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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第三百九十六話 お待ちなせぇ

今、俺の目の前には、言葉では形容できないような光景が繰り広げられている。さて、どんな言葉を発すればよいものか……。俺は悩みながらも、その光景を眺め続ける。


帝都の屋敷のダイニング。目の前には、おひいさまの眷属であるサンディーユが座っている。見た目は口髭を蓄えた老狐だが、何故か袴をはき、裃のような衣服を身に着けている。どうやらこれが彼らの正装のようだが、その様子は珍奇と言おうか、冗談が過ぎると言おうか……。まさしく「ご家老」と呼ぶにふさわしい恰好ではある。


その彼の背中からひょっこり顔を出しているのは、娘のアリリアだ。彼女はサンディーユの背中越しに彼の髭を引っ張っている。だが、彼は全く反応しない。痛くはないのだろうかという俺の心配をよそに、じっと俺を睨み続けている。その目からは、この娘を何とかしろという意図は感じられない。


さらに、老狐の傍らには、エリルが控えていて、彼女は「これ、差し上げますわっ。どうぞ」と言って、自分のオヤツである饅頭を差し出している。テーブルの上にはすでにお茶とお饅頭が出ているのだが、それでも敢えてエリルは自分のお饅頭をあげようとしている。きっとサンディーユがお饅頭を気に入っていないと思っているのだろう。それならば、自分の持っている違う種類のお饅頭をあげようとしているのだろう。何ていいお姉さんなのだ。我が娘ながらいい娘に育ってくれたものだ。てゆうか、ウチの娘が自分のオヤツを抜いてまであげようとしているお饅頭になぜ反応しないのか。ちょっと人気のないところでじっくりと話し合いをしたいという気持ちもないわけじゃないが、今は黙っておくことにする。


さらに視線を落せば、息子のイデアが彼の袴をクイクイと引っ張っている。どうやら初めて見る者に興味があるらしい。それに、この老狐と遊びたいらしい。目がそう訴えている気がする。俺の大事な息子が、遊ぼうと誘っているのに、なぜこの老狐は無視をするのか。そんなに息子のことが嫌いだろうか。かなりかわいい顔をしていると思うのだが。いや、俺とリコの子供なのだ。可愛くないはずはないのだ。そんなエンジェルボーイのお誘いを無視するとは、ちょっと懲らしめてやらねばならない。さて、どうしてくれようか……。


「何をしているのです!」


突然、ダイニングに大声が響き渡る。見ると、リコが鬼のような顔をして立っていた。そのあまりの剣幕にエリルはお饅頭を握り締めたまま固まってしまい、アリリアは逃走を図っている。イデアはキョトンとした表情を浮かべながら、大好きなママの顔を見つめている。


「アリリア、いたずらをしてはいけませんわっ! エリル、あなたはお姉ちゃんなのですから、妹たちがいたずらをしているのならば、止めなければいけませんわっ!」


「ごっ……ごめんなさい……」


「イデア、こっちにいらっしゃい」


そう言ってリコは息子を抱っこする。彼は母親の胸に顔をうずめて、幸せそうな顔でスリスリをしている。


「エリル、あなたは向こうへ行ってらっしゃい」


「はい……」


悲しそうな表情を浮かべながらエリルは離れに向かう。そんな彼女を俺は呼び止めた。


「エリル。お饅頭をあげようとしてくれて、ありがとうね。いたずらをしないで、偉かったね」


「……」


彼女は立ち止まってじっと俺を見ていたが、やがて、パタパタと小走りに離れに向かって行った。俺はその後姿を見ながら、彼女がサンディーユにオヤツをあげようとしていたこと、いたずらをしなかったことをリコに語って聞かせた。彼女は大きなため息をつきながら、エリルが出ていった勝手口の方向をしばらく見つめていた。


