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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 フラディメ国、後日談
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第二百六十六話 鬼の目にも涙

フラディメ国には、二つのタブーがある。


「フラディメで 触れてはならぬ二つごと 王のあばたに 王弟の死」


このことは、アリスン城に仕える人間が最初に教えられる事柄であり、ここ数十年間、家来たちの間で秘密裏に伝えられてきた。ここでの王とは、言うまでもなくリボーン大上王のことであり、家来たちは彼を恐れるあまり、今ではこの話題が大上王の前で出ることはない。



そんなアリスン城の大広間は、首都、オービッゼに居る全ての貴族と、城に仕える家来、女官のほぼ全員が集められ、立錐の余地もなく人で埋め尽くされていた。にもかかわらず、この部屋はまるで人がいないかのような静寂に包まれている。誰もが息を殺して、微動だにせずに立ち尽くしているのだ。


部屋の奥に設えられた、一段高くなった場所には3つの玉座が置かれており、その真ん中には国王であるメインティア王が、いつもと変わらぬノホホンとした表情で座っている。彼は、緊張感で張り詰めた人々の顔を満足そうに眺めている一方で、下座には彼の正妃が座っているが、彼女は顔面を蒼白にしながら、扇を口元に当てながら俯いている。よく見ると、彼女の肩は小刻みに上下している。


「どうです、よく描けているでしょう?」


メインティア王はチラリと上手の玉座に目をやりながら、言葉を放つ。しかし、そこには誰もいない。


言うまでもなく、その席にはリボーン大上王が座っているはずであった。だが彼は、居並ぶ家来たちに背を向けたまま、メインティア王の玉座の後ろで立ち尽くしている。彼の視線の先には、巨大な絵が飾られており、それは言うまでもなく、王がアガルタで不休不眠の末に書き上げた、キャバレット一家の絵であった。そして、その前には、キャバレットが封じ込められている短剣も祀られていた。



帰国したメインティア王は、大上王へのあいさつもそこそこに、オービッゼの全ての貴族とアリスン城内の家来たちをすぐさま大広間に集めるように命令を出した。大上王は訝ったが、いつもとは違う雰囲気を纏い、柔和だが迫力のある物言いをする息子に押し切られる形で、わざわざ隠居館からこの部屋までやってきた。そして、全員が揃ったのを確認した王は、おもむろに口を開いた。


「皆の者、1年もの間、よくこの国と城を守ってくれた。礼を言う。お蔭で私はアガルタで、多くの知己を得、多くのことを学ぶことができた。そのことについては追い追い話をするとして、まずは、ここに集まった皆に見せたいものがある。……パターソン」


メインティア王は、傍らに控えていたパターソンに目配せをする。彼は、一礼をし、おずおずと傍の扉から外に出て行った。そして、ほどなくして、玉座の背後を飾るカーテンが静かに開かれていく。


……そこには巨大な絵が立てかけられていた。しかも、そこには、大上王の亡き弟であるキャバレットと、その妻子が見事に描かれていたのだった。


人々は絵のあまりの素晴らしさに息をのんだが、その一方で、描かれているのがキャバレット一家であるとわかると、しばらくは、吸い込んだ息を吐き出すことができない程に凍りついた。そんな雰囲気を楽しむように微笑みを浮かべながら王は、玉座にかけたままゆっくりと振り返る。そして、それにつられる形で、彼の正妃と大上王が振り返った。


しばらくの沈黙の後、正妃は見てはいけない物を見てしまったかのように、素早く正面に向き直り、口に扇子を当てたまま俯いてしまった。その光景を、王は優しい笑みのまま見守っている。そのとき、大上王がゆっくりと立ち上がり、絵に向かって近づいていく。


「……どういうつもりだ?」


威厳のある声が部屋中に響き渡る。よく見ると、大上王の拳は固く握りしめられており、かすかに震えている。集まった人々はこれからどのような恐ろしいことが起こるのか、固唾を呑んで見守っている。


「そういうことですよ、父上」


ノホホンとした声が響き渡る。大上王はピクリとも動かずに絵を睨み続けている。家来たちからは彼の背中しか見えないが、その顔はこの世のものとは思えぬほどの恐ろしい形相になっていることは、容易に想像がついた。


「キャバレットの叔父上のことについては、アガルタから手紙を差し上げた通りです。私は、叔父上たちを忘却の彼方に追いやるべきではないと考えています。そのために、我々は……」


