第二百五十七話 そういうことか!
「……それではメインティア王、この件は、あなたにお任せします。よろしくおねがいします」
「ありがとう。任せておくれ」
彼はいつものようにノホホンとした笑みを湛えて俺たちを見ていた。彼はキャバレットが封印されている短剣を手に取り、ゆっくりと鞘に納めた後、それを大事そうに自分の懐に入れた。それを確認した俺たちは部屋を後にし、ゆっくりと迎賓館の廊下を歩きながら転移結界のある執務室に向かった。
正直なことを言えば、あのキャバレットの念霊は、何としても倒すつもりだった。一歩間違えば、リコとお腹の子供は死ぬところだったのだ。だが、このメインティア王の雰囲気は、何故か俺の心を落ち着けた。もしかして、人の怒りや憎しみを鎮める力でもあるのだろうかと思いながら歩いていると、シディーが指で、自分のこめかみを押さえていることに気が付いた。
「大丈夫か? 休んでいるところにすまなかったな、シディー」
「いいえ。大丈夫です。それよりも、あの念霊が慰撫できそうで、本当に良かったです。それにしても、まさか空気の精霊を取り込んでいたとは、想像もつきませんでした。近いうちに時間を見つけて、メイちゃんとソレイユとで研究してみたいと思います」
「あんまり難しいことを考えるなよ。また頭が痛くなるぞ」
「はい、気を付けます。あと……鹿神様の所ですが……」
「ああ、明日にでも行ってみようか? 俺もついて行くよ」
「はい。ありがとうございます」
そんな話をしているうちに、俺たちは執務室に着いた。
「じゃあ、帰るか」
「はい」
シディーが俺にピタリと抱きついてくる。別にそんなことをしなくても転移は出来るのだが、シディーは二人きりになると、よくこうやって俺に抱きついてくるのだ。
「あっ、帰ってこられました」
屋敷に帰ると、ダイニングのテーブルに家族全員が座っていた。いつもはキッチンにいることの多いペーリスまでが椅子に座っている。その彼女が俺とシディーの帰宅に気が付いて声を上げ、その直後に、全員の視線が俺たちに注がれた。
「……一体どうしたんだ? ……って、ローニもいるのか?」
リコとメイに挟まれる形でローニが座っていた。彼女はスッと立ち上がり、ぴょこんと頭を下げる。
「一つ、お伝えしたいことがありまして、お帰りをお待ちしておりました。まずは、お座りください」
「報告? おおっ! まさかローニ、結婚が決まったのか?」
「……いえ。私は結婚する予定はありませんし、その相手もおりません。結婚する理由もありませんし、結婚したいとも思いません」
「ああ、それは……悪かったな。で、その、報告って何だい?」
何やら気まずい雰囲気になってしまった。俺はちょっと申し訳ない気持ちで、シディーと並んで空いている席に座る。
「今年の秋ごろになりますので、十分時間はありますが、一度チワンさんと相談しまして、なるべくこのまま私がお世話をさせていただければと思います」
ローニがぴょこんと頭を下げながら口を開いた。一体何のことだかわからず、俺はシディーと顔を見合わせながら、ローニの次の言葉を待つ。
「……以上です」
「すまんローニ。何のことだかわからん」
「あ、失礼しました。ご出産のことです」
「何だ、リコのことか。え? 夏じゃなかったのか? 秋って言った? 7月の半ば頃だと聞いていたけれど、違ったのか? あれ? 何か……合わなくない?」
パニックになる俺の姿を見て、リコがクスクスと笑っている。
「ローニ、それだけではリノスにはわかりませんわ。最初から説明してあげませんと。ごめんなさい、リノス。私のことではありませんわ。ローニも何回も説明しているので、話が飛んでしまっているのですわ」
「申し訳ありませんでした。なにせ……7回目のことになりますから」
ローニがやっちまった、という表情を浮かべている。俺は一体何のことだかわからずに、首をかしげてローニをじっと見る。
