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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百八十八話 エルフとおひいさま

約700年前、エルフは世界の各地に点在していた。その大半が小さな集落を構えて日々の生活を送っていたのだった。元々、あまり他種族との交流を好まず、どちらかと言えば排他的なエルフだったが、それでも、必要最低限の外部との交流は保っていたのだった。


その当時、最もエルフとの交流があったのが、おひいさま率いる狐族だった。


彼らは人族との深い交流を持ちつつ、そこから得る「お供え」の一部をエルフに分け与えていた。そして、その見返りとして、エルフは彼らに「ロスサの水」と呼ばれる液体を分け与えていた。


この「ロスサの水」とは、エルフが清水から生み出す特殊な液体で、それを振りまけば周囲の病原菌を死滅させる効果を持つものだった。加えてその液体は、邪気を払う効果もあるとされ、狐族はそれぞれの活動する地域でその液体を使い、人々の生活を守ってきた。こうした、持ちつ持たれつの関係が、長い間続いていたのだ。


しかし、妖狐・ヘイズが現れてから、この関係は突然の終わりを迎える。ヘイズがエルフ王の一人娘であるジャニスを攫い、あろうことか、いくつかのエルフの村を壊滅させたのだ。


さすがにこれには狐神であるおひいさま自らが捜索に当たり、ヘイズの行方をつきとめた。そして彼を倒し、ジャニスの奪還に成功したのだった。



「……で、なぜ、倒したはずのヘイズが、今になって出てくるのですか?」


俺の問いかけにサンディーユは、困ったような表情を浮かべながら口を開く。


「倒した……息の根を止めたはずのヘイズが、生きておったのじゃな」


「どういうことです?」


「おひいさまが、とどめを刺さなんだのじゃ」


「えー?」


「おひいさまは基本的に、命を奪うことは好まれぬ。基本的に我ら狐族が罪を犯した場合、全ての能力を奪われて野に放つのが仕来りなのじゃ。ヘイズも、おひいさまによって半死半生にされ、全ての能力を奪われてそのまま放置されたのじゃ。儂もそのときはその場におったが、あの傷ではそう長くはもたぬ。てっきり森の魔物の餌になるじゃろうと思っておったのじゃが……ヘイズの奴め、どこをどうしたものか、生き残りおったのだな。その後、奴は再びエルフの里を襲ったのじゃ」


「……何という。で、そのときは何をしたのですか?」


「まず、姫を攫われ、仲間を殺されたエルフ王は、一族の安全を最優先に考えた結果、山深い場所で生きていくことを決めた」


「世界で一番高いと言われる、フィルコン山脈……でしたっけ?」


「そうじゃ。そこに世界に散らばっていたエルフたちを集め、皆で暮らし始めたのじゃ」


「確か、一夜にして……と言っていましたよね? 本当に一夜にしてエルフの里が無くなったのですか?」


「それじゃよ。エルフ王には秘蔵している宝物があった。その一つがラトギスの杖じゃ。この杖は転移魔法陣を描くことが出来る。王はそれを用いて世界各国に点在するエルフをフィルコン山脈に移動させたのじゃろうな」


「なるほど。で、その杖が今はヘイズの手にあるというのは?」


「今から500年前に、フィルコン山脈のエルフ王の館から盗まれたのじゃ。しかも、ジャニス姫も……な」


「え、またですか?」


「フィルコン山脈は人跡未踏の場所にある。まず、人族では行きつくことさえ叶わぬ。そこにたどり着き、あまつさえエルフ王の館から宝物を盗み出せる程のスキルを持つ者と言えば……自ずと目星は付く。しかも、ジャニス姫に執心するとなれば……ヘイズ以外に考えられぬ」


「いや、別の可能性と言うのは……」


「ない。ヘイズは元々大の女好きであった。まあ、狐族の男は基本的に女好きであると相場が決まっておるのだが……。それ、その方の許に居るゴンを見ても分かろう。……何じゃその目は? 儂? 儂は品行方正が服を着て歩いていると言われるほどの堅物じゃ。……そりゃ、若い頃は遊んだこともなかったわけではない。したが、それも昔の話。今はおひいさまの側近くに仕える者としての立場があるでな。いや、全然、全然じゃ。立花屋のカード? あっ、あれは、その、ほれ、何じゃ。その……あれじゃよ。まあ、下らんもので……それがどうということでもないのじゃが……まあ、たまたま、そう、たまたま、儂の所にあったのじゃよ。決して贔屓にしているわけではないのじゃぞ? 八ッ橋などという娼婦などは、儂は一切知らぬ」