「……にぎやかな、ご家庭じゃな」


「すみません。娘たちが色々と悪さをしまして」


「リノス、どうしてあなたも止めなかったのです? お客様に対して、失礼ですわっ」


「……ごめんなさい」


「いや、奥方殿、よろしいのじゃ。儂が押しかけてきたのじゃ。気にされることはない」


「申し訳ございません」


「さて、話の続きじゃ。リノス殿、ということで、エルフの里に行くのは少し待ってもらいたいのじゃ」


「その話ですが、サンディーユさん。どうしてミーク姫が行くと彼女は殺されるのですか? それに、俺がエルフの里を滅ぼすというのも……よくわかりませんが……」


俺がエルフの里を滅ぼすという言葉に、リコが慄いている。俺はチラリと彼女に視線を向けて、大丈夫だという意思を見せて、再び老狐と向かい合う。


「道理じゃ。まず、儂が調べたところによると、エルフ王の許には、もう一人の姫がいる。つまり、その姫が次の女王になる予定なのじゃ」


「……ということは?」


「そこにミーク姫が帰ると……」


「後継者争いが起こる可能性がありますわね」


「その通りじゃ、奥方殿」


「ちょっと待ってください。次期女王に決定しているのでしょ? それならば後継争いなど起こらないのではないですか? しかも、ミーク姫が里を離れてから数百年も経っていると聞きました。既に廃嫡されているのではないですか?」


俺のその言葉に、サンディーユは力なく首を振る。


「いや、エルフ王は、長子が継ぐと決まっておるのじゃ。ミーク姫が戻られると、おそらく彼女が次期女王になる」


「そんな……」


「リノス、エルフであれ人間であれ、王族というものは、利用できるものは利用するという考えを持った者が多くいますわ。きっと、ミーク姫にその気がなくとも、彼女を利用しようとする者は必ず出てきますわ」


「う~ん」


俺は腕組みをして、天を仰ぎながら考える。


「では、ミーク姫は次期王にはならないと宣言してから会いに行くというのはどうです?」


「リノス、それはダメですわ。次期王を決めるのはエルフ王です。それに、ミークさんの人生です。勝手に私たちが決めてはいけませんわ」


「儂もそう思う。つまり、姫を連れて行けば、後継争いが起こる可能性……儂はかなり高い確率で起こると睨んでおる」


「なるほど……。あと、姫を連れて行けば、俺がエルフを滅ぼすという……のは?」


「それじゃ。おそらく、リノス殿はエルフの里に入ると、間違いなく襲われる。そうなった場合、むざむざと自身の首をやるリノス殿ではあるまい。結果、己の身を守るためにそのスキルを使うことになるじゃろう」


「いや、そうはならないと思いますよ? 襲われそうになったら、転移結界で帰って来ますし」


「いや、おそらくエルフは、リノス殿のスキルへの対策を取るであろう。上手く逃げ出せたとしても、彼らは確実に追っ手を差し向けるじゃろう」


「え? どうして?」


「エルフの里は誰にも侵すべからずの地……そう考えておる者が多いのじゃ。ここ数百年の間、我らも何度もエルフの里に使者を派遣したが、それらの者たちの全てが途中で謎の死を遂げておる。ヤツらはかなり優秀な暗殺者を抱えておるようなのじゃ」


「でも、俺には結界がありますが……」


「それはリノス殿が生きておればの話じゃろう。奴らは、そなたの孫子まごこの代まで狙うじゃろう。何と言っても、寿命が違いすぎるでな」


「……」


「リノス殿がどう考えておるかは、儂にはわからぬ。じゃが、折に触れて襲ってくる暗殺の類を耐え続けねばならぬのじゃ。ましてやそれが、奥方を始め、家族にも及ぶとなれば、なかなか耐えられるものではない。そうなった場合……」


「エルフを根絶やしにすることを選択する……か」


そこまで言うと、不意にリコが俺の手を握ってきた。相変わらず柔らかい手だ。


「サンディーユさん、夫に限ってそれはありませんわ。ただ……エルフの里に行くについては、色々と考えることが多そうですわね。……このお話、一旦預からせていただいてよろしくて? 私たちも、一度、家族で話し合ってみますわ」


「そうしていただけると、幸いじゃ。すまぬ。こちらから願っておいて、今更このような話をするというのは、儂としても気が引けてならぬ……」


「そのようにお気遣い下さらないで……。いつもお世話になっているのですもの。このくらいは当然ですわ」


サンディーユはリコの言葉に大きく頷き、そして、ゆっくりと俺に視線を向けた。


「リノス殿は、よい嫁御を持たれたな」


そう言って彼は、寂しそうに笑った……。

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