第二百九十話 また、巻き込まれる
アガルタの都に初雪が降った。ここ最近は朝晩が冷え込んできていたので、しばらくすると雪になるかなと思っていた矢先のことだった。まだ11月に入ったばかりなのだが、今年の冬は訪れが早いようだ。
執務室で窓の外でチラチラと舞う雪を見ながら物思いにふけっていると、突然俺に念話が飛んできた。ミーダイ国に駐留しているターマからだ。何でも俺にミーダイ国に来てほしいらしく、その予定を確認してきたのだ。何でも、塩を届けた五ケ町の長が礼を言いたいらしい。そんなことはいいと辞退したのだが、相手はどうしてもと言って聞かず、逆にドーキの立場が危うくなるかもしれないと言われてしまった。仕方なく俺は、フェリスとルアラを呼び出してスケジュールを調整し、明日の夕方に行くと返答したのだった。
そして次の日の夕方、ゼンハイが俺を迎えに来てくれ、一緒にミーダイ国に転移した。そこにはドーキがいつものように申し訳なさそうな顔をして控えていて、俺が着くなりペコペコと何度もお辞儀をする。
「もうそのくらいでいいぞ、ドーキ。腰を痛めてしまうぞ?」
「本当に……本当に申し訳ありません」
「俺に礼を言いたいんだろう? いいじゃないか。怒られるわけじゃないんだから」
そう言って俺たちは笑みを交わし合う。
五ケ町の寄り合いは、店の近くの倉庫で行われるとのことで、ドーキが先頭に立って俺を案内する。案内といっても、目と鼻の先なのだが、彼は警戒心を剥き出しにしながら歩いている。俺にはマップに加えて気配探知と魔力探知があるので、周囲に誰がいるのかはほぼわかるのだが、ある意味、こうした用心深さは必要だ。ドーキの姿は、見習うべきものがある。
そんなことを考えていると、あっという間に倉庫についてしまった。中に入ると、すぐ地下に通じる階段を降りていく。すると、奥に明かりが見えた。そこに向かってズンズンと進んでいくと、50人くらいの男女が車座になっているのが見える。どうやらこの人たちが、町衆の代表たちのようだ。
「遅くなりました」
ドーキがスッと彼らに一礼をすると、全員が俺たちに注目する。薄明りに照らされた人々の風貌は多種多様だ。坊主の人もいるし、目鼻顔立ちの整った女性もいる。獣人もいる。それに……衣装がドレスを着ている人から、ほとんど裸に近い人まで、これまた多種多様だ。俺は思わず小さな声で呟く。
「なんでもござれ……だな。紋付羽織袴を着たヤツも、一人くらいはいるんじゃないか」
「え? 何です?」
「いや、何でもない……」
あまりの異様な雰囲気に、正直俺は呑まれてしまっていた。そんな様子を全く気にかけることなく、車座の中で、ひときわ大きい女が口を開いた。
「もしかして、アンタはんが塩を分けてくれはった人かぇ?」
「はい。商人の……リノス様です」
「ハッハッハ! ドーキはん、アテの前で嘘はあきまへんえ。皆まで言わずとも知っています。あの、アガルタの国王さんでっしゃろ?」
「……!」
絶句するドーキに、女はニヤリと笑みを見せる。
「ドーキはんは正直なお人やさかい、アテはあんたはんが好きどすわ。まま、ようお越しやす。アテは上町の長をしております、ショゲツと申します。この度はアテらに塩を恵んでもろうて、ほんまにありがとうどした。感謝していますえ」
「いえいえ、とんでもない。皆さんのお役に立てたのであれば、こんなにうれしいことはありません」
「いや、本当に感謝しおります。私は下町のトキワ。どれほど助かったかしれません」
「南町のカメガだ。私も感謝しているんだ」
「東町のリョクアです。私も、感謝いたしております」
「西町のカイシドでやんす。本当に助かったでやんす」
各町衆の代表が口々に感謝の言葉を述べてくる。どいつもかなりパンチの効いた風貌なのだが、これだけ立て続けに自己紹介されると、覚えきれない。しかもその手下? までもが挨拶を述べてくる。マジで頭の中がグチャグチャになりそうだ。
