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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百六十五話 それぞれの夢

「それではな。……息災で、暮らせよ」


沈痛な面持ちで話をしている男の眼には、涙が光っていた。彼は思いを断ち切るかのように踵を返して、ゆっくりと馬を走らせた。そして、振り返ることなく、アガルタの草原をゆっくりと進んでいく……。


と、いきなり彼はクルリと馬を返し、全力で戻ってきた。そして馬から飛び降りて、元居た場所に戻っていく。


「やっぱり別れるのは無理だぁ~~~無理だぁ~~~~おおおおお~~~~」


「……一体あと何回これが続くんだ? もう8回目だぞ?」


号泣しているのは、メインティア王であり、その視線の先には、赤ん坊を抱いたノレーンの姿があった。そして、その周囲には何とも言えない表情で立ち尽くすリノスと、メインティア王の従者であるパターソンたちの姿があった。その様子をマトカルは呆れた顔で眺めている。



メインティア王の側室であるノレーンは、予定よりも2週間も早く産気づき、一時、メインティア王の周囲は騒然となった。だが、彼女の主治医であるサイリュースの見事な対処で事なきを得た。……産まれたのは、男の子だった。王はこの子に、オンサールと名付けた。


子供はサイリュースの配慮で精霊たちの力を借りながら、しばらくの間過ごすことになった。いわゆる保育器に入っているようなもので、それも数日のうちに出ることができ、彼は母親の許に帰ってきたのだった。


このオンサールだが、どこをどうしたものか、メインティア王の可愛がり様は半端ではなかった。彼はノレーンと共に子供のおむつを替え、一緒に風呂に入れるなどの子煩悩パパに豹変してしまっていた。70人以上の子供がいるのに、一体どうしたことかとパターソンたちは目を白黒させていた。


しかし、彼のアガルタでの逗留期間は残されていなかった。既に帰国の日程は決まっており、その準備も滞りなく終わろうとしていたのだ。結局、子供と過ごせたのは2か月ほどであり、彼は泣く泣く帰国の途に就くことになったのだった。


「……帰国の日程を延ばせなかったのか? 居ても居なくてもよい王なのだろう?」


マトカルが呟く。俺は力なく首を振りながら口を開く。


「いや、本人が言い出したことなんだ。俺は引き留めたんだぞ? でも、キャバレットの件もあるから、予定通り帰らなければならないと頑として言い張ったんだ。大上王も、進歩がなければアガルタに逗留しても良いと書いて寄こしてきていたんだけど、それを蹴って王は帰ると言い切ったんだ。自分の国をよりよいものに導く夢が出来たから、早く帰国して取り掛かりたいとまで言っていたんだぞ? まさか今日、当日にこんな仕上がりになるとは、思いも寄らなかったよ」


「さっきから行ったり来たりを繰り返しているが……どちらかに決めてもらいたいのだがな。とはいえ、荷物もまとめていることだしな……仕方がないな」


マトカルはため息をつきながら、メインティア王の許に向かう。


「メインティア王様、お妃さまと王子様の絵を描かれてはいかがか。そうすれば、お二人といつも一緒に居られることになりはしないだろうか?」


その声を聞いてメインティア王は、ガバッと顔を上げる。


「その手があったか! さすがはアガルタ王のお妃さまだ。是非、そうさせてもらおう! パターソン、今日の出立は延期だ! 今から絵を描く! 絵筆を出せ!」


パターソンたち従者が、膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。結局、メインティア王はもう一日アガルタに滞在し、絵を描き上げて次の日の朝、号泣しながら帰国の途に就いた。



そして、その三日後。シディーの陣痛が始まった。夕方、メイと共に庭を散歩している時にお腹が痛くなり、彼女の判断ですぐさま産室に連れて行かれた。そして、ローニを呼び、いよいよ出産に取り掛かったのだった。


体が小さいために、出産まで時間がかかるだろうと思っていたが、俺の心配をよそに、シディーは日付が変わる頃になって、無事に赤ん坊を産み終えた。


……産まれたのは、何と、女の子だった。


ローニからその報告を聞いて仰天している最中に、何と、サダキチが俺の目の前に現れた。


「どうした、サダキチ」


「敵襲です」


「敵襲?」


「夥しいシカが、それも小鹿がこの屋敷の周囲を取り囲んでいます」


「シカ? 小鹿がいっぱい? ……もしかしてこの魔力は? ……サダキチ、それ、放っておいても構わないや」


「え?」


「……うん。大丈夫だ。ご苦労だった」


俺はサダキチに黄金鳥の肉を与えて帰らせる。そして、それから約1時間後、数千匹にも上るシカの大軍が屋敷の庭に現れた。ジェネハらハーピーたちが驚きのあまり臨戦態勢に入ってしまい、屋敷の前は一時騒然となったが、俺が外に出るとすぐに、シカたちが発光しながら1か所に集まり始めた。俺はジェネハたちに心配の必要はないと告げて、彼女らを下がらせる。


「……一体、何をやっているんですか? 鹿神様?」


にこやかな笑みを浮かべて俺の許に近づいてくる鹿神様。確か、この人には帝都の屋敷の場所は教えていなかったはずだ。何故、ここが分かったのだろうか。


「いや、コンシディーの気配を頼りに来たのだ。結界のせいか? コンシディーの気配を見つけるのに苦労したぞ。だが、新しい気配を感じたので、きっと生まれたのだと思って、居ても立っても居られずに来させてもらったのだ。そなたの結界は一歩間違えば命の危険があるのでな。力の強い者であればあるほど効果を発揮する結界を張っているのか? 我の姿では結界が突破できなかった。よって我は力を分散したのだが、結界を通る時には肝を冷やした。実に厄介だ」


ハッハッハッと豪快に笑う鹿神様。聞けば、出産の予定日の1週間も前から屋敷の結界の外に待機して、シディーの動向を探っていたのだというのだ。ストーカーの中でも上級者クラスに入る行動力だ。しかし、彼の言い分もきちんとあった。ドワーフ王家の女子については、男子に比べて抵抗力が低いために、生まれてすぐに鹿神様からの加護を受けねばならないそうで、それもあって鹿神様はストーカー行為に及んだのだと言うのだ。


「でも鹿神様は、シディーの子供は王子だと言っていましたよね? 女子だという可能性も考えておられたのですか?」


「……いや、皆無だ」


笑顔でぬけぬけと言ってのける鹿神様。つまるところ彼は、最愛の孫であるシディーの子供を早く抱きたいという思いだけで、ストーカー行為に及んでいたのだ。加護についても、ひと月以内であれば全く問題ないのだという。何とも呆れた話だ。


「そんなにかわいいのであれば、もっとシディーの所に来てやってくれればよかったんですよ」


そんなことを言う俺に、彼は苦笑いをして答えを返す。


「いや、そうもいかんのだ。我はニザ公国を守護せねばならんからな」


「え? でも、今このヒーデータ帝国に来ていては、ニザ公国は……?」


「そこは……アハハ、大丈夫だ」


俺は怪訝な表情をしながら、鹿神様をダイニングに案内する。当然、家族はびっくりしている。俺は鹿神様を皆に紹介して、シディーの産室に向かう。そこには、ローニとメイ、そして、フェリスとペーリスがシディーのベッドに集まっていた。


シディーはとても幸せそうな顔をして、赤ん坊を抱いていた。


「リノス様、どうぞ」


ローニの案内で、シディーのベッドの隣に腰を下ろす。


「リノス様……まさかの、女の子でした」


ちょっと驚いたような顔をするシディー。俺はそんな彼女に笑顔で口を開く。


「いいや。元気に産んでくれて、シディーも無事ならそれでいいんだ。……おお、シディーによく似ているな。この子は……賢そうな顔をしているな」


そんな俺の言葉に、彼女はとてもうれしそうな顔をしている。ドワーフ王族の中で、初産で女性が産まれるという初めての事態なのだが、彼女はそこら辺は問題ないらしい。これは後で聞いたのだが、生れたのが女の子とわかった段階で、メイとローニはかなり焦ったらしい。そして、恐る恐るシディーに女の子であることを伝えたところ、彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔和な顔になり、こう呟いたのだそうだ。


「大丈夫。この子は絶対に大丈夫」


何の根拠もないのだが、シディーには絶対の自信があったのだそうだ。その話を聞いて以降、俺はこの問題を考えるのは止めることにした。きっと、シディーの直感は正しいと俺も思うからだ。


「それにしても、あれだけ抜群の頭脳をしていたのに、男か女かはわからなかったんですね、シディー姉さま」


フェリスが赤ん坊を覗き込みながらそんなことを言ってくる。


「自分のことになると、全く分からないのよ。困ったものだわ」


「まあいいじゃないか。シディーのおかげで俺たちは助かっているんだし」


そんなことを言い合いながら、俺たちは笑いあった。その後、鹿神様が来ていることを告げ、驚きのあまり狼狽える彼女を何とか宥めて鹿神様を呼び、加護を授けてもらった。


「おお! 我が妻のサマーシェによく似ている。この子は将来美人になるだろう」


デレデレの鹿神様であった。結局、この子の名前は、俺とシディー、そして鹿神様との相談で、「ピアトリス」とすることに決まった。ピアというのは、ドワーフの言葉で、最高に美しいという意味らしく、そして、トリスというのは、初代ドワーフ王のお妃の名前だ。それを組み合わせて、美しい佇まいでありつつ、自分の人生を切り開いていく女性になるように願いを込めた。


「ピアトリス……可愛い名前……」


そう言ってシディーは再び我が子を抱きしめた。


彼女は、直感的に感じていた。この子が自分にはない才能を持って生まれてきたことを。そして、その才能が、きっと多くの人を幸せに導くだろうということを。


キュッと目を閉じながら、うごうごと自分の腕の中で動いている我が子を見ながら、シディーはこれまでに感じたことのない達成感と幸せで満たされていた。そして、この子の成長を見守りながら、その才能を見つけて、伸ばしていこうと決意した。彼女自身にとっても、新しい夢を見つけた瞬間でもあったのだ。


さて、このピアトリスが生まれてから5日後、鹿神様と入れ替わるようにして、ある男がリノスの屋敷を訪れた。このことが、リノスを始めアガルタにとって最大の危機をもたらすことになるのだが……。それはまた、別のお話。

第九章終了です。これから間話3本を挟んで、新章に入る予定です。

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