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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百九十一話 夕陽と闇の中で

山の山頂に、さらに小高い山ができていた。そして、その周囲を数百の人間が囲んでいる。その中で、ひときわ目立つ男がゆっくりと、今できたばかりの山に近づいていく。


「どうやら、完全に埋まったようだな」


銀色の鎧に身を固めたその男は、ニヤリと笑みを漏らしながら、足でその山をコツコツと蹴っている。その様子を見た黒いローブ姿の男が口を開く。


「50人もの土魔法使いを動員しましたからね。思ったより早かったですね」


「さすがはオクタだな。そなたの転移術、実に見事であった。褒めてつかわすぞ」


「勿体ないお言葉でございます」


恭しく頭を下げるオクタを満足そうに眺めているのは、タナ王国国王であるヴィルだった。彼はふと、視線を明後日の方向に向ける。そこには、遥か彼方の水平線に沈みゆく見事な夕陽が見えていた。


「おおっ、何とも見事な夕陽ではないか」


「誠でございます」


将校と思われる、煌びやかな鎧を身にまとった男が恭しく追随する。


「我がタナ王国に夕陽が沈んでいきます。軍神がおいでまします我が国に、まるで太陽までもが引き寄せられているようでございます」


「フフフ、歯の浮くようなことを言う奴だ」


皇帝は笑みを絶やさぬまま小さく頷いている。そして彼はさっとその身を翻し、集まってきた将兵たちに向かって口を開く。


「皆の者、ご苦労であった! しかし、我が作戦はこれで終わりではない。今回はあくまで、フラディメ国と我が国に通じる道をふさいだに過ぎぬ。我らの戦いは始まったばかりなのだ。ゆめゆめ此度の勝利を過信してはならぬぞ!」


集まった将兵が膝をつき、恭しく頭を下げる。そんな中、白髪のローブ姿の男がゆっくりと皇帝の前に進み出た。


「恐れながら申し上げます」


「何だ、ジェラニウス」


「陛下の御勝利を完璧なものとするため、ミーダイ国を完全に埋めてしまってはいかがでしょうか」


「どういうことだ?」


「今は単に、土魔法で切り出した土や岩を無造作に谷に投げ込んで、埋めただけに過ぎませぬ。一見、この山の下は完全に埋まっているように見えますが、実のところは、あちこちに空洞ができておるはずです。万全を期すのであれば、土魔法で徹底的に、隙間なく谷を埋めてはと……」


「無用だ」


皇帝は手をスッと上げてジェラニウスの言葉を遮る。だが彼は、なおも食い下がる。


「もしや、谷の中にまだ生きている者もおるやもしれず……」


「ハッハッハ! ジェラニウスは相変わらず心配性だ。たとえ生きている者がいたとしても、生きてかの国から出られる可能性は、皆無だ。我が国との国境には既に一軍を配していて、蟻の子一匹出ることはできぬ。さらにこの谷を登って脱出するとなれば、いかにしてこの何層にも重なった岩を潜り抜けられようか? よいよい。ジェラニウスたち魔法使いたちの力は余もよく知るところだ。今、そなたたちの魔力をいたずらに使うべきではない。温存しておくのだ。それに……」


皇帝は再び山を振り返り、その姿をまじまじと眺めながら、再びニヤリと微笑む。


「この荒削りな、一見無粋に見えるこの山も、こうして夕陽に照らされれば却って憐れみを増して、風流な趣があるではないか」


皇帝のその言葉に、老魔導士は静かに頭を下げた。



「……ひっ、ひっ、ひっ、ひぃぃぃぃ~」


闇の中に気味の悪い声が聞こえている。よく耳を澄ますと、あちこちから人の息遣いが聞こえてくる。


「おーい、大丈夫かー?」


俺は闇に向かって声をかけながら、掌の上に光の玉を発生させ、それを浮き上がらせる。一方で俺は目の前に展開されているマップを注意深く見守る。この国の周囲が真っ赤になっているからだ。どうやら完全に敵に囲まれているらしい。今のところ、敵に動きはない。さてどうするか……と思っていたところで、いきなり敵影がマップから消えた。どうやら敵は去っていったらしい。俺はフッと息を吐き、辺りを見廻す。


「うおっ! マジでギリギリのところで止まっているな……」


発生させたライトが、倉庫の屋根あたりで止まっている。つまりは、俺の結界の天井がそこなのだ。そして、ふと視線を地面に落とすと、そこにはへたり込むショゲツとドーキの姿があり、そのすぐ頭上にバカでかい岩が迫っていた。


瞬間的に結界を張ったために、かなりいびつな形になってしまっている。これは結界師としては失格だ。ファルコ師匠が見ると、確実に怒られる出来栄えだ。結界師たるもの瞬間的に、正確に自分のイメージした形、硬度を持つ結界を張らなければならない。


