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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百八十九話 軍神誕生

あれから1週間が経った。俺は今、屋敷の庭で難しい表情を浮かべながら一人で佇んでいる。


「……ロウオ……リファ……ドルア……はっ!」


両手を思いっきり突き出す。すると、手の前の空間がゆがみ、景色が抉られていく。しばらくするとそのゆがみはゆっくりと収まり、再び元の風景に戻った。


「……距離を縮めることはできないんだな」


俺は自分の手を見つめながら、誰に言うともなく呟く。おひいさまの屋敷から帰ってきてから、暇さえあれば空間魔法を使って実験しているが、この魔法はなかなか使い勝手が悪い。詠唱をして、丁寧に魔法を構築しているのだが、それでもなかなか思い通りにはいかない。


今のところ効果的と思われる使い方は、いわゆる「アイテムボックス」としての使い方だ。空間の一部を自分のものとして、その中にアイテムを収納できるという機能だ。俺が持っている無限収納は、その効力を付与された袋と言える。どうやって空間魔法の効果をこの袋に付与したのかはまだわからないが、バーサーム家の初代様の時代には、空間魔法に熟達した者がいたのだろう。今のところ俺にはこの、無限収納があるために、敢えて空間魔法を使おうとは思わないが、やり方によっては、緊急避難用のスペースを作ることができるのでは、とも考える。生身の人間で実験したことはないが、あのサツキやシロンの作り出した空間では、問題なく俺は動けていた。近いうちに実験をしてみてもいいかもしれない。


「……羨ましいな」


俺の背後で声がする。マトカルだ。彼女は俺に視線を向けながら、大きなため息をついている。


「どうした、マト?」


「私は、魔法は使えない。自由自在に魔法が使えるリノス様が羨ましいと思うのだ」


「しかし、マトには剣術があるじゃないか。それに、ラファイエンスをも遥かに凌駕する指揮能力があるじゃないか」


「いや……そのどれもが、リノス様の足元にも及ばない。いや、自分でわかるのだ。自分の能力の限界というやつが」


「いいや、今のマトでも十分だよ」


彼女は寂しそうな笑顔を見せながら、遠くに視線を泳がせた。そして、ゆっくりと俺に視線を戻して、静かに口を開く。


「私にも……空間魔法を教えてもらえないだろうか?」


「う~ん、今ちょくちょく使っているんだが、かなり使い勝手が悪いんだ。アイテムボックスとしては使えそうなんだが、これもかなり魔力を使う。マトの魔力ではすぐに気を失ってしまうだろう。空間魔法を覚えるのは反対しないけど、まずは魔力総量を上げるところから始めた方がいいな」


「この年になっては……それは、難しいだろうな」


「マト……」


「……ああ、無駄話をしてしまった。すまない。リコ様が呼んでいるんだ」


「わかった。もう日暮れだな」


俺はそう呟きながら、マトカルの肩を抱いて屋敷に戻った。



「……あれ? どうしたんだ?」


ダイニングのテーブルにはリコがイデアを抱っこしながら座っていた。そして、その前にフェリスとルアラが無表情で立っていた。何だ、この異様な雰囲気は?


「……どうしましょう、リコ姉さま?」


「そうですわね……」


フェリスの問いかけに、一切表情を変えずにリコは口を開いている。そして、テーブルの上に置いてあった木のスプーンを、ゆっくりと手にした。


「あななたちに……任せますわ」


その瞬間、リコは両手でそのスプーンをバキッと折った。それを見たフェリスとルアラはスッと一礼をして、そのまま外に出ていってしまった。


「ど……どうしたんだ、リコ?」


「ええ、ゴンの帰りが遅いので、心配していましたのですけれど……。取り越し苦労のようでしたわ」


「うわちゃー」


俺は思わず天を仰いだ。サンディーユに1週間、ゴンが帰らなければ迎えに行けと言われていたことをすっかり忘れていた。そして、それを覚えていたリコは、ゴンを迎えにフェリスらを遣ったそうなのだが、どうやら立花屋で、かなりロックなおもてなしを受けているようなのだ。いくらなんでもそれは看過できぬと、たった今、二人を再び使いにやったのだそうだ。


……ゴンはそれからさらに1週間、屋敷に帰ってこなかった。



同じ頃、クリミアーナ教国の首都アフロディーテでは、今まさに晩餐会が開かれようとしていた。豪華な料理がテーブルを彩る中、壇上にいる教皇、ジュヴァンセル・セインが、その巨体を大儀そうに揺らしながらゆっくりと立ち上がる。


「みなさん、もうご存知の方も多いと思いますが、本日はタナ王国の国王であるタナ・カーシ・ヴィル殿がお見えになっていますので、ささやかではありますが、歓迎の宴を催した次第です。皆さん、お忙しい中、よくぞお集まりいただきました。感謝申します」


教皇の言葉が言い終わるや否や、会場に集まった人々が一糸乱れぬ動きで一礼をする。それを満足そうに眺めていた教皇は、テーブルに置かれたワイングラスを手に取り、それを高く掲げた。それに倣い、会場内の全員が素早くグラスを手にして教皇の言葉を待つ。


