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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第三百九十七話 カタオカナオタロウ

その夜、子供たちが寝静まった頃に、帝都の屋敷のダイニングでは家族会議が行われた。そこには、ミークの姿もあった。


俺はサンディーユからの話を包み隠さずに話す。その話を聞いた妻たちは皆、黙ってしまった。


「……意外に大丈夫なんじゃないですか?」


沈黙を破ったのはシディーだ。彼女は人差し指を顎に当てた、いつものような推理をする格好で天を仰いでいる。その様子に、皆の視線が彼女に集まる。


「シディー。直感が働いたのか?」


「はい。根拠はありませんけれども、サンディーユさんの懸念は杞憂に終わる気がします」


「とはいえ、リノス一人を行かせるのは……」


リコが心配そうな表情で俺を見ている。


「リコ様、大丈夫です。私が一緒に行きます。当初からそのつもりでしたし」


「ピアトリスはどうしますの?」


「その件ですが……」


シディーはエルフの里に至るまでの行程を、丁寧に説明した。老ドワーフ三名に旅をさせると聞いて、リコはかなり恐縮していたが、彼らの体調管理はメイが責任をもって行うと言ったことから、その案は受け入れられた。


最後に、ミークに自身の思いを聞いてみたが、彼女はやはり、エルフの里に帰りたいという希望を明らかにした。俺たちは彼女の意向を尊重することを確認して、まずは取りあえず、行くだけ行ってみるという結論を出して、その日の会議は一旦終わることにした。解散になった途端、マトカルとソレイユはそくさと子供と一緒に部屋に戻っていった。まだ赤ん坊なのに、二人の子供はまったく泣かずにスヤスヤと眠っていてくれていた。二人ともいい子になるに違いない。


その後、俺は風呂に入りながら、これからのことを考える。ただ、考えてみても、何をどうしていいのかが全くわからない。これは考えても無駄だなと思っていると、誰かが風呂に入ってきた。シディーだ。


彼女は俺の隣に座ってテキパキと洗髪をし始めた。彼女の洗髪時間は驚くほどに短い。その理由は、シャンプーとリンスの効果が抜群だからだ。さっと髪を洗うだけで汚れが落ちるし、リンスなどもスッと付けてお湯で洗い流せばいいらしい。これだけ素晴らしいものなのだから、売ればさぞや儲かると思いきや、これはシディー専用で、他の人には使えないらしい。かなりの剛毛でくせ毛の強い人に効果があるらしく、普通の人が使うと確実にハゲるらしい。そのために、俺もこのシャンプーを使ったことは一度もない。


シディーが髪を洗っているところに、俺が背中を流してやる。その後、二人で体を洗いっこして、湯舟に入る。


いつもは恥ずかしそうに湯舟に体を沈めているのだが、今日はなんだか様子がおかしい。そう言えば、体を洗ってやるときも、いつもは恥ずかしそうにしているのだが、今日はそれをあまり感じなかった。なにやら、うれしそうだ。


「何かいいことがあったのかな?」


「えっ!? いや……なにも」


「何か、企んでいるな?」


「……何も、ありま、せん」


彼女の返答がちょっとツボにはまってしまった。俺は思わずクスリと笑みを漏らす。


「シディーはまるで、片岡直太郎みたいだな」


「カタオカナオタロウ? ど……どういう意味でしょう?」


「かくしごとが下手って意味だよ。他人の嘘を見抜くのは上手いけれど、自分の気持ちを隠すのはヘタクソだな。誰が見ても、いつもと様子が全然違う。何かあったのかなって思うよ」


「ううう……」


彼女は顔を真っ赤にしながら、顔の半分まで湯につかっている。ブクブクと泡を立てているその姿が、何だか可愛らしい。


「で、なにがあった?」


「秘密です」


「どうしてだい? 何かうしろめたいことでもあるのか?」


「そ……そんなことは……」


「言いなさい」


「……」


「じゃあ、組み敷くよ?」


「組み敷く?」


「ああ。このまま寝室まで連れて行って、ベッドにシディーの体を放り投げて、乱暴に襲うよ? シディーのことなんか全く意に介せずに、俺の欲望を満たすだけに集中するんだ。シディーの顔なんて一切見ないよ?」


