第四百十八話 おもてなし
「……王がお呼び、です」
部屋の警備を務めているエルフが、そんなことを伝えてきた。彼は頭の中にある言葉を必死に口に出そうとしているように見えた。何だか、言葉のイントネーションが少しおかしかった。
その言葉を受けて、ミークとシディーはゆっくりと立ち上がった。これまで二人は全く会話を交わさず、シディーは目を閉じたまま天井を向いたまま微動だにせず、ミークはボーっと視線を宙に漂わせ続けていたのだ。
二人は部屋から出る際に目を合わせ、小さく頷いた。もう、この二人の間には、俺には伺い知れない強い絆が生まれているようだ。俺は二人の背中を追いかける形で、案内されるがままに歩く。魔法が使えないという状況は、ここまで弱気にさせるのかと思うくらいに、何もできる気がしない。一体、この先どうなってしまうのか……。そんな不安が心の中に湧き上がってくる。俺は首を振ってその不安を拭い去ろうとする。俺がそんなことを考えてどうするんだ。俺が、この二人を守ってやらねばならないのだ……。そんなことを考えながら、深呼吸して気合を入れる。
そのとき、ふっとエルザ様のことを思い出した。あれは、俺が王宮結界師に決まった直後のことだった。
◆ ◆ ◆
「リノス」
「はい、ご主人様」
「王宮では孤立することもあるかもしれません。どうしようもない状況に陥ることもあるかもしれません。そのときはこう思うのです。何とかなる、と」
「何とかなる、でしょうか」
「孤立したり、何をやっても上手くいかない状況に陥ったとき、人は不安になります。そして、何かに縋りたくなります。邪な者は、その隙をついて取り入ってきます。不安や恐怖を感じているときに、優しい言葉をかけられると、人は簡単に信用してしまいます。ですから、自分の立場が危うくなったときは、何とかなる、と思うのです。そうすれば、自然と何とかなるものなのですよ」
「承知しました」
「リノス、あなたなら大丈夫です。きっと、大丈夫です」
◆ ◆ ◆
……何とかなる。何とかなるなる。何とか、なる。
俺は心の中で呟いていた。そうだ、何とかなるかもしれないな。うん、そんな気がする。傍にはシディーもいる。俺が何もかもをする必要はないんだ。足りない部分は助けてもらえばいい。俺は俺ができることをするだけだ。シディーも言っていたじゃないか。頼りにしていると。今は俺の出番じゃない。ただ、俺の力が必要になったときのために、気持ちの準備をしておくだけだ。
そんなことを考えていると、何だか気持ちが楽になった。俺は心の中で手を合わせて呟く。
……エルザ様、ありがとうございます。これから先もどうぞ、私をお見守りください。
何となくだが、エルザ様が微笑んだ気がした。きっと、大丈夫だろう。そう覚悟を決めたとき、シディーたちの足が止まった。
目の前には大きな扉があった。それが音もなくゆっくりと開く。
「お入りください」
俺たちを呼びに来たエルフが先導して部屋に入っていく。中には長机のような白い、大きなテーブルが備え付けられていて、その一番奥にエルフ王が座っていた。彼は俺たちを見ると、スッと立ち上がり、自分の隣の席を勧めた。それに従う形で、俺たちは席に着く。
エルフ王、ミーク、シディー、俺、と横並びに座る。これでは会話はできないなと考えていると、隣のシディーから手が伸びてくる。そして、俺の手を握る。
……ここが正念場、と言っているように感じる。
彼女の顔は正面を向いている。だが、握っている手の力の入れ具合で、この場がかなり重要なものであることが伝わってくる。食事とあるからは、おそらくここで俺たちを毒殺する可能性が高いということか。俺たちというより、俺とシディーは毒の耐性があるために、正確に言うとミークの命を奪おうとしてくるのだろう。よく見ると、シディーの右手はミークの手を握っていて、俺たち二人に彼女はメッセージを伝えているようだ。俺にも伝わるのだから、きっとミークにも伝わっているに違いない。ここが、勝負どころだ。
