第四百十九話 告発
シディーは凛とした表情をエルフ王に向けている。彼は表情を変えてはいないものの、不思議な感情……一体どうしたのだという思いを抱いているのは、よく感じ取れた。
「……何か、我らに不手際がありましたか?」
オルトーが慌てた様子で進み出てくる。シディーはゆっくりと彼に視線を移したかと思うと、落ち着いた声で話しかける。
「大いに不手際です」
「一体どうされたのでしょうか? 詳しく承りましょうか」
彼女は目の前に置かれた皿を持つと、それをスッとオルトーの前に差し出した。
「……何か?」
キョトンとした表情を浮かべながらシディーを見るオルトー。だが、彼女は目を爛爛と輝かせながらクイッと顎を上げた。
「これをお食べください。そうすれば、お分かりかと思います」
「え?」
まるで時が止まったかのように、その場にいた全員が固まっている。目の前に出されている料理に視線を移してみるが、何も怪しいところはない。甘い香りが漂っている。まさか、この料理に毒が仕込んであるのだろうか?
俺は小指でソースを少し掬い、口元に持って行く。俺には毒耐性があるので、そんじょそこらの毒は効かない。少し舐める程度なら問題ないだろう。このくらいの量で殺されるのならむしろ、エルフを褒めよう。て、ゆうか、飲みこまないなら問題ないよね?
俺の知識では、この世界の毒は飲みこんだ瞬間に効力を発揮するというものだ。これはエリルと共にルノアの森に自生している植物を食べた経験から言えることだし、メイからも習ったことだ。実際、彼女は毒の可能性があるものを調べるときは、口に含むことがある。初めてそれを見たときは驚いたが、メイ曰く、とても大事なことなのだという。かく言う俺も、エリルの無茶ぶりもあって、相当数の毒物を食べたが、口に含んだ瞬間に発作や反応のあるものは皆無だった。咀嚼し、飲みこんだ瞬間に悪寒が襲ってきて体に反応が起こるというのがいつものことで、俺がもだえ苦しむ様子を、エリルはいつも興味深そうな表情で眺めていたものだ。
「へえ、毒があるのね。こんなにいい香りがするのに……。じゃあリノス、これも食べてみてよ」
「フゴッ!? ウッ……グゴゲゲゲゲゲ~」
「……これも毒があるみたいね」
……あれは完全に虐待だったな。うん、それ以外に形容する言葉が見当たらない。
そんなことを考えながら、俺は指のソースを舐める。
……美味い。何とも濃厚な味わいだ。とても甘いが、それでいてしつこくない。一体これは何を使っているのだろう。砂糖……ではなさそうだ。何かの甘い果実を煮詰めてソースを作っているのだろうか?
このまま飲み込みたいが、さすがにそれはやめよう。俺は懐からハンカチを取り出して、口元を拭う。……よし、今のところ何の異常もない。大丈夫なようだ。では、果肉の方はどうなのだろうか。興味を持った俺は、傍に置かれていたフォークに手を伸ばす。
「それ以上は食べない! 手はお膝の上ぇ!」
今まで聞いたこともないようなドスの効いたシディーの声が響き渡った。俺はビクッと体を震わせて思わず両手を膝の上に置き、硬直する。
シディーはフッと息を吐くと、差し出している皿をさらにオルトーに向けて差し出す。
「お召し上がりください」
「し、承知しました。ですが、あなた様に差し上げた料理を私がいただくわけにはまいりません。しばらくお待ちください。ただいま取り寄せて……」
「これを、食べてください」
「しっ……しかし……」
オルトーは目を白黒させながら戸惑っている。だが、シディーは彼を睨みつけたまま微動だにしない。
「……何が、あった?」
エルフ王が立ち上がり、シディーに話しかけている。彼女は顔をオルトーに向けたまま、目だけを動かして王に返答しようとする。
「何があるかどうかは、オルトー様がこれをお食べになれば、わかります」
「う……」
「さあ、お食べください。私に遠慮は無用です。それとも、食べられない何かがあるとでも?」
「そのようなことはございません。しかし、我らエルフは、他者に差し上げた皿の料理を食べるという風習はございません。それは言うまでもなく、そのお方に失礼に当たるからです。あなた様はよいと言っておいでですが、我らはそうはいきません。エルフと人族……あなた様はドワーフですか。しかし、風習や習慣は人族と変わりはありませんでしょう。二つの種族は互いに考え方も違えば、習慣も異なります。こう申し上げては失礼かとは思いますが、ここはエルフの里です。我らが里においては、我々の風習・習慣に倣っていただきたく思います。私は、あなた様はとても聡明なお方だと私は思っておりますし、私の言葉がわからぬお方ではないと存じますが、敢えてこのようなことを申し上げる私をお許しください。色々と思われることもあろうかとは思いますが、何卒、私の思いもお汲み取りいただきたく思います」
何と饒舌なことだろう。思わず感心してしまう。まるでアナウンサーが原稿を読むかのように、淀みのない、滑らかな口ぶりだ。
そんなオルトーの様子をシディーはじっと見つめていたが、やがて差し出した皿を元の位置に戻した。そして、クスリと可愛らしい笑みを漏らした。
「やはり、私が思った通りのオルトー様でした。ありがとうございます」
「は、ははっ」
シディーの言葉の意味が分かりかねているかのように、戸惑いながら彼は頭を下げる。その様子を彼女は満足そうに眺めていたが、やがて俺とミークに視線を向けて、小さく頷いたかと思うと、再びオルトーに視線を向ける。
「では、せっかくですからこのお料理をいただきます。ですが、食べることはできないだろうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「……お言葉の意味がわかりかねます。こう申し上げては何ですが、我らはお出しした料理に絶対の自信を持っております。我らは人族とは違い、頻繁に食事をすることはありませんが、それでも、長い歴史を持つ我らエルフは、料理に対する膨大な調理法を蓄えております。あなた様はおそらく、この料理をお出ししてから時間が経ったことで味が落ちると思われているでしょうが、我らの料理は……」
突然、オルトーが驚いた表情を浮かべる。そして両目をキョロキョロと左右に動かして、何やら戸惑い始めた。一体どうしたというのだろうか。
ふと、隣のシディーを見てみると、彼女は薄く笑っていた。まるですべてを見透かしたように、冷たい笑みを浮かべていた。その様子に俺の背筋は震えた。
「どうなさいました、オルトー様?」
やさしい、まるで彼を労わるかのような声で彼女は話しかける。だが彼は、その声がまるで聞こえていないかのように、じっと俯きながら両手の拳を握り締めている。その様子を冷たい笑みを浮かべながらシディーは、傍らにあったフォークを手に取り、見事な所作で目の前の料理を口の中に運んだ。
「……ペッ。不味い」
口元をハンカチで拭いながら、シディーは吐き出した料理を睨みつけている。そして、再び俺とミークに視線を向ける。どうやら食べてみろと言っているようだ。
「絶対に、飲みこまないでくださいね」
俺もミークも戸惑いの表情を浮かべたが、やがてフォークを手に取り、恐る恐る料理を口に運ぶ。
……苦い。甘さの中に、何とも言えない苦みが口の中に広がる。これは、マズイ。
「……最初こそ甘い味がするが、後から来る苦みが、何とも言えぬな」
ミークも首を振りながら料理を吐き出している。その様子をシディーは満足げに眺めている。一方のオルトーは目をピクピクと動かしながら、何とも憎々し気な表情で俺たちを睨んでいる。
「策士策に溺れるとはこのことだわ。これですべて理解できました。……レイラさんを殺したのは、あなたですね、オルトーさん?」
目の前のオルトーの雰囲気が、さっと変わった……。