「勝手にせよ」


王の話を最後まで聞くことなく、大上王は吐き捨てるようにして、そして、ぶ然とした表情を浮かべたまま、大股で部屋を後にしていった。その様子を、王はいつものように柔和な笑顔で見送った。


「……父上もあのように言っておいでだ。さて、皆の者。我は本日をもって、叔父、キャバレット、並びにその妻である叔母のミーティア、その子息であるグレゴーンの名誉を回復させようと思う。従って、キャバレットの叔父上は公爵の位に復させ、息子のグレゴーンにも公爵の位を授ける。そして、彼らを祀る墓を建てようと思う」


集まっている大半の者は、キャバレットのことを知っていた。この王の言葉に皆は、眼を見開いて驚く。そんな様子を見ながら王は、さらに言葉を続ける。


「叔父上は、華やかなことを好まれた。王族のような地味な墓は好まれないだろう。そうだな……美術館。そうだ、叔父上の寄徳が偲ばれるような物を展示するのだ。そして、誰もがそこを訪れるようにしよう。当然、入場料など、金を取ることは禁じる。そこに、この絵と短剣を飾ろうではないか」


王は満足そうな表情を浮かべながら、再び振り返ってキャバレット一家の絵を眺める。


「あともう一つ……ネシウム伯爵親子」


振り返った王が名を呼んだ。すると、居並ぶ人の中から小柄な壮年の男と、まだあどけなさが残る少年が現れた。


「はっ……ここに」


「今日をもって、フラディメ国の国技として蹴鞠を定める。伯爵は幼い頃から叔父上に蹴鞠を習っておったな? これから、伯爵が中心となって、叔父上の、引いては我が国の伝統である蹴鞠を広めてもらいたい」


「はっ……ははっ! 身命を賭しまして……」


親子は震えながら頭を下げる。その様子に満足げな表情を浮かべながら、王は新しく作るキャバレットの墓について、矢継ぎ早に命令を下していくのだった。



……その夜、誰もいない、いるはずのない大広間に、一人の男が立っていた。天窓から差し込む満月の光が部屋の中を薄暗く照らしている。男は、何やらブツブツと呪文を唱えたかと思うと、小さな光の塊を掌の上に発生させ、それを空中に浮かべた。


「……懐かしいな。そなたは、魔法については全く不得意であった。幼い頃は、こうやってよく、部屋を明るくしてやったな」


ぼそぼそと独り言のように呟いているのは、何と、リボーン大上王だった。彼は懐かしそうに絵を見ながら、小さな声で、さらに呟く。


「……もう二度と会えぬと思っていたが、こんな形で会えるとはな」


そう言いながら彼は、絵の前に祀られている短剣を手に取った。封印のためか、剣を抜くことは出来なかったが、彼はそれでも、その短剣を愛おしそうに撫でる。


「……キャバレット。あのとき、なぜ、儂に詫びなかったのじゃ。兄上、すまぬ。そう言ってくれれば、そなたの命は救えたのだ。それを……意地を張りよってからに。言うことを聞かぬ他の貴族たちを厳しく罰しているのに、そなただけを許すことは出来るわけがなかろう。儂は……儂は……そなたを失いたくはなかった。だからこそ、儂に詫びよと書状を遣わしたのだ。だというに……だというに……そなたは……。いや、すまぬことをした。そなたにも、ミーティア殿も、グレゴーンにも。されど、仕方がなかった。仕方がなかったのじゃ……」


大上王はゆっくりと息を吐く。そして、やさしく絵に触れながら、口を開く。


「……キャバレット。儂は、どうすればよかった? そして、これからどうすればよい? 家来たちは、誰も儂に意見をする者がない。そなたのように、儂を諫める者がおらんのだ。儂がやってきたことは正しかったのだろうか? キャバレット、教えてくれ。どうすれば、家来たちは儂に心を開いてくれる? どうすれば、息子は儂と語り合ってくれるだろうか? 儂は……わからんのだ。キャバレット、教えてくれ。頼む……頼む……」


誰も居ない大広間で、大上王はしばらくの間、大粒の涙を流し続けた。


メインティア王に、キャバレットの美術館について、自分の隠居館を提供したいという申し出が大上王からあったのは、その翌日のことだった……。

『結界師への転生 第二巻』発売決定しました!

発売は、2018年1月頃の予定です。これも偏に、読者の皆様のお蔭です。感謝申し上げます。

第二巻はいよいよ、リコ様、メイちゃんが登場します。例によってエピソードも加筆する予定です。

詳しくは、活動報告をご覧ください!

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