「コンシディー様は懐妊されています」
「え?」
「ふぇあえ?」
あまりの予想外の言葉にシディーは声にならない声を上げている。そんな俺たちを交互に見ながら、ローニは再び口を開く。
「本日、メイ様と診察しましたときに、検尿を致しました。念のために調べましたら、ご懐妊していることが分かりました。まだ、1か月程の、かなり初期の妊娠であろうと思われます。コンシディー様には、お子様が落ち着かれるまでは、あまり激しい運動は控えていただくようにお願いいたします。……あ、その前に、この度は」
ローニはそこまで言うと、シャキッと背筋を伸ばし、再び、ぴょこんと頭を下げた。
「おめでとうございます!」
「「「「「おめでとうー!!」」」」」
ローニのお辞儀が合図だったかのように、家族全員が声を揃えて祝いの言葉を言ってくれている。だが、これも予想外のことであったために、俺もシディーもぽかんと口を開けたまま固まってしまっている。
「シディー」
リコがゆっくりと立ち上がり、俺たちの側にやってくる。そして、シディーの左手を両手で握り、優しく微笑みながら、
「お互い、頑張って元気な子を産みましょう。何かあればいつでも相談に乗りますわ。遠慮なく言ってくださいな」
「シディーちゃん、私も相談に乗りますからね」
メイがにこやかに話しかける。シディーは何と返答していいのかわからないらしく、口をパクパクさせながら、リコとメイを交互に見つめている。
「リノス」
シディーの手を握りながらリコが俺に視線を向けている。
「シディーに何か言ってやってくださいませ」
その言葉に俺はハッと我に返り、空いているシディーの右手を握りながら口を開く。
「シディー、おめでとう。そして、ありがとう。元気な子を産んでくれよな。困ったことがあったら俺も協力するからな。家族全員で俺たちの子供を育てていこう。そうか……何度か吐いていたけれど、あれはもしかして、つわりだったのか? もう、絶対に無理はしないでくれよ? まずは、体を大事にしてくれよな?」
「はい……はい……うれしいですぅぅぅぅ……」
シディーはポロポロと涙をこぼしながら、何度も何度も頷いた。そしてそんな彼女に、家族全員から再び、お祝いの言葉がかけられたのだった。
「ああっ! じゃあ私……うわぁぁぁ……どうしよう……お腹の子供が……」
突然シディーが立ち上がり、お腹を押さえたまま、わなわなと震えだした。
「どうしたんだ、シディー」
「私……メインティア王様に飛びかかっちゃいました……」
「あっ!」
「どういうことですか?」
訝るローニに俺は数日前の出来事を話した。シディーがイリモの背中からメインティア王に飛びかかったこと、そして、そのまま雪の上に倒れ、王に馬乗りになって剣を突き立てたこと、それを聞きながら、ローニは冷静にカリカリと手元の紙にメモを取っている。そして、スッと顔を上げ、落ち着いた声でシディーに話しかける。
「その後、出血などはありましたか?」
「いいえ、全くありません」
「それならば大丈夫だと思いますが、一度、詳しく検査をしましょうか」
「はい……」
シディーはメイとローニに伴われて別室に移動していった。……結局、彼女の体とお腹の子供には何の異常も見られず、俺たちはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
そして次の日、俺はシディーを伴ってニザ公国の鹿神様の許に転移した。
「おおっ! 久しいな! 二人そろってとは珍しいな」
鹿神様が祀られている大木の前に俺たちが来ると、早速彼は人間の姿になって姿を見せた。やはりシディーはかわいいのだろう。満面の笑みを湛えている。俺は挨拶もそこそこに、鹿神様へのお供えを無限収納から取り出す。今回はめでたい報告もあるために、かなり大量の品物を持参した。とは言っても、大部分が酒とそのおつまみなのだが。