サンディーユは額の汗をぬぐいながら、必死の形相でしゃべっている。まあ、同じ男として、彼の言っていることはわからなくはない。ここは温かい目で見守ることにする。


「オホン、何の話じゃ。そう、ヘイズ。ヘイズの話じゃ。奴は女好きじゃが、そこには強いこだわりがあってな。気品のある女性を極端に好むのじゃ。そうした女性をあるときは力づくでねじ伏せ、あるときは優しい言葉で懐柔するなどして、最終的に自分に惚れさせ、女性を意のままに操ることを好むのじゃ」


「……なかなか、ですね」


「百歩譲ってそこまではよい。女性たちを大事にしてくれるのであればな。しかし、ヘイズの場合、手に入れた女性に飽きてしまうと、奴は無慈悲に女たちを捨てる。そのために多くの女性が命を奪われたのじゃ。奴が妖狐に転生したのは、そのあたりが原因なのじゃ」


「まさしく、女の敵ですね」


「左様。おそらくヘイズが攫ったジャニス姫も、何らかの形で利用されているじゃろうな。利用価値があるために、殺されてはおらんだろうが、果たして今、どのようになっているのやら……」


サンディーユは腕を組みながら、遠くを見つめている。


「しかし、二度までも姫を攫われていながら、エルフ王は何もしなかったんですか?」


「当然、エルフは一族を上げてヘイズの行方を追ったが、その足取りはようとして知れなんだのじゃ。業を煮やした王は、おひいさまにもヘイズの探索を求められてな。奴の首を上げるまで、エルフは狐族との交流を断つと言われたのだ。我らも全力で奴の行方を追っているのだがな。全く尻尾が掴めん。それ以来、エルフと我らの交流は途絶えたままなのじゃ」


「なるほど……で、今回、その足取りが掴めたということですね。それにしても、おひいさまの怒りがとんでもなかったですね。あそこまで怒るものなのですか?」


「考えてもみよ。一度ならずも二度までもご自身の顔に泥を塗られたのじゃ。あの気位の高いおひいさまが耐えられるわけがなかろうて。それに、一度は倒した相手にしてやられているのじゃ。ご自身のスキルに絶対の自信をもっておいでのおひいさまじゃ。その悔しさは人一倍であろうよ」


俺はははぁと納得しつつ、さらにサンディーユからヘイズの特徴について教えてもらった。その話をまとめると、概ねこんな感じだ。



・魔力総量は300くらいで中の上程度。ただし、魔力の回復は早い

・幻術、幻惑のスキルがLV4あり、他に回復魔法LV3、教養LV4、人化LV4を持っていた

・狡猾さは天下一品

・毒物のことについて異常に詳しい

・記憶力が抜群。一度見た人の顔は絶対に忘れない

・できるだけ自分から手を下さないようにする傾向が強い

・身体的な特徴は、素顔は赤黒い色をしている。その上、不気味な筋隈が浮き出ている。さらには、背中に抉れたような傷跡がある。おひいさまから逃げようとしたときにつけられた傷らしい

・基本的に臆病な性格。危ない橋は渡らない



俺は彼の話を聞きながらメモを取る。これだけの情報で彼の全てを判断することはできないし、500年前のステータスなので、レベルは上がっているとみていいだろう。この妖狐はおそらく、石橋を叩いて渡るような、緻密な計算をして行動する相手のように感じる。こうした男には、いかに相手のテリトリーで戦わず、自分のテリトリーに引き込むかがポイントになってくるのだが……。


そんなことを考えつつ、俺はサンディーユにお礼を言い、彼のために用意したお土産を手渡して、部屋を後にした。


ドーキのこと、帝様のこと、オージンとサツキのこと、おひいさまのこと、そして、ヘイズのこと……それらのことを考えていると、何だか、ものすごいことが起こりそうな予感がしてならなかった。


その夜、俺は、なかなか眠りにつくことができなかった。

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