「そんなの……イヤです!」


「じゃあ言いなさい」


「ううう……」


「組み敷こうか?」


俺はゆっくりとシディーの腕を取る。すると彼女は突然立ち上がる。幼い体が丸見えだ。


「こ……公国に帰ります」


「え?」


「優しくしてくれないのなら、ピアを連れて公国に帰ります。乱暴にされるのは、イヤです!」


シディーの目に涙が溜まっている。そしてついに彼女は泣き出してしまった。


「う……ゴメン。ごめんなさい。大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと優しくします。いつものように、いや、いつも以上に優しくします」


「……本当に?」


「本当に」


「……さっきは本気で私に乱暴しようとしていましたね?」


「え? な? どうして?」


「リノス様は嘘を言われるときは、声が上ずります。先ほどは、声が低かった……。半分は冗談でも、半分は私に乱暴しようとしていましたね? 私を押さえつけて、無理やりに……」


「そんなことはない。断じてそんなことはない。いや、正直言うと、そうしたいという思いがないと言えば嘘になる。そりゃ願望はあるさ。でも、シディーが嫌がることはしたくない。それだけはしない。俺の目を見てくれ、目を」


俺の目をじっと見ていたシディーが、ゆっくりと頷いている。どうやらわかってくれたみたいだ。


「ただ、何があったのかは教えてくれ。気になってしまう。シディーのことは信頼しているし、悪事を働くような人ではないと思っているけれど、やはり……な?」


そう言って俺は立ち上がって、シディーをやさしく抱きしめる。彼女は顔を真っ赤にしたまま、ゆっくりと湯舟の中に体を沈ませた。


「……怒りませんか?」


「え?」


「怒らないって、約束してください」


「大丈夫です、怒りません」


「クロスオーバーの鍵が……出来上がったのです」


「は?」


聞けば以前、シディーが勘違いから開発に至った、どんな扉でも開けてしまう鍵の開発に成功したらしい。作ったのは、シディーの兄のガルトーで、彼はそれこそ、ドワーフ族の技術の粋を結集してその鍵を作り上げたらしい。


クロスオーバーの鍵は、言ってみれば形状記憶の機能を付与した鍵で、鍵穴の形状に自由に形を変えられるものなのだそうだ。金庫のようにダイヤル式のもので、複雑な形状の者はどうするのだという疑問もあるが、そもそもこの世界にダイヤル式の金庫などは存在せず、どれだけ複雑な形の鍵を作るのかがその技術力の高さを図る基準になっている。そう考えると、差し込み式の鍵で、自由に形状を変えられるものはある意味、とんでもない代物を作り出してしまったのかもしれない。


「ところで、その鍵、一体何に使うつもりだ?」


「……エルフ王家の宝物庫を覗こうと」


「はあ?」


聞けば、エルフの里には、世界最高の切れ味を誇ると言われるエクスカリバーが秘蔵されているのだという。シディーはどうしてもその剣が見たい。その切れ味を見たいのだという。


「見せてくれと言って見せてくれる相手ではなさそうですし……それならば、と……」


「いやいや、そんなことしたら、さらに関係がややこしくなりますがな」


「……そうですよね。ですから、誰にも言わずに一人でやろうと」


「そもそも何でエクスカリバーにそんなにこだわるんだ?」


「作りたいからです」


「え? どうして?」


「リノス様がお望みだからです」


「俺が?」


「以前、メインティア王様に肖像画を描いていただいたときに、エクスカリバーと……。さすがに手に入れるのは難しいので、それならば作ろうと……。でも、実物を見ないことには作れませんし……ですから……」


「フフ……ハッハッハッハ! そうか、エクスカリバーな! なるほど、そう取ったか!」


俺は腹を抱えて爆笑する。そんな様子をシディーはちょっと怖い目で睨みつけている。


「シディーはかわいいな」


「え?」


「大丈夫だ。エクスカリバーは作らなくていい。その気持ちだけで十分だよ」


「そんな……」


「別に最強の剣は必要ない。いや、必要ない世の中にしていけばいいんだ。シディーが作ってくれたあの鎧も素晴らしいが、できるだけ鎧を着なくてもいい世の中にしていけばいい。俺はそう思っているんだ」


「は……はい……」


「ただ、そのクロスオーバーの鍵は、使い方を間違うと多くの人が不幸せになる可能性がある。だからシディー。その鍵は厳重に管理してくれ」


「承知しました」


「さあ、そろそろ上がろうか。今日は特別に、ここからお姫様抱っこで寝室まで運んでやろう」


「え? そんな……」


「イヤか?」


「……お願いします」


顔を真っ赤にしながら項垂れるシディーは、本当にかわいらしかった。その夜、俺はいつも以上にシディーに優しく接した……。

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