「まあ、皆さん、そのくらいで」
ショゲツの一声で、その場がしんと静まり返る。彼女は大きな体をゆすりながら、俺に向き直った。
「ほんまはな、リノスはんに礼を言うためにあつまったのやが、事情が変わりました。アテが家を出る前に、物騒な話を耳にしたんやが……。皆、聞いてくれはるやろか?」
何事かと全員が顔を見合わせながら、ショゲツに注目する。彼女は全員に視線を合わせながら、重々しく口を開く。
「隣のタナ王国がな、軍勢を集めているみたいなんや。どうもそれは、アテらを攻めるためのものらしいのや」
「ちょ、ちょっと待ってください! タナ王国から軍勢って……そんな話……」
「聞かんやろな。極秘に集めてるみたいやよってな、ドーキはん」
「なぜ……」
ドーキを始めとして、そこに居る全員が呆然としている。そんな中、ショゲツはさらに口を開く。
「クリミアーナの連中を放り出してから今の今まで、タナ王国はアテらをほったらかしにしてましたわな。せやけど、今になっていきなり攻めてくるのはアテにもよくわからんのどす。あるとすれば、帝様がお持ちの魂魄石やろうけど、もしそれが狙いなら、何も軍勢を集める必要なんかあらしまへん。腕利きの者数名を忍び込ませた方が、効率的ですよってな。にもかかわらず、タナは軍勢を集めて攻めようとしている……。なんやえらいことにならへんかと思うてますのや。ほんまはアガルタ王はんにお礼をするところやけど、事が急を要しますのや。せっかく来てもろて申し訳ないのやけど、アガルタ王はん、ドーキはん、アテの頼みを聞いてくれまへんやろうか?」
「ぼ……僕でよければ……」
ドーキが戸惑いながら口を開いている。俺としてもいきなりの展開で、何と答えていいのか迷ってしまう。今のところ俺のマップにも気配探知にも、魔力探知にも反応はない。一体この女は何を根拠にそんなことを言っているのか。しかし、嘘をついているようには見えない。そんなことを考えていると、ショゲツは俺たちに視線を合わせながら、重々しく口を開いた。
「詳しい話を聞かせてやりたいけれど、事は一刻を争うのや。ドーキはん、アンタ、転移が使えるな? すぐに帝様らを避難させておくれや。アガルタ王はん、すまんけど、帝様をアガルタで匿もうたってもらえしまへんか?」
「え……あ……」
ドーキはゆっくりと俺に視線を向けた。俺はそこまで急いで帝様を転移させる根拠を聞こうとしたそのとき、マップが突然開く。そこには、周囲が真っ赤に染まった様子が映し出されていた。と、同時に気配探知と魔力探知が反応する。夥しい魔力を感じる。俺は一瞬で、相当数の魔法使いがいることを把握していた。
「敵に囲まれたようだ」
「くっ……もうか?」
ショゲツが驚きとも、あきらめともつかない声を漏らしたその瞬間に、地面が揺れた。
「なんだ?」
全員が総立ちになる。その直後、皆は外に向かって走り出していた。
「うわっ! イテッ!」
外に出るや否や、頭の上に石が落ちてきた。思わず天を仰ぐと、そこには空がなく、真っ黒い粒が上空を埋め尽くしていた。
「危ない! うわぁぁぁっ!」
次々とデカい石が空から降ってきていた。全員が必死で倉庫の中に逃げようとしている。その中で、ドーキとショゲツが明らかに皆と違う方向に体を向けている。
「帝様ぁ!」
「帝ぉぉぉ!」
「バカ野郎、戻れ! 危ない!」
二人の頭上に3メートルは優に超す大きさの巨大な石が落ちてきているのが見えた。彼らはそれを必死で躱そうと体をひねっているが、到底逃げ切れるものではないのは、誰の目にも明らかだった。俺はほぼ無意識に、しかも全力で結界スキルを発動していた。
「ぬあぁぁぁぁっ!!」
俺の声と、ドーキたちの頭上に石が落ちるのが、ほぼ同時だった。そしてその直後、ミーダイ国には大小さまざまな、夥しい数の石が降り注いだ。
数分後、ミーダイ国は石に埋まり、その姿を消した。