「タナ王国にクリミアーナ様のご加護があらんことを。そして、我がクリミアーナ教にさらなる繁栄を願って……乾杯!」


「「「「「乾杯」」」」」


チィィィィィンとグラスがぶつかる音がする。驚いたことに、その音すらも一糸乱れぬ響きを見せたのだ。まるで数日前から何度もリハーサルを重ねたかの如くスムーズで、洗練された動きで人々はグラスを合わせ、席についていたのだった。


「教皇聖下、朗報がございます!」


壇上の隅で声を上げた男がいた。居並ぶ幹部たちの中でひときわ小柄で、しかも、少年のような声であるにもかかわらず、その男の顔は老人のように皺だらけであった。よく見ればそれは皺ではなく、無数の傷跡であり、ここに集まった信者たちはその事実を知っていたが、この男を話題にする者は皆無だった。


「どうしました、カッセル?」


教皇の鷹揚な声が響き渡る。彼は一礼をした後、会場内の人々に向けてよく通る声で口を開いた。


「本日お越しになられた、タナ王国国王様より、教皇聖下に貢物がございます」


その声が合図であったかのように、タナ王国の国王が立ち上がり、口を開く。


「我らタナ王国は、クリミアーナ教国のますますの発展にお力添えを致したく、こちらを教皇聖下に献上いたします。……まずは、こちらをご覧ください」


国王はスッと自分の背後に視線を移した。すると、どこからともなく一人の男が現れた。


「タナ王国におきまして、国王陛下にお仕えいたします、オクタ・ニタ・マーシです。我が国王陛下が献上いたしますのは、こちらでございます」


彼は一礼をすると、足元から大きな宝箱を取り出して国王のテーブルの上に置いた。それを国王自ら開け、教皇に差し出した。


「これ……は?」


怪訝そうな表情を浮かべながら、教皇は箱の中身を見つめている。


「プリルの石と魔吸石でございます。教皇聖下」


言葉を発したのは、カッセルだ。その声に驚いたような表情を浮かべた教皇は、慌てたようにカッセルに視線を向けた。


「タナ王国の国王様は、4つの魔吸石と、1つのプリルの石をお持ちくださいました。これだけの大きさのプリルの石は、前代未聞かと思われます。これら全てを、我がクリミアーナ教国に献上されるとのことでございます」


「ほう、何と……信心深い……」


「クリミア―ナ教国の発展に、少しでも寄与できれば、我らこの上の喜びはございません」


ニヤリと微笑みを湛えながら、国王は恭しく一礼をする。


「おお……よくぞこのような貴重な物をお持ちくださいました。タナ国王の信仰の厚さ、このジュヴァンセル・セイン、深く深く心に刻みました。今後はなお一層、貴国にはお力添えを致しましょう」


「ははっ、ありがたき幸せでございます」


「今宵はめでたい。皆さん、大いに楽しみましょう。楽しみましょう」


いつになくご機嫌の教皇の姿が、そこにあった。



「……よくぞお持ちいただきました。感謝します」


「いいえ。カッセル様の御ためには、我々は協力を惜しみません」


宴が終わってすぐに別室に移動した男たちがいた。言うまでもなく、カッセルとタナ国王、そして、オクタの三人だ。彼らはテーブルをはさんで腰かけ、互いに視線を合わせつつ、顔に薄ら笑いを浮かべながら話し合っていた。


「これで、我がクリミアーナ軍は無敵となる」


「それは、よろしゅうございました」


「いや、国王陛下、よくぞやってくれました。感謝いたします」


「何の何の。このくらいはたやすきこと。全てはこのオクタがやり遂げたこと。彼を褒めてやってください」


「オクタ殿、感謝します」


「何と勿体ない」


カッセルは、テーブルに置かれた石たちを満足そうな顔で眺めながら、まるで独り言を言うように呟く。


「この石が実戦に投入できるのは、早くて3年の月日がかかるだろう。それまでの間は……そうだな。実戦の訓練でもしていただきましょうか。指示はまた後で致します」


「それでしたら、一つお願いがございます」


「何なりと」


「隣国のミーダイ国ですが、その処遇は我らにお任せいただいてもよろしいでしょうか」


「ええ結構です。元々、天道に沿わない国ですしね。攻めて領国を併呑するもよし、根絶やしにするもよし。好きになさってください」


タナ国王とオクタは顔を見合わせてニヤリと笑った後、ゆっくりと頭を下げた。


「では、我らはこれにて」


「ああ、お待ちください陛下」


部屋を後にしようとしていたタナ国王らは、ゆっくりとカッセルに向き直る。


「本日より、あなたには軍神の称号を授けましょう。そして、その軍神を支え続けている皇后さまにも、聖女の称号を与えましょう。近いうちに、教皇聖下からお触れを出していただけるよう取り計らいます。今後も、我がクリミアーナ教国の最強軍としての活躍を、期待しています」


「おお、我が悲願であった軍神の称号を賜るとは……。このタナ・カーシ・ヴィルを始め、我が国は子々孫々までカッセル様に忠誠を誓います」


国王は恭しく頭を下げながら、部屋を後にしていった。一人残されたカッセルは、ニヤリと笑みを浮かべながら、ゆっくりと窓の外を見た。その視線の遥か先には、リノスが住む、アガルタ国があった……。

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