そんな反省をしていると、ショゲツとドーキが匍匐前進で俺たちの所までやって来る。そして、二人は俺の足元でゼイゼイと激しい息をしている。


「……歩いてくればいいだろうに」


「何を悠長な。これは一体、どういうことや。はっ! そや! 帝様、帝様は!」


ショゲツが巨体を起こして御所のある方向に目を向ける。しかし、ここからでは御所の様子は見ることができない。彼女は大声で帝様ぁ~と叫んでいるが、当然の如く返答はない。


「御所の様子を見に行きましょう。僕が転移します。その前に……」


ドーキが辺りを見廻しながら口を開いている。彼は倉庫に視線を向け、その中にいる人々に向かって声をかけた。


「どなたか、ライトの魔法を使える方はおられますか? もし使えるなら、ライトを出してください。そしてまず、皆さんのお家が無事かどうかを確認してください。何かありましたら、お手数ですが、私の店まで伝えてください。もし、店に誰も居ないのであれば、メモを放り込んでおいてください。まずは、皆さん……」


ドーキがそこまで言うと、倉庫の中から夥しい光が漏れだした。そして、ゾロゾロと人々が外に出てくる。彼らは掌にライトを載せながら、挨拶もそこそこに自分たちの家に向かっていった。ドーキの見事な判断だ。


「すみませんが、一旦、店の様子を見てもよろしいでしょうか?」


「ドーキはん、アテも帝様のご様子を見に行きたいのや。アテも連れて行っておくれや」


ドーキは少し困った表情を浮かべたが、ニコリと笑みを返して、足早に店に向かって歩き出した。やはり、自分が丹精込めて作り上げてきた店は気になるようだ。俺も自分の店を持っているので、その気持ちはよくわかる。


店に着くまでのわずかな時間だが、闇の中に少しずつ小さな光が現れ始めていた。どうやら結界は上手く機能しているようだ。一方で、この国全体にきちんと結界を張れているかが気になりつつも、俺はドーキに続いて彼の店に入った。


「旦那様!」


店に入るや否や、虎獣人のクロヌロが飛び出してきた。ものすごい轟音の直後に真っ暗になり、彼はすぐさま店の外に出た。そこには闇に包まれた景色があり、彼はランタンに火を灯して最低限の明かりを確保しつつ、竈の火を落としたのだった。


彼の話を聞いていると、突然チワンたちポーセハイが転移してきた。何事かと思っていると、どうやらこの国で医療活動を始めていたゼンハイが念話を飛ばしたらしい。


「緊急信号を受信しましたので、取り急ぎ見に来ました。皆さん大丈夫ですか?」


「ああ、この界隈は大丈夫だ。いきなりデカい石が降ってきて、気が付いたら真っ暗になっていたんだ。おそらく俺たちは生き埋めにされているんだろう。チワン、済まないがしばらくこの店に居てくれないか。そして、もし怪我人がいるなら手当てしてやってくれないか……って、ローニもいるのか!?」


見れば、チワンたちの後ろの方でローニが控えていた。ただでさえ狭い店なのにもかかわらず、10人ものポーセハイが転移してきているので、店の玄関は立錐の余地もなくなっていた。彼女はほぼ、身動きの取れない状態になっていたが、俺と目が合うと、スッと目礼をしてくれた。


「皆さん、本当にありがとうございます。この店の部屋は自由に使ってください。あと、近くに大きな倉庫があります。そちらも使ってください。ドーキから頼まれたと言っていただければ問題なく使えるはずです。あと、ローニ……ありがとう」


彼はポーセハイの一人一人を見ながらテキパキと指示を出していく。そして、俺たちに向き直り、静かに口を開いた。


「では、僕たちは御所に参りましょうか。チワンさん、転移をお願いします。リノス様、申し訳ありませんが、MPを……」


「ああ、わかっている」


「ドーキ、ターマからも念話があって、彼女は既に皇后さまの許に向かったそうだ」


「わかりました。では、参りましょうか」


俺たちは一瞬のうちに御所に転移する。そこは、俺が帝様に初めて会った大広間のような場所であったが、そこには完全な闇に包まれており、しかも、人の気配は全く感じられなかった。


「帝様ぁーショゲツでございますー! 帝様ぁー!」


よく通る甲高い声が部屋に響き渡る。しかし、いくら待っても返答はなく、この部屋に来る者すらいなかった。

本日、『結界師への転生②』が発売になりました。第二章のヒーデータ帝国編が収録されています。新しいエピソードとして、リコレットの生い立ちから、リノスとの初夜の場面も追加されています。WEB版では未収録の戦闘シーンなど、かなり内容の濃い作品に仕上がりました。よければ、是非! よろしくお願いします!

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