「おお、このように大量の貢物を……。そなたの食物はみな美味だ。楽しみだ」
ほくほく顔の鹿神様であった。
「今回、帰国しましたのは、お願いと報告のためなのです」
シディーが畏まった口調で念霊を鹿神様の加護を受けた短剣に封じ込めたことを説明する。彼はその話をじっと聞いていたが、やがて、ゆっくりと頷きながら、シディーに向けて口を開いた。
「なるほどな。半精霊化している怨霊を封じ込めたのか。我が加護を与えた品が役に立ったのであれば、それは重畳だ。ならばコンシディー。そなたの父に新たなる短剣を打ってもらうがいい。我が加護を受けられる霊剣を作ることが出来るのは、ドワーフ王であるエイモンだけだ」
「畏まりました。では早速、城に参りまして、父にその旨を伝えます。あと、報告なのですが……。この度、リノス様の子供を授かることが出来ました」
シディーがちょっと照れながら話をする。鹿神様は目を大きく見開きながら、両手をパシンと鳴らした。
「そうか! でかしたな! 我も楽しみにしておったのだ! そうかそうか! うむ。それならば、王子が生まれた時の慣例に従って、そなたの父にもう一振りの剣を打ってもらうがいい」
「あの……鹿神様、まだ、王子と決まったわけでは……」
「王子だ」
「え?」
「ドワーフ王の一族はこれまで、必ず第一子は男児が生まれているのだ。従ってコンシディー、そなたの子供もほぼ間違いなく王子だ」
「は、はい……。畏まりました」
「あの……鹿神様……」
「おお、リノス殿。我が孫娘のコンシディーとそなたとの子供の誕生、うれしく思うぞ」
「はい、ありがとうございます。それとは別に一つご相談がありまして……。シディーが身籠るのと時を同じくして、彼女の身に不思議なことが起きております。その……やたらと頭が冴えているといいますか、予知のようなことも出来るようになっておりまして……」
「さもありなん。我が加護を与えた王族の女性は、身籠ると感性が研ぎ澄まされる」
「と、いうことは、シディーのこれまでのことは……」
「我の加護が原因だ。これまで我が加護を与えた王族の女性はコンシディーを含めて4人いるが、全員、身籠った時に感性が鋭くなった。我が娘のクレイドルなどは、夫の浮気を一瞬で見破って、怒りのあまり刃傷沙汰になりかけた。……懐かしいな」
フッフッフと鹿神様はニヒルな笑い顔を浮かべている。聞けば、彼の娘のクレイドルの時には、第一子の妊娠の時にこの現象が見られたという。このチート能力は安定期に入ると失われてしまうらしく、それまでの間に有益にこの能力を使うようアドバイスを受けた。
心配していた頭痛も徐々に軽減されるようだ。シディーの場合は俺との結婚で能力が上がったこともあって、感性がこれまで以上に研ぎ澄まされているらしい。そのために、やましいことをしようとするだけで、一瞬でシディーは見破る可能性が高く、しばらくは大人しくしておくように言われてしまった。俺はやましいことをする気は毛頭ないが、鹿神様のお言葉は深く胸に刻みつけておこうと思う。
その後、俺たちは鹿神様に丁寧に礼を言い、その足でドワーフ王のいる城に向かった。
ちょうどその頃、王の部屋では、怒りの形相を浮かべているドワーフ王と、その前で顔面蒼白になりながら震えている男の姿があった。王がその男に何かを言おうと立ち上がった時、家来からコンシディーがリノスを伴って帰還したという報告が寄せられた。
王はちょっと驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻り、震えている男に向かって口を開いた。
「あともう一度機会をやる。次はない。儂の目にかなう剣を作ることができねば、お前を廃嫡とする。死ぬ気でやるのだ、ガルトー」
王の目の前で震えているのは、コンシディーの兄であり、次期ニザ公国国王であるニザ・ガルトーであった……。




