで重箱の隅をつつくようなチェックぶりは、深夜にまで及び、口うるさい老ドワーフたちも、これには閉口する他なかった。


剣を携えて屋敷に戻ったのは、明け方近くだった。あまりに集中しすぎていたために、軽い頭痛を覚えつつ、一緒にいてやれなかったピアトリスにも悪かったと反省しながら、彼女は離れの扉を開けた。そして、階段を上り、自分の部屋に向かう途中、夫であるリノスの部屋の前で足を止めた。


……この剣を、早くリノス様に見ていただきたい。


きっとこの剣を見れば、リノス様は喜ぶに違いない。何て素晴らしい剣なんだ……シディーありがとう! 今後は、この剣を俺の傍に置くことにするよ! そんな風に喜ぶリノスの姿が目に浮かぶ。そのとき、彼女の脳裏に、閃くものがあった。


……そうだ。リノス様の枕元に、これを置いておこう。そうすれば、目覚めたときに見ていただけるはずだわ。


そう考えた彼女は、静かに寝室の扉を開ける。すると中から、女性の小さな声が聞こえてきた。


「あっ、あくっ、あぐ、うっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」


「メイ……メイ……」


……メイちゃんとリノス様の声。これって、つまりは、あれ、だよね?


シディーの体が硬直する。まさかそんな最中に、そーっと寝室に忍び込んで、剣を枕元に置いてくるなどと言う芸当はできるはずもないし、やってはいけないことだというのは、十分にわかっている。


彼女はゆっくり、音を立てないように細心の注意を払ってドアを閉めようとする。そのとき、部屋の中からリノスの、思いがけない声が聞こえてきた。


「メイ……メイ……大丈夫か、メイ……」


「!?」


思わず扉を開けてしまった。見ると、リノスが隣で寝ているメイに話しかけている様子が目に入った。一瞬の間をおいて、メイがゆっくりと体を起こす。


「ああ……すみません。夢を……見ていました」


「夢?」


「何か巨大な……巨大なものに……踏みつぶされるかと」


「疲れているんじゃないのか? ……って、シディ?」


リノスがギョッとした表情でシディーを見つめる。彼女はまるで射すくめられたかのようにその場に固まる。


「何だ……戻ってきていたのか……。お帰り」


「ええと、その、あの……」


「あれ? シディーちゃん、手に持っているのはもしかして……。エクスカリバーですか?」


メイが笑顔で尋ねてくる。形のいい、大きな乳房が丸見えだ。彼女はどう答えていいのかがわからず、コクコクと頷いたり、首を傾げたりしている。


「うわぁ、是非、見せてください」


一糸まとわぬ裸のまま、メイがベッドから降りてこちらにやってくる。何と言う均整の取れた体だろう。そんなことを考えているシディーに、メイは目をキラキラさせながら、彼女が持っている剣に手をやる。


「見せてもらっていいですか?」


シディーは無言でメイに剣を差しだした。彼女はゆっくりと剣を鞘から引き抜いていく。


「ううん?」


全裸のメイが、両目を真ん中に寄せながら、まるで舐めるように刀身を眺めていく。そのあまりにも異様な光景に、シディーの体はさらに硬直する。


「……粗が、ありますね」


メイから予想もしない言葉が飛びだした。粗があるとは心外だ。そんなものはあるはずがない。


「この剣、魔力は通せますか?」


「ど……どいうこと?」


「私も何度か作ったことがあるのです、この剣を。クエイト・レガダンス製法で作りましたね? そうなのです。これが一番強度があるのです。ですが、これは岩石など、硬度の高い物を数回斬ると折れてしまう可能性が高いです。その原因は、精製した鋼にムラが生じるためです。それを均一にするために、魔力を流し込む必要があります。私も、ご主人様に魔力を流し込んでいただいて、ホーリーソードを作ったのです。ちなみに、この剣を作るときに、デイガの石は混ぜましたか?」


「混ぜて……ない」


「デイガの石を使えば、魔力を伝えることができるのですが……」


そう言いながらメイは剣を鞘に仕舞い、シディーに返した。彼女はそれを受け取りながら、ため息を漏らす。


「お言葉だけどメイちゃん、これはエクスカリバーの成分を分析した上で作った剣なのよ。これ以上の剣は世の中に存在しないと思うんだけれど……。それに……ゴメン、服を、着て、くれないかな……」


シディーの言葉に我に返ったメイは、恥ずかしそうに体を隠しながら、ベッドに戻っていった。


結局、シディーの作った剣は、ドワーフ公王が預かる形となり、彼の許で、さらに研鑽が積まれることになった。だが、公王は密かにリノスに連絡し、彼の持つ愛刀、ホーリーソードを拝借したいと申し出た。そして、その剣とシディーの剣を見比べ、瞬時にして、ホーリーソードの出来栄えに軍配を上げたのだった。


その後、公王は技術の粋を尽くして、シディーの剣を鍛え直したが、彼をして、ホーリーソードの出来栄えを超えることはできなかった。


この剣は、代々の公王に密かに引き継がれ、天下最強の剣に仕上げるべく、長い年月をかけて鍛えられることになった。


まさかこの剣に、そんな未来が待っているとは、このときのシディーもリノスも、知る由もなかった……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「不純物が全くない鋼」、「純度の高い鋼」はおかしいです。鋼は鉄と炭素の合金なので「不純物が全く無い鋼=純鉄」になってしまいます。
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