第四百二十話 謎解き
「私がレイラを殺したなどと……。何を証拠にそんなことを言われるのか。返答次第では容赦しませんぞ!」
オルトーが目を吊り上げながら、怒りをあらわにしている。だがシディーは、全く表情を変えずに彼を眺め続けている。
そのとき、エルフ王がスッと立ち上がり、手で何かを制するポーズを取った。ミークも目をキョロキョロさせている。どうやら、周囲のエルフたちがざわついているようだ。
「では、お尋ねします」
室内の混乱を鎮めるかのような、凛とした声が響き渡る。いつの間にかシディーが再び立ち上がり、部屋の中をゆっくりと見廻している。
「あなたは、確かに、レイラさんを殺してはいない。そう言われるのですね?」
「もちろんです! 我らエルフが同胞の命を奪うなど、あってはならないことです。レイラは私の部下に当たります。家族のごとく接してきた彼女の命を奪うなど、あり得ないことです。なぜ、そのようなお話をなさるのか、理解に苦しみます」
「では、なぜ私たちの命を奪うのですか?」
「これはまた、おかしな話をなさいます。何を証拠に、皆さまの命を狙っていると?」
「この料理には毒が入っております」
「ほう、何をもって毒が入っていると言われます?」
「ちょっとお待ちください」
シディーはそう言うと、懐の中に手を忍ばせた。だが、しばらくして、彼女の動きがピタリと止まる。
「……ない。……チッ、私としたことが。そうだ、ここに入るとき、全部没収されたんだわ」
明らかに彼女の表情が曇る。そして唇を噛みながら天を睨んでいる。……要は、この料理に毒が入っていることを証明すればいいのか?
「エルフ王様」
俺の声を受けて彼はゆっくりと視線を向けてきた。シディーも驚いた表情を見せている。
「一つ、お尋ねします。この国で、エルフ以外の生き物はおりますでしょうか?」
「……何?」
「犬でも猫でも鳥でも……。何でもいいのです」
「……パスタム」
「パスタム?」
エルフ王は頷くと、スッと手を挙げる。すると、エルフの一人が戸惑いながら部屋を後にしていった。しばらくすると、籠のようなものを手に部屋に戻ってきた。
「……」
オロオロとしながら、エルフは俺たちの座るテーブルに、その籠を置き、そのまま去ってしまった。籠を開けると、中にはちょっと大き目な、ネズミのような生き物が入っていた。
「キューン」
パスタムと呼ばれた生き物は、かわいらしい鳴き声を上げたかと思うと、勢いよく籠から飛び出した。チョロチョロとテーブルの上を動き回っていたが、やがて、ピョンとシディーの皿に飛び乗ったかと思うと、モゴモゴと体を動かしながら、料理を食べ始めた。
パスタムは一心不乱に食べている。だが、突然体を震わせたかと思うと、いきなり仰向けになって倒れ、体を激しく痙攣させ始めた。その様子をじっと見つめていたシディーは俺に視線を向け、大きく頷いた。
「やはり、毒が入っていましたね?」
オルトーは拳を握り締めながら、わなわなと震えている。何か言ってくるかと思ったが、彼は突然姿勢を正したかと思うと、直立不動の姿勢でエルフ王に向き直った。どうやら申し開きをしているようだ。
「……決して、私が毒を入れたわけではないと弁明しておる。じゃが、父上は、今宵、そなたたちをもてなすように命じていたにもかかわらず、この失態はどういうことじゃと言っておいでじゃ」
ミークが小声で通訳してくれる。王とオルトーは睨み合ったまま微動だにしない。だが、オルトーの額には、汗が滲み出ている。かなり追い込まれているようだ。
そのとき、音もなく部屋の扉が開いて、数人のエルフが入ってきた。その中の一人は、まるでウエディングドレスのような純白のドレスを着ていて、一人だけ目立っている。彼女らは王をじっと見つめる。
「……母上」
ミークが一言呟いたかと思うと、彼女の目にはうっすらと涙が光っている。どうやら二人は、かなり辛辣な話をしているようだ。
「一つ聞きたい」
突然エルフ王が俺たちに話しかけてきた。予想外のことなので、かなり驚いてしまう。
「な……何なりと」
「その方たちは、ミークをこの里に送り届けること以外にも、何か、疾しい望みを抱いていたのか?」
「そ、そのような……」
「我らの同胞たちが、そなたたちからそうした邪念を感じ取ったと言っておる」
邪念? 俺たちを鑑定したのか? まあ、鑑定スキルを持った者ならエルフにはごまんと居るだろう。だが、そこそこのレベルであれば、対象者の過去を覗くことができるのだが……。であれば、俺たちに疾しいことなどないのはわかるはずだ。いや待てよ? 俺の張っている結界が、彼らの鑑定スキルを邪魔しているのか。だから、雰囲気しか掴むことができなかったのか。だが、そうは言っても、邪念というのが腑に落ちない。一体何のことを言っているのだろうか?
「それにつきましては、ご説明申し上げます」
シディーのよく通る声が聞こえる。部屋にいる全員の視線が彼女に集中していく。
「おそらく、それは私に原因があると思われます」
「何?」
「私は、この里に来るのを楽しみにしておりました。それは、エルフ王家が所蔵しているエクスカリバーを見たいと思っていたからです」
王の眉毛がピクリと動いた。だが、シディーは全く意に介さずに、さらに言葉を続ける。
「私はドワーフ王の娘でございます。父から鍛冶師としての手ほどきを受けております。我らドワーフに取りまして、伝説の名剣と言われるエクスカリバー、それを超える剣を生み出すことは悲願でございました。ですが、その剣は誰も見た者がなく、切れ味など、調べたくても調べられない状況でございました。しかしこの度、ミーク姫を伴ってエルフの里へ行くことが許されたのです。鍛冶師として、エクスカリバーが見たいという思いは抑えることができませんでした。ご無礼の段、平にご容赦ください」
そう言って彼女は腰を折る。だが、王妃はシディーとエルフ王を交互に見ながら、何かを伝えている。
「邪念がある、という曖昧な感覚でございましょう? 明確な殺意があるわけでなし、何かを企んだという証拠があるわけでなし、単なる雰囲気と感覚だけで、我々の命を奪うのですか? 鑑定されるのであれば、なぜもっと詳しく鑑定されないのでしょうか?」
突然のシディーの指摘に、王妃は虚を衝かれたような表情を浮かべ、やがてゆっくりと俺たちから目を逸らせた。
「王妃様、なぜそこまで私たち、ましてや娘でもあります、ミーク姫を毛嫌いなさいます? いえ、言わなくともわかります。全て、オルトー様のお話を信じていらっしゃるのですね?」
シディーの言葉に、王妃がガバッと顔を上げ、驚いたような表情を浮かべている。シディーは真剣な眼差しを王妃に向けていたが、やがてゆっくりと頷くと、再びオルトーに向き直った。
「これでようやく全ての疑問が解けました。オルトー様、ミーク姫を、我々をこの城に招き入れたことから、レイラさんの死、そして、私たちの殺害まで、その全ての計画を考え、実行していたのは、あなたですね? この一連の事件の犯人は、あなたです!」
シディーがピッと右手でオルトーを指さす。彼の表情は真剣そのものに変わっており、これまでのような柔和な雰囲気は微塵もなかった。
「おそらく、あなたは、エルフ王様に何の相談もなく、独断でこの計画を進めていましたね? 実に周到に練り上げられた計画でした。ですが、惜しいことに、あなたの計画は完璧すぎました。実に惜しかったですね」
「……言わせておけば、何と無礼な。では、証拠はあるのですか?」
「いいでしょう。それでは、これまでのこと、お話し致しましょうか」
そう言って彼女は、傍に置かれたグラスをヒョイと持ち、ゴクリと喉を鳴らして水を飲みほした。その目は爛爛と輝き、小さな体から発する雰囲気が、神々しいものに変わっていた……。