「我らの同胞が不幸な死を遂げたために、そなたたちをもてなすことができぬ。せめて、我らエルフの料理などを振舞おう。そして……今宵は、我が寝所に参るのだ」
部屋には給仕を担当すると思われる数人のエルフの姿があったが、その人々の表情が一瞬にして強張った。王の言葉があまりにも意外なものだったようだ。考えてみれば、あれだけ人族を嫌っているのだ。王とは言え、人族を寝所に呼ぶなどと言うことは、考えもしなかったことなのだろう。
その異常な雰囲気を察したのか、オルトーが颯爽と部屋に入ってきた。彼は何も言わず王の近くまでやって来たかと思うと、一礼してその場に控えた。そして、それが合図であったかのように、数人のエルフたちが部屋に入ってきた。手には皿を持っており、担当が割り当てられているのだろうか、それぞれが迷うことなく俺たちの前に静かにそれを置いた。
「ダルレア鳥の卵のスープです」
料理を運んできたエルフの一人が、よく通る声で説明してくれる。そして、言い終わるとクルリと踵を返して部屋を出ていってしまった。他のエルフも一緒に付いていく。まるで入念なリハーサルが行われていたかのような、統率の取れた動きだ。
「いただきましょうか」
シディーが笑顔で俺たちに話しかけてくる。そして彼女はスプーンを手に取り、スープを掬って口元に持って行った。
「うん、美味しゅうございます」
さすがはリコが伝えただけあって、冷静に見てみると、実に洗練された優雅なテーブルマナーだ。
一人で感心していると、ミークがスープに手をつけていて、それを口元に運ぶ。あ、いかん、毒物は……。っと、シディーと目が合った。どうやらこの料理は大丈夫と言っているようだ。彼女の感性を信じて、俺もスープに手をつけた。
「……美味いな」
何とも旨味の凝縮されたスープだ。卵の何とかと言っていたが、これは卵の味なのかな?
スープを飲み終えると、再びエルフたちが登場して、新しい料理を出してきた。
「マッコウの舌肉料理です」
まるで団子のような形をした黒い料理だ。付け合わせに野菜のような緑色の草が添えられてある。香ばしいとてもいい香りがする。
「美味しそうですね。いただきましょう」
シディーの言葉を合図に、料理を口の中に放り込む。この料理も濃い味だ。肉だろうか? 噛むと肉汁のようなものが口の中いっぱいに広がる。付け合わせの野菜もシャキシャキしていて美味しい。
「カルチネーゼでございます」
続いて出されたのは、ピザのようなものだ。チーズがトロトロに溶けていい香りだ。トッピングには、キノコのようなものがふんだんに散りばめられている。……って、キノコ? 毒キノコの可能性が高い!?
「いただきましょう」
俺の心配をよそに、シディーはカルチネーゼをナイフとフォークを使って口の中に放り込んだ。
「うん、美味しいっ!」
今日イチと思われる笑顔でシディーは頷いている。俺も彼女に倣って食べてみたが、濃厚なチーズの味で、とても美味しかった。トッピングのキノコもちゃんと味が付いていて、噛めば噛むほどに味が出てくる。そんな料理だった。
「シャカットでございます」
次に出された料理は、かき氷だった。あれ、もうデザートか? 全然食い足りないが……。そんなことを思いながら隣を見ると、シディーも同じ気持ちなのだろうか、何とも言えないといった表情を浮かべている。だがすぐに元の表情に戻り、スプーンを使って氷を口の中に放り込んだ。
「甘くて美味しいですね! これは……ハチミツとレモンでしょうか? うん、美味しい」
コクコクと頷きながら大喜びで食べている。ミークも同じように美味しい美味しいと言って食べている。俺も食べてみたが、これまでに味わったことのない清涼感のあるかき氷だった。ああ、食べすぎた。頭がキーンとなる。
「ジュリオーブ……こちらで最後になります」
出されたのは、何やらソースのようなものに漬け込まれた、柿のような食べ物だった。甘い香りがする。これも美味しそうだ。
「お待ちください。これをいただくわけにはまいりません」
そのとき、シディーの凛とした声が響き渡った。俺は驚きながら、隣の彼女に視線を向